ヴァンドレッド


VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action29 −未練−






 射出口には、船が用意されていた。

旧イカヅチ――タラーク最大の軍艦に保管されていた救助船。

非常事態でイカヅチが運航不能となった場合、船員を乗せて脱出する。

人が住める最低限の設備が揃っており、長距離運航が可能である。

小規模だが格納庫が搭載されている最新型だが、一度も使われず保管されていた。

今がまさに、その緊急事態――

一人の少年の危機に眠っていた救助船が今、目覚めた。


「…パルフェとガスコーニュだな?」

「ふ、何のことやら」

「こんなの、大っぴらに用意出来る奴が他にいるか」


 明後日の方向を見てとぼけるルカに、カイがげんなりした声を上げる。

つい先程まで警備クルーに封鎖されていたとは思えないほど、堂々と救助船が発進準備されていた。

警備員の撤収を見計らって急ピッチで作業を進めているとはいえ、ここまでの準備を早急に出来たとは思えない。

明らかに前もって、準備されていたのだろう。

六ヶ月以上放置されたままの船に資材・物資を供給し、設備と人員を投資して作業が行われている。

恐らく幽閉された頃には、この準備が始まっていたのだ。

一クルーの権限では決して出来ない。

カイの行動を先読み出来る頭脳と、迅速な判断力。

これほどの物資と人員を動かせる権限と、救助船を隠蔽出来る設備の管理力が必要となる。

少なく見積もっても、幹部クラスの力が要る。

あの二人以外ありえない。

――長楊枝を銜えた貫禄あるレジの店長と、好奇心旺盛な機関部の長。

彼女達にも立場はある、責任もある。

マグノ海賊団の明確な敵と認識され、数ある罪状を科せられた人間を表立って応援は出来ない。

さりとて何もせずに引き下がる人間でもない。

姿を見せず、別れの言葉も言わない。

今出来る最大限の裏方仕事で、彼女達はカイを見送ろうとしている。

本当に――彼女達らしい餞別だった。

口では悪態をつきつつも、カイの口元は緩んでいる。

結局何も言えず去るしかないが――大きな借りが出来てしまった。

感謝するのは二人だけではない。

最悪、脱出さえ出来ればと考えていた。

我が身一つで逃げ出す辛さを知りながら、苦境を超えて活路を見出す。

ニル・ヴァーナを離れれば不便は多い。

男女の仲が悪かったとはいえ、一応の生活は出来ていた。

衣・食・住、人が人として住める環境が維持されていた。

船から出て行けば、その環境すら激変する。

本当に困った時、今度こそ誰も助けてくれない。

孤独な宇宙を旅する上で準備を万端にするのは当然で、裸一貫で飛び出すのは自殺行為だ。

この救助船には――カイの手荷物や蓄えた食糧・物資が積まれている。

保管庫から此処まで、人目を忍んで運び出すには大変な労力だった筈だ。

手助けしてくれたのはレジや整備の女の子達。

ガスコーニュやパルフェの命令だったからというだけで、大罪を犯した男を逃がす真似は決して出来ない。

ルカから話を聞いて、胸が張り切れそうだった。

この船を出るしかない無力な自分が情けなくて仕方がない。

でもこのまま居れば、彼女達に迷惑をかけるだけ。

意地や見栄でこの場に残る事の愚かさは、許されない。

感謝と申し訳なさで心が破裂しそうだが、今だけは耐えて未来への活路を見出す。

この船に残る決断をしてくれたバートやドゥエロの為に。

そして――


「・・・本当に、いいんだな」


 クリーニングチーフのルカに、サブドレッドリーダーのジュラ。

キッチンチーフのセレナに、ブリッジクルーのアマローネ。

立場ある人達が決断し、カイと共に行く事を決意した。

カイはもう引き返せない。

マグノ海賊団には完全に嫌われて、追われる身となった。

飛び出して逃げたところで、もう今の立場が変わる事はない。

しかし彼女達は逃走の手助けはしたが、やり直す道は残っている。

今の役職や立場は変わっても、まだマグノ海賊団ではいられる。


出て行ってしまったら、もう――


カイの未練とも言うべき気持ちを、彼女達は笑って流した。


「暇だし、付き合うよ」


 ルカの言葉。

彼女の本音であることは間違いない。

今の状況も彼女にとっては楽しい出来事なのだろう。

クリーニングクルーは比較的年配の女性が多い。

家事要素の高い地道な清掃作業は、若い女性には好かれない職業だ。

