ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action34 −逡巡−
――少女達は、知っていた。
伏した少年。
片腕が再起不能になり、身体は穴だらけ。
雑巾のように血に濡れた服は絞られて、コックピットには血臭が漂っている。
意識は消失。
命が尽きようとする中で――
――少年はまだ、戦っている事を。
バーネット機が墜落した。
リーダーのメイアは不参加、サブリーダーのジュラは観戦。
そしてバーネットが落ちた今、司令塔が消えた。
チーム数の半分以上が翼や武装を砕かれて、退却。
前代未聞の被害を生み出して、チームはそれでも尚健在している。
後、一撃。
ミサイル、ビーム、その他なんでもいい。
あの残骸へ向けて発射すれば、それで事は終わる。
完全に。
忌むべき宿敵は今度こそ、消え去るだろう。
自分達の目の前から。
この世の何処からも――姿を見せる事は二度とない。
誰でもいい。
どんなひよっこでも、新人でも、目を瞑って撃っても当たる距離に敵はいる。
完全に、気絶している。
抵抗する確率は皆無だ。
あらゆる経験・理性、状況による判断が告げている。
なのに――誰も動けない。
少年はまだ、戦っている。
誰よりも自分達が、その事を知っている。
バーネット機を撃墜した。
死に体でレーザーを回避して、斬り込んだ。
――誰にも、見えなかった。
気付いたその瞬間、両者の決着はついていた。
速度やタイミングの問題ではない。
それ以上――
少年と少女を隔てている何かが、勝敗を分けた。
――少年は死にかけている。
後、一撃。
後、一撃。
その一発が――撃てない。
少年は、戦っている。
今も尚、少女達に抗い続けている。
心。
命。
魂。
呼び方なんて、どうでもいい。
消えようとしている灯が、僅かに燃えている。
その光が――少女達を遠ざける。
どんなに無様で、みっともない、諦めの悪い姿であっても。
少年は、戦う。
形振り構わず喚き散らして、悪夢のような現実に吼える。
往生際悪く足掻きまくって、ユメのような理想に走る。
――か細い吐息。
明快な思考なんて、ありはしない。
零れ続けた感情は、空っぽになってしまった。
人は――死に晒された瞬間、その本性を見せるという。
感情も思考も無くした人間という名の生物は、何を残すというのだろうか?
「――たとえ」
否が応でも、パイロットの状態が見える自分の職業に吐き気がした。
攻撃の嵐に侵されて、人間という肉袋がミンチのようにされている。
――最低だ…
少年に味方出来なかった。
最後の、最後で、疑ってしまった。
ゆえに、この結末。
彼の敵として、見届けなければいけない。
ベルヴェデールはコンソールを涙に濡らして、目を覆っていた。
「男がゴミであっても――」
少年は、生きていた。
その事実に憎悪し――結末を迎えた。
望んだ、死。
哀れな、末路。
――無様なのは、どちらだ…?
自分の部下達は皆、沈痛な顔で俯いている。
今の自分は、どういう顔をしているだろう――?
この船の安全が第一だった、自分の職業。
少年は、敵だった。
では、彼の言葉の意味は――?
分からない。
一つ言えるのは。
少年に、最後まで勝てなかった。
警備のチーフは、銃を捨てた。
拾う事はもう、二度となかった――
「クズであっても――」
ばーか。
お膳立ては、全部無駄。
逃げる決断をしたくせに、最後は戦いに出向いてしまった。
自分の届かない、場所へ。
船の中で、少女は横たわる。
血に濡れた服は洗濯しずらいのに――
――涙で濡れた顔は、どうやって洗えばいい?
クリーニングのチーフでも、自分の涙は拭けなかった。
「どれほど価値が低くても――」
少女は何も、分からない。
傍にいる蒼い髪のおねーちゃんは、上を見上げている。
――泣いているように見えた。
涙に頬を濡らさなくとも、この優しい人は心を痛めている。
悲しいと、思った。
笑っていて欲しい、と願った。
――おにーちゃんは、何処に行ったんだろう?
ディータと呼ばれた少女は、きょろきょろ探す。
「――かけがえのない、命を持っている」
――勝負はついた。
今は一人で良かったと、心から思える。
不謹慎だと、戒めながら。
それでも嬉しく、感じられた。
この勝負は――少年の勝利。
同じ――として、心から誇りに思える。
ブザム・A・カレッサは長い海賊人生で初めて、私情に胸を震わせた。
――敬礼するのは、何年ぶりだろう?
