ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action39 −今後−
"――"
異様なまでの、静寂。
重々しい雰囲気に、沈鬱な空気が一気に流れこむ。
静まり返った状態の中で、カイは目元をふせる。
「――今話した事が、全ての真実。
俺達は、騙されていたんだ…」
――艦長との面談を終えて。
衝撃的な事実を胸に抱えて、カイは皆の元へ向かった。
元気な顔を見せる目的もある。
本当に、皆には心配させてしまったから。
幸い今は昼時で、皆は食堂へ詰め掛けていた。
案の定カイの顔を見るなりジュラ達は駆けつけ、もみくちゃにされた。
マグノ海賊団との戦闘後、ズタズタのボロボロで回収されたのである。
少年の元気な顔を見て、鬱屈した気持ちも吹き飛んだであろう。
心配や激励、文句や罵倒もあったが、ようやくいつものペースを取り戻す。
カイは、心苦しい。
話さなければいけない事実は、あまりにも重い。
彼女達の常識。
信じていた全てを、引っ繰り返される。
知れば、最早二度と元の世界には戻れない。
――ケジメを、つける。
カイは弱々しい迷いを蹴飛ばす。
自分を信じて、仲間の元を離れてくれた人達――
真実をカイの胸の中一つに秘めるのは、信頼を寄せてくれた彼女達への裏切りだ。
仲違いなんて、もうウンザリだった。
飲み物を注文して喉を湿らせて、
カイは、全てを打ち明けた――
「…そ、そんな…た、ただの憶測じゃない!」
崩壊する、己が世界。
内在する真実は、嘘で塗り固められた虚構。
現実を非情と理解して海賊となり、無情だと認識した瞬間奴隷になった。
国の奴隷、世界の奴隷――歴史の奴隷。
足元から崩れ落ちそうな絶望を、アマローネは真っ青な顔で否定。
否、否定の言葉を求めた。
首を振る。
優しい嘘は、やがて引き裂かれる。
「全部、現実だ。
憶測だというのなら――
男が最低の生き物である、という明確な証拠を見せてくれ」
「――っ、メ、メジェールとタラークは戦争してるわ!」
国家間の、激しい睨み合い。
男は敵だと、女は敵だと、互いに大義の旗を掲げて百年を超える対立関係を続けている。
アマローネにとって、生まれた時から始まっている戦乱だ。
夢物語や、教科書の中での話ではない。
現実に起きている男との戦いで、彼女は自分の敵を知った。
しかし、真実は揺るがない。
「刈り取りは地球――祖先だ。
タラークもメジェールも、出発点は同じなんだ。
タラークの指導者グラン・パ、メジェールの指導者グラン・マ。
奴等は同じ船を共にした仲間だ。
――俺達と同じ、な」
故郷を同じくする者達。
その故郷が地球であるならば、可能性としては十分すぎる。
彼らは――刈り取りの指示で動いている。
「で、でも、お頭が言ってたわ!
タラーク・メジェールを発見した時、男が船を奪って――」
アマローネが口にする話は、カイにも覚えがある。
ペークシスの暴走が一時的に落ち着いて、捕虜としてマグノの前に連れて来られた。
その際、融合した船の権利で揉めた時に聞いている。
"元々この船は『地球』という星より出発した移民船団の一つだったのさ"
地球から放たれた移民船団。
マグノはその数少ない乗船員の一人で、生き証人――
"その移民船の一つをお前さん達のじい様連中が奪って逃げたのさ。
アマローネの言う様に、男が船を奪って逃げたと話していた。
他でもない、生き証人が口にする事だ。
当時カイは話を鵜呑みにして、渋々船の権利を諦めた。
カイはカップを傾けて一息吐き、口を開く。
「男が悪者にされているって時点で、おかしくないか?
メジェールからすれば、都合の良い話だ。
堂々と男を悪者に出来る。
タラーク側はきっとこう言うぜ?
――女が船を奪った、てな」
「…そ、んな…」
ジワジワと、浸透する恐怖。
侵食される常識は不安を煽り、言葉にして放たれる。
「お頭が嘘を言ってるって言うの、カイは!?」
「…」
――気になるのは、そこだ。
艦長の話が全て事実と仮定すると、地球は敵。
地球から旅立った人間は、全員手下。
国家の礎を築いた偉大なる先人は、自分達という臓器を育てる飼い主。
希望の移民は、絶望への船出だった。
――その船に乗船していた、マグノ・ビバン。
彼女は、どこまで知っていたのだろうか?
故郷へ戻り、刈り取りを阻止すると宣言したのは彼女だ。
男女共同生活も、彼女から言い出した。
乗り気ではないクルー達を引っ張って、お頭としての器を見せた。
海賊としての意義と生き方を持って、故郷を救う決意をしたのだ。
嘘とは、思えない。
しかし…何も知らないというのも、変だ。
マグノは男が船を奪った、と明言している。
男と女が諍いを起こすのは当然――タラーク・メジェールの本義は間違えていない。
明らかに肯定していた、と言い切るのは暴論だろうか?
