VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action52 −虹−







 彗星の大部分は氷や岩の塊であり、直径数キロの核より構成されている。

彗星は気紛れな天体で、人類の理解に及ばない動きを見せる。

定期的に姿を見せる星もあれば、一度見せればそのまま姿を見せない星もある。

主成分によってその変化も様々で、肉眼で捉えられる明るい彗星は特殊な奇跡を描く。

"尻尾"である。

"尾"は、長い真っ直ぐな尾と幅の広い曲がった尾の二種類。

前者は蒼い輝きを、後者は黄色い輝きを放っている。

この光の違いは成分の違いであり、密封されたガスやチリの違いに繋がる。

外面は氷と岩、内面はガスとチリ――彗星。

PM 11:20。

濁色の機体が、蒼い光に満ちた星の末尾に飛び込んだ。








PM 11:30。








「予定より早く着いたな・・・アイには感謝だな」


 全面スクリーンに映し出された蒼青の世界。

濃密なガスに染まった幻の光景は、ちっぽけな人間を呑み込まんと活発に流れている。

カイは操縦桿を両手で必死で握った。

――タラーク最新鋭・九十九式蛮型。

旧イカヅチの格納庫に放置されていた、SP蛮型の雛型である。

タラーク軍部が絶賛していた最新型だが、SP蛮型に比べて機能は格段に劣る。

ペークシス暴走時に結晶に取り込まれ、新しい機体として生まれ変わったSP蛮型。

装甲に機能・標準的な装備に至るまで徹底的な改良が行われた機体と、今の機体は雲泥の差である。

マグノ海賊団もドレッドを主戦力としているので、無用な長物として扱われていた。

使用された事はたった一度。

惑星内に上陸出来ないドレッドの代わりとして、偵察機に扱われた。

その後再び格納庫にそのままにされ、眠りについていた旧型である。

本来カイも不要な機体だったのだが、自分の愛機は現在整備中。

度重なる激戦に加えて、アンパトスでの戦闘がトドメを刺した。

基本的構造から改善の余地ありと判断されて、専任エンジニアの一存で使用不能とされた。

カイが現在乗っている九十九式は、エンジニア・アイの手が加えられた特殊な機体である。

操縦性の手軽さを重視し、運動性の向上が際立った改良型。

蛮型の操縦の基礎を学んでいないカイの為に、アイが配慮した機体。

メジェール育ちで蛮型の知識を得られる筈もない彼女が、タラーク最新鋭の機体を素人でも動かせるように改造する。

ありえない話だが、幼い身体に天才性を抱く彼女ならではの力だった。

マグノ海賊団との戦いで初出撃した際は、機体に振り回されて戦えもしなかったカイ。

若葉マークの彼が彗星まで辿り着けたのは、使用可能レベルまでこぎつけたアイの配慮のお陰だった。

とはいえ彼女も人間、無から有を作り出す技術はない。

蛮型の部品が少ないニル・ヴァーナ内では改良に限界があり、装備や装甲は標準レベルでしかない。

無論ある程度の進化は見られるが、SP蛮型の足元にも及ばない。

代用品はあくまで代用品。

アイも搭乗には不満で、出来る限り使用は禁物だとカイに苦言していた。

――アイにはろくに相談せずに出撃したので、カイも後々を考えると冷や冷やしている。

ガスコーニュに整備してもらい、遠距離兵器ホフヌングを搭載して出撃。


今回――この兵器が要となる。


「・・・頼んだぜ、ホフヌング。あいつ等に、でっかいプレゼントを贈るためにな!」


 目的は彗星の中心。

流れる彗星の内部を必死に掻き分けて、機体は進んでいく。

膨大な運河の上流を目指すが如く、激しいガスの流れに逆らって簡易ブースターを噴かす。

九十九式は陸上強襲型。

大気圏外の活動には全く向いておらず、逆流に激しい負荷が生ずる。

ひ弱な装甲は熱気に煽られて歪み、コックピットを焦がす。

正面から襲い掛かる熱風の勢いに、カイは苦痛を噛殺して操縦桿を倒した。


「ぐぅ・・・途中退場は出来ないんだよ、今更!」


 ――この出撃は、必要な戦闘ではない。

命運を賭けた刈り取りとの戦いでもなければ、アンパトスのように世界を変える為の出撃でもない。

誰にも、何も、求められない戦い。

成果が出るとは限らず、誰かが喜んでくれるかも分からない。

まして、自分に利益は全くと言っていい程ない。

カイはヒリついた空気の中で、笑みをこぼす。


(・・・へっ)


