VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 11 -DEAD END-
Action3 −記念日−
マグノ海賊団が占有する食料庫は、カイも利用している優れた管理施設である。
カイと女性達で別々にされているが、食料の保管自体は区別無く行われている。
野菜や穀物、飲料や水産製など等多岐に渡って分類されており、一つ一つ冷凍ボックスに名を表記して管理。
キッチンクルー達の徹底した管理下で、食料は守られている。
長旅における食糧の保管は死活問題である。
食事を怠れば、人は死ぬ。
栄養の無い生命は枯渇するだけである。
特に現状のような補給に不便する旅では、管理の不足は死に結びつく。
徹底された設備のメンテナンスと小まめな見回り、毎日のチェック。
食料庫の立ち入りにはチーフクラスの許可が必要で、許可無き者には重大な罰則が与えられる。
マグノ海賊団高セキュリティ施設の一つ、食料庫。
本日の入室者は男と女――そして、立体映像一名であった。
「…たまに思うんだが、お前って何処でもその姿を見せられるのか?」
「艦内の如何なる場所でも可能です、マスター」
簡単な照明のみの暗い場所で、美しき少女の映像は仄かに光っている。
暗闇の蝋燭に似た感覚で、ソラを見るカイの表情は苦笑気味だ。
真面目に答えている分、余計に微笑みを誘う。
楽しげな主に不思議そうな顔をしながらも、ソラは静かに主の後ろを歩く。
先頭にはディータ・リーベライ。
食料庫入室の許可を与えられたパイロットが、忙しなく室内を走り回っている。
「タマネギにニンジン、後は…」
「おい、そこの能天気馬鹿」
メモを片手に難しい顔をするディータを、カイは見下ろす。
「いい加減、依頼内容を話せ。俺は忙しいんだ」
「マスター、今日の予定は何も入っておりません」
「私生活で忙しいって意味なの! お前はちょっと黙ってなさい」
「――失礼致しました、マスター」
事実を客観的に指摘されて、カイは八つ当たり気味に怒鳴る。
自覚はあるのか、頬が少し赤いが。
二人の様子にクスクス笑って、ディータは作業の手を止めて話し出す。
「あのね。今から料理を作るから、宇宙人さんとソラちゃんに手伝って欲しいの」
「料理…?」
「すっごく美味しいのを、作るの。えへへ」
無邪気なディータの笑顔を、苦虫を噛み潰した顔でカイは唸る。
「…貴様は、そんな理由で朝っぱらから俺を…
俺が料理の専門家に見えるのか、お前は!? あほか!」
ソラの言うとおり、カイに特別に何も用事はない。
むしろクリスマスが終わってからというもの、仕事の依頼は悲しい程少なかった。
自己鍛錬とパイロットの訓練、仲の良い女達との平凡な会話。
男女関係に進展も無く、旅に重大な問題も発生せず。
身体も心も鈍るばかりの毎日で、張りが無いのは確かだった。
引き受けても問題は無いのだが――理屈と感情は別。
近頃の依頼内容はただでさえ、使いっぱしりが多いのだ。
いい加減ウンザリであった。
「でもでも、宇宙人さん。クリスマスに美味しい料理を作ってた」
「アレはあの日だけの特別。
何でお前が普段食う料理を、いちいち手伝ってまで作らないといけないんだ」
「えー、宇宙人さん冷たいよー」
「ふん、何とでも言え。大体、何の為にキッチンクルーが居るんだよ。
専門家のあいつ等に頼め」
「うん、許可申請の時にチーフに相談してみたいの。
そしたら――
『でしたら、カイさんに御願いするといいですよ。
きっと喜んで手伝ってくれますから、うふふ』
――って」
「何がうふふ、だぁぁぁ!? くっそ、あのチーフめ!」
退路を断たれた。
万が一ここで断れば、即座にキッチンチーフのセレナ・ノンルコールに話は届くだろう。
女の子の切なる願いを踏みにじった男――
料理や料理人には特別な想いを寄せている女性である。
弟子として可愛がってくれているとはいえ、容赦はしない。
アンパトスで補給した食料の保管は破棄され、キッチンの使用許可は未来永劫剥奪されるだろう。
自動的に餓死する。
刈り取りに殺されるより、別の意味で悲惨な死に方である。
顔を引き攣らせるカイに、ディータは照れた顔で擦り寄る。
「それに、宇宙人さんと最近お話していないから寂しかったの。
手伝って…欲しいな…」
強くは言えない性格なので、あくまで御願いという形でしか頼めない。
不器用だが純粋な願いが浮かぶ瞳に見つめられ、カイも無碍に拒否出来なくなった。
つくづく甘いと思う。
ここで甘やかせばつけ上がるのは分かっているのだが――
カイは舌打ち一つして、投げやりに言い放った。
「っち、分かったよ。…手伝ってやる」
「ほんとっ!?」
「ただし! あくまで、仕事の依頼として手伝ってやるんだ。
当然、見返りは要求するぞ」
「うん! いっぱいディータとお話しようね!」
「お前しか嬉しくないわ、そんなもん!
