VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action18 −果敢−
ピョロを呼んだ大きな理由は二つある。
一つに、男女の枠に囚われないロボットである事。
船内の男女を敵に回したカイにとって、ピョロは貴重だった。
ペークシスに干渉して目覚めたピョロは、タラーク・メジェールの価値観に触れていない存在。
男と女の差別を常に疑問視し、マグノ海賊団やバート達の言い分に文句をつけていた。
今回の騒動は原因こそカイが作ったが、引き金となったのは男女の諍い。
カイと合流したピョロは彼を批判しなかった。
密航者の存在――ソラに関しては、ピョロ本人も認識している事実。
ディータの負傷は事故である事は、カイと半年も付き合っていれば聞かなくても分かった。
立体映像のユメと違い、ロボットのピョロは力仕事もお手の物。
気絶したバーネットから取り出した鍵で、カイの手足を開錠。
深手を負って幽閉されたカイを支えて、牢獄から外へ避難させる。
ここでもう一つ彼が役立つ理由に、ピョロが旧イカヅチに搭載していた情報処理ユニットである事が挙げられる。
タラーク軍艦イカヅチと海賊母船が融合した艦、ニル・ヴァーナ。
イカヅチは祖先の星地球より出立した植民船を改造した船であり、古き時代の名残を残した区画も多い。
融合後も幾つかの施設は放置されたままとなっており、広い艦内の全体図はマグノ海賊団も把握していない。
自室にも戻れず、居場所を無くしたカイは、現在追われる身。
暴行を加えられて衰弱が著しい彼は、一先ず身を休める場所が必要だった。
今後の対策を練る上でも、見付からない場所が欲しい。
艦内に張り巡らされたセキュリティはユメが解除出来るが、追っ手の類は流石にどうしようもない。
セキュリティ関係を逆操作して追い払う事は出来るが、クルー達を負傷させてしまう。
カイがそれを望まぬ限り、ユメは手出しが出来ない。
渋るユメをカイが宥め、ピョロの案内で牢獄を離れて移動する。
通路を走り回る警備員の目を必死で掻い潜り――彼らは倉庫の一つを隠れ家として選んだ。
埃の舞う長年放置された倉庫だが、追っ手から逃れるには十分だった。
小さな電球のみ一つ点灯し、カイは壁に寄り掛かって身を休める。
やはり、顔色は悪い――
ディータの依頼を引き受けてから、丸一日。
痛々しい青痣がついた手足に、肩の銃創。
激しい出血に加えて、飲まず食わずで衰弱も激しい。
"大丈夫、ますたぁー? 元気出して"
「平気、平気。この程度、何てことないよ」
やせ我慢もいいところだが、気力だけは蘇っている。
この程度の見栄を張るぐらいには、何とか回復していた。
とはいえ、状況はまるで改善されていない――
「にしても・・・よく来てくれたな、ピョロ。
お前まで連中の手先になってたら、逃げられなかったぜ」
「自分一人で行動するから、そういう目に遭うんだピョロ!
ピョロがいなければ駄目だって、やっと気づいたピョロかー?」
「調子に乗るな」
軽く蹴飛ばすと、ピョロは吹っ飛んで丸々と転がる。
面白かったのか、ユメが笑って囃し立てた。
ピョロは颯爽と起き上がって、怒りの声を上げる。
「何笑ってるピョロ!
第一、お前は誰ピョロ!?」
「あ、そっか・・・知らないんだっけ、お前。
こいつはユメ。ソラと同じ・・・、かな?」
立場的関係を口にするのは難しい。
友達というには、二人の関係は深すぎる。
煮え切らない紹介に、案の定ユメがむくれる。
"もぉー、ますたぁーったら! ユメとソラは違うもん。
あの娘よりずっと、ずぅーっと、ユメの方が可愛いんだから"
「同じ顔だピョロ」
"・・・ますたぁー、こいつ壊していい?"
「今は必要だから、後で」
「また何か物騒な事言われてるピョロ!?