 最初からそうだった。

このクリスマスは、マグノ海賊団との戦闘。

仲間と鎬を削った心の戦いなのだ。

結果なんて求めていない。

結果に向かって努力をするのが、重要なのだ。

自分の夢ではなく、彼女達をただ想いながら戦う。

たまには――そんな戦いも悪くはない。

手元のセンサーに目を向けると、現在の針路の先にガスの薄い空間が存在する。

目的地、彗星の中央部。

カイが目指していた場所である。


「もうちょっと・・・げげっ!?」


 センサーより接近警報。

ガスの逆流を浴びて苦しげな顔を何とか上げると、真正面から飛来物が多数飛んでくるのが見える。

氷と岩の弾丸。

意思無き彗星の本能とも言うべきか、内部の異物を排除するべく飛んでくる。


「・・・邪魔だぁ!」


 蛮型の装備は貧弱。

分かっていながらも、少年の意志に弱さはない。

陸上戦闘用の機体に急遽つけられたアイ手作りのブースター。

全開にまで高めた噴出力で一気に加速し、一直線に進む。


「待ってろよ――皆!」


 抜き放った十徳ナイフ。

SP蛮型の二十徳ナイフより格段に力不足の獲物を抜いて、氷を切り裁いた。

岩を蹴飛ばし、欠片を振り切って、氷を叩き砕き――

二桁・三桁に発展する飛来物はカイの対応力を超えて、容赦なく非力な操縦者に牙を向く。

切り損ねた氷が氷柱となって、蛮型の右肩に突き刺さった。


「うがっ!? ぐ、ぐ・・・」


 機体と操縦者は一心同体。

操縦性を高める為に行った機体とのリンクが、仇となる。

生々しい血臭がコックピットに淀む。

激痛に震えながら、カイは強引に引き抜いて氷柱を放り投げる。

肩を触る――ベチャりと伝わる気持ち悪い感触。

嫌悪感に表情を歪めるが、現状はその苦痛に甘んじる暇もない。

操縦を放棄すれば流れに飲まれて、弾き飛ばされるだけ。

苦々しさに唇を噛んで、カイはブースター全開を維持して飛ばした。

時間がない。

飛来物は最低限の配慮のみ。

大きなものだけを集中して排除し、小さな障害物は無視する。

細かな弾丸が次々に突き刺さり、身体を苛むが操縦桿は倒したまま。

顔を俯かせて痛みをこらえ、目的だけを考えて歩みを刻む。

やがてガスの流れが途絶え――視界が一気に開ける。

蒼のカーテンが左右に開かれ、真っ白な光が全面を覆った。

氷と岩の鎧に包まれた彗星。

濃厚なチリとガスの波間をぬって、いよいよ中心に辿り着いた。

中心に流れは存在しない。

開放された空間にカイはようやく息を吐き、安堵に身体を弛緩する。



――それが決定的な、油断だった。



「――なっ――うあぁぁっ!?」


 襲来する光の線。

襲い掛かる真っ赤な光に、緊張感を解いたばかりの身体が対応出来ずに――


――機体ごと、呑み込まれた。







PM 11:50。








 網――

密集された光線の束が網目を生み出し、密度の高い檻と化す。

全身を覆う網に完璧に機体を束縛され、カイは歯噛みする。


「――くそ・・・ブザムの言う通りかよ!」


 白き光の空間の中心。

網羅された赤い網の檻の中央に、其れは光臨していた。


――蜘蛛。


禍々しい八本の足と黒き胴体。

太く束ねた光の網に乗り、歪に輝く紅の瞳をこちらへ向けている。

生息数は一体。

彗星の主を気取っているかのように、その生き物は生息していた。

無論、生命ではない。

無人戦闘機――

製作者のセンスを疑う歪なフォルムを持った、冷酷非道な狩人。

人間の刈り取りを目的とした、敵側の戦闘機である。

カイは周囲を見渡す。


(――俺の接近に気付いて・・・じゃないな。
ブザムが言っていた――ニル・ヴァーナは午前零時に彗星付近を通過すると。
何も知らずに通り過ぎようとする俺達を捕らえるべく、仕掛けた罠か――)


