VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action20 −背信−
――結果は、予想通りだった。
「みんなぁー! 来て来てぇー!!
ここに男が――もがもが!」
「声がでかい!
――ええい、ずらかるぞ! お前、こいつを担げ!」
「だから、許してくれないって言ったんだピョロ!」
医務室にドゥエロが居ないのは幸運だった。
ピョロのセンサーで、医務室の中の体温反応を調べると一人だけ。
毎日真面目に職務に励む彼の姿が無いのは、この騒ぎで怪我人でも出たのか。
心が痛むカイだが、なりふりかまっていられる状況ではない。
彼女が一人なのは好都合。
十手を返してもらうべく、医務室へ入った途端――この有様だった。
顔を合わせた途端目を見開いて、大声を上げるパイウェイ。
カイとピョロは慌てて口を塞ぎ、彼女を担いで奥の個室へ移動する。
殆ど拉致・監禁と変わらないが、応援を呼ばれるのはまずい。
扉を閉めて内側からロックし、一息吐いたカイはパイウェイを解放した。
強引に口を塞がれて呼吸困難に陥っていたパイウェイは、ゲホゲホ咳き込みながら涙目で訴える。
「つ、ついに本性を見せたわね!?
このケダモノ! 卑怯者!」
「ごめん。
お前に騒がれたら、落ち着いて話も出来ないからさ――」
「話す事なんて何にも無いわよ!
あんたなんて、早く死んじゃえ!!」
「・・・ほんとストレートに言うな、お前って」
話す余地なんかない、と罵声を浴びせるパイウェイ。
愛用しているカエルの人形も使わず、生の声で文句を言い募る。
親友の怪我に、記念日の汚辱――
大切な日と人を汚した罪を、彼女は決して許さないのだろう。
非は自分にあるので、カイは何も言えない。
かといって、このまま黙って受け入れるままにしていれば、十手の奪還も脱出も不可能になる。
仲間を呼ばれて、牢獄へ逆戻り。
その場で射殺される可能性すらある。
死ぬ事も諦める事もしないと決めた以上、カイはその悲運を受け止めるつもりは無い。
何とか彼女を説得しなければ――
散々言いたい放題言って呼吸を荒げるパイウェイに、カイは息を呑んで慎重に話し掛ける。
「・・・パイウェイ。俺は――」
「はぁ・・・
――服を脱いで」
「は――?」
顔を上げたパイウェイの目は、静寂。
高まり続けていた熱は引いており、鬱陶しげな顔をしているだけ。
思わずきょとんとした顔をするカイに、パイウェイは地団太を踏んだ。
「上着を脱げって言ってるの!
言う通りにしないと、また大声上げるわよ!」
「わ、分かった!?」
そのままパイウェイは距離を取り、カイを睨んだまま腕を組む。
カイは怪訝な顔を崩さないまま、ジャケットとシャツを脱ぐ。
肩口の乾いた血がシャツに張り付いていて、脱いだ瞬間痛みが走る。
「・・・脱いだぞ」
シャツの黒さで血が目立っていなかったが、肌を見せれば一目瞭然だった。
露出した上半身に、傍で見ていたピョロは目を剥く――
夥しい出血の痕跡と、生々しく抉られた銃創。
元気に動き回っているのが信じ難いほど、肩は深手を負っていた。
上半身は血に染まっており、暴行の痕も多数見られる。
目を背けたくなるほどに、カイの身体は痛々しい。
裏切り者として非難を浴びているカイ。
ディータを負傷させ、密航者を隠していた責任は確かにある。
だからといって、何故ここまでカイを痛めつける――
怪我をしたディータに、一番心を痛めているのは本人だというのに。
ジッと見つめるパイウェイ――
カイの怪我を目の当たりにして、彼女は悲嘆も高揚もしていない。
静かに肩を凝視し――目を伏せて、踵を返す。
カイに何も声をかけず、ツカツカと個室の真ん中へ。
入院患者用のベットの傍、荷物入れの棚に手を入れて取り出す。
救急箱を――
「・・・座って」
ベットにポンポン手を置くパイウェイ。
カイは上半身裸のまま、呆然とした顔を向ける。
「お、お前・・・」
「いちいち聞かないでよ! あんたに拒否権なんか無いの!
