VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action8 −落陽−
ベースクリームに頬紅用のチーク、アイシャドウ。
化粧水ローションに、ナチュラル・オークル系のファンデ−ション。
カーマインのカクテルドレスに、シャインホワイトのヒール。
ナチュラルプラチナのカツラをかぶって完成。
マグノ海賊団の仲間となったバート・ガルサスの誕生である。
「――で、あいつらの反応は?」
「――大笑いされた」
「っぷ」
「君ね!? 僕は真剣にやったんだぞ!」
「真剣だから笑えるんだよ」
医務室にて、艦内全ての男達が顔を寄せ合っている。
職務中ゆえに白衣を着たドゥエロに、黒シャツにジャケットの普段着のカイ。
そして、女装したバートの三人が医務室で雑談していた。
カイに鼻で笑われたバートは、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そうやって君はさっきから馬鹿にするけどね!
僕はドゥエロ君のアドバイスに従って行動したんだぞ!」
「・・・ドゥエロが? まさか――」
女装への倫理観は置いておいて、バートの今の身なりは確かに完璧だった。
口紅はおろか付け睫毛までしており、ドレスもオーダーメイドで着こなしている。
ドゥエロと相談したバートの結論――それが女装だった。
カツラをかぶって髪を長くして、マグノ海賊団の共感を得ようとしたのだ。
化粧や衣類を揃えて準備を整えた彼は、まず自分の職場のブリッジへと足を運ぶ。
本人は完璧だと自負していたので、自信満々でマグノ達に見せた。
煌びやかに着飾った己の姿を。
結果――マグノ・ビバンを始めとする総員に失笑を買った。
アマローネやベルヴェデールに大笑いされ、セルティックには冷たい目で見られ、マグノやブザムに呆れられる始末。
エズラに優しく慰めてもらって、バートは意気消沈して医務室へとんぼ返りしたのだ。
その医務室にカイが居たのは彼にとっては偶然で、会いたかったのはドゥエロだった。
無論文句を言いに、である。
非難と疑問の目をそれぞれ向けられても、ドゥエロの表情に変化はない。
むしろバートにどこか哀れむような眼差しを向けて、
「――滑稽な姿だ・・・」
「うん、まさにその通り」
しんみり呟くドゥエロと、手を叩いてはやしたてるカイ。
バートは乱暴に自分のカツラを脱いで、怒鳴り込む。
「うがー、このヤブ医者!? 君が勧めたんだろ!
"髪が長いと、皆にとけこめるって"」
「・・・は? 何でよ。
別にあいつら、俺らの髪の毛を嫌ってる訳じゃないだろ」
この六ヶ月、誰よりもマグノ海賊団と対立しあった男の台詞。
彼女達は見た目でカイ達を嫌っているのではない。
マグノ海賊団がカイ達や他の男を嫌っているのは、性別的理由。
外見ではなく、外見を含めたあらゆる男としての要素を嫌っているのだ。
故郷で教え込まれ、幼少の頃から常識として刻まれた理由である。
男性と女性の長髪の人口率に差異は存在し、女性に髪の長い人が多いのは事実だ。
だからといって、髪を長くした程度で歩み寄れる較差ではない。
いきり立つバートの言葉の意味が分からず、カイは首を傾げるしかない。
二人の様子を見て理解の差を感じたドゥエロは、先程の話をもう一度話して解釈を入れた。
「――つまり。
私は他人と打ち解けあうには、時間がかかると言ったまでだ」
長髪の者ばかりいる職業に就いた、短髪の男。
男は短髪ゆえに疎遠されていたが、髪が伸びた頃皆にとけこんでいた――
この話を、バートは表面的にしか聞いていなかったのだ。
短髪の男は髪が伸びたので仲間になれたのだ、と。
バートはそう解釈して、見た目を女性そのものにして、周囲の人達に合わせようとした。
対してドゥエロが言いたかったのは、時間の価値である。
短髪の男は髪が伸びたから受け入れられたのではなく、髪が伸びるまでの貴重な時間を皆と共に過ごして分かり合えたのである。
周囲に無理に合わせようとするのではなく、一歩一歩焦らずに分かり合う努力をする。
その積み重ねが必要だと、述べたかったのだ――
ドゥエロの解釈を聞き、結論を先走ったバートは羞恥と共に肩を落とす。
自分なりに取った行動が空回りで終わったのが、余程恥ずかしいのだろう。
カイは笑ってはいたが、一声かけるのを忘れない。
「そんなに落ち込む事はないだろ。
思いっきりずれた行動だけど、お前なりにあいつ等と仲良くしようとしたんだろ?
