VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action7 −損傷−







医務室の扉が開かれたのは、運び込まれて二時間後。

何もかもが終わってしまい、カイが一人となって数十分が経過した後だった。

沈痛な顔をして出てくるドゥエロ。

彼が目にしたものは――通路の端で力なく座り込んでいる少年だった。


「――治療は終わった」

「・・・」


 話し掛けてみるが、返答は無い。

運び込んだ時は血相を変えて何度も容態を聞いていたのに、今はまるで覇気が無い。

絶望や悲嘆とは別種の、諦観に似た疲労が蓄積されているようだった。

――カイは、静かに立ち上がる。

涙こそ浮かべていないが、表情は悲しみに包まれている。

待ち時間の間に余程辛い事があったのか、足取りも酷く重い。

顔を上げないまま、少年は小さく問う。


「・・・あいつは・・・どうなった・・・?」


 懇願に近い質問。

破滅を招く強大な敵にも屈しない少年が、少女の怪我に酷く怯えている。

何も無いで居て欲しい、痛切な願いが言葉の裏に潜んでいた。

ドゥエロは瞼を閉じる。

――医療に携わって、六ヶ月。

医者としての役割を与えられて、望まれるがままに医療に従事した。

人体への好奇心と、男女の構造の違いに興味を抱いて。

そんな彼が今、医者としての責務を果たすべき場面にいる。

心がどれほど拒否しても。

カイが少しでも普段通りならば、気付いていただろう。

友人たるドゥエロが――見た事も無いほど憔悴している事に。

伝えなければ、ならない。

真っ赤に汚れた白衣を整えて、ドゥエロは口を開く。


「――命に、別状は無い。
直撃損傷による致命的な欠落は見受けられなかった」

「ほ、本当か!? で、でもあれだけ――」


 目を覆いたくなる悲劇。

長い綺麗な赤い髪を、血に濡らしていた少女の姿。

正直生死も疑った――

カイの不安を、ドゥエロの診断が塗り替える。


「脳は人間にとって司令塔で、それゆえに巧みな解剖学的な構造が存在する。
出血は確かに酷いが、怪我そのものは比較的軽い。
それに、メジェールの最新鋭の医療技術がこの船にはある。
入院は必要だが、診断次第で早期退院も見込めるだろう」

「――そうか・・・そっか・・・」


 安堵による脱力で、腰が抜けそうになる。

大事には至らなかった、それだけで十分な知らせだ。

万が一のことがあれば、誰にどう謝っていいかも分からない。

安心するカイを、ドゥエロは不憫な眼差しで見つめている。

そう――


――悲劇はむしろ、これから。


「――頭部の単独損傷については、問題は無かった」

「・・・?」


 おかしな言い回しだった。

奇妙な――そして、不安に満ちた違和感。


「頭の怪我は問題なかったんだろ?
なら――」


 ドゥエロが何を言いたいのか、分からない。

命に関わる怪我でないのなら、回復は早いのではないのか?

