VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action15 −牢獄−
艦内は張り詰めた空気で満ちていた。
刈り取り襲撃に匹敵する危険な雰囲気――
警戒態勢こそ敷かれていないものの、クルー達の間に充満する気配は不穏に染まっていた。
――カイ・ピュアウインドの捕縛。
カフェテリアでの捕り物劇は艦内全域に事実として広まった。
ディータ・リーベライの傷害に、密航者の存在。
裏が取れているカイの罪状はクルー全員の耳に届く事となり、批判の声は高まるばかり。
半年間積み重ねた信頼は地に堕ちて、処罰を求める声はマグノを始めとする上層部に相次いで届けられた。
弁護の声は非難にかき消され、彼に味方をする者すら冷たい目が向けられる。
「何故発砲した、バーネット!」
ミーティングルームにて、鋭い声が飛ぶ。
部屋の真ん中を一線に、左右に分かれて女性陣が睨み合っている。
左側にはバーネットを先頭に、完全武装した者達。
右側にはメイアを筆頭に、ジュラやバート達の様なカイと懇意にする人達が集まっている。
皆騒ぎを聞きつけて集っており、両者は互いに睨み合っている。
バーネットは仮面を被ったまま、臆する事無く答えた。
「捕虜を一人無力化しただけよ。こちら側の怪我人は0」
「捕縛命令は出ていない!
お前達の独断専行――理由次第では叱責だけでは済まさんぞ」
メイアの厳しい顔が襲撃者達に向けられる。
幹部会議で決定された内容はカイの事情聴取。
ディータの怪我や密航者の存在は既に明らかとされているが、彼のこれまでの功績を顧みての判断である。
秘密裏に事を押し進めるのは不可能ではあったが、まだ逼迫した状況ではなかった。
事を穏便に押し進め、噂が広がる前に消し止める動く算段だったのだ。
密航者がまだ幼い少女だった事も、情状酌量の余地を与える一つの判断材料となった。
無力な女の子――マグノ海賊団側から見れば、密航者という立場を除いて問題視する要素は無い。
タラークから連れて来た人間であるならば、女である事はありえない。
ならば、旅の始めから存在していた人間ではない。
考えられるのは旅の途中――蒼き水の星・アンパトス。
カイの奮戦で友好的な関係が築けたあの星より、カイが連れて来た。
いや、連れて来たと決め付けるのも早い。
少女が悪戯で乗り込んできたのをカイが発見し、誰にも言えずに匿ってしまったとも考えられる。
カイはこの船の中では自立した存在であり、暮らしの一切を自給自足で賄っている。
マグノ海賊団の所有する物資に手出しさえしていなければ、事と次第によっては乗船も正式に許されたかもしれない。
――全てはもう遅い。
ディータの負傷に重なって起きた、クルー達の決起。
上層部の決断を待たずに行動を起こし、カイの罪を悪しき様に訴えられてしまった。
これだけの騒ぎとなった以上、穏便な解決はもう望めないだろう。
カイがマグノ海賊団の一員ならば良かった。
仲間を信じ、彼に釈明を求める機会は与えられた筈だ。
しかしカイは敵対国家タラークの人間であり、憎みべき男。
捕虜という立場から逃れる事は出来ない。
マグノやブザムは冷酷な英断を求められ、クルー達を納得させなければいけない。
メイアに厳しく問い詰められても、バーネットの顔色は変わらない。
自分の取った行動に疑問すら挟まず、淡々と述べるのみ。
「理由は明らかだと思うけど?
メイアだって分かってるんでしょう」
「個人的な感情を一切挟まなかったとでも言うのか?
私が何も知らないとでも思っているのか、バーネット。
カイに対する、お前の異様なまでの憎しみを」
「・・・」
仮面の向こう側の表情は見えない。
俯いた眼差しは陰に潜み、暗闇の中で燻っているのみ。
「・・・どうしてよ、バーネット・・・」
メイアの背後で、悲しみに震えた声が響く。
静かにメイアが振り返ると、瞳を涙で潤ませるジュラの姿があった。
「どうして、カイを撃ったのよ! 酷いじゃない!」
――信じていた人に、裏切られた。
この一件、一番心を傷つけられたのはジュラかもしれない。
カイは密航者を匿っており、バーネットはそんなカイを発砲した。
彼女は今、目の前の誰かしか責められない。
カイがいれば、カイを責めていただろう。
やり切れない気持ちを誰かにぶつける事でしか、心の均衡を保てなかった。
そんなジュラの心境を――バーネットは察せられない。
彼女の心もまたボロボロ。
他ならぬ親友の言葉ですら、傷だらけの心の中を流れて消えていくのみ。
「・・・まだ、あいつの味方なのね。
男に汚染されて、すっかり変わってしまった」
「バ、バーネット・・・」
驚愕の目で見つめるジュラの前には、親友の怒りの顔。
不快に歪め、吐き捨てんばかりに言い放った。
「これ以上あいつの肩を持つなら、ジュラも共犯者と見なすわよ。
あいつのように撃たれたいの!」
「バーネット! お前は――!」
強引に肩を掴んで黙らせようとするが、メイアの手はバーネットに乱暴に払われる。
「あいつのせいで、何もかもおかしくなった!
密航者だけじゃない! ディータにまで怪我をさせたのよ!?
