ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action27 −遺体−
融合戦艦ニル・ヴァーナ。
全長三キロメートル以上を誇る巨大な艦だが、船外へ出るルートは意外に少ない。
融合時の暴走でペークシスが活性化し、結晶体が船の大半を飲み込んでしまった。
現在も幾つかの施設は閉じられ、調査必要とされている。
現在主に使われているのは、三つ。
レジが管理しているドレッド専用の発射口。
SP蛮型と改良型ドレッドが眠っている主格納庫の射出口。
ミッションでカイが知り合ったラバットが来艦した専用口。
――そのどれもが、現在封鎖されていた。
カイの脱獄と原因不明の激震、二つの要因に因る判断である。
混乱に乗じて外敵要素の侵入を防ぐ為と――内部の敵を逃がさない為に。
判断を下したのはエステチーフのミレル・ブランデール。
行動に移したのは警備チーフのヘレン・スーリエ。
明らかな越権行為だが、度を越した行為とまでは言えない。
カイが追われる身なのは事実であり、クルーの半数はカイの捕縛と船の沈静化を願っていた。
刈り取りが来る前に平穏を乱す要素を排除すると主張されれば、口をつぐむしかない。
自らの存在を巧みに隠し、状況を最大限に利用した目論見は順調と言えた。
カイの考えや行動パターンを先読みし、素早く判断して早期に行動に出る。
追い込んでいく一方で、カイがこの半年で積み重ねた信頼を殺ぐ。
上辺だけの事実と実際の被害、主任クラスの判断とまでなれば疑う余地が無い。
クリスマスとは、明らかに状況が違う。
今では賛成派こそが、悪。
カイを擁護する人間は裏切り者として扱われ、カイの味方は徐々に減っていった。
男の居なかった以前のマグノ海賊団に戻る――苦しい旅の最中にいる彼女達の誰もが望んでいるのだから。
大義名分と、状況証拠。
成就しつつあるだったが、一つだけ誤算があった。
カイの半年を、計りきれなかったこと。
自分の視点だけで、カイの容量を判断してしまった事――
「…何のつもりだ」
「説明したじゃん」
険悪な顔のヘレンと、涼しげな顔のルカ。
警備チーフと、クリーニングチーフ。
大柄な女性と、小柄な女の子。
圧倒的な対格差を埋めているのは、内面の強さに他ならない。
ルカはクイっと、小さな親指で指差す。
「男二人は生け捕り。
自分の部屋に隠れてたのを、捕まえた」
手錠で繋がれたドゥエロとバート。
ドゥエロは無表情のまま静かに、バートは悔しそうに歯噛みしている。
繋がれた錠は見た目にも頑丈で、捕らえられた男達は無力だった。
彼らを見るヘレンの目は冷たい。
「部屋は一度調べたんだけどね・・・」
「探し方が悪いんでしょ」
ヘレンを先頭に、警備クルー達の表情が険しくなる。
軍人相手にも引けを取らない猛者達だが、ルカは鼻歌でも歌いだしそうな顔をしている。
険が取れない顔のまま、ルカの前に一歩出る。
男二人はある意味でどうでも良かった。
タラークの男は敵だが、この二人は実質的に何もしていない。
存在の在り方そのものが有害であるというだけで、捕縛した以上片がついたも同然。
問題は、探し続けていた肝心の男だ――
「・・・もう一度だけ、聞く。
カイはどうした」
背後に詰め掛けていた警備員達は、一斉に前進する。
冗談の類でも一言言えば、仲間のルカでさえ危害を加えかねない雰囲気。
殺伐とした空気の中で――
「殺したよ」
――彼女は、言った。
気軽に。
顔色を変えたのは、ヘレンの方だった。
自分以外の人間が殺したのを悔しく思うのか、カイに味方していたルカが殺した事実に驚愕したのか。
ルカは語る。
「密航者隠蔽と傷害罪、おまけに脱走罪。
抹殺許可は出てなかったけど、時間の問題だったでしょ。
むしろお手柄、お手柄。
うふふー、出世コース」
ピースサイン。
ヘレンは初めて――
――己より年齢も体格も低いこの少女に――恐怖した。
