VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action16 −救助−
光の差さない牢獄。
仲間に見捨てられ、味方の信頼を失い、手足の自由を奪われて、心に深い孤独を抱えたまま、暗闇の牢獄へ。
真っ暗な世界は希望を閉ざした少年の正気すら奪う。
大怪我を負い、疲弊した心身を引き摺って、死を待つばかり。
誰一人哀れむ者はおらず、ただ憎まれたままこの世を去らんとする少年。
仲間を傷つけた後悔だけを嘆き、冷たい牢屋に横たえんとしていたその時――
――天使が舞い降りた。
冷酷な無邪気さと、蜂蜜のような甘い愛を捧げる紅の天使。
無垢な愛を小さな胸に、彼女は訪れた。
傷つき、疲れ果てた主の元へ――
「・・・ユメ」
"会いに来ちゃった、ますたぁー"
静まり返った牢屋の中で、少女の幼い声が反響する。
緩やかに弛緩していく身体を力なく横たえて、カイは視線を向けた。
窓一つ無い牢獄に、一枚の頑丈な扉のみがある。
唯一の出入り口だが固く施錠され、牢屋内への出入りを決して許さない。
声は明らかにその向こうから聞こえる。
「お前・・・会いに来てくれたのか・・・?」
"うん! ますたぁーの事大好きだもん、えへへ"
姿も何も見えないのに、少女は恥ずかしがってもじもじしている様子が目に浮かぶ。
小さな笑みが、少年に広がる。
気持ち良いほど素直な少女の想いが、傷だらけの胸に仄かな暖かさを生んだ。
「・・・ごめんな。折角会いに来てくれたのに、こんな所で・・・」
"もう、すっごく探したんだよ、ますたぁー。
ソラに話しかけても答えてくれないし・・・意地悪だよね!"
ユメがこの船に来れば、ソラは一瞬で気付くと言っていた。
朱のドレスの少女が来る度に、傍に居てくれたあの娘は口では不満そうにしていたが、きちんと出迎えていた。
――あのソラが反応もしない。
(・・・本格的に見捨てられたか、俺も)
口汚く罵ってしまった。
ディータの怪我が原因ではない。
仲間を傷つけた事による自分の弱さが、浅ましさとなって露呈しただけ。
主の本性を知り、ソラはさぞ落胆しただろう。
分かってはいた事実だったが、改めて他者から聞かされると落ち込んでしまう。
ソラだけは――あの少女だけはどんな時でも味方だと、思い込んでしまった。
幻想の女の子より向けられる、信頼の深さに甘えてしまった。
不変な絆など在りえない。
失ってから、初めて気付かされた。
気付いた時には――全てを失ってしまったのだ・・・
"・・・ねえねえ、ますたぁー"
「・・・ああ」
"ますたぁーはどうしてこんな所に居るの?
わたしは・・・ユメはますたぁーのお顔が見たいな"
甘えた口調の中に、切ない寂しさが宿っている。
閉ざされた扉の向こうで、少女は泣きそうな顔をしているのかもしれない。
――ソラとユメ、二人が何故隔てているのかは知らない。
ユメが何処に居て、何をしているのか。
宇宙という空間をものともせず、銀河の彼方から一人会いに来る女の子。
そんな女の子の拠りどころが、自分――
――自分も、そうだ・・・
今はもう、この少女だけが――
「・・・ごめんな、ユメ。
俺さ――悪い事しちゃって・・・皆に嫌われちゃったんだ・・・はは」
力なく笑う自分が、不甲斐ない。
タラークの薄汚い貧民街に居た頃でも、こんな惨めさを味わわなかった。
"ますたぁーは何も悪くないよ!?
どうせ、またあいつらがますたぁーに意地悪したんでしょ!"
