VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action2 −故郷−
その思い付きは、特別な理由があったのではない。
今日だから行った訳ではなく、誰かの為にと考えた事でもない。
突拍子もなく閃き、持ち前の行動力から行動を移したに過ぎない。
彼女なりの善意であり、長旅の精神的疲れを癒すべく取った行為。
それがどのような効果を生み出すか、彼女は知らない。
――最後まで、知る事はなかった…
「見えた、見えた、見えたぁー!」
大きな歓声が上がる。
刈り取りの襲撃もなく、針路上に何の障害もない日。
平常業務にのんびり取り組むメインブリッジに、他所の部署の珍しいお客さんが訪れていた。
「ああ、この日をどれだけ待ち望んだことか…」
パルフェ・バルブレア、機関室の長。
常日頃新しい機械の開発と整備に忙しく、ペークシス・プラグマの観察と研究に始終する若手エンジニア。
機関室に引き篭もるか、艦内を整備で駆け回るかの極端な忙しさを持つ彼女が、ブリッジを訪れるのは珍しい。
仕事の報告は艦内通信を通して副長に、中央モニターでお頭に口答するのが常である。
そんな彼女が今日訪れた理由に――持参した天体望遠鏡があった。
望遠鏡には屈折式と反射式、その他主鏡の種類で数多くに分類される。
パルフェが持ってきた望遠鏡は趣味の一環として製作され、相当の焦点距離を見通せる優れものであった。
天体観測するのに相応しい場所としてブリッジを選び、こうしてやって来たのである。
パルフェは眼鏡を外さないままだが、焦点を絞り込んで目標を見定めるのに成功した。
彼女の狙いは唯一つ。
マグノ海賊団の故郷であり、旅の終着点――メジェールである。
「頑張ってきた甲斐があったよね、本当に。良かった、良かった」
具体的な位置をキャッチするには程遠いが、確かに星が見えている。
地表面の観測までは到底至らないとはいえ、その存在を目視出来る意味は大きい。
つまり――
「それって…アジトに近づいてるって事!?」
仕事の合間に作業を覗いていたベルヴェデールが、勢い込んで尋ねる。
故郷を捉えられる所まで来た――旅の終わりが近づいている証拠。
心躍るのは当たり前だった。
明るい顔をして尋ねられ、パルフェは少し困った顔をする。
微妙な表情の変化に最初に気付いたのは流石と言うべきか、マグノだった。
「その望遠鏡で見えるって事は…アタシらはどの辺りまで帰ってきたんだい?」
遠回しな言い方をせず、あえて率直に尋ねる。
見え透いた希望は引っくり返されると、不安の増大を招く。
厳しい現実を見てきた老齢な女性ゆえの質問である。
パルフェは言い辛そうに、
「ええっと…まあ端的に言うと…
…半分ってとこでしょうか」
――半分。
明確な距離を告げられ、ブリッジの中は静まり返る。
落胆の意味合いが正直、大きい。
パルフェは返答に詰まる様子で、副長席を見やった。
同じく、メジェールへの観測をコンソールで行っていたブザムを――
パルフェの視線の意味に気付き、ブザムは頷いてマグノに振り向く。
「母星に宛てたメッセージも、届いている頃だと思います」
カイが一時パイロットを辞めて、マグノ海賊団全部署の見習いになったあの日。
ウニ型との激戦を終えて、刈り取りの部品を利用して故郷へメッセージを送った。
刈り取りの存在、そして目的――故郷の危難。
大切な故郷を脅かす存在として、マグノは取り急ぎ警告メッセージを送ったのだ。
何も知らず襲撃されるよりは、何らかの対策をうてる。
刈り取りを阻止せんとするマグノ海賊団との共闘が出来るかもしれない。
それどころか、うまく事が運べば救援すら送ってくれる可能性がある。
勿論彼女達が海賊である限り、その可能性は紙より薄い。
だが何事にも例外はあり、チャンスはある。
可能性をただ否定するよりは――と、ブザムはあえてメッセージについてを口にする。
理想論者では無いので明るい可能性を明言はしないが、事実を口にすることが彼女なりの配慮だった。
「半分か…まだまだ遠いって事ね…」
事実を耳にして、ベルヴェデールは肩を落とした。
これが遊覧目的の旅ならまだ精神的に楽だが、生憎この旅はそれ程平穏ではない。
何時如何なる場所で襲撃が来るか分からず、毎日神経を張り詰めているのだ。
命すら落としかけた事もあり、船が鎮圧されかけた事もある。
命を脅かせる毎日がまだまだ続くと考えると、落ち込んでしまうのも無理は無い。
