ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action55−散華−
自身が招いた結末。
愕然たる思いで、目の前に広がる惨劇を見つめる。
夥しい出血と、凄まじい負傷――
濃厚な血の匂いを発散する少女を、カイは呆然と見つめていた。
戦場で棒立ちになる戦士に、加えられる弾痕――
接近警報と、避難要請。
各処に与えられるダメージを明確に伝えながら、機体は悲鳴を上げ続ける。
パイロットにも鋭利な攻撃が刻まれて、顔や手足から血が流れる。
「・・・・・・セ・・・・・・セ、ラン・・・・・・」
――何故だ。
自分はただ・・・・・・
誰も、死なせたくなかっただけなのに・・・・・・
なのに、なのに・・・・・・
平和な世界を望んだ少女。
自分を思い遣る微笑みは、今も脳裏に焼き付いている。
明るい笑顔は消えて――
――感情が消えた眼差しだけが、自分を見つめている。
まるで、守れなかった自分を責めているように。
「ああ・・・・・・あ・・・・・・」
少年は――戦士だった。
良くも悪くも戦いにまみれ、血に彩られた戦場を駆け抜けて来た。
戦士の本能が――
――悲しみより、怒りを選択した。
「――貴様ら・・・・・・キサマラァァァァ!!!」
地球人の企み、狂気の陰謀。
子孫の臓器を刈り取る身勝手さに、どれほどの人間が巻き込まれた?
男女に分けられたタラーク・メジェールも、臓器培養の為。
真意を隠した男女差別に苦しめられ続けた自分。
何度泣いた、何度苦しんだ?
地球人さえいなければ――こんな事にはならなかった。
男女を憎む慣習のせいで、タラーク・メジェールは軍備増強に明け暮れて民は苦しんでいる。
メイア達も故郷を追われる事はなかった。
砂の惑星も滅びる事はなかった。
アンパトスも狂った価値観に囚われず、平穏な文化で日々を過ごせたかもしれない。
メラナス・・・・・・温かく迎えてくれた人達。
故郷の平和を願い続ける艦長。
あの人達も――
セランも――
何もかも、皆が・・・・・・皆が、苦しめられて・・・・・・
人は、悲しみを涙に変える。
戦士は、涙を血に染める――
狂おしいまでの激情に駆られたまま、小さな戦士は咆哮した。
「何が地球人だ!
貴様らなんぞ、全員俺が葬り去ってやるっ!!!!!」
光が、破裂する――
凝縮された閃光が少年の意思に応えるように、大爆発を起こす。
恐るべき力を宿した新型兵器が烈火の龍となりて、カイ機を中心に爆散。
炎の龍が暴悪に荒れ狂い、周辺の無人兵器を粉々に焼き尽くした。
数百を超える無人兵器を消し墨にしても、少年の中で燃え上がる憎悪は消えない。
血と涙と汗を撒き散らして、少年は喉を潰れんばかりの叫びを上げて突進を――
――微かな息遣いに、手が止まる。
怒りも何もかもを忘れて操縦桿を放り出す。
暗炎は消沈し、戦士は少年に戻る。
我を忘れて操縦席から飛び出して、カイは壁にもたれるセランに駆け寄る。
揺さぶりたい衝動を必死で抑えて、大声で呼びかけた。
「セラン! しっかりしろ、セラン!!」
動転している今、脈拍や心音の確認は出来そうにない。
怪我の状態は酷いとしか判断できず、医療の領分に携われる知識はなかった。
半ば開いた目を閉じさせて、口元に耳を当てる。
――生きてる・・・・・・
か細いが、まだ呼吸はしていた。
敵への膨れ上がった憎悪は消えて、怒りに強張っていた身体は脱力。
長々と安堵の息を吐くが、状況の厳しさに唇を噛む。
死んでいないだけ――
命の炎は今にも消えそうで、予断は許されない。
今すぐにでも手当てを施さねば、助からない。
――これほどの怪我と出血では、緊急で治療を行っても助かる可能性は低い。
死ぬ間際。
文字通り――まだ、死んでいないだけの状態。
「くそ、何とか、何とかしないと・・・・・・!