ルカは異例の出世でチーフとなり、同じ職場でマスコット的人気を博している。

出て行くことを部下に告げると、快く送ってくれたそうだ。

お弁当にハンカチ・鼻紙まで持たされたエピソ−ドまである。


「あ、あんたには借りがあるから・・・これでチャラよ、チャラ。
ジュラだって忙しいのに、わざわざ付き合ってあげるんだから」


 憤慨した様子で、ジュラは口を尖らせる。

彼女の場合、本音かどうかは怪しい。

だが少なくとも、彼女自身の決断である事は間違いない。

ドレッドチームを留守にする事に関して、メイアの承諾を得たのかどうかはカイは聞かなかった。

チームに関しての話題は、バーネットに繋がる。

二人の間では禁止事項だ。


「カイさん一人では、お腹が空くでしょう?
大丈夫です、わたしが美味しいご飯を作ってあげますから」


 彼女らしい理由で同行を申し出る。

マグノ海賊団をたとえ辞める事になっても、料理人を辞める事は決してない。

男も女も、彼女にとっては御飯を食べてくれる人間なのだ。

彼女の信念を揺るがす事は、お頭のマグノにも出来ないだろう。

部下とも相談して大いに反対されたそうだが、丁寧に説得して理解を得たらしい。

彼女の賛同は、カイにとっても嬉しい。

料理人である事以上に、男女を問わないセレナの姿勢は大いに励みになる。


「・・・タラークまで行くんでしょう? 協力してあげる。
針路を取る人間が必要でしょう」


 アマローネ――彼女は最後まで理由を語らなかった。

手伝う、ただそれだけを口にして。

クリスマスでも積極的な賛同をしなかった彼女が、どうしてこのような危ない橋を渡るのか。

何故協力してくれるのか。

ブリッジクルーの彼女の能力は、確かに長い旅路で貴重ではあるのだが――

彼女は何も言わない。

見返りを一つだけ、求めた。


「この娘も連れて行って」


 ――セルティック・ミドリ。

意識を失ったまま、此処まで運んで来た。

当人の許可を得ずに連れて行くのを、カイは渋った。

セルティックはカイを嫌っていた。

そんな彼女を問答無用で連れて行くことは、彼女を破滅させるだけでしかない。

カイの言い分を、アマローネは悲しい顔で首を振って頼み込んだ。

連れて行って欲しいと――

このままカイと別れるのは、きっと後悔するだろうから。

カイも首を縦に振らざるをえなかった。


「・・・ピョロは――」

「あ、お前は強制ね」

「酷いピョロ!?」


 問答無用でスイッチを切って黙らせる。

皆の笑いを誘ったが、それだけ二人の関係の深さが窺える。

ピョロもきっと、 不平不満を口にしてもついて来ただろう。


「皆、元気でね。こっちはこっちで何とかしとくから」


 気軽な表情で、ミカは明るく手を振る。

ドゥエロとバートの二人をそのままには出来ないからと、彼女は自主的に残った。

男二人をただ黙って残していけば、カイへの恨みや憎しみが集中したであろう。

チーフとしての権限は大きくはないが、イベントを仕切る彼女の影響力は大きい。

ガスコーニュやパルフェ、他に手助けしてくれる人間もいる。

心強いサポーターだった。


残る者と、去る者――


お互い隔ててしまう身だが、距離を置いても結んだ信頼は決して切れない。

見送るドゥエロやバートも、悲壮な顔はしていない。

出て行くカイ達も、明るい表情で別れを告げた。

猶予のない時間を精一杯惜しんで、出立の時間を迎えた。

そこへ――



感傷を断ち切る、緊急のサイレン。



警戒態勢の発動を告げる、警鐘――


「ま・・・まさか、刈り取り!?」


 誰もが最初に思い浮かべる、敵影の姿。

時間や場所を選ばず、ところかまわずやってくる略奪者達。

一同の顔に緊張感が漲る、が――



「――いいや」



 ただ一人だけ、否定する人間がいた。

カイ。

不思議と、気持ちは落ち着いている。

確たる予感が、彼にこの敵の正体を告げていた。

恐るべき敵。

けれど、こみ上げてくるのは――微笑みと悲しみ。

この敵が何を望み、何を成そうとしているのか、馬鹿馬鹿しいほど理解できた。


「どうやら・・・俺に用があるらしい」


 迷いは、吹っ切れた。

ならば、戦うのみ。

カイは冷たい息を吐いて、静かに宇宙を見上げた。






























<to be continued>







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