ＶＡＮＤＲＥＡＤ連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action5 −激化−
バート・ガルサス、彼は現在大きな悩みを抱えていた。
お喋りな性格に悩み事は続かないが、今回はバートなりに真剣だった。
この船に成り行きで搭乗して、早六ヶ月。
同乗者のカイがマグノ海賊団との諍い以後、ぶつかり続けている悩み。
数ヶ月以上遅れた形ではあるが、バートも今その悩みに直面していた。
「――この船で生活を始めて早数ヶ月。
最近どーもこの船における僕の立場――つまり、扱いが気になるんだよ」
バートは人当たりの良さが長所の男だが、寂しがり屋の一面もある。
タラーク士官学校時代、分かち合える友人が存在しなかったのも彼の性格の裏側に起因しているのだろう。
心の内をさらけ出す、もしくは心の弱さを露呈するのが苦手なのだ。
自分には価値がある――常日頃持ち続けた自尊心。
そんな彼が生活を共にし、同じ苦難を共有する友人が出来た。
カイ・ピュアウインド、ドゥエロ・マクファイル。
早朝から何処かへ出掛けたカイには相談出来ず、彼はもう一人の友人の元へ足を運んでいる。
「ブリッジでは未だに皆がよそよそしいし、僕は軽視されているように思えてならないんだ！」
医療室――ドゥエロ・マクファイルが職場とする部屋である。
クリスマス以後戦いの無い日々が続き、軽い症状の病気やかすり傷程度の怪我人を除き、医療室は毎日人がいない。
ベットを占有していた入院者は一ヶ月以上の平和な日々で、全員が退院。
定期診断も必要とされず、常備するドゥエロは毎日カルテと医療ファイルの整理が主な仕事だった。
あり大抵に言えば、暇なのである。
だからこそ仕事中であるにも拘らず、バートの来室を許可している。
「――君はどう思う？」
「……」
喋り切って、バートは伺いを立てるようにドゥエロを見やる。
診療ベットの上に腰掛ける行儀の悪さだが、特にドゥエロは気にした様子は無い。
キーを操作して、今までのカルテの入力を行っている最中だ。
そんな彼にバートの話は――
「…聞いているのか？」
「いや、聞いてない」
――熱心に耳を傾ける価値も無いらしい。
一応返事はしているので話だけは耳にしているのだろうが、軽く流しているのだろう。
興味を向けない友人に、バートはがっくり肩を落とす。
「君！ 僕は真剣に悩んでいるんだぞ！？
夜も眠れないくらいに――」
ドゥエロは自らの好奇心が刺激されれば熱心になるが、興味の無い話題は冷たく無視する。
自分なりに真剣な悩みなのに相手にされず、バートは落ち込むしかない。
医務室をざっと見渡す。
もう一人医務室には好奇心が旺盛な女の子が仕事場としているが、彼女は今日はいない。
看護婦は急患が訪れた場合、不眠不休で働かされる。
その他戦闘時においても朝から晩まで患者の様子を見る必要もあり、お気楽な精神では勤まらない。
休める時に休む、それが医療に携わる者達の必須条件だ。
そういう意味では、平和な日常は看護婦のパイウェイには有難い一時なのかもしれない。
相談者がいない意味で、バートには嬉しくも無いのだが。
――クリスマス以後、パイウェイとバートは少しだけ話せる仲になった。
プレゼントの話題になれば顔を赤くして殴られるが、その他は平凡そのもの。
パイウェイ本人は気乗りしない様子だが、それでもバートが話しかければ黙って耳を傾ける。
年齢差のある二人だが、苦難の旅を共にしている関係上話題は幾らでもあった、
出来れば今日話をしたかったが、居ないのなら仕方が無い。
バートは嘆息して、奥のベットを見る。
空っぽのベット――
一週間前まで、此処には一人の患者がいた。
精神疲労を起こし、長期療養が必要となった一人のパイロット。
クリスマスパーティをささやかながらこの医務室で行い、話はよくするようになった。
何があったのか知らないが、クリスマス以後ドゥエロの診察を嫌がらなくなり、順調に回復。
見舞い客を断るのは相変わらずだが、ドゥエロやバート・パイウェイとは話せる程にはなった。
食事の量も元通り、体力も回復した所で本人の強い希望で一時的に退院を許可された。
"ありがとう、ドクター。それに、バートも"
彼女――バーネットはその言葉を残し、医務室を出て行った。
以後、彼女が医務室を訪れた事は無い。
少し、不安だった。
最後に出て行く時、彼女は笑っていた。
――ガラスのように、壊れそうな微笑を…
バーネットを思い出すと、直面する自分の悩みも小さく思える。
