ヴァンドレッド
VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action25 −鍛冶−
メラナス――セランの故郷の惑星。
地球より出立した植民船団の一部が未開拓惑星へ辿り着き、テラフォーミングを経て人の住める環境を育成した。
長きに渡る旅で船団の数は減り、この星へ辿り着いた時には搭乗員はほんの僅かとなっていた。
それでも力を尽くし、文明を開化させ、技術を進化させ、自然を育んだ。
年月を費やして、ようやく苦労が実りつつあった発展途上の惑星。
そんな人々の努力が今――
――土足で踏み躙られようとしていた。
『艦長ぉー』
「・・・言いたい事は分かったから、そんな情けない顔を見せないでくれ」
クスクスと、周囲から笑い声が聞こえてくる。
メインブリッジ――艦長席に座るのは、年配の男だった。
若い頃は活力に満ちていたであろうその尊顔は、苦労の積み重ねで深い皺が刻まれている。
切れ長の双眸は心労に滲んでおり、鋭い表情の影に小さな焦燥が窺えた。
艦長席の前には小さな画面が浮かんでおり、向こう側に作業着を着た少女が映し出されている。
涙を滲ませて懇談の眼差しを向ける女の子――セランは、上擦った声を上げた。
『何ですか、あの要望書は!?
今日中に全機修繕なんて無理ですよ!』
「君に苦労をかけてばかりで申し訳ないが、我々に猶予は無いんだ」
『私にだって猶予は無いんですよ!?
艦長も怒ってくださいよ、あの分からず屋に!』
「・・・何だ、また喧嘩したのかね。君の不機嫌はそれが原因か」
『ほんの一時間ほど休憩取っただけで、呼び戻しに来るんですよ!
あんな奴を戦闘隊のリーダーにするべきではないのではないでしょうか!』
「次は人事の不服か。君も忙しいね」
『サクリに任せましょ、サクリに。私、戦闘機に乗ります』
「その場逃れはやめたまえ。自分の職務を理解しているだろう。
君がいなければ、格納庫はたちまちガラクタの山となる」
『どうして私一人に押し付けるんですか!?
主任は風邪とか言って逃げちゃうし』
「君一人ではあるまい。仲間も沢山いる。
君を頼りにしている人達は大勢いるんだ」
『うう、信頼が重いです、逃げたいのです・・・』
メソメソ泣いているセランに、艦長が苦笑いを浮かべる。
彼女は不平不満を口にはしているが、本当によくやってくれている。
連日連夜で整備班に指示を飛ばし、自ら汗水流して修繕と改善作業に頑張っているのだ。
彼女の働きぶりは優秀かつ有望で、主任クラスに抜擢されるべき存在だ。
明るく元気なその姿に、パイロット達や他のクルー達も励まされている。
艦長たる彼もまた、その一人だった。
「防衛線は今のところ持ち堪えているが、奴らの襲撃はまだまだ続くだろう。
戦力が衰えれば、押し潰される」
『分かってはいるんですけどね・・・
最近なんて、毎日のように襲って来ていますし』
彼女達の星は今、敵に狙われている。
大いなる戦力と未知なる背景を宿した、忌むべき襲来者。
セランの故郷が一度壮絶な奇襲に晒されて、沢山の犠牲者を出した。
メラナスは戦力を二分化し、故郷への守りと惑星外の防衛に戦艦を駆り出した。
年配ながらに豊かな軍事経験を持つ艦長が防衛線維持に徹底し、迎え撃つ形でこれまでを凌いで来た。
敵戦力はメラナスを遥かに凌駕している。
防衛線を張れる余力はあるが、敵に攻め入るにはあまりにも脆弱。
戦禍はほぼ一方的――防衛線の維持も辛くなり始めていた。
基本的に増援がない以上疲弊して当然だが、無いものねだりなど出来ない。
こうして苦労話に華を咲かせられるのも、そろそろだろう。
ブリッジでは名物になりつつあった艦長とセランの応酬も、終焉は近い。
両者共に自覚はあるからこそ――こうした無理難題のやり取りは成立していた。
そしてこの話題の終わりもまた、いつもと同じ。
「この戦いが終われば、かねての約束通り休暇を与えよう。
今は辛いかもしれないが、どうか頑張って欲しい」
『・・・絶対ですよ。破ったら、艦長を一生恨みますから!』
「サクリを誘って、二人でデートでもどうかね」
『72時間は寝るつもりなので、無理無理です』
最後に明るく笑って敬礼し、画面は消える。
艦長はやれやれと息を吐く。
戦いが終われば――
何時、終わるのだろう?
この辛い戦いは、何時まで続く?
我々は死ぬまで?
敵が・・・我々の――を刈り取るまで。
艦長は重い表情を浮かべて、冷たいシートに背中を預ける。
希望の無い戦い。
戦力差は圧倒的。
こちらは防衛で精一杯、戦力は削られ続ける。
昨日の戦闘でも、多くのパイロット達が死んでいった。
どうすればいい――?
どうすれば・・・・
苦い顔つきで虚空を見上げたその瞬間――艦長の目に赤い光が突き刺さる。
鳴り響く非常警報。
禍々しい赤色灯がブリッジを染め上げ、緊張感を漲らせる。
「艦長、敵襲です!」
「・・・実に・・・」
実に、素晴らしいタイミングで――
――疲れきった心を、恐怖で引き裂いてくれる・・・
非常警報の発動。
格納庫に響き渡る死を告げる音色に、セランは持っていたスパナを床に叩き付けた。
早すぎる――!
散々人をいたぶっておいて、回復する機会を与えずにまた襲撃に来たのだ。
襲撃の周期は、やはりどんどん短くなっている。
考えられない速さだ。
ここまでの戦力を有しているのなら、どうして全勢力で攻めて来ないのだろうか?
考えれば考えるほど、嫌な感覚が心を巣食う。
どんな予想をしても、こちらが弄ばれている事に変わりは無いのだ。
セランは忙しなくなった格納庫内全体を、見渡す。
格納されている戦闘機の機体数は減る一方――
修繕も満足に終えていない機体は、山ほどある。
少しでも現実を軽んじてしまった自分が情けない。
何も出来ず、ただ機体を送り出す事しか出来ない自分が悔しい。
どれほど入念に整備しても、膨大な敵の数には無力だ。
頑張っても、頑張っても、壊れて帰ってくる。
いや、壊れるのはまだいい。
そのまま帰って来ない機体も――あるのだから。
セランは涙が滲んでくるのを、押さえきれない。
帰って来て。
皆、帰って来て――
その願いは、果たされない。
分かっている。
分かっているから、辛い。
辛すぎる。
願っても叶えられないのなら,どうすればいいのだ。
何に頼ればいい。
何に願えばいいんだ。
どうすれば――
何も分からないまま、セランは職務を全うする。
――戦火は広がっていく。
激しい激突。
人の命を散らした火花。
敵の数は減り、味方の数も減っていく。
今日もまた、戦いは繰り返される。
いつもと同じように。
救いの無い、消耗戦――
「サクリ!」
見ているしか出来ない戦い。
戦況を撃つくし出す画面の向こうに、信じられない光景が移る。
敵の攻撃から味方を庇ったサクリの機体――
悪夢のように、ビームが突き刺さり火花を散らす
コックピットから外れたものの、機体のダメージは大きい。
完全に操縦の手を離れた機体は、錐揉み飛行をして宇宙の闇へ墜落する。
迫る敵影――
「やめてぇ――!!」
絶望を染まる少女の悲鳴。
哀れな傍観者に見せ付けるように、敵はレーザーを照射した。
<to be continued>
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