片手で捻り潰せそうな小さな女の子だが、平然と人を殺したのだ。
かつて、仲間として共にしていた者を――
「・・・出鱈目を、言うな!」
事実確認の声ではない。
殺した事実を平然と語る、ルカへの悲鳴から出た言葉。
彼女は怯まないまま、
「何で出鱈目?」
「お前、お前は――! あの男の味方――」
「利用価値があっただけ。無くなったら、ゴミでしょ。
ゴミは綺麗にするのが、ルカのお仕事だよ。ふふふ」
ニタリと、笑う。
衝撃の事実と、冷徹な本性を見せた目の前の怪物に絶句。
ルカは満足げに笑って、パチンと指を鳴らす。
――ゴロゴロと転がってくる台車。
押して歩くのはピョロ。
感情豊かなデジタル画面はノイズが走り、無機質な素顔を覗かせている。
まるで今までのピョロが不自然であるかのように、押して歩くピョロの能面な顔はロボット同然だった。
ヘレンは目を見開く。
台車の上に載せられているのは――棺。
真っ黒に染まった、死に満ちた鉄の棺が蓋を閉じられている。
「これが死体。ちょっと汚いけど、見る?」
「――ぅっ」
「見ないなら、このまま捨てるけど」
「み、見るに決まっている! 開けろ!」
そうだ、本当は殺していないのかもしれない。
いや――殺していないに決まっている!
殺していないから、これほど余裕でいられる。
かつて仲良くしていた人間を殺したなど、欺こうとしているのだ。
死体さえ確認すれば、こっちのものだ。
化けの顔をはがしてやる!
意気込み勇んだヘレンは乱暴な手つきで蓋に手をかけて――
――開いた。
「――ヒィっ」
「い――いやああああああああああああ!!!」
覗きこんだ者全てが上げる、絶叫。
ヘレンは顔を真っ青にして、死人のような足取りでふらふらと後ずさる。
血臭。
濃厚な血の臭いが鼻を刺す。
かつて少年だったその物体は――頭部が粉砕されていた。
頭蓋骨が破砕し、血で汚れた脳味噌をまき散らしている死体――
徹底的に嬲り潰したのか、最早顔は影も形もない。
警備という職業上、死体は見ている。
海賊をしていれば、被害がまるで出ない仕事などむしろ少ないほうだ。
だが、それを差し引いても・・・この死体は生前の姿が想像できないほど、生々しく殺されていた。
「お、お――こ、ここまで・・・」
「間抜けな顔してるでしょ。
のこのこ部屋に帰ってきたところを、純情な顔で近づいて仲間面したの。
そしたらこいつ、安心した顔で全部話したよ。
密航者の事も何もかも――クスクス。
で、逃がしてやるって嘘ついて油断したところを――ポカって。
賢いでしょ? ルカ、力弱いから頭使ったの」
誇らしげに語る彼女。
堂々たる態度で顛末を話すルカを、警備クルー達は顔色を失って遠巻きに見ている。
中には半狂乱して泣き喚く者、逃げ出す者、卒倒する者、嘔吐する者――
誰一人、カイが死んで喜んでいる人間はいない。
ヘレンで、さえも。
ルカはよいしょっと棺を閉じて、皆を見渡して言った。
「納得した? 納得したなら、通して。
死体を外に捨てるように、命令されてるの。
邪魔するなら――ヘレン、あんたもいらない。
みーんな、一緒に捨ててやる。
一人も、二人も、同じだよねー・・・
あは、あははははははははははははははは」
「う――うあああああああああっ!!!」
脇目も振らず、プライドも何もかもを捨てて、逃げ出す。
その場に残る、勇気のある人間など誰もいない。
残ったのは苦々しい顔で捕まったままの男達。
スイッチを切られたままのピョロ。
控えていた物陰より、出てきた共犯者達。
狂ったように哄笑を上げる、女の子――
「――いい加減、黙れ」
「あぅ」
棺から出てきて少女を殴る、少年のみだった。
ドレッド発射口扉前での、一場面である。
<to be continued>
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