タラーク・メジェールは明らかに裏で手を結んでいる。
最終目的である生殖器の略奪の為、男女に分けて純正培養を営んでいる。
無論この考え方は、あくまで彼女の話が嘘だった場合だ。
本当に男が船を奪ったのかもしれないし、刈り取りの目的を除いても争う理由はあったのかもしれない。
クルー達が衝撃を受けないように、ギリギリまで黙っていたとも考えられる。
――カイは額を押さえる。
疑いだすとキリがない。
知り過ぎた事実を整理するだけで、頭がゴチャゴチャしてくる。
「故郷を救う決断をしたのは、マグノばあさんだ。
刈り取りの正体が地球だと知っているのかどうか分からないが、戦おうとしているのは本当だと思う。
――お前らを救う為に、海賊という非情な生き方を選んだんだ。
そのやり方は認められないけど…
俺はあの人を、信じるよ」
移民船団の一員である限り、疑いを持つのは当然。
――そんな思考を抱いてしまうのは、嫌だった。
あの船にいる間何度も御世話になり、厳しくも優しく見守ってくれた人――
甘いかもしれないが、それでも信じたい。
カイがそう言うと、アマローネはホッとしたように小さく微笑んだ。
代わりに、不服そうな顔のジュラ。
「――じゃあ、なに? メジェールがジュラ達を騙してたってこと!?
みーんな、刈り取られちゃうの!?」
「…そういう事になる。
少なくとも、刈り取りが来ても無理な抵抗しないだろう」
国家は指導者一人が動かしているのではない。
人が集まって、国になるのだ。
刈り取りの無人兵器が押し寄せれば、軍隊も動くだろう。
――ただし、グラン・パとグラン・マの言葉は絶対。
国民が説き伏せられる可能性は大いにある。
そして、地球軍の戦力は絶大。
生き残れる可能性は0に近い。
ジュラはほっそりとした白い手で、テーブルを叩いた。
「そんな国――助ける必要ないじゃない!
散々死に掛けて、苦労して…何なのよ、それ!
ジュラ達は国の道具じゃないのよ!?
勝手すぎる…」
――故郷に見捨てられた、難民。
信じていたものに裏切られて、孤独な彼らは集まって海賊になった。
それでも――メジェールの教えだけは、守っていた。
男を憎んでいた。
その常識だけは、正しいと信じていたから。
ジュラ達は最後の最後まで――
――国に裏切られたのだ。
屈辱と怒りに震えるジュラに、カイは少し不憫げに見つめるが、すぐに感傷を払う。
「見捨てるつもりか、お前…?」
「当然でしょう! ジュラはそこまでお人好しじゃないわよ!」
「国民は何も知らない。
――知らないまま、最後に全員殺される。
助けられるのは、俺達だけだ」
「あんた…
ここまでされて、何で怒らないのよ!!」
ジュラは信じられないという目でカイを見る。
信じていたものに裏切られて、騙されて、殺されかけて――
もしもあのままタラークにいれば、カイとて何も知らないまま死んでいただろう。
ほっそりと、一人の少女が手を挙げる。
「無理に、助ける事ないんじゃないの?」
ポリポリと板チョコを食べる小さな女の子は、不遜に語る。
「国が敵に回ったんなら、これから先も楽な事は決してない。
誰にも感謝されない。疲れるだけ」
「ルカ――お前…」
「勘違いしないでね」
ルカはカイを見上げる。
空虚な目。
心を読ませない――彼女の瞳。
「ルカだって、死にたくない」
「…」
死にたくない――それは誰にだってある気持ち。
弱さではない。
命を持つ人間の、本能的願い。
誰もが皆違う人生を生きるが、同じ命を持っている。
ルカの言う通り、これから先の戦いはますます辛く激しいものになるだろう。
何より――もう故郷は当てにできない。
孤立無援。
故郷を救う為に、故郷に冷たい目で見られながら戦わなければいけない。
最悪、刈り取りを阻止しようとする自分達を邪魔するかもしれない。
マグノ海賊団はれっきとした犯罪者。
カイは三等民、そして海賊と連れ立って許可なく蛮型を使用して戦った。
故郷へ辿り着いた瞬間、タラーク・メジェールに敵扱いされる危険性もある。
理由はあるのだ、国民に納得する形で討伐されるだろう。
何故、そこまでして戦う必要がある?
ルカはごく当たり前に、そう言っている。
ジュラも難しい顔で黙り込んでいるが、内心は思っているだろう。
ほんの少し前…艦長に話を聞く前なら。
いや、マグノ海賊団と戦う前ならカイだってやめていたかも知れない。
誰にも称えられず、辛いだけの戦いなんて無意味だと。
英雄になれないなら、馬鹿馬鹿しいとまで言い切ったかもしれない。
いや――カイは内心で笑う。
英雄気取りなのは、今も変わらない。
「お前らは死なねえよ」
「何で?」
カイは親指で自分を指差す。
堂々と。
自分、らしく。
「――俺が、いる」
唖然とした顔。
そう言われるとは思っていなかったのか、ルカは僅かに目を見開く。
そして――プっと笑った。
「くさっ」
「クサっとか言うな!? 恥ずかしくなるだろう!」
「雑巾臭い」
「お前のせいじゃあああああああ!!!」
真面目な話も、結局この有様。
少年にかかれば、人類の存亡も笑い話。
広い宇宙の中の、小さな正義――
少女達は、そんな少年に惹かれてついて来たのだ。
やがて、料理万能なキッチンチーフにより豪勢な料理が運ばれる。
難しい話は、後で。
今はまだ、この騒がしくも希望に満ちた時間を楽しむ。
それがカイの、戦い方なのだ。
<to be continued>
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