笑ってしまったけど、立派だとも思ってるぜ俺は」
「そ・・・そうかな・・・?」
恐る恐る顔を上げるバートに、カイは力強く頷く。
「ただ、発想が悪かったってだけで。
――お前に女の格好は激しく似合ってないぞ」
「放っておいてくれ、くそー!」
バートはドゥエロに比べれば小さいが、小柄ではない。
士官候補生として最低限の訓練を受けている彼は、標準以上の体格を備えている。
そんながっちりした身体に、ドレスや化粧は容貌を不気味に変化させるだけである。
ブザム達が呆れるのも無理はない。
「外見だけとはいえ、女に近づこうって考えそのものは悪くはないとは思う。
一歩踏み込んでみないと見えない面なんて、腐るほどあるからな」
女装したバートが面白いのでつい笑ってしまったが、カイなりにバートを見直していた。
ドゥエロの言葉を取り違えたが、バートはバートなりに改善しようとしている。
今の男女関係に不満を持ち、少しでも相手側に分かって貰おうと努力はしているのだ。
相手に呆れられてしまったが、あくまで結果がそうなったというだけ。
理解して貰おうと歩み寄る――思考のみならず、行動に移している。
男女関係に対して、バートがこれほどの自発的行動を取った事は今までなかった。
今回こそ失敗したが、バートはまだ諦めないだろう。
今度もきっと、マグノ海賊団に信頼を得られるように努力するに違いない。
カイはそんなバートが、眩しく見える。
――今のディータを見ると、特に。
「・・・」
静かに眠り続けているディータ。
穏やかな寝顔を見ていると、先程の言動が何かの間違いであるように思えてならない。
本当に安らかに、ディータは眠っている。
――今日という今日ほど、自分の不甲斐なさを痛感した日はない。
少しの気の緩みで、取り返しのつかない過ちを犯してしまった。
現在の記憶を失った少女――
頭部の傷は癒えても、精神的な傷は決して癒えない。
メスの届かない部分にこそ、根本的な欠落が存在している。
薬でも治らない怪我を、どうして回復させろというのか。
カイは悲痛な思いを胸に、バートに心から感謝した。
不謹慎な話だが、訪れたバートの女装や話で気が狂いそうだった頭が多少は冷えた。
何も改善出来てはいないが、現状を顧みる余裕だけは生まれたのだ。
――ゆえに、より一層今のバートが輝いてみえる。
今後マグノ海賊団との旅で何が起きるかは分からないが、バートには可能性がある。
案外近い将来、両者の間に良好な関係が築けるかもしれない。
ドゥエロはもとより、人間関係の複雑さを把握している。
短い髪の男の話が顕著な例だ。
人と打ち解けあうには時間がかかると、頭ではなく経験として理解しているのだ。
彼はもとより感情で物事に接しない。
医者としての勤めを全うし、人間関係の難しさを心理として抱いていれば必ず信頼関係は結べるだろう。
二人には、未来がある。
――自分には、もうない・・・
許さないだろう。
マグノ海賊団は、今度こそ許さない。
ディータに永遠に消えないかもしれない傷――否、傷痕ごと永遠に消してしまった記憶。
言い訳はしない。
自分の不注意であり、自分の責任だ。
ディータ・リーベライという仲間の存在を、根底から抹消してしまった。
明るく素直で、純真で宇宙人に夢を抱いていた少女はもう居ない。
今のディータは誰も知らず、誰にも知られていない存在。
その全ての責任は、自分にある――
非難されても、決して否定出来ない。
彼女達はカイ・ピュアウインドという存在を、未来永劫憎み続けるだろう。
今までのような拒否や拒絶では済まされない。
(・・・ドゥエロ・・・バート・・・)
カイは二人を見る。
この艦で知り合った、自分にとって初めての友達。
階級や年齢を超えて、苦境を乗り越え合った大切な戦友。
今の自分は、そんな彼らの六ヶ月をも踏みにじってしまうのではないだろうか・・・?
自分一人が責められるのはまだいい。
自分の責任であり、自分の犯した過ちだ。
如何様にされても、文句は何一つ言えない。
しかし彼女達が万が一"男"そのものの存在に怒りを向けたら――
"誰かと生きていくとはそう言うことだ"
アンパトスで、ブザムは語っていた。
"一人の行動で、他の誰かにまで迷惑をかけてしまう"
責任の所在。
"だからこそ、自覚しなければいけない"
――彼らの立場も危うくなる。
"己の行為が何をもたらすのか、誰を巻き込んでしまうのか"
ドゥエロとバートが、否定される。
自分の失敗で。
自分の罪と罰で――彼らまでもが、犠牲になる。
カイは面を上げる。
ドレスを着たまま不平不満を口にするバートと、穏やかに耳を傾けるドゥエロ。
二人は努力している、変わってきている。
男女関係の改善を求めて、自らのやり方で懸命に努力している。
彼らのこの六ヶ月を消さない為に。
彼らの過去を、現実を――そして何よりもこれからの未来を、守る為に。
(・・・俺は・・・)
――バーネットとの関係の破局から、ずっと考えていたこと。
今こそ決断するべき時が、来たのかもしれない。
カイは胸の内で、救われない結末を選択した。
<to be continued>
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