ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action36 −世界−
見慣れない部屋に、見慣れない少女。
肩を借りてベットへ戻り、カイは数ある疑問点を吹っ飛ばして尋ねる。
「・・・さっきの爆発音は、何だ?」
目の覚めるような爆音。
ニル・ヴァーナにいれば、間違いなく敵襲だと疑っている。
――ニル・ヴァーナ・・・マグノ海賊団・・・
戻れなくなった関係に僅かな苦味を感じつつ、カイは少女を見やった。
少女は困ったように笑って、
「う、うん、その事なんだけど・・・
…。
わ、私、セランって言うの。貴方は?」
貴方は? と尋ねながら目は泳いでいる。
少女の奇妙な態度を訝しげに見ながら、
「? ――カイ、カイ・ピュアウインドだけど・・・」
「カイ君かぁー、うんうん、良い名前だね」
「あ、ああ、ありがとう・・・」
少女――セランの勢いに飲まれるように、カイは呆気に取られた顔で頷く。
少年の戸惑いをよそに、セランは話し続ける。
「ほんと、大変だったみたいね。怪我は痛まない?」
「包帯が少し窮屈な程度かな。
誰が手当てを?」
「君、重傷だったから大変だったんだよ。
処置の施しようが無かったから、医療マシンに放り込んで怪我を治したの。
包帯は船医のおばちゃん。
ムスっとした顔してるけど、腕は確かなの」
文字通り放り投げたのだろう。
ズキズキ痛む後頭部の原因が分かり、カイは顔をしかめる。
初対面の人間をこうして治療してくれた事には感謝しつつも、複雑だった。
セランはそっとカイの顔を覗きこむ。
「・・・カイ君には素敵な女の子が沢山いるんだね」
「女の子・・・?」
「もー、とぼけて。
カイ君が今元気に喋れているのは、その娘達のおかげなんだよ!
皆必死な顔で、"怪我人がいるから助けて欲しい"って泣いて頭を下げたんだから」
「・・・」
そっと、俯く。
"ジュラ・ベーシル・エルデンが、貴方を回収しました"
・・・彼女達も、あの戦いは見ていただろう。
自分の声を、意思を、心を、知った筈――
これまでの数ある騒動とは、最早レベルが違う。
自らの意思で剣を取り、彼女達に切っ先を向けた。
――略奪を、断つ為に。
その刃が彼女達を傷つけると分かっていながらも、戦う道を選んだ。
敗北に終わったが、侮辱や憤怒を感じていない。
戦うしかなかったと見切るつもりは無いが、あの戦いは必然だった。
馴れ合いや妥協は、自分達には似合わないから。
後悔は、ない。
だが――自分の選んだ道に、ジュラ達を乗せてしまった。
バーネットと戦う自分を、ジュラはどう感じただろう?
傷つけ合った自分達を、他の仲間はどう思っただろうか?
自分とは違い、ジュラ達はマグノ海賊団の一員。
彼女達側の人間だったのだ――
助けてくれたことが、その答えだと思うべきだろうか。
情けない。
あれだけ否定しておいて、まだ迷うのか自分は。
「ちゃんと、お礼は言った方がいいよ。
艦長を懸命に説き伏せたんだから」
「・・・ああ、そうするよ」
優しく伝えてくれるセランに、カイは素直に首肯する。
言葉でしか伝わない気持ちは、きっとある。
その様子を微笑ましく見つめていたセランだが、一転――
「――で、カイ君の本命は誰なの?」
「は・・・?」
「うふふ、誤魔化そうとしても駄目よ」
「何言ってるんだ、あんたは!?」
突然といえば突然の話題に、カイは驚き慌てる。
意味が分からないと言わないところを見ると、好き嫌いの意味には気付いているのだろう。
セランは悪戯っぽく見つめて、
「・・・切り揃えた髪の女の子かな?
