ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action35 −今朝−
『――失敗作だな』
生ゴミ。
喜び。
悲しみ。
怒り。
哀れみ。
何も奪わず、何も与えず。
何も感じず、何も感じられず。
――捨てられた。
生み出した人間を親と呼ぶなら――その親達が、何か話し合っている。
適応率。
脳細胞。
身体機能。
無価値。
『廃棄して』
『生体実験に利用する許可を』
『博士の研究に、博士のクローンを――面白い皮肉だね』
遥か昔の物語。
誰にも語られることのない、ちっぽけな昔話。
『君には博士の名前をあげよう』
『――の名を』
目を開けると、薄暗かった。
痙攣する瞼が永い眠りの余韻に浸っている。
消毒の臭いが鼻につく。
柔らかい布団が身体を支えてくれているが、右腕の痛みが安らぎを吹き飛ばす。
固定されていると気付いた時、目はようやく覚めた。
「…ぅ」
夢を見ていたようだが、相変わらず思い出せない。
普段は頭の重さに悩まされるが、今日は比較的軽かった。
――この夢も、もうすぐ終わる。
奇妙だが、確信はあった。
思いを馳せるほど、良い夢でも悪い夢でもない。
所詮は、夢。
空想の世界より、現実の鮮烈さの方が遥かに強烈だった。
起き上がる気にはなれず、ベットに転がる。
顔、身体、手、足――
包帯だらけの身体だが、痛みは意外と軽い。
完璧に手当てされている――
寝ている部屋に見覚えはない。
医療室ではないところを見ると、ここはニル・ヴァーナではないのだろうか?
――当然だろう。
あの船にはもう戻れない。
ならば此処は――考えようとして、やめる。
此処は何処なのかよりも、どうして此処まで来たのかの方が大切だった。
(――戦ったんだよな、俺…)
あのマグノ海賊団と。
時間は長かったのか、短かったのか。
幾千にも重ねた言葉も、過ぎ去れば霞んで消えていくようだった。
強かった。
怖かった。
――哀しかった。
希望は、あった。
分かり合えるのではないかと、ちっぽけでも希望を持っていた。
変えられずに、終わった。
納得出来ないままだった。
「――俺は、どうしたかったんだろうな…」
俺は、奪わない。
彼女達は、奪う。
対等にはなれるかもしれないが、勝った事にはならない。
マグノ海賊団を超えるには、もう一歩必要だ。
理想としても、現実としても――
例えば、海賊を止めろというのは簡単だ。
言葉だけなら簡単に言える。
しかし、やめた後はどうするというのか――?
彼女達の責任だと割り切るのは容易い。
実際、そう思う。
でも、それは――
――答えになっていない。
そしてこの答えには、前提がある。
マグノ海賊団の立場に立った時、俺はどうするか――?
故郷を追い出された彼女達は、海賊の道を選んだ。
他人の命すら――奪って、生きてきた。
無関係な人間の人生を踏み潰した。
同時に多くの同胞と難民を救い、義賊として名を馳せた。
見る人が見ればマグノ海賊団は救世主たる存在だろう。
口だけの英雄よりも、よっぽど立派だ。
今も多くの難民を出し続ける故郷より、民を救っている。
彼女達に賛同する人間も多いだろう。
地獄のような環境を自力で打破して、強い団結力を育んだ海賊達。
タラーク・メジェールで――この世界で彼女達に納得していないのは、自分だけのように思える。
甘い夢を語っているだけ。
自分の手を汚すことを怖がっているだけ。
――餓えたことがないから、我が物顔で理想を語れる…
"故郷に見捨てられて、傷つき、悲しんで…このまま死んでいくなんて惨めじゃない"
奪われて、裏切られて、惨めに死にたくないから――生きる。
それは分かる。
身勝手に殺されてたまるか、と何度もこの旅で思った。
反撃したくもなるだろう。
でも――
――同じ痛みを、他者に与えている。
奪われて悲しいという気持ちを、関係のない人間に強いている。
奪われる辛さを誰よりも知っている筈なのだ。
他の誰でもない、彼女達が。
仮に――仲直り出来たとしよう。
以前の関係に戻れたと、する。
そのまま何事もなく故郷へ戻り、刈り取りの脅威を取り除けたらどうなるか?
恐らく――今まで通りになるだけ。
自分はタラークへ。
彼女達はアジトへ戻り、海賊を続けるだろう。
それで終わり。
俺達の物語は、幕を閉じる。
タラーク・メジェールは睨み合い、海賊達は奪い合う。
平和なんて、何処にもない。
戦いはいつまでも続く。
つまらない、明日だ。
何の希望もない。
何時終わるか分からずに、未来永劫震え続ける。
とんだ笑い話。
喜劇と悲劇が入り混じっているだけの、三文芝居だ。
冗談じゃない。
明日が今日より素晴らしいと信じていられるから――人生だって、楽しいんだ。
認めない。
納得しない。
俺はまだ、生きている。
生きている限り、諦めない。
あの家から飛び出して、分かった。
世界を見て、理解した。
理不尽なのは、世界ではない。
人間だ。
世も末? ――ふざけるな。
世界をつまらなくしているのは、人間だ。
俺達が、この世界をちっぽけにしている。
不平等にしている。
幸福と不幸に、勝手に切り分けているんだ。
「――やっと…分かりかけてきた…」
英雄たる存在の意味。
宇宙で一番になる事への、近道。
自分の夢の――形。
――自分なら、どうする?
故郷から追い出されたら…
…
…?
違和感を感じた。
何か、何か――思い違いをしている。
何処かでズレていると分かっているのに、その正体が掴めない。
普通なら忘れてもいいほど小さな感覚だが、カイは必死で掴もうとした。
違うと、思った。
そもそもこの問題――最初から納得がいかなかった。
その理由が掴めず、今まで困っていたのだが…
「うー…あー、分からん! ちくしょー!!!」
――爆音。
まるで怒鳴り声に重なったかのように、天井がビリビリ揺れる。
喉を突き破られそうな衝撃に、カイはベットから転げ落ちた。
「な…何なんだ、一体…」
床に落下した瞬間、全身の傷が悲鳴を上げる。
ズキズキする身体に涙目になっていると、部屋の奥で扉が開く音がした。
遠慮のない駆け足が木霊して――
「あらまっ…起きてる。
やっほー、と挨拶したいとこだけど――酷い顔だね」
見下ろす視線には――包帯を巻いた少年の顔。
「…あんたもな」
見上げる視線には――絆創膏だらけの少女の顔。
「男と、喧嘩したの」
死んだかと思って心配したのに、と少女は頬を膨らます。
「女と、喧嘩したんだ」
死ぬタマじゃないけどなあいつら、と少年は嘆息する。
見下ろす視線と見上げる視線――
奇妙な出会いで、あった。
<to be continued>
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