正当な依頼だから、きちんとした報酬をよこせ」
「分かった! サンタ人形を作ってあげる!」
「一匹で充分だ、ぼけぇ!?
これ以上人の部屋に、余計な飛来物を飛ばすな!」
大声で喚き散らす二人を垣間見て、ソラは嘆息して監視カメラの音声を一時遮断した。
一時間に及ぶ話し合い(?)後、ディータ手作りの食料三日分で手打ちとなった。
ディータの依頼は正確に言えば、料理手伝いではなく食材の搬出。
つまり、純粋な力仕事だった。
食料庫に納められた材料の数々を、レシピを頼りに保管先から出納する。
役割分担は次の通りである。
ディータは料理担当、ソラはレシピのチェック、カイは幾つかのボックスを手持ち。
メモを参考にソラが広い食料庫から場所を検索し、不備なく見つけ出す。
カイはその食料を持ち出し、キッチンまで運ぶ。
後はディータが材料を手に料理を作り、完了である。
至極簡単な仕事で労働として割り切れば、むしろ食糧不足のカイには有難い。
自給自足で生活するカイは、マグノ海賊団より一切の補給が約束されていない。
アンパトスを離れて二ヶ月以上。
次の上陸先も見えず、故郷へは半年はかかる。
働かなければ死ぬ現実に、今の手伝いは嬉しい申し出かもしれない。
カイはディータの下っ端をやらされている現実を、悲しくも前向きにそう思って重い荷物を背負う。
「…大丈夫ですか、マスター」
「へ…平気だ、この程度」
中の食料は大して入っていないのだが、ボックスそのものが何しろ重い。
両手で抱きかかえなければいけないほど大きく、器そのものの重量も大きい。
そのボックスを三個も抱えて、視界が埋まりそうな高さになっているボックス群を支えるカイ。
ソラが見ていて心配するのは無理も無かった。
ディータはむしろよろけている姿が面白いのか、にこにこ笑っている。
穏やかで、平和な風景。
男女の垣根は微塵も無い、心通わせた者達の光景。
その温かな姿を――
――疎ましげに見つめる者が、いた。
「…何やってるのよ…」
「げっ!?」
ぎょっとして、横脇の棚を見るカイ。
カイの背より高い棚段――その狭い棚奥の向こうから一対の目が光っている。
棚の向こうより覗かせる看護帽。
低い視点よりこちらを覗いているのは、この船でただ一人の看護婦だった。
カイは慌てて周囲を見渡す。
――いない。
最初から気付いていたか、途中から姿を消したか。
ディータを見ると、コクコク頷いてオッケーサインを出している。
どうやら、ソラは無事に消えたらしい――
カイはほっとして、突然の乱入者を睨む。
「いきなり声をかけるな。落とすかと思ったぞ」
「ふんだ。雪崩でも起こして、崩れちゃえばよかったのに」
嫌味には動じず、舌まで出して反撃するパイウェイ。
何やらご機嫌斜めらしいと気付き、カイは嘆息して口出しをやめた。
腹が立つより、今はソラを気付かれなかった安堵が大きい。
むしろ、ディータの様子が変だった。
「パ、パイウェイ!? どうして此処に来たの!」
「何よ…来たらいけないの? カイと二人、あやしーい」
むぅっとした顔で、ディータを下から睨む女の子。
否定的な意味合いに取れる呼びかけが気に入らなかったのだろう。
だが、ディータはパイウェイの不機嫌に気付かないばかりか、