今すぐ引き返して――駄目だ、敵が追ってくる。
万が一逃げ切れても、敵は目標を変えてメラナスを襲う。
それでは本末転倒だ!」
懸命に冷静になろうとするが、逆に焦りが積もるだけだった。
「メラナスへ直接――馬鹿な、敵をむざむざ餌場へ誘い込む気か!
助けがくるのを待つ? マグノ海賊団? メラナスの救援?
――あいつらが来るより早く、セランが先に死んでしまう!!
他に、誰が助けに来るものか。
畜生、畜生!!」
混乱し、涙がボロボロ零れていく。
自分の為に残り、身体を張って支えてくれた少女――
心から死なせたくないと願っても、神様は叶えてくれない。
淡々と殺していくだけだ、現実が。
甘い理想、尊い夢を飲み込んで――
血に塗れたセランを抱き締めて、泣き喚きながら叫ぶ。
「マグノ海賊団も、地球人も、何で、何で・・・・・・奪うんだ!
誰だって、奪われたくないのに。
奪われたら、こんなに・・・こんなに悲しいのに! 苦しいのに!
誰だってその辛さを知っている筈なのに!!
奪われる気持ちを知りながら、何で奪うんだ!!
何で・・・何で・・・うああああああ!!!」
『泣き喚く元気だけはあるようだな』
「――!」
未熟な少年の心を笑う、力強い大人の声。
野太い男の気配に、涙に濡れた顔を上げる。
――新たな戦渦が、巻き起こっていた。
ホフヌングで半ば壊滅した無人兵器群に向かう、一陣の突風。
次々と激しい攻撃を雨霰のように繰り出して、激しい火花を咲かせている。
凶悪な攻撃力を発揮する人型兵器――
カイは目を見開いた。
見覚えのある機体。
弾薬や後先をまるで考えずに放つ攻撃をする者など、カイの中で該当者は一人しかいない。
正確には一人、ではない。
操縦者は人間ではないのだから――
『よお。お困りのようだな、坊主。
高い貸しになるぜ、こいつは』
「ラバット!?」
ニル・ヴァーナを――カイを散々翻弄させた男。
ミッションで出会った正体不明の商売人・ラバットが、この激戦下でも飄々とした笑みを通信画面の向こうで浮かべていた。
「彼女、医療ポットに入れたぜ。助かる確率は二割程度だな。
葬式の用意した方が早いぜ」
「・・・・・・」
「ちっ・・・・・・」
ラバット艦に一時的に退避、収容されたカイ達。
カイはラバットに頼み込んで、セランに治療措置を願い出た。
人道より利益優先のラバットは当然渋ったが、土下座しかねない少年に仕方なく彼女を運びこんだ。
船の外では今も尚、ラバットの相棒ウータンが必死で大群を相手に戦闘を行っている。
とはいえ本人は戦闘本能丸出しで歓喜しているが、消費する弾薬にラバットは頭を抱えている。
――そして、簡単な手当てを受けた少年。
休憩室で落ち込んだ様子を見せるカイに、ラバットもいい加減霹靂していた。
「やれやれ・・・・・・
メラナスの様子を見にくれば、どっかの馬鹿が一人戦ってやがる。
どうせ犠牲者を恐れての足止めだろうが、無茶しやがって」
ラバットとカイでは、くぐり抜けた修羅場と人生経験が違う。
カイの戦略や狙いを簡単に看破して、鼻で笑う。
「それしか・・・・・・方法はなかったんだ・・・・・・
他の誰にも死んで欲しくなかった」
「ツギハギだらけの猶予策だ。簡単に追い込まれちまってる。
俺が居なければ死んでたぜ、お前。
あの嬢ちゃんもな」
辛辣な言い方だが、事実だった。
反論出来ず、カイは唇を噛んで耐えるしかない。
戦術の未熟さでセランを心配させ、土壇場で重傷を負わせた。
あまつにさえ傷ついた彼女を前に泣き叫び、操縦桿を握る事すら放棄した。
辛い現実を呪ったまま、逃げていただけだ――
休憩室の窓から、外を見る。
ホフヌングとウータンの苛烈な攻撃で敵の勢いが弱まったとはいえ、大勢を立て直しつつあった。