怪我をさせてしまった事実は何も変わらないのは、知っている。

軽傷で済めば許されるなどと、虫の良いことは考えていない。

でも大した怪我ではないのなら――

手先が震えている。

何を不安に思っているのか、カイは分からないままにドゥエロに詰め寄る。

ドゥエロは、瞑目する。


「――彼女の意識は戻っている。話してみるといい」

「目を覚ましているのか!? 
――赤髪!」


 分からない、何も分からない。

カイはドゥエロを突き飛ばして、中へ入る。


――大丈夫、きっと大丈夫。


命に別状は無いのだと、ドゥエロが保証してくれたのだ。

怪我をさせてしまった責任は必ず取る。

生きてさえいてくれれば、きっと償いは出来る。

今日は大切な記念日なのだ。

ディータが望むなら、何でも協力しよう。

料理だって幾つかは覚えている。

一緒に厨房に立って、パイウェイの為に美味しい料理を作って――

そうすれば少しは、血に濡れた思い出の日を取り戻すことは出来るだろう。

きっと、きっと――

カイは息せき切って、診療台へ走り寄る。


「赤髪、大丈夫か!?」


 ――上半身を起こしているディータ。

頭に痛々しい包帯が巻かれ、患者用の服に着替えさせられている。

血は拭き取られたのか、顔は元通り綺麗になっていた。

顔色は少し悪いが、それでも血色は良い。

改めて安心させられたのか、カイは表情を明るくしてディータの傍へ駆け寄った。

ディータが、カイの方へ向く。

彼女は一瞬きょとんとした顔をして、それからにっこりと笑って、



「こんにちは」


「・・・?
な、何いきなり挨拶なんかしてるんだ。気持ち悪い。
それより平気か、おま――」


 ディータは笑顔を崩さないまま、語りかける。


「わたし、ディータ・リーベライ。
 
あなたはだあれ・・・・・・・?」


 純真な瞳。

何も変わらない、真っ直ぐな瞳が少年を映している。

初めて出会った・・・・・・・少年を――

カイは衝撃に頭から貫かれる。

顔を真っ青にして、ディータの前に身を乗り出した。


「じょ、冗談は止めろよ・・・笑えないぞ・・・」

「? わたしね、自分のおなまえ言えるの。
えへへー、えらい?」


 無邪気な微笑み。

まるで子供・・のような、悪意も何も無い笑顔。

カイは目を剥いた。

唇を強くかみ締めて、ディータの肩を乱暴に掴む。


「何言ってるんだ、お前!? 俺だよ、カイだよ!
お前の笑えない冗談は嫌いだって、いつも言ってるだろう!?
なあ――しっかりしてくれよ! おい!」

「いたい、いたい! うえぇぇぇぇん!
おとーさん! おかーさん!!」


 クシャっと表情を歪ませて、泣き喚くディータ。

涙は累々とあふれ、鼻水と涎を零して全身で悲しみを訴えている。

背後から激しい足音を立てて、迫る人影。


「やめろ、カイ!

――大丈夫、大丈夫だ・・・今は、ゆっくりと眠るといい。
ゆっくり、おやすみ」


 泣き叫んでいるディータを、懸命にドゥエロはあやしている。

常に表情を見せず、感情を表に出さないドゥエロがとても優しそうに見える。

親身に、ディータを気遣っている。

――現実の出来事なのだ、これは。

ディータが患者だからこそ、ドゥエロはあのような表情を浮かべている。

偶然の事故。

世界の小さな気紛れで、狂ってしまった現実。

カイの手から離れ、ディータは虚構の世界に閉ざされてしまった。















 鎮静剤を投与され、再び眠りについたディータ。

その穏やかな寝顔は怪我の苦痛すら見出せず、とても安らかに見える。

いや、実際に安らかなのだろう。

彼女にとっての現実は、天真爛漫に生きた少女時代――

刈り取りの恐怖と戦いながら、果てない世界を旅する今ではないのだから。


「――頭部外傷後遺症だ」

「後遺症・・・?」


 紙コップに満たされたコーヒーを受け取り、カイは聞き返す。

落ち着くからと、ドゥエロがわざわざカフェで入れてくれたのだ。

ドゥエロは一口飲んで、小さく頷く。


「頭部外傷は軽症であれ、重症であれ、何らかの後遺症を残すことがある。
頭痛、頭重、めまい、耳鳴、眼精疲労、精神集中困難――
例をあげるとキリがないが、気の迷いに似た軽い症状がこれにあたる。

頭部の単独損傷はデリケートで、とても複雑。
頭部のみの問題で済まないことがある――」


 カイは診療台の上を見る。

寝かされているディータ――

先ほどのアレは、確かに常軌を逸脱していた。


「人格障害、記憶力の低下、記銘力障害、認知障害、妄想型精神病、神経症状、運動麻痺――

そして、記憶の破損。

カイ、君は過去の記憶を失っているそうだな。
――彼女は、今の記憶・・・・を失っている」

「なっ――」


 カイには幼少時の記憶が無い。

覚えているのは、育ての父と過ごしたタラ―クでの数年間の記憶のみ。

思い出と呼べる時間の全てを失って、今も尚思い出せない。

ディータはその逆。

――今の彼女は、幼少時の記憶しか・・しかないのだ。


「じゃあ・・・あいつは・・・あいつは、俺達のことを何一つ覚えてないのか!?」

「私や君どころではない。
マグノ海賊団――本来の仲間の彼女達のことも、覚えてはいないだろう。
彼女の頭の中は、両親と共に過ごしている幼い子供なのだ」

「そんな・・・そんな馬鹿な!」


 それほどの――罪だというのか?

ほんの些細な気の緩みが、これほどの悲劇を招くと。

カイは激情に身を震わせる。

何故だ――

どうして自分ではない?

何で、何もしていないディータが、こんな目に合わないといけない?

ミスをしたのは自分なのだ。

失態を犯したのは自分。

ならば、起こりえる悲劇は全て自分が被るべきではないのか。

不公平ではないか、あんまりではないか――!


「何で・・・何であいつが!
――治す方法は無いのか、ドゥエロ!」

「・・・分からない・・・」

「分からないだと!? お前は医者だろ!」

「根本的な治療は無いんだ。それは君自身が一番わかっているはずだ」

「――っっ」


 記憶を、失っている自分――

治せるものなら、とうの昔に治している。

数年経った今でも、何一つ取り戻せていないのだ。


「なら・・・なら、あいつは・・・」


  "あ、あのー、はじめまして。私ディータ・リーベライって言うの"


「あいつはもう、一生このままなのか!」


"宇宙人さんはいい人だもんね。私達を燃やそうとしたりとかは絶対にしないよね"


「もう二度と――戻ってこないのか・・・」


"宇宙人さんはやっぱりすごくいい人だった"


「ディータ・・・ディータ・・・」


 ――泣いてはいけない。

必死で言い聞かせ、診療台に縋ってカイは悲痛の叫びを上げる。

理不尽な現実を、ただ悔やむしか出来ない。

眠る女の子を抱き締めて、カイはただ耐えるしか出来なかった。
















































<to be continued>







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