彼女が何を悩み、苦しんでいたのかは結局分からずじまいだったのだ。
バートは小さく笑う。
メジェールの――敵対する女の事を思い遣る自分。
カイの影響を随分受けていると、今初めて自覚できた。
「――こういう話がある」
「へ…？」
ビクっと顔を起こすと、背を向けたままのドゥエロが手を止めていた。
相談に答えてくれるのだろうか？
バートはやや意外な気もしたが、話を聞いてみる事にした。
ドゥエロは背を向けたまま、朗々と語りかける――
「ある男が、長髪の者ばかりいる職業に就いた」
頭の中で軽くイメージする。
バートの脳裏には、ドゥエロのような長い髪をした男達が並んでいる。
――何故か白衣を着て奇妙な笑みを浮かべる者ばかりで、バートは想像に震える。
「その時その男の髪は短く、皆に敬遠されてた」
確信を持つ。
ドゥエロはやはり、自分の悩みに答えてくれようとしている。
例え話なのが頭脳明晰で論理的な彼らしい――
「ところが、その男の髪が長く伸びた頃――
――いつしか男は、皆にとけこんでいたと言う…」
端的で、分かりやすいお話。
想像のし易い話をあえてする事で、バートの理解を得ようとしたのだろう。
ドゥエロはそう話を締めくくり、そのまま黙した。
話から結論を出さないのは、バートに自分で意味を悟らせようとする為。
定義された問いの意味を考える事で、答えがしっかりと頭に刻まれる。
学習とは、思考する事が前提だ。
仕事を再開するがてら、後ろ目でバートを見つめるドゥエロ。
彼がこうして他者の相談に乗り、真剣に進言をするのは初めてである。
今まで経験則に沿って受け答えをした経験があるが、例え話を持ち出したのは初の経験だ。
バーネットの診断時に直面した、精神面での治療。
身体の怪我を治療する経験には恵まれた彼も、心のケアには苦戦した。
バートと同じく――去り際の彼女の儚い微笑みは、ドゥエロの心配の種でもある。
退院には出来た。
だが――ドゥエロは思う。
彼女を、本当に治療する事は出来たのだろうか。
根本的な改善には、到底至っていないのではないだろうか――？
今でもまだ彼女は、その心を傷つけたままでいるのかも知れない。
人間の心――
男でも、女でも、内部の構造を見出すのは不可能だ。
結局、カイのように対立する事になってでも触れ合っていくしかない。
興味の無いバートの話に真面目に答えたのも、その経験からかもしれない。
一方、話を聞いたバートは、
「…なるほどぉ…」
何やら納得した様子で、企みのある笑みを浮かべる。
奇妙な納得をするバートに訝しげな顔をして振り向くが、最早相談者は居なかった。
どのような理解をしたのかは分からないが、早速行動に出たのだろう。
ドゥエロは嘆息して、仕事に戻る。
バートが出した答えはバートのモノ。
関与する義務は無いだろう――そう納得して。
静けさが戻る医務室で、キーを打つ音だけが木霊する。
そこへ、けたたましく受信音が鳴り響く。
緊急コール――
ドゥエロは仕事の手を止めて、即座に回線を開く。
「こちら、医務室」
『ドゥエロ！？ 赤髪が！？ 赤髪が俺のせいで！
血がいっぱい…頭、俺、ボックス――』
通信回線の向こう側で、カイが必死の形相を浮かべている。
灼熱の大気圏内へ、見ず知らずの惑星を守る為に飛び込んだ男――
何時如何なる戦場も恐れ無く駆け抜けるパイロットが、恐怖の色を露にしている。
ドゥエロは心積もりをする。
聞き取れた単語――頭に血。
並大抵の怪我ではない。
脳への損傷は、あらゆる意味で危険だ。
『落ち着け、カイ。今、場所は何処だ』
下手に動かせば、どれほどの後遺症を生むか予測できない。
動揺するカイを叱責し、驚くほどの冷静さでドゥエロは問い質す。
泡食っていた少年も厳しい声に若干落ち着きを取り戻したのか、息を呑んで画面に向かう。
『ポイントを転送する。急いで来てくれ！
動かすのもやばそうなんだ！？』
――手は触れていない。
カイはある程度の応急処置のやり方を学んでいる。
その学んだ処置が通じない程となると――
ドゥエロは白衣を着直して、救命道具を取り出す。
送られてきた座標を特定し、急いで駆けつける旨を伝えて対処法も指示する。
傍らで別回線を開き、
「パイウェイ、来てくれ！」
自分の片腕を呼び出す。
――二人を誤解したままの、パイウェイを。
医務室での平穏な時間は、この時をもって終わりを迎えた。
＜to be continued＞
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