人を呼ばれたいの!?」
「わ、分かった! 全部お前の言う通りにする!」
――何が何だか、分からない・・・
ありえない展開の連続に、カイはまるでついていけなかった。
恐る恐るベットに座ると、パイウェイは背後に回る。
救急箱を開ける音が聞こえ、カイは目をパチパチさせた。
・・・どれほど愚かな人間でも、今の状況は理解できる。
パイウェイは、カイの怪我の手当てをするつもりであった。
(でも何で――)
自分の死を願っていたのではないのか?
ディータと同じとは言わないが、深手を負ってむしろパイウェイは喜ぶ立場にある筈だ。
罵倒される覚悟はあった。
最悪、パイウェイが襲い掛かってくる危険性を考えてもいた。
殴る蹴る――どのような暴力も抵抗せず、甘んじて受け入れるつもりだった。
そんな全ての予想を、完全に覆すこの状況――
ドゥエロのように完璧ではないが、丁寧に薬と包帯を巻いてくれている。
血に濡れた上半身を清潔な布で拭き、怪我を診察。
消毒液や薬を塗られる度に痛みが走るが、傷そのものが和らいでいく感覚はある。
丁寧な看護――
パイウェイがこの船でただ一人の看護婦である事を、今始めて認識させられた気がする。
でも、どうして――?
「・・・何で、俺を・・・?」
自分でも自覚出来る弱々しい声。
感謝すべきか、手当ての真意を疑うべきか――
手当ての心地良さに涙しそうになりながら、カイは俯く。
「俺を、恨んでいるだろ――憎んでいるだろ?
こんな事しなくても・・・」
「・・・。
十手、机の上にあるから」
「――!」
「それ、受け取ったら――出て行って」
「パイウェイ・・・どうして・・・」
分からない事だらけ。
パイウェイがどうしてここまでしてくれるのか、カイにはまるで分からない。
気紛れなのだとしたら、何と残酷か――
その優しさに、縋り付きそうになってしまう。
失われたあの日々を、もう一度取り返せるのかと思えてしまう。
パイウェイは――ぎゅっと、包帯を握る。
「――分かってる」
「え・・・?」
「あんたが――悪いんじゃないって、分かってる・・・」
「・・・」
「ディータが、好きになった人だもん・・・ね。
ほんと、馬鹿。
――料理なんて、作らなくてもよかったのに・・・」
「!?」
記念日に、ディータが振舞う予定だった料理。
カイがレシピを見て作り――そのままテーブルの上に置かれたまま。
騒動が起きて忘れ去られたあの料理を、パイウェイが見たのだ。
「――っ、あれは――」
「何も言わないで。
言わないまま、すぐ出て行って。
・・・おねがい」
パイウェイも――苦しんでる。
傷付けられた怒りと、大切な人の想い人を信じたい気持ちの間で。
人を憎み続けるには、パイウェイはあまりにも優しくて。
人を信じるには、パイウェイはあまりにも弱くて。
憎悪する人間を治療し、信じたい人を拒絶してしまう――
(・・・う・・・ぐ・・・)
哀れだった。
自分も、彼女も――あまりに、哀れだった。
謝る事も許されず、裏切る事も許されない。
この惨劇の舞台に割り当てられた役割は、悲しいまでの道化。
カイが小さく頷くと、パイウェイは治療に戻る。
震える手先が背中にぶつかるが、何も言わない。
言えは――しない・・・
何を言えばいい。
今更、何を言えばいいというんだ。
今、自分に出来ることは彼女の望みを叶えるだけ。
この存在そのものが、彼女の重荷になっているのなら――
――出て行くだけだ。
でも、きっとやり直す。
やり直してみせる――!
涙を我慢する女の子に背を向けたまま、カイは嗚咽を噛み殺した。
<to be continued>
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