VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action17 −不屈−







 手足を束縛する施錠。

御丁寧に両手は後ろに回されて固定されており、手首を固くロックしている。

両足首を結びつける錠は、虜囚に立ち上がる自由すら与えない。

牢獄内は窓一つなく、照明が一切無いので真っ暗。

隣に誰かが立っていても、見通す事は不可能な闇。

照明唯一の出入り口は厚い鉄の扉で封鎖。

道具や武器はボディチェックで奪われ、丸裸同然。

頼りとする身体は暴行で傷だらけの上、肩は銃創で出血。


――笑いたくなるほど、絶望的な状況だった。


食事も与えられず、深手を負ったこの状態では、明日まで持つか怪しい。

悠長に構えていては、死ぬ。

暗闇の中で、カイは皮肉げに笑う。

先程までの自分は、沈鬱に状況を受け止めていた。

死んでもかまわないとさえ、思っていた。

なのに――


"うー・・・ごめんね、ますたぁー。
このお部屋、ネットワークが届いてないから干渉出来ないの"


 力になれない事を気落ちしているのか、泣きそうな声でユメは謝る。

一つ一つに一喜一憂し、笑ったり悲しんだりする。

この少女に今、孤独な心がどれほど和らいでいることか――

傷の痛みは体力を奪い、心の痛みは気力を奪う。

この少女がいなければ、牢獄の闇と心の絶望に押し潰されて死んでいたかもしれない。

――マグノ海賊団を完全に敵に回した今。

抱き締めたくなるような可憐さと、感情豊かな少女。

誰からも好かれるであろう女の子が、自分を好きでいてくれている。

ユメのような女の子が自分を慕ってくれていると思うと、胸が熱くなる。


"でも、大丈夫だよ。
あいつら殺して、ますたぁーを此処から出してあげるから"

「こらこら、やめろやめろ!」


 善悪の判断が出来ない未成熟な心は、感情と直結して平気で殺人を容認する。

少女を支えるのは、純然たる力。

底知れぬ暴力――

子供だからこそ無邪気に、冷徹に行使出来る。

カイが容認すれば、マグノ海賊団を簡単に殺すだろう。

実行可能かどうかはカイも分からないが、血で血を洗う惨劇になるのは間違いない。

最低でも怪我人は出るだろう。

ユメの正体を知らないからこそ、その力だけは決して侮れない。

慌てて止めると、ちぇーっとユメは心底残念そうに口を尖らせる。

自分の言う事は素直に聞く――

人間という定義より大きく逸脱した少女。

されど、決して話の通じない化け物ではない。

いや、例え化け物であっても――俺はこの娘の味方でいよう。

見捨てない、この女の子だけは。


「――ソラ・・・」


 手錠の裏で拳を握り締める。


――馬鹿・・・馬鹿、馬鹿、馬鹿!!


ディータの記憶喪失で追い込まれていたとはいえ、自分の浅はかさを罵倒する。

人間で無いから、どうだというんだ?

人間ではない者に、人間を理解出来ない?

ならば・・・


人間の俺は、同じ人間の彼女達を――マグノ海賊団を理解しているというのか?


理解している人間に、殺されそうになっているのは誰だ。

彼女たちの何を知っているんだ、俺は。

何も知らないではないか。

何も知らないから知ろうと、これまで努力したのではないのか?

理解出来ない存在だと――敵だと決め付けていた、タラークのやり方に反発したのではないのか。

簡単に諦めないと誓った自分が、理解出来る筈が無いと決めて見捨ててしまうのか!

――どこまで大馬鹿なんだ、俺は!

牢屋の壁に頭を打ち付けたくなった。

簡単に見限るなよ、諦めるなよ!

ソラは自分をずっと、信じてくれていた。

無感情な表情の裏で、絶大な信頼を向けてくれていたんだ。

男なら答えなくてどうする・・・どうするんだ!


「・・・そうだ・・・何を諦めてるんだ、俺は・・・!」


 状況は最悪、信頼は地に落ちた。

出会った頃と同じ――いや、遥かに悪くなっている。

彼女達はもう、自分に対して憎悪しかないだろう。

見え始めていた共存への道は、閉ざされた――


でも、諦めない。


最早信頼など取り戻せないと、諦めるな。

寧ろ前以上の信頼を築いてやる。

ディータの記憶は必ず取り戻す。

その為に――例えそうでなくとも、ドゥエロとの関係を修復させる。

傷付いた自分を明るく助けてくれたバートとも、やり直す。

――そしてソラ、お前とも。

御破算にした全ての原因は、俺。

だからこそ俺自身の手で、贖罪しなければいけない。

後悔したまま終わるなど、真っ平だ。


消えようとしていた、魂の灯火。


冷たい牢獄の中で、壮絶なこの半年を支えた不屈の闘志が今再燃する。


「ユメ!」

"なになに、ますたぁー?"


 牢屋の向こうから聞こえるのは、期待に弾んだ声。

復活を待ち望んでくれた、唯一の味方。

その期待に応えるべく、カイは堂々たる台詞を言い放つ。


「この船のシステムには干渉出来るか?」

"何するの、ますたぁー。ユメ、がんばるよ!"


