VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
LastAction −贈り物−
全身が軋む。
最大速度で彗星内を駆け抜け、長時間溜め込んだペークシスエネルギーを爆発。
九十九式蛮型に耐えられる負荷ではない――
タラークでは最新型でも、SP蛮型と比較すれば圧倒的な落差の機体。
天才エンジニアにも埋められない差は、操縦者の身体を著しく痛めつけた。
貫かれた肩は極上の激痛を生み出し、ホフヌングの爆発的加速は膨大な圧力で胴体を締め上げる。
大気圏内戦闘では使用後重度の火傷を与えた、三分間使用。
目的は達成されたが、流石のカイものた打ち回った。
意識を失わずに済んだのは持ち前の見栄と意地でしかなく、奇跡に近い。
バラバラになりそうな身体を引き摺って、策敵を行う。
艦内の女性達が虹色の樹に見惚れている間に、カイは残存勢力がないかを確認する。
見えない罠を仕掛けていたクモ型はホフヌングの一撃で消滅。
破片も残らない最期だった――
幸いとでも言うべきか、敵は一機のみだったようだ。
丹念に周辺を捜索した後、カイは痛んだ身体を鞭打って帰還した。
ノズルを解放したように溢れる血液の量に、眩暈すら覚える。
血を撒き散らす行為や、苦痛・苦渋の顔を他に見せられないのでコックピットでしばらく座ったまま。
クリスマスパーティ責任者として、雰囲気を壊さないように努力する。
幸いと言うべきか、蛮型の発進や帰還を騒がれる気配はない。
パーティを楽しんでいるのか、まだ宇宙の神秘を見ているのか。
他の人間に今回の裏を悟られるのはまずいので、誰も様子を見に来ない事は有難かった。
蛮型を元通りに収容し、停止させてほっとしたと同時に――襲い掛かる痛み。
急ピッチの作業と思い掛けない敵の登場、悲痛と苦戦。
パーティに到底参加出来る状態ではなく、カイはコックピットのシートにもたれかかる。
――熟睡。
クリスマスの到来。
パーティの開催。
敵の殲滅。
女達への贈り物。
――全てをやり遂げて、カイは安心したように意識を失った。
短期の準備期間。
男と女の架け橋。
不眠不休の作業。
責任と信念を背負って、見事戦い抜いた日々。
精神も肉体も完全に限界を超えて、カイは身体を横たえた。
怪我の治療をする余裕もないまま、ただ眠り続けた。
目覚めたのは何時ごろか。
夢も見ずに眠り続けて、ふと目を開ける。
何か予兆も感じず、特に明確な起床への意図もない。
硬いコックピットで寝たお陰で、身体に重みすら感じる。
疲労は全然取れず、目覚めは最悪だった。
悲鳴を上げる全身を無理に起こして――カイは気付いた。
「――包帯!? 何で…」
視界が暗いので一瞬分からなかったが、コックピットは開いていた。
怪我をした肩は丁寧に固定されており、上着は脱がされて黒のシャツ一枚になっていた。
擦り傷・切り傷も手当て済み。
着替えも行ったのか、血の匂いは一切しない清潔なシャツだった。
治療の際に邪魔にでもなったか、汚れた血で濡れているのが気になったか――上着はない。
いずれにせよ、完璧な処置が施されている。
「ドゥエロ…だろうな…これ…」
ニル・ヴァーナ艦内で、これほど見事な処置を行える人間を他に知らない。
何時気付いたのか、何故此処で治療をしたのか――
不思議だったが、よくよく考えてみると簡単だった。
ドゥエロも恐らく見たのだろう、彗星を利用したクリスマスツリーを。
出撃前に話した会話で自分の仕業だと、ドゥエロなら直ぐに思い立つ。
医者として戦場に出るパイロットを管理するのは当然で、ドゥエロはこれまでの戦闘を全て観察している。
あれだけの芸当が出来るのは、ホフヌング以外ありえない。
そして――アンパトスでの負傷。
様子を見に訪れるのは、むしろ自明の理だ。
今晩がクリスマスであれ、職務は決して忘れない。
意識を失っていた自分を、そのままで治療してくれたのだろう。
此処で治療してくれた配慮に、カイは心から感謝した。
医務室にはパイウェイとバーネットが居る。
怪我をした自分を見れば何をしていたのか、少なくともパイウェイは好奇心を持つだろう。
噂好きな女の子である。
知られれば艦内中に広め、騒ぎを引き起こす。
折角の影ながらの努力が水の泡となり、パーティどころではなくなる。
――今夜の事は誰も、何も知らない。
刈り取りの事実も、クリスマスツリーの演出人も知られないまま終わりたい。
ドゥエロはその気持ちを察してくれたのだ――
友人の温かい心遣いに、心から嬉しく思った。
全てを察した上で何も聞かず、黙って治療をして去ってくれる。
自分にはない、男の在り方であった。
頭が下がる思いで、カイは静かに立ち上がる。
――パーティはもう終わっただろうか?
