ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action38 −虚偽−






   カイはセランに頼み、艦長への面会を申し出た。

彼女との話で悟った、刈り取りの真の目的――

本当に人間の臓器を奪うつもりなら、被害は今後も甚大に広がるだろう。

至急、対策を練る必要がある。

その為には、刈り取りの情報が必要だ。

セランの話では、艦長は刈り取りによるメラナス第一次侵攻の生きる目撃者だと聞く。

彼らの正体に繋がる話を聞けるかもしれない。

カイの申し出は通り、ブリッジの艦長席へ案内された。


深い皺が刻まれた、老成な指導者――


心労の深さが表情に出ているが、瞳の眼光は鋭い。

包帯を巻いたカイを前にして、艦長は労わりを見せてくれた。


「怪我の容態はどうだね?」

「今はもうこの通り。あんたが俺達を受け入れてくれたお陰だ。
本当に、ありがとう」


 最新医療マシンとはいえ、大怪我を負った身。

歩くのが精一杯だが、今は寝てられなかった。

カイが素直に礼を言うと、艦長は鷹揚に頷いて、


「君達の事は聞いている。
複雑な事情がおありのようだが、こちらとしても事態は逼迫している」

「――分かってる。
こっちとしても出来る限り、協力したいと思ってる」

「そう言ってくれると助かるよ。
君のお仲間も皆、君の意見に従うと言っていてね…」


 艦長の寛容な微笑を、カイは苦笑いで返す。

ジュラ達はカイに決定権を委ねたようだ。

リーダー扱いされている事にくすぐったさを感じつつ、カイは表情を引き締める。


「あいつらがどこまで話したのか分からないけど――
俺達は今、故郷を目指して旅をしている最中なんだ」

「タラークとメジェール――

君達の故郷も、奴等に狙われているらしいね」

「――皮肉な話だよ。
ペークシスの暴走で宇宙の彼方まで吹き飛ばされて、知った現実だからな。
故郷の奴らは何も知らずに――」

(――そういえば、故郷へ向けてメッセージを送ったな…)


 男女共同生活を開始し、故郷の危機を知ったあの時。

襲来したウニ型の部品を再利用して、故郷へ急遽メッセージポットを送った事をカイは思い出す。

無事に届いたと仮定すれば、刈り取りの存在を故郷は知ったはずだ。

その話をすると、艦長は難しい顔を見せる。


「――故郷へメッセージを…ふむ…」

「…? 何か気になる事でも…?」


 艦長の様子に不審な気配を察して、カイは小さな声で尋ねる。

少年の不安な様子を艦長は確かではないが、と前置きして説明する。


「私達の故郷メラナスでは、古くからの言い伝えがある。
我が血族の特徴であり――誇りでもある、この皮膚。
命に代えても肌を大切に守れ、と代々伝承されているんだ」

「肌を――?

ま、まあ綺麗な肌だと思うけど、命に代えてもってのは大袈裟だな…」


 突然の話に戸惑いを見せつつ、カイは力なく笑う。

対して、艦長は厳しい表情を崩さない。


「幼少の頃、その伝承を聞いた私は何も疑問を持たなかった。
子供にとって、親の言い付けは絶対。
祖先を敬う私達には、故郷の教えは神の宣言に等しいからね」

「右も左も分からない、ガキの頃だからな。
反抗期でもない限り、親の言う事に逆らうわけ――!?」


 ――背筋を走る、悪寒。


祖先の伝承。

故郷の絶対的な教育。

神の宣言――


それは――



――何処かで、聞いた話で…



「ま、まさか…」

「君は頭がいい。

――そういう事だ。

私が気付いたのは、彼らの目的が皮膚だと知った時だ。
既に手遅れだったが…」 


苦渋に満ちた顔の艦長の返答に、カイは青褪める。


――ムーニャ。


アンパトスが神と象徴した存在は、刈り取りだった。

祖先の言い伝えは刈り取りの意思であり、国民全員の脊髄を刈り取る算段だったのだ。

恐ろしいのは、国民全員が喜んで生贄となった事。

――彼らは刈り取りの餌食になる我が身に、喜びすら感じていた…

メラナスも、また同じ。


祖先の教えは――


――刈り取りからの指示。


大切に守るように厳命したのも、純度を保つ為。

鮮度の高い生贄を欲するが故に、言い伝えという形で義務付けたのだ。

それはまだ、いい。

言い方は悪いが、他人事として見れる。


だが、果たして――


――対岸の火事と言い切れるだろうか?


カイは戦慄を飲み込んで、自身の答えを口にする。


「…タラーク・メジェールも…


俺達の――現指導者も…刈り取りを知っていた、のか?


そうなのか!」

「――可能性は高い」


 艦長の肯定は、カイにとって死刑判決に等しかった。


――もう一つの仮定も、立証されてしまうから。


「なら…なら!

女が敵だって言うのは…男が敵だと教えられた、あの事実は!!


やっぱり…嘘、だったのか…」


 ――カイは愕然とした。



"女は魔物である!!"

"男は皆こうなのよ。
人の気持ちも分からない、自分のみ良ければいいバイキンだって事よ"



タラーク・メジェールの、常識。



女は敵だと、

男は敵だと、



誰もが皆、幼い頃からそう教えられてきた。

正しいと信じて。

両国家の指導者グランマ・グランパは、神のように慕われる存在。

親の言う事に――

神の言う事に間違いはないと、信じ続けて生きてきた。

その教えが――刈り取りの指示だったのなら…



…あの日々は、何だったんだ?



男だから――その理由で、迫害された。

憎まれた。

罵られた。

恨まれた。

――男だから。

――男だから。

――男だから!



