VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 11 -DEAD END-






Action6 −不明−







「・・・どういう事?」

「・・・」


 暗闇の中で、男女が向かい合っている。

二人の前には一枚の大きな扉。

診察中と書かれた札が提げられており、関係者以外は立ち入り禁止となっている。

急患が運び込まれて三十分――

女は、男を見上げてヒステリックに叫んだ。


「どういう事って聞いてるの!」

「・・・すまん・・・」

「謝って欲しいんじゃない!」


 女はナース服を着ている。

小さな身体を覆う白衣は、血に汚れて真っ赤な斑点が染みている。

血に濡れた患者を――ディータを見て、泣き叫びながら抱きかかえたのだ。

男も苦渋に満ちた顔をしている。

いっそ泣きたい気分だったが、ぐっと堪えていた。

今流す涙は罪を犯した自分を哀れんでいるだけ。

後悔だけのために流す涙に、何の価値も無い。

少年――カイは何の言い訳もしないで非を認めた。

女はそれが気に入らない。


「・・・どうしてよ・・・

なのに、どうして・・・怪我なんかさせるのよ!」

「・・・俺が悪いんだ・・・
――っ」

「ふざけないでよ!」


 平手打ちが飛ぶ。

少女の幼い腰付きから飛ぶ平手には威力は無いが、強い怒りがこめられている。

打たれたカイの頬は真っ赤に染まり、痛々しく痕跡を残す。


事の起こりは一時間前――


不慮の事故だった。

ほんの小さな気の緩みと、偶然が積み重なって生んだ事故。

不幸としか言いようの無い怪我だった。

カイが持っていたボックスが折り重なって倒れ、傍に居たディータの上に降り積もった。

頑丈な外見と重量のあるボックス。

キロ単位の箱が何個もディータの柔らかな頭に降り注ぎ、惨事となった。

直ぐにドゥエロを呼び、慎重に運び込まれて、今懸命に治療が行われている。

出血が激しく、脳への損傷が最大の問題点だとドゥエロは語っていた。

間もなくその結果が出る段階で、二人は医務室の前で顔を合わせている。


「・・・ディータは」


 ぎゅっと、パイウェイが拳を震わせる。

波立つ感情を隠そうとせず、憤りを露にカイにぶつけた。


「あんたが好きなの! ・・・大好きなの!
パ、パイよりも・・・ずっと、ずっと好きなの!」

「それは・・・」


 ――違うと、言いたかった。

ディータは決してパイウェイを嫌っているのではない。

食料庫でのディータの態度を見れば誤解するのは仕方は無い。

でも、それでも信じて欲しかった。

ディータは心から、パイウェイを大切に思っている。

でなければ、一年に一度の乗艦記念日を覚えている筈が無い。

パイウェイを喜ばせようと、嫌われるのを承知で内緒で準備なんてしない。

前々から計画していたのは、彼女の準備していたレシピを見れば明らかだ。

しかし――


「私なんかより・・ディータはカイといた方が楽しいの!!
そのディータを、あんたが傷つけた! 傷つけたぁーー!

パイが傍に居ればこんな事にならなかったのにぃ・・・うう・・・」

「・・・っ」


 ――ディータはパイウェイを心から友達に思っている。

言うのは簡単だが、それは自分の口から伝えるべきではない。

言ってはいけない事だ。

ディータの隠れた努力が、内緒事にした気持ちは全て無駄になる。

一抹の同情や憐憫でぶちまけるのは許されない。

誤解されていたとしても――

それにパイウェイの叫びは、真実だ。

ディータを傷つけたのは自分。

自分の不注意で、生死に関わる怪我をさせてしまった。

覆しようの無い事実なのだ――


「・・・信じてたのにぃ・・・カイなら仕方ないって思ってたのにぃ・・・
裏切り者・・・裏切り者ぉ!

絶対、許さない。あんたなんか・・・絶対に認めないんだから!」


 そのまま踵を返して、走り去る。

脇目も振らず、ただ一直線に通路を駆け抜けて消えていった。

最後に見た横顔は涙で濡れており、酷く傷ついた顔をしていた。

彼女にあんな顔をさせたのも、自分――

苦み走った思いが、悪戯に口の中に気持ち悪さをつのらせる。


『――マスター』


 姿は見えず、声のみ。

明瞭に響く女の子の声に、カイは何も言わず床を見つめるだけだった。


『御気持ちお察ししますが・・・元気を出して下さい』

「・・・」


 無理な相談だ。

ディータの――パイウェイの大切が記念日を何もかもを滅茶苦茶にした。

今日という日の出来事を、パイウェイは一生忘れないだろう。

悪夢として――

人間は悪い出来事ほど、よく覚えている。

幸福と同じくらい、不幸も忘れられない。

今回の一件は何の言い訳も出来ない。

全てが自分の油断から起こした事故。

情状酌量の余地は無い。

慰めようとしてくれるソラの気持ちは、嬉しい。

でも――こんな時でも冷静な彼女が、妙に腹ただしい。


『人は過去を変えられません。
犯した過ちをただ後悔するのではなく――』

「・・・うるさい」

『――っ』


 口から飛び出た台詞。

思っていた以上に乱暴だったが、カイは取り消す気も無かった。

ディータの怪我を、犯した過ちで終わらせる彼女が理解出来なかった。


「大怪我したんだぞ・・・死んだらどうする・・・」

『マスター、彼女は――』

「お前はあの娘の怪我を見て、何とも思わないのか!」


 姿は見えない。

だからこそ、天井を仰いで大きな声で叫ぶ。

彼女が居るであろう場所へ。

人目すら気にせず、ただ自分の中の理不尽な気持ちを発散させた。


「お前にとって、ディータは何なんだ!? 友達じゃないのかよ!
友達を・・・友達を傷つけた俺を何故責めない!

こんな奴がマスターだなんて最低だって、どうして言わない!」

『貴方は私の大切な主です! 責めるなんて――』

「俺がアイツを傷つけたのは覆しようの無い事実だ!
過去のことだなんて簡単に言うな!
俺を責めればいいだろ! 
パイウェイのように、俺を憎めばいいだろ!

優しい言葉なんてかけるな!!!」


 励ましなんかいらない。

いっそ、責めてくれた方がありがたかった。

お前の責任だと、罵ってくれた方が数倍楽だ。

こんな状態で迎えられる優しさは・・・何よりも痛い・・・



「・・・人間じゃない奴に、俺の気持ちなんか分からない!」



『――っ』


 息を呑む気配。

思いがけず口走った言葉が、幻想の少女に届いた瞬間――

カイは俯いたまま。

否定も、肯定もせず、座り込む。

涙の代わりに出た悲鳴。

その痛々しさは、冷徹な従者への瞬間的な憤りとしてぶつけられた。

息を荒げる音だけが、医務室の前に木霊する――

沈黙を破ったのはソラだった。


『申し訳――ありませんでした――
御迷惑だとも知らず、マスターの御好意に甘えてしまいました』

「・・・」

『今まで、御傍に御仕えさせて頂いて有難う御座いました。


失礼します――』


 声はもう、聞こえる事は無い。

わだかまりに満ちた心の中で、妙な確信だけがあった。

ソラは、消えた。





二度と、自分の前に姿を見せることは無いだろうと――
















































<to be continued>







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