あいつは殺すべき。
私だけじゃない――他の皆だって思ってる!」
「・・・! お前達・・・」
バーネットを庇うように前に出る、武装集団。
銃こそ向けていないが、その眼光は怒りと憎しみで満ちていた。
今の彼女達にとって、カイを庇う人間も敵に見えているのだろう。
男に加担する裏切り者――
メイアでさえ、彼女達の放つ圧倒的な気配に圧倒された。
ジュラは愕然としたまま。
バーネットの言葉を、ただ信じられずに佇むばかり。
他の皆にもこの場の空気に気落とされ、戸惑いと困惑が浮かんでいる。
むしろバーネットに賛意を示す者も多く、叱責するメイア達を敵対視する様子すら窺えた。
周囲の雰囲気に触発されたのでもないだろうが、バーネットは言う。
「お頭にでも誰にでも訴えればいいわ!
アタシ達は間違えてなんか無い!
これ以上裏切り者を庇うなら、メイアでも許さない・・・」
「・・・っく」
認めざるを得ない。
事態は最早――自分一人の責任で対処出来る枠を遥かに超えている。
バーネットの言葉は組織を破綻させかねない危険性を秘めており、同時に爆発しかねない火種を抱えている。
少しでも対処を誤れば、爆発――
クルー達の内乱が起きかねない。
「・・・お前達も、気持ちは同じか・・・?」
武装している他の人間には、パイロットも含まれている。
共にカイを戦い、戦場で命を預け合った戦友達。
カイに心強い支援を送っていた同僚達は、無言で鋭い視線を送るばかり。
他クルー達も同様。
騒ぎを聞きつけて集まった各部署の面々も、矢面に立たされたメイアに冷たい眼を向けている。
メイアは唇を噛んで、通信機を取り出した。
「――副長。申し訳ありません・・・実は」
チェック・メイト。
最早カイを庇う人間は、一人もいない。
今彼に向けられるのは好意ではなく、殺意。
敵だらけの船の中、彼の命は消えようとしていた――
牢。
主要施設外の果てに存在する、手入れの行き届かない古びた牢獄。
錆び付いた鉄格子と埃だらけの壁。
薄汚い鉄板の扉一枚の牢屋の中で、くぐもった声が響く。
「・・・ぅ、う・・・」
灯り一つもない真っ暗な世界。
壁に寄りかかるように、カイは倒れて呻き声を上げている。
手当ても去れず、手錠をかけられたまま放置。
ドゥエロが縛った布から血は今も流れ、服を濡らしている。
顔には殴打の痕が幾つも見られ、鼻血に加えて唇が真っ赤に切れていた。
カイはただ、静かに息を吐くだけ。
大量の出血で体力は奪われ、今まさに気力も尽きかけていた。
(・・・念入りな、事だ、な・・・・ぅぐ・・・)
レーザーで遮断する最新の監房ではなく、旧式の牢屋。
セキュリティの行き届かない、植民船時代の名残。
何時発見したのか知らないが、バーネット達が此処へカイを閉じ込めたのは逃がさない為。
目隠しされて連れて来られたこの牢屋は、カイの知らない場所である。
隔離施設に閉じ込められては、仲間の救援も呼べない。
――カイは口元を歪める。
「仲間・・・? はは、仲間だって・・・?
はっはっはっはっは・・・!!
何処にいるんだよ、そんな奴・・・っくっくっく・・・
嫌われ者もここまで来れば大したもんだよ・・・」
別れ際の、ドゥエロとバートの顔。
間近で見られなかったが、彼らが向けてくれた信頼が音を立てて崩れていくのは分かった。
同じ男の彼らにすら、黙っていた。
彼らの無垢な信頼を、自分自身で裏切ったのだ。
そんなつもりはなかった。
ソラの事を黙っていたのは、彼女本人は望まなかったから。
・・・そう言って請うのか、許しを?
馬鹿な。
言い訳なんて出来る筈が無いではないか。
そして、完全武装したバーネット達。
自分を殺すと言った女達――
マグノ海賊団を、今度の今度こそ敵に回してしまった。
ディータは記憶を失い、メイアやジュラもその事実を知れば許さないだろう。
バーネット達の態度が、明確にマグノ海賊団全員の気持ちを示していた。
マグノもブザムも、今頃は失望しているだろうか。
ガスコーニュや他の皆も、きっと・・・
「何で・・・」
――メイア。
――ジュラ。
――バーネット。
――バート。
――ドゥエロ。
――アマローネ。
――ベルヴェデール。
――セルティック。
――ブザム。
――マグノ。
――エズラ。
――パルフェ。
――パイウェイ。
――ピョロ。
――アイ。
――ミカ。
――セレナ。
――――ディータ・・・
「・・・何で・・・こんな事に・・・」
まるで心が死んだように、嗚咽も漏れない。
乾き切った瞳は涙すら浮かばず、何も映し出さない。
血が流れ、身体が乾いたその時――自分は死ぬ。
仲間に愛想をつかされ、同じ男達に軽蔑され、何もかもを失った。
武器も無く、戦う力もない。
敵は刈り取りではない。
自分を殺そうとしているのは、かつての仲間達。
守るべき存在に――今、殺されようとしているのだ。
――俺のせいで・・・
「・・・ごめんな、ソラ・・・」
傍に居ない少女。
自分を最後まで信じてくれた女の子の気持ちを、踏み躙った。
それに――もう一人。
再会を約束した、女の子。
「・・・ユメ・・・ごめんな・・・」
"何で謝るのー? ますたぁー"
「――っ、ユメ?」
"えへへー・・・こんにちわぁ、ますたぁー"
暗闇の中で、舌たらずな声だけが頭に届いた。
<to be continued>
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