何時間寝ていたのか分からないが、艦内は静まり返っている。
パーティがまだ開催されているなら、賑やかな音楽が流れているはずだ。
時間を確認する気力はない。
「…未練、だな…やめとこ」
名残惜しい。
今日まで準備して来た成果を、積み上げてきた努力を成就する瞬間だった。
女達との諍いをこの機会に少しでも解消できれば、と――
男と女の垣根を取り除こうと始めたが、徒労で終わったようだ。
とはいえ、開催そのものは無事行えた。
自分の代わりにドゥエロやバートが参加してくれているだろう。
未練たらしく後からノコノコ行くのは、カッコ悪い。
カイのちっぽけな見栄だった。
頭を振って、重い身体をふらつかせて歩く。
自然に、溜息がこぼれた…
ヒヤヒヤしたが、無事に自室まで辿りつく。
怪我を見られれば騒ぎになるので、注意深く歩いて来た。
広い艦内とはいえ、マグノ海賊団はこの船に150名も存在する。
誰に会っても言い訳出来ないので、警戒だけは怠らなかった。
その際に気付いたが――
――パーティはやはり終わっていた…
今はもう深夜。
良い子の皆は眠る時間である。
クリスマスらしいサンタの皮肉が利いていて、カイは落胆混じりの苦笑を浮かべる。
とにかく、疲れ切っている。
パーティの閉幕は張り詰めた精神を萎えさせ、身体中を脱力させた。
カイはもう何もかも忘れて眠りたかった。
自室へ帰り、他の男二人を起こさないように注意して、部屋の電気をつける。
「…あん?」
――張り紙。
何より最初に目がついたのは寝るベットではなく、真横の張り紙だった。
シークレット・ルーム――その扉の前。
ペラペラの白い紙が一枚、扉の前に貼られている。
カイは怪訝な顔をしながらも、張り紙を取って見てみると――
『サボリ魔へ
めりーくりすます。地獄に堕ちろ』
「直球だな、おい!?」
思わず悲鳴じみた声を上げてしまう。
差出人の名前はないが、筆跡鑑定の必要はない。
こんな小憎たらしい事を言う人間は、彼女しかいない。
綺麗好きだが心は汚れている小柄な洗濯屋のメッセージに、カイはげんなりした顔をする。
主催者が突然居なくなり、真っ先に苦労をかけたのは賛成派の彼女達。
抜けた穴を補うべく、必死になってくれたのだろう。
そう思うと、冗談ですませてくれたのはむしろ感謝すべきか。
メッセージには追伸が添えられている。
『部屋の中を見るように。見たら死ぬ』
「どうしろってんだ!?」
破り捨ててクシャクシャに丸め、容赦なく放り捨てる。
最初から最期まで、ルカはルカのままだった。
猛りきった鬱憤をとりあえず晴らして、カイは仕方なくルームの中へ。
其処には――
「……こ、これって!?」
完全なる密室。
如何なる侵入を許さない閉鎖空間に――全ては整えられていた。
大きなテーブルには、豪華な料理。
テーブル席を飾るローソクと、小さなクリスマスツリー。
小さな世界の、優しいクリスマス。
それはまさに、あの風景――
もはや二度と戻らない過去を映した、温かな家族の団欒模様。
ビデオに映し出された当時のクリスマスを、見劣りするが再現していた。
カイは呆然としながら、テーブルに歩み寄る。
テーブルの上には、並べられた沢山のカード。
手に取って見れば、
『メリークリスマス! 貴方を選んで良かったです。
お疲れ様、そしてありがとう。
ミカ・オーセンティック』
『メリークリスマス。カイさんの分の料理は取ってあります。
温め直しますので、一緒に食べましょう。
セレナ・ノンルコール』
『楽しかった。またやろう。
ルカ・エネルベーラ』
『美しき夜を演出した貴方に、今晩限りの敬意を。
ミレル・ブランデール』
『メリークリスマス、宇宙人さん!
来年も、再来年も、ずっと一緒に居てね。
ディータ・リーベライ』
『せめて、一言告げていけ。メリークリスマス。
メイア・ギズボーン』
『後で私に会いに来なさい、絶対によ!
ジュラ・ベーシル・エルデン』
『メリークリスマス。スノーマシーン、無事に完成したよ。
ソラちゃんと友達になったのでよろしくね。
パルフェ・バルブレア』
『メリークリスマス。素敵な夜をありがとう。
生まれてくる赤ちゃんに見せたかったです。
エズラ・ヴィエーユ』
『メリークリスマス。
こういうのは本当は苦手なんだけど、お疲れって事で。
後片付けはやっておいたよ。
ガスコーニュ・ラインガウ』
『メリークリスマス。大役、ご苦労様。
虹色のクリスマスツリー、すごく綺麗だったよ。
アマローネ・スランシーバ』
『メリークリスマス。見たよ、ツリー。
今度は私も誘ってね。
ベルヴェデール・ココ』
『貴方に贈る言葉はありません。
セルティック・ミドリ』
手書きのメッセージ――
自主的か、頼まれてかは分からないが、彼女達の気持ちが記載されている。
カードは無機質でも、添えられた言葉はとても温かい。
冷えていた心まで、癒されるように――
ディータ達以外のクルー達も書いてくれており、カイは一枚一枚めくって見ていく。
事務的に書いたものもあれば、丁寧に書いているものもある。
一人一人の個性が出ているカードを見ていく度に、カイの目が柔らかくなる。
どうやら、彼女達には何もかもお見通しだったようだ……
先程まで裏でカッコつけていた自分が馬鹿らしく思える。
全てを知った上で彼女達は誰一人責任を追及せず、自分の気持ちを見せてくれた。
クリスマスだけに許される、素直な心で――
カードを贈っていないクルーも居る。
全員から貰えるとは、当然カイも思っていない。
――でも贈ってくれる女の人が居る。
それはまぎれようもない事実であり、苦労は報われた気がした。
そして、最期の二枚――
『メリークリスマス。貴方に出会えた奇跡に、感謝を。
ソラ』
『めりーくりすます。大好きだよ、ますたぁー。
ユメ』
「あいつら…」
カードを見終えて、そっと椅子に座る。
小さく息を吐いて、ゆっくり伸びをする。
明日からまた、過酷な日常が始まる――
だからせめて、今日だけは。
彼女達だけを想って――このクリスマスを、過ごそう――
――この先の、悲劇を知らぬままに。
<end>
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