「あはは・・・本当にそうだったら、どれだけ気楽かな・・・」
普段の喧嘩とはレベルが違う。
仲直りするなど、未来永劫不可能だ。
信頼を裏切り、仲間を傷つけた罪は重い。
彼女達が自分を味方だと思う日は、最早永遠に無い――
「ソラにも・・・実は嫌われたんだ、俺・・・」
"ソラが!? 嘘だよ!
ソラがますたぁーを嫌うはずが無いよ!?"
「・・・酷い事言っちまったんだよ・・・
八つ当たりなんて、みっともない事してさ・・・」
――何時も。
何時も、誰かが愚痴や不満を口にしているのを見る時、心の中で馬鹿にしていた。
不満があるなら、本人にはっきり言えばいい。
愚痴を言う暇があるなら、少しでも改善するように努力するべきだ。
何もしないでただ文句を言う奴ほど、カッコ悪い人間はいない。
陰口を叩くなんて最低だ。
――そう思っていた自分が、情けなくグチグチ言っている。
口にすればするほど、自分を貶めているだけだと知りながら――
「ディータも怪我させて、記憶喪失にまで追い込んで・・・
・・・ソラの事も皆にばれて、死ねって言われてよ・・・
バートやドゥエロにも、愛想尽かされて・・・」
力もない、強さもない。
味方もいない、武器もない。
何もかも失って、世界から遠ざかって、孤独の中でゴミのように捨てられて死ぬ。
それとも死んでゴミのように捨てられるのか――
目指していた英雄とは、程遠い哀れな死。
「・・・笑っちまうだろ、ユメ。
俺は――
――ヒーローなんかじゃ、なかった・・・
好かれる価値も無い、捨てられたゴミだったんだ・・・」
誰にも知られずボロボロのまま放置されていた、あの頃――
タラークの裏路地で捨てられていた頃に、運命は今引き戻そうとしている。
分相応だと、世界が嘲笑しているようだった。
希望の無い心が乾き、血が流れ切る頃には身体も枯れる。
バーネット達はつくづく、優しい死に方を用意してくれたものだ。
ゴミになって死ねと、闇が見下ろしている。
「もう・・・俺に近づくな、ユメ・・・」
死に方の自分が残す遺言が、愚痴――
――カッコ悪すぎて、それだけで死にたくなった。
無言。
手当てもされていない怪我は、生きる力を着実に奪い続ける。
口から吐いた嘲りは、ズタズタな心を引き裂いた。
緩慢に訪れる死が、遅すぎて歯痒い。
早く殺せと、今は呪うだけ。
扉の向こうの少女の罵倒を聞く前には、死にたくて――
"えー、やだよー"
「・・・? ユメ・・・?」
"ユメはずっと・・・ずぅぅぅぅぅっと!
ますたぁーと一緒だもん"
――?
疑問符。
心底不思議で仕方が無かった。
カイは唇を噛み締めて、瞼を震わせた。
「な・・・何で・・・
お前――どうして、俺なんか・・・」
"だって・・・ますたぁーが好きだもん"
「――っ」
"世界で一番、だーいすきだもん!
嫌いになんか、絶対絶対ぜぇったい、ならないんだからぁーーーー!"
「・・・。
この――」
――限界だった。
「ば・・・か・・・!!」
死に果てた心が、歓喜に震えて。
悲しみに凍り付いていた胸が、無邪気な愛に溶かされて。
恥も外聞も無く――泣いた。
「ユメ・・・ユメぇぇぇーーー!!
俺は・・・俺は・・・生きていいのか!!」
"うん! うん!!"
「ヒーローになっちゃうぞ!
皆裏切って、仲間傷つけたのに――夢を叶えちゃうぞ!
いいのかよ!?」
"あったりまえだよ!
他の誰もが嫌いになっても――
ユメだけは、大好きでいてあげるから"
「なら、俺は――
・・・お前の望むヒーローになってやる!!」
涙と鼻水でぐちょぐちょになりながら・・・生きたいと、身勝手に願った。
<to be continued>
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