折角助けに来たのに酷いピョロー」
言い争う二人を見ていると、不思議な感覚に包まれる。
男と女――艦内全ての人間に見捨てられた自分。
その自分に味方をしてくれているのが、ロボットと立体映像の女の子なのだ。
敵だらけの状況下でさえも、別世界の出来事のような安心感を感情豊かな二人が与えてくれる。
穏やかな心境で見つめる、二人の口喧嘩。
理性的なソラとは違い、感情的なユメは悪口の連打でピョロを苛めている。
ばーか、ばーか、あっかんベー、などと言った声が聞こえる度に、カイも苦笑を禁じえない。
ユメはどこまでも明るくて、暗雲の立ち込める事態でも吹き飛ばしてくれそうだ。
もっとも、罵られる方はたまったものではないが。
「むっきー、こいつもむかつくピョロね!
大体あのソラといい、こいつといい、一体何なんだピョロ!?
カイは何時知り合ったんだピョロ?
こいつらはそもそも何処の誰だピョロ?
お頭や他の女達が騒ぎ立てるのも無理ないと思うピョロよ・・・」
「・・・それはまあそうなんだが・・・」
マグノ海賊団より密航者として扱われているソラ。
目の前で、明るい笑顔を向けているユメ。
二人の存在は謎に包まれている。
ニル・ヴァーナのシステムを自由自在に制御し、映像でありながら感情を持つ少女達。
ピョロのようなロボットとはまた別の、人類の枠組みを超えた存在。
――夢で出会って、現実に訪れた妖精。
彼女達のような空想の産物が、主と呼んで自分を慕ってくれている。
常識的に考えれば怪しむのは当然であり、精神の錯乱をまず第一に考えるだろう。
幽霊や妖怪の類――
絶世の美少女でなければ、まず畏怖される。
マグノ海賊団が騒ぎ立てるのは無理もなく、当たり前のように受け入れているカイが明らかにおかしい。
ピョロの指摘はもっともだった。
ユメもピョロの言い方にあえて何も言わず、カイをじっと見ている。
何故何も聞かず、自分たちを受け入れてくれるのか――
ソラやユメ――彼女達もまた、気になっているのかもしれない。
「・・・お前の言いたい事は分かるし、あいつらが追い回すのも分かる。
何処から来たのかとか、俺もよく知らないし。
でも――」
カイは困った顔をして、頬を掻く。
「俺は別にどうでもいいんだけどな――」
「どっ――! どうでもいい訳ないピョロ!?
まだ分かってないピョロか!」
ピョロはいつになく主張を引かず、黙って聞いているユメを指し示す。
「カイがこいつらを匿っているから、皆怒ってるピョロ!
――こいつ等さえいなければ、カイが皆に嫌われる事は無かったピョロ!」
"・・・"
「やめろ、ピョロ!」
「いいや! 今日ばかりは言わせてもらうピョロ!!」
ピョロはユメに向き直る。
デジタルな瞳に明らかな怒りを浮かべて。
これまでにない、力ある感情をぶつけて――
「カイは今まで・・・この船で頑張ってたピョロ。
嫌われても、疎まれても、命懸けで皆を守ってた。
この船で、誰よりも一番、懸命に努力してたピョロ!
皆男だからと、カイを嫌ってたけど・・・ようやく努力が実り始めてたんだピョロ!
なのに――お前らのせいで、全部台無しピョロ!」
「おい!」
「カイが許しても、ピョロは許さないピョロ!
よくものほほんとしてられるピョロね!