「どんなに醜く見えても――」
――マグノ・ビバン。
彼女は、何も語らない。
「惨めで、悪足掻きでしかなくとも――」
昂然と、見上げる。
メインモニターに映し出される少年の姿。
死にかけの人間が、命を燃やして戦っている。
――流石ですわね…
あらゆる裏工作が今、覆されようとしている。
少年に浴びせた逆風は、少年自身の追い風で跳ね飛ばされた。
彼の評価はまた、変わるだろう。
自分達もまた、変わるかも知れない。
不思議だが――少年にもう怒りや憎しみはない。
そんな気持ちは最初から無縁だったように思える。
自分は美しいものが好きだ。
彼は――新しい風。
風は目に見えず、美しくも醜くもない。
見えないからこそ――人は風に意味を乗せて、飛ばす。
これからどうなっていくのか?
分かる事は、自分は変わらずにいること。
彼と、戦い続けていくという事だ。
少年と、同じ舞台で。
洗面台へ行き、化粧を落とす。
――自分の素顔を、見つめたい。
それもまた変化であることを、エステチーフは知らない。
「――たった一つだけの、素晴らしい人生なんだ」
彼女は、言った。
「かっこいいね」
彼は、言った。
「私の、友人だ」
彼も、言った。
「僕の、親友なんだ」
イベントチーフ、医者、操舵手。
職業は違っても、男と女であっても。
心は、通じ合える。
少年が、教えてくれた――
「間違い続けても懸命に、正しく生きようとしている」
そろそろ、行くか――
馴染みのある感触に、頼もしく感じた。
未経験ではないが、本当に久しぶり。
『ジュラ、準備はいい?』
「急いで、アマロ。あいつ、死ぬわ」
特に――打算もなく仲間を助けに行くなんて、それこそ何年ぶりか。
これが自分の選んだ、生き方。
「愛されるように、誇れるように、努力をしている」
「そんな彼らを笑う権利は――誰にもない」
男だからと、馬鹿にしていた自分。
最低の生き物だと、軽蔑していた自分。
――自分達が奪った被害者を、笑っていた。
奪われて当然だと、思っていた。
そんな自分に――
――カイを罵る資格はあるのだろうか?
幼い看護婦に、迷いは生じ続けている。
親友を傷付けた人間。
――人間。
人間だって、思ってたんだ…
少女は、泣いた。
――従順に、命を捧げようとした人達がいた。
吐き気がするほど、自分達と重なった。
男を、女を、嫌う自分達。
――不毛に殺された人間を見てきた。
荒れ果てた大地。
乾いた砂。
身勝手な教育。
理不尽な環境。
その根底にあるのは――刈り取り。
略奪の、象徴。
少年はこれまでの全てを燃やして、大声で叫んだ。
「奪う権利は――誰にもない!!!」
真っ暗なコックピットの中で――
――敗北した少女が、舌を噛んだ。
そして――青空の下にいた。
草原に埋もれて、寝転がっている自分。
優しい風が、頬を撫でる――
"ジュラ・ベーシル・エルデンが、貴方を回収しました"
「そっか…なあ、ソラ」
"…"
「――俺は、負けたかな」
真っ青な空を背景に、少女は――。
"イエス、マスター。貴方の敗北です"
――小さく、微笑んだ。
その清々しさに、カイもまた笑う。
「だよな…はは」
結局、勝つことは出来なかった。
彼女達は明日も、海賊を続けるだろう。
だけど、諦めない。
生きている限り、何時までも――
「ソラ…まだ、怒ってるか?」
"イエス、マスター"
「だよな…はっはっは」
"…怒りを示しているのに、笑うのは如何なものでしょうか"
「俺が好きなくせに」
"嫌いです"
変わった関係と、変わらない関係。
どちらが正しくて、どちらが間違えているのか。
"マスター"
「なんだ?」
"マグノ海賊団を、許せませんか?"
「ああ」
きっぱりと、言えた。
あの戦いが、教えてくれた。
"マグノ海賊団は、間違えていますか?"
「――いいや」
間違えてないけど、間違えている。
少年はそう言って、目を閉じた。
<to be continued>
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