悩める親友に、アマローネがそっととりなす。
「最初の観測データだと、故郷まで一年近くかかるって出てたじゃない。
旅を始めて半年――半分で当然よ。
むしろ順調に進んでるって考えるべきだと、思う」
あえて明るく話しかけ、空気の重さを振り払う発言をするアマローネ。
普段楽観的な発言をするのはむしろベルヴェデールなのだが、今回ばかりは年長者としての貫禄を見せなければいけない。
落ち込んでいる姿を、傍目で見るのは嫌だった。
アマローネも思っていた以上の遠さにがっかりはしたが、それほど落ち込みもしなかった。
観測データからまだ半分近くなのは予想出来たし、何より――
――そう、何より旅を続けられるのが嬉しい。
アマローネは自分のシートの下に隠しているモノを見る。
手編みの、手袋。
――渡せなかった、プレゼント。
あの聖なる夜の名残が、想いを隠して眠っていた。
プレゼントを何にするか悩み、手を変え品を変えて、手編みの贈り物に決めて頑張った。
慣れない作業と仕事の合間での余裕の無さに疲れる毎日だが、贈る瞬間を夢見ると胸が弾んだ。
パーティで勇気を出して渡そうとしたのに――居なかったアイツ。
怒りもしたが、ホッとしてしまった弱虫な自分。
故郷へ帰れば――お別れが待っている。
彼が男で、自分が女。
別れは必須であり、共に歩むのは不可能だった。
ならばせめてもう少しは――そう考えている自分にとって、半分の距離は少しほっとする。
まだ機会はある、そう思えてしまう。
先延ばしにしているだけなのだが、今はそれでいい。
落ち込むベルヴェデールを励ましながら、アマローネはそんな思いを胸に抱いていた。
そんな彼女達二人に――
「…でも」
――容赦ない現実を突きつけるのが、一人。
「実はもう――刈り取りは終えていて、皆死んでいるかもしれないね」
空気が、凍りつく。
「セ、セルティックちゃん…」
愛らしいクマの縫いぐるみに隠れて、物騒な発言をするセルティック。
気のせいか、背後に黒いオーラが見える気がした。
聞いていたエズラは笑顔を引き攣らせて声をかけるが、セルティックはブツブツと呟き続ける。
「――タラークも、滅んでたりして――
そうしたら、あの人も帰る場所がなくなるね…ふふ…」
誰もが恐怖に震える幼さの残るボイス。
ホラー顔負けの語りに、アマローネはあちゃーと頭を抱える。
クリスマスが終わってから、ずっとこの調子である。
パーティを無断で参加せず、準備も後半参加しなかったカイ。
ただでさえ、仲直りしたとはいえ役割を押し付けられた身。
文句を言うんだと憤慨していたその矢先、パーティに参加せずに終わってしまった。
その後、機会も無いまま会えず。
自分から会うのは負けだと意地を張り、職場で不満だけを募らせているのである。
――妙にギスギスし始めたブリッジ。
空気を察して、パルフェは苦笑いを浮かべて言い繕う。
「そ、そんなに深く考えず――ほら!
今まで色々あったけど、それでも何とか旅は続いていると考えたら…ね!」
内心で泣きたくなっているパルフェ。
こういった場を仕切るのは、人間関係の薄い彼女には辛い。
日頃無口な機械を相手にしているだけに、周囲をまとめるのは慣れていないのだ。
必死のパルフェだが、彼女の努力はあまり報われなかった。
これからの道程に嘆息するベルヴェデール。
男女の旅は歓迎だが、口に出せないアマローネ。
心にしこりを抱えるセルティック。
オロオロするしか出来ないエズラ。
ブリッジクルーは特に最前線での職場だけあって、精神的疲労の多い現場である。
休暇も少なく、重要な仕事なだけに辛い任務も多い。
――これまでの旅の道程。
生死の境を彷徨い、艦内でのトラブルに悩まされた毎日。
旅急ぐゆえに前だけを見ていた彼女達が、今日――振り返ってしまった。
人間は楽しい思い出より、辛い思い出を深く心に刻んでいる。
男女共同生活を半年間過ごし、何の苦労も無い日は無かった。
刈り取り――そして、男。
内外に異物を潜ませた毎日は、彼女達を確実に変えた。
その変化は最早、誰もが気付いている。
故郷まで残り半年。
これからもまだ、最低でも今までの苦難の日数分を旅しなければいけない。
旅を歓迎する者、しない者。
その考えの違いが白日に晒された時――どのような事態を迎えるのか。
悩み多き乙女達の一日は、こうして始まった。
<to be continued>
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