カイがもし殺されたら、お前らのせいだピョロ!!!」
本気で、怒っている。
本気で――案じている。
カイの事を大切に思えばこその、言葉。
今のこの状況に心から理不尽に思い、悔しさに歯軋りしている。
一方的な言い掛かりでは、決して無い。
ディータの負傷はカイが原因だが、事故でもある。
事実のみの報告に皆が興奮して騒ぎ立てているが、調査すれば事実は発覚する。
誰が起きても発生した事故でこそ無いが、カイが悪意を持って起こした事故ではない。
問題はもう一つの理由、密航者。
捕虜のカイが――敵側のタラークの男が、素性不明の人間を匿っていた。
これは明らかな、意図的な行為。
カイ本人の意思で匿っている、密航者なのだ。
もし密航者さえいなければ――これほどの騒ぎにはならなかったかもしれない。
カイが信頼を失ったのは、まぎれも無い密航者の存在が原因。
ピョロはその事実に、怒り狂っている。
カイは口や態度の悪い男だが――野蛮人ではない。
男と女の共存を本気で追い求め、アンパトスの住民を救った。
砂の惑星での横暴や刈り取りのやり方に本気で腹を立て、マグノ海賊団の略奪に反対している。
不器用だが根は優しく、理想を現実に変える為に懸命に努力している。
他の人間がこの状況に放り込まれれば、マグノ海賊団に恭順するか、自閉していただろう。
ピョロには男や女の概念、タラーク・メジェールの常識はない。
カイ個人を純粋に評価し、人間性に憧れすら抱いていた。
ゆえに、許せない。
カイの今までの努力を台無しにした、ユメやソラに。
本人のユメは目を丸くして・・・カイを見る。
"・・・そ、そうなの・・・?"
ユメはフラフラと歩き、カイに抱きつくようにして見上げる。
"ますたぁーは・・・ユメが邪魔"・・・?
「違う! 俺は――」
"あ・・・ぁ・・・、ユメ、ユメは・・・"
紅の瞳を虚ろに揺らして、ユメは一歩一歩後ずさる。
震える手で頭を押さえ、その場にうずまって、
"い、いや・・・ますたぁーに嫌われたら・・・"
「お、おい、落ち着――」
伸ばすカイの手は――
――届かずに、空を切る。
"いやぁああああああああああああああああああああああああああ!!!"
――瞬間。
ニル・ヴァーナが、悲鳴を上げた。
「ど――どどどど、どうするんだよ!?
話をややこしくしやがって、この馬鹿!」
「そ、そそそそそ、そんな事言われても困るピョロ!?」
地震どころの騒ぎではない。
激震の渦は津波となって、艦全体を狂わせている。
上下左右に艦は荒れ狂い、ニル・ヴァーナが暴れ回っていた。
倉庫内も同じ――
倉庫に置かれていた荷物が空間を縦横無尽に駆け抜けて、凶暴な飛来物となって襲い掛かる。
「ユ、ユメ・・・落ち着け、落ち着けって!」
"うわあああああああああああああぁぁぁぁぁぁんーーーー!"
「駄目だぁぁぁーーー!? ちっとも聞いてねえぇぇぇ!」
「ひぇぇぇぇっ! 助けて欲しいピョロぉぉぉーー!」
カイは飛来物を必死で回避しながら、天井にしがみ付いていた。
上下感覚も既に狂っている。
空間の中央で、ユメは声を張り上げて泣いていた。
何とか必死で傍へ駆け寄って宥めるが、癇癪を起こした子供を落ち着かせるには時間が掛かる。
カイは必死の形相で考えて――
「しょうがない、こうなったら――この状況を逆に利用しよう」
「ど、どうするんだピョロ?」
「決まってるだろう!」
カイはフッと笑って――天井を指差す。
「今の内に俺の荷物と食料を取り返し、ユメを連れてあの空の向こうへゴー!」
「――うわ・・・こいつ、逃げる気ピョロ・・・」
「日を改めると言え!
・・・今日の運勢は、本っ当に最低の最低だ。
此処に居ると、今度は何が起きるか分からん。
赤髪やソラを放ってはおけないけど、今のままでは話も出来ないんだぞ。
大体この状況下で、あいつらをどう説得しろと言うんだ!?」
「・・・うーん、でも・・・」
「なら、お前置いてくから説明宜しく」
「連れて行って下さいピョロ」
前向きなのか、後ろ向きなのか。
よく分からない状況と決断で、カイはこの日――船を出る決心をした。
<to be continued>
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