――俺だけが、変だと思われた。

男と女が仲良くする――ありえないと、嘲笑された。



腸が、煮えくり返る。

もっと早く知っていれば。

最初からこんな事実がなければ――


――彼女達と、仲良く出来たかもしれない。


こんなに――悲しい思いをせずにすんだかもしれない。

戦い合う道を、選ぶ事はなかったかもしれない。


あんな戦いなんて、する必要はなかったかもしれないのに――



バーネット…



「――はい」


 白いハンカチが手渡される。

優しいセランの表情に――その時初めて、泣いていた事に気付いた。

礼を言って、受け取る。

艦長も、セランも。

ブリッジにいる他のクルー達も、突然泣き出したカイに何も言わない。

故郷に裏切られた痛みは、皆同じ――

少年が感じている胸の痛みを、彼らは共感出来る人達なのだ。

むしろ、素直に悲しめる彼の素直さに哀切と羨望の目を向けていた。


(…しっかりしろ。今更嘆いてどうする)


 過去は改竄出来ない。

例え刈り取りによる身勝手な指示がなくとも、男女共同生活が実現したとは限らない。

何より――彼女達と戦ったのは、彼女達が女だからではない。

海賊、だから。

略奪を許さない、自らの心で戦ったのだ。

刈り取りや故郷なんて関係ない。

互いに自分の生き方を賭けて、死闘を繰り広げた。

マグノ海賊団と、刈り取りは別問題。

――今は、彼らの正体を追求すべき。

涙を拭いて、カイは艦長を見上げる。


「奴らに狙われた星を、俺達は幾つか見てきた。
砂に覆われたある惑星は――手遅れだった。
自然は枯れ果てて、人間は死に絶えて、"血液"を奪われていた。
更に、星全体に罠が仕掛けられていた。
地表面に降下した者を全員吹き飛ばす仕組みだ」

「…惨い事をする…」


 艦長のみならず、他のクルー達も怒りと悲しみに歪む。

他人事では、決してない。

明日は我が身なのだ。


「アンパトスという水の星は無事だった。

奴らが狙っていたのは、脊髄――

俺達やあんたらと同じく、祖先の教えに従って自ら差し出そうとしていた」


 ムーニャと呼ばれる神と、絶対的な信仰。

刈り取りの襲撃と危機を退けた事で、彼らは自分を神と間違えた経緯を話すと場が和んだ。

加害者の刈り取りには痛烈な皮肉、被害者の彼らには痛快な冗談だ。

カイが刈り取りを倒した事で、彼らは刈り取りを敵と認識し、救世主をカイと見立てたのだから。

緊張が少し緩み、ブリッジ全体に笑みが戻る。


「なるほど…
どうやら我々より、君の方が彼らに痛手を与えているようだ。
大した戦果だ」

「いや――」


 その賞賛が欲しくて、宇宙へ出た。

英雄だと認めて貰いたくて、戦いに望んだ筈だった。

――でも、今は違う。


「――あいつらが…仲間が居たからだ」


 自分の為、タラークに居る義父の為。

ドゥエロの為、バートの為――彼女達の為。

出会った人達の為。

――言葉では言い尽くせない沢山の思いを貰って、今此処に居る。

失った記憶に、最早何の拘りもない。


カイは――ようやく分かった。


タラーク・メジェールへ帰る理由。

故郷を救いたいと願う気持ちの、源。


――許せないという気持ち。


優しい人達に巡り合わせてくれたこの世界に、恩返しする。

人々の営みを無情に奪う連中を、心から否定する。

旅立ってからの気持ち――原点は、結局何も変わってなどなかったのだ。

海賊を許せない気持ちも同じ。

故郷の身勝手なやり方を拒絶した気持ちも同じ。

世界が、人々を駄目にしたのではない。

人々が、世界を駄目にしたのだ。

この世界を理不尽にしたのが人間なら――平等に出来るのもまた人間。


海賊を生んだのが人間なら――

――止められるのも、人間だ。


どこまでも戦ってやる。

この世界に正義のヒーローがいないなら、代わりに自分が悪に怒りを抱いてやる。

絶望になんて、負けたくはなかった。


「刈り取りの指示、祖先の伝承、人間の臓器――

タラーク・メジェールは、男と女に分けられている。
あんた達と同じ、臓器の純度を保つ為。
――俺達は純粋性の高い、餌。

タラーク・メジェールに課せられた臓器は――生殖器だな」

「――その環境下なら、まず間違いない」


 男女の違いは数え切れないほど、沢山ある。

しかし"臓器"という面から考えられる差異は、たった一つ。

生殖器以外に考えられなかった。


  「あんたは――敵の正体を、知っているんだな」

「…君ももう、薄々察しがついているのではないか?」

「…」


 唇を噛む。

手掛かりは少ない。

辺境の惑星タラークの片田舎で、記憶を失ったまま育った身。

旅を出て世界を知ったとは言っても、まだまだ一面でしかないだろう。

カイは断片を拾い上げる――

旅の過程で手に入れたピースを不完全に組み上げて、ちぐはぐなパズルを完成させる。

人間の臓器を狙う、集団。

大量の無人兵器を駆り出す、冷酷非情な狩人。

――タラーク・メジェールを含めて、人類の住まう国家へ絶大な発言力を持つ相手。



  そして――祖先を冠する者。



「――"地球"、か」

「…そうだ」



 タラーク・メジェールの祖先。

人類という種族を生み出し、宇宙へ希望を求めて植民船団を放った惑星。



"故郷"が――人類の敵に回った。


































<to be continued>







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