間もなく、雪崩のような攻撃が再開されるだろう。
俯いたまま、カイは静かに申し出る。
「あんたに頼みがある」
「一緒に戦えってんなら、お断りだ。
ウータンを回収して、とっとと逃げるぜ」
「ああ、そうしてくれ。
――セランを連れて」
「――! お前、まさか・・・・・・」
ラバットの顔色が変わる。
カイの言いたい事を察しつつも、信じ難い気持ちに愕然とする。
――カイはゆっくり、立ち上がった。
「俺の仕事はまだ終わっていない。
――助けてくれてありがとう」
「いい加減にしろ、この馬鹿野郎!」
ラバットはカイの胸倉を掴む。
間近で睨むラバットを前に、カイは抵抗せず見つめ返すまま。
覚悟を決めた少年の顔を、ラバットは忌々しく凝視する。
「足元ふらついてるガキに、これ以上何が出来る」
「敵の足止めが俺の役目だ」
「現実を見ろ。甘い理想に逃げるな。
――死ぬぞ、てめえ。確実に」
「・・・・・・覚悟の上、とは言わない。
死ぬのは怖い。未練だってたっぷり残ってる」
バートやドゥエロとまた会う約束をした。
ディータの記憶退行、マグノ海賊団との決着。
故郷への旅路、男女共存への理想。
我が身を案じてくれる仲間達。
――宇宙一の英雄。
やりたい事、やらなければいけない事。
全てを放り出して死にたくはなかった。
「でも――
大切な人達を見捨ててまで、俺は生きていたくない」
「――っ、赤の他人じゃねえか・・・・・・」
「他人だから、切り捨てる――
海賊や地球人を否定する俺だからこそ、選んではいけないと思う」
正義や優しさ、思い遣りとは違う。
仲間の為に祖国や敵国の民を犠牲にした、マグノ海賊団――
彼女達への答えこそ出てはいないが、彼女達への反発心は今でも根強く残っている。
ここでメラナスの人達を犠牲にすれば、彼女達の生き方を肯定するのと変わらない。
それだけは決して、出来なかった。
例えその先が――己の死だとしても。
自己犠牲や偽善でもない。
これは、他でもない彼女達との戦いなのだ――
ラバットは痛切に表情を歪ませて、力無く手を離した。
「・・・・・・馬鹿に何言っても無駄か・・・・・・
生憎だが、お涙頂戴の話に乗るつもりはねえぜ」
「勿論だ。あんたにはセランの事を頼みたいからな」
「依頼人のてめえが死ぬんだ、金が取れねえ。
金にならん事は俺はしないぜ」
本音だろう。
この男は決して情では動かない。
自分だけの摂理と利を求め、己が道を力強く歩んでいる。
――その奔放な生き方に、少しだけ憧れた。
カイは自分を指差す。
「――俺が担保だ。それでどうだ?」
「・・・。お前にどれほどの価値が――」
「価値の無い命を助けるあんたじゃない。
そうだろ?」
何故助けたのか、結局のところ不明だ。
情では動かないというのなら、何か別の理由で救助を行った事になる。
聞いても答えてくれる男ではないので、カイもあえて問い質したりはしない。
助けてくれた――それだけで十分なのだから。
ラバットはやれやれと、肩を落とす。
「あの嬢ちゃん連れてお前がいなかったら、奴らと一揉めありそうだな・・・・・・
たく、面倒な役回りだぜ」
「憎まれ役はお手のものだろ」
「けっ、言いやがる」
互いに笑みを浮かべて、快活に笑う。
――奇妙な縁だったが、最後の最後でこの男と話せて良かった。
最早、わだかまりは何も無い。
「・・・・・・簡単にくたばるなよ。
てめえの命は俺が握ってるんだからな」
「無駄死には俺だってごめんだ。
価値のある人生にしてみせるよ」
そして、両者は別れる。
互いの生き方に沿って――
――結末を、知りながら。
<to be continued……LastAction −死−>
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