 頼もしい相棒に、カイはにっと笑って言った。


「警報を鳴らせ!」















「――っ、警報!? まさかあいつ!?」


 通路を歩いていたバーネットの耳に、鋭く響く警報。

けたたましいサイレンに歯噛みして、バーネットは一路向かう。

カイを幽閉する、牢獄へ――

順調に進んでいた"粛清"だったが、ここへきて難航していた。

――密航者の行方が皆目掴めない。

首謀者のカイを追い込み、脱出不可能な牢獄へ幽閉したまでは良かった。

メイアを始めとするお頭達の干渉を未然に防げたのも、僥倖。

後は密航者なのだが・・・艦内の至る所を探し回っても、影も形も見えない。

まるでこの船に存在していないかのように。

これまで何ヶ月も隠れ住んでいたのである。

そうそう簡単に見つからない場所に居るのだろうが、不愉快なのには違いない。

一刻も早く見つめて、殺す。

カイ同様、殺す。

あの男の味方は誰一人、許さない――!

仲間達の不信感は最高潮に高まり、カイは四面楚歌に陥った。

あのまま放置しても死ぬだろうが、油断は出来ない。

姑息なあの男の事だ、ただでは死なないだろう。

殺しておく必要がある、確実に。

そうすれば、取り戻せるだろう。

かつての平穏――ジュラとの、関係・・・

バーネットは銃を抜き放つ。

艦内のセキュリティは最高レベル。

あらゆる監視カメラ・警備システムがカイを認識すれば、即座に警報が鳴る。

手足を錠で固定し、窓一つ無い牢獄で捕らえた。

――なのに、脱走しているこの事実。

不可解な点が数多くあるが、バーネットは無視した。

見つけ次第殺す、すぐに殺す。
何故か――



そう、何故か先程は外してしまったが――今度こそ!



殺す、ころす、コロス・・・

呪われたように何度もブツブツ口にして、バーネットは牢獄へ到着する。

暗い地下を降りて、牢獄の前へ。

扉を開けようと手を伸ばし、固い感触にギョッとする。


(・・・閉まってる・・・? 鍵を開けて、わざわざ閉めた・・・?

ぐ――本当に腹の立つ!)


 バーネットは舌打ちして、持っていた鍵に手を伸ばす。

カイは牢獄から脱出した後に、また鍵を閉めたのだ。

――自分への、嫌がらせの為に。

警報を聞いて慌てて駆けつけた自分を、困らせるつもりなのだろう。

何て、嫌な男なのだ。

脱走者の心理からすればそんな余裕は無いはずなのだが、カイならありえると決め付ける。

最低な男だと――そうでなければならないのだと、固く信じ込んでしまっている。

何処で鍵を手に入れたのか。

そもそも味方もいないのに、どうやって手足を開錠出来たのか――

溢れ返る疑問をカイへの怒りに転換して、バーネットは鍵を回して牢を解き放つ。

銃を牢屋の闇に突きつけて、バーネットは中へ入って叫ぶ。


「カイ!」

「へーい」


 ――っ!

ありえない返答に目を見張るのと――


「・・・っぐ!?」


 ――腹に重い一撃が飛び込んでくるのは、同時だった。 


「カ・・・イ・・・」

「・・・悪いな。まだ、死ぬつもりは無いんだ・・・」


 その言葉が届いたかどうか――

バーネットは唾液を吐き散らして、牢獄の床に転がって昏倒した。


「まさか本当に気絶するとは思わなかったが・・・」


 倒れ伏すバーネットを見下ろして、深く息を吐く。

何とか立ち上がる事は出来たが、それだけ。

牢屋の扉も。

手足の錠も封印されたまま――

いちかばちかの、賭けだった。

警報が鳴れば、自分が逃げた可能性をまず第一に考えるだろう。

必ず此処へ急行する。

牢屋の闇の中に身を沈めて息を殺して待てば、覗き込んでも気付き難い。

鍵を開けて中を見に来ればしめたもの。

手足を固定された自分が出来るのは、体当たりのみ。

突撃して追い払い、ユメのサポートを得て脱走する。

戦略とも呼べない行き当たりばったりな行動だったが、運はまだ残っていたようだ。

来たのはバーネット一人。

冷静さを失っており、体当たりも回避出来ずに気絶してくれた。

とりあえず脱出は出来たが、まだまだ安心できない。

他の人間もすぐに駆けつけて来るだろう。

急いでこの場を離れないといけないのだが――カイはとりあえず待つ。


警報前に、ユメに頼んで連絡を取った相手。


この状況下で、唯一味方してくれそうな存在――


"ますたぁー、来たよ!"

「ナイスタイミング。さっすがは、俺の家来だな」



「突然呼びつけておいて、相変わらずな言い草ピョロね!」



 ――それでもどこか安心したように。


元気な顔を見せてくれたカイに、ピョロは笑って飛びついた。















































<to be continued>







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