カイ君より年上っぽいけど、すごい美人だし。
スタイル良いよねー、羨ましい」
切り揃えた髪、スタイルの良い女性――ジュラ。
検索ワードから導き出した答えに、カイは頬を引き攣らせる。
好きか嫌いかといわれれば、無論好きだ。
公言出来る。
何度助けてもらったか、数え切れない。
異性としても、意識はしている。
自分は男で、ジュラは女。
ただ――セランが望んでいる答えとは、違う。
意識や感覚の認識で、カイとセランにはズレがあった。
そもそも、
「本命ってのは何なんだ、本命ってのは」
男女関係に属する類語以前に、記憶のないカイには常識の欠損がある。
破損ではなく、欠損。
無知な面もあれば、驚くほど成熟した知識を利用する事も出来る。
カイは基本的に好奇心が豊かなので、知識の吸収には積極的だった。
たまに同じ事を聞くのは、ご愛嬌である。
トボけているのかと疑うセランだが、普通に知らない様子なので考えながら答える。
セランにしても、勉強して覚えた言葉ではない。
「えーとね・・・カイ君の一番好きな女の子、ってこと。
・・・ちょっと違うかもしれないけど」
「好きな女の子ね・・・」
タラークは男社会。
結婚や恋人に似た概念は存在するが、相手は当然男である。
世に言う子作りも、クローン技術を利用する形で出産する。
軍事国家におけるタラークのそうした価値観に、恋愛は諸手を上げて賛同はされない。
カイは場末の酒場に拾われて数年暮らし――
社会に触れずに生活し、国家の教育も受けていない。
恋愛や結婚相手が男だと教えられたところで、ピンと来ない。
特に記憶喪失の上に男女共同生活を半年間続けた後では、男社会には抵抗しかなかった。
かといって、女性を好きになるかどうかはまた別の話だ。
嫌いではない。
彼女たちと共に過ごす生活に、楽しさ以上の感情すら芽生えていた。
――あの戦い、までは。
何が正しくて、間違えているか。
誰が好きで、嫌いなのか。
今のカイには・・・分からなく、なっていた。
複雑な顔をして黙り込むカイに何をどう勘違いしたのか、セランはにんまりと笑う。
「あ、そっか。可愛い娘ばっかりだもんね。
純な年頃としては悩みどころかなー、この!」
「肘でつつくな、肘で」
初対面で遠慮のない仕草を見せるセラン。
男と女に対する偏見は、態度から欠片も見えない。
態度上怒った顔をしているが、カイに不快感はなかった。
「ね、ね、誰よ。教えて」
「いないって、そんな奴」
「嘘ね」
「何故そこまで断言出来るのか、さっぱり分からん」
「うーん、誰だろう・・・」
「興味津々だし・・・」
寝起きで、身体もまだ重い。
重傷からの急速な回帰は有難い分、反動がきつかった。
文句を言う気力もないままでいると、見舞い客はまだ頭を悩ませている。
「年上が好みじゃないとすると・・・年下?
あの、丸ホッペのちっこい女の子。
可愛いよねー、わたしの事キラキラした目でお姉ちゃんだって!
お菓子あげちゃった」
「騙されてるからな、お前」
丸ホッペのチビっ娘といえば、ルカを除いていない。
あの若さでクリーニングチーフへ出世し、自分勝手に生きている。
飄々とした態度で煙に巻くが、不思議と敵はいない。
こうした現状に陥っても、ルカならひょっこりマグノ海賊団へ戻れるかもしれない。
世渡り上手な女の子だが、間違えても恋人にしたくはなかった。
「カイ君の怪我を応急処置したのもあの娘よ。
雑巾で巻いてたから、びっくりしちゃった」
「不衛生だろう、それ!?」
処置が無ければ死んでいた負傷だっただろう。
自分の身体だ、一番に分かる。
とはいえ身体中を雑巾で覆われていた事実に、頭が痛い。
クリーニングチーフらしいといえばそうだが、常識で行動してほしい。
雑巾の匂いが途端に気になり、鼻を寄せて確かめてしまうカイだった。
「あはは、あの褐色の女の子も君と同じように怒ってた。
君の治療を急がせて、早く包帯に交換してあげて下さいって。
絶対あの娘、カイ君が好きだと思う」
「・・・あいつは根が良い奴なだけ」
アマローネ――彼女がどうしてついて来てくれたのか、今でも分からない。
喧嘩もしたが、あの時は一方的に自分が悪かった。
かつての仲間と離反して、アマローネは何を想うだろう。
カイが断言出来るのは、彼女と出会えて良かったという事だけ。
六ヶ月を通して、アマローネがどれほど優しい女性であるかが分かった。
彼女に想われる人は幸せだと思う。
「逆に、望み薄なのがあの娘かな・・・
カイ君の事聞いたら人攫いですって。どういう事なの?」
「・・・話がややこしいから、聞かないでくれ」
どうやら自分より早く目を覚ましたようだ。
クマの着ぐるみが大好きな女の子を思って、カイは小さく笑う。
驚いただろう。
目が覚めたら、全く知らない場所なのだ。
事の顛末を聞いて怒り狂ったに違いない。
怒られてばかりだが、あの娘の事を嫌いにはとてもなれそうにない。
憎まれる事を微笑ましく思えるのは、この世であの娘だけだろう。
「もしかして、家庭的な人が好み?
うちの厨房で腕を振るってる人とか――」
「――何やってんだ、あの人は」
頭を抱える。
ルカとは別の意味で、呆れるほど自分に正直な人である。
此処が何処か知らないが、きっと料理をご馳走しているに違いない。
キッチンで鼻歌を歌っている姿を簡単に想像出来る。
人格者で他人に好かれる人なのだが――
カイは息を吐く。
好きか、嫌いかはともかくとして――
「飽きない連中ではあるな、あいつらは」
「・・・ふふ、そうなんだ」
生き残った自分と、変わらぬ仲間達――
心配の種が減り、終わらぬ戦いの束の間の休息にカイは身を横たえた。
――爆発音についてはぐらかされた事に、気づかぬままに。
こうして彼らは、新しい世界へ降り立った。
<to be continued>
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