「パイウェイには関係ないの。邪魔しないでね」
「――え」
「…おい?」
目を見開いて、呆然とするパイウェイ。
他人の感情の機微には疎いカイだが、流石にこの小さな女の子がショックを受けたのは気付いた。
ディータらしくもない、疎ましげな台詞。
カイがとりなそうとするが、その前にパイウェイが棚の向こうから身を乗り出す。
「きょ――今日が何の日か、知ってる…?」
それが疑問ではなく――確認。
知っていて欲しいと痛烈に願う、少女の願い。
特に隠し事の苦手なパイウェイである。
如実に切実な感情が、表情から出ていた。
(…今日…?)
カイは知らない。
事前情報も無ければ、マグノ海賊団の風習も知らない。
メジェールの行事として有名なクリスマスも、聞かされるまで知らなかったのだ。
判断材料の無い問いかけに、カイはただ会話を聞くしか術が無い。
固唾を呑んで見守るパイウェイとカイ。
その二人の様子にやや尻込みしながらも、ディータはあっさりと答える。
「今日…?
…。
…何だっけ?」
(お、お前――それはちょっと、可哀想だろう…)
口出し出来る状況ではないが、カイは内心ディータを非難する。
何の日かは知らないが、改めて聞くほどだ。
パイウェイにとって、本当に大切な日なのだろう。
幼い女の子が希望を胸に尋ねているのを、ディータは踏みにじったのである。
正直なのは美徳だが、言い方がある。
パイウェイは身を震わせて、俯き…
「…ふんだ」
そのまま棚から離れて、走って出て行った。
カイはパイウェイが出て行った方角を呆然と見ていたが、やがて表情を険しくする。
持っていたボックスを乱暴に床に下ろして、ディータに迫った。
「おい――今の言い方は何だ。
忙しいにしたって、もうちょっと言い方ってもんがあるだろう!」
「! う、宇宙人さん…」
「別に、あいつの味方をするつもりはねえけどよ――」
憤然とした態度で、声を荒げた。
「あいつはまだガキなんだぞ? もうちょっと気を使ってやれよ。
パイウェイなりに心配してたのかもしれないじゃないか。
男と二人、コソコソ何かやってるって知れば」
「ち、違うの! ディータは――」
「言い訳するな!!
冗談で済ませられることと、済まされない事があるんだぞ!?
何気ない言葉が、どれだけ人を傷つけるか自覚しろ!」
――思い出すのは、ブリッジでの喧嘩。
自分の自惚れでメイアと対立し、パイロットを辞めたあの日。
増長した自分の何気ない言葉で、頬を叩かれた。
あの時の痛みはまだ――覚えている――
怒鳴り声が、食料庫に響く。
先ほどまであれほど仲の良かった二人が、不協和音を発していた。
インスタントカメラ。
気軽に撮影出来て、手軽に現像が可能な少女愛用のアイテム。
日常で面白いスクープを追うパイウェイが、食料庫でシャッターを切った一枚。
大した意味があっての行動ではない。
大切な友達が、この大切な日に、自分の傍にいない――
その怒りに任せて映した一枚が…
「…誰、なの…こいつ?」
材料を手に取り、笑っているディータ。
重い荷物を背負って唸っているカイ。
そして、もう一人の少女――
<to be continued>
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