 敵の巧妙さに畏怖する。

アンパトスまでの戦いで正面からでは勝てないと悟った敵が、新たに企てた罠。

存在そのものを隠蔽し、相手の油断を誘って仕留める。

数の多さでは易々と倒せない事実を認識しての、手段である。

もしカイが此処へ来なければ、午前零時にニル・ヴァーナは捕らえられていただろう。

彗星を隠れ蓑にされれば、外部からの観測では発見出来ない。

用意周到なブザムでさえ発見出来ず――いや。

カイは即座に否定する。

偵察出来なかったのだ、誰かのせいで。

クリスマスを能天気に楽しんでいた、どこぞの英雄気取りの男のせいで。

――ニル・ヴァーナを危機に晒していた。

捕らえられた網の中で、カイは苦々しい顔で俯いた。

浮かれていた自分の甘さが、敵を呼んでしまった――

この旅は遊びではない、そんな事は分かっている。

だが、それでも――


(――俺はただ、あいつらと一緒の時間を過ごしたかっただけなのに・・・)


 その油断を突かれた。

俺の甘さが皆を危機に晒した・・・

浮かれていた気分は吹っ飛び、後悔の小波が心に浸水する――が。


カイは自分の頬を叩く。


お前は、何だ?

俺は、何だ――?

このクリスマスの、責任者だろう。

責任を負う者だ。

後悔を背負う者じゃない。

まだクリスマスは、終わっていない。

反省しているなら、尚更――このクリスマスは成功させなければいけない。

それこそが、自分の義務。

誰でもない、自分の責務なのだ――

時間を見る。



PM 11:55。



クリスマスは、まもなく開催される。

後五分。

その五分で聖なる夜が――血染めの悪夢に変わる。

目の前の、敵によって。

自分の、甘さで。


――そんな事は――断じて許さない。


誰よりも何よりも、自分が自分を許さない。

今日は楽しい、クリスマス。

もう二度と、訪れないかもしれない思い出の日。

一日だけ許された、夢の時間。

男と女の特別の夜。


「お前らなんぞに――汚されてたまるか!!」


今日は平和に、終わる。

開幕のベルにワクワクして、パレードに目を輝かせて。

マグノのサンタに笑って、プレゼントを受け取って。

ブザムの心配が杞憂で終わって、メイアの初参加に喜んで。

美味しい料理に喜びを味わい、談笑に花を咲かせて。



男と女が、笑って――過ごす。



――刈り取りなんて、来なかった。



それでいい。



現実を、覆せばいい――



「ホヌフング、起動」


PM 11:57。





――I see trees of green, red roses too。
I see them broom for me and you――





 聖なる夜には、聖なる歌が良く似合う。


――I see skies of blue, and clouds of white。
The bright blessed day, the dark sacred night――


 見当はずれなクリスマスソング――

――万感の思いを込めて、一人で熱唱する。
 

――And I think to myself―――


 今日という日を迎えられた事に。

神ではなく、女神に感謝して――


――The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces, of people going by――
 

 捕らえた獲物を狙って、蜘蛛が動き出す。

接近する死神に、カイはむしろふてぶてしい笑みを浮かべた。


――I see friends, shaking hands, saying how do you do
They're really saying, "I love you."――


  無粋なサンタの乱入はお断り。

着ぐるみのトナカイだが、自分があの世まで乗せていってやる。


――And I think to myself...


 さあ、これが。

お前らに贈る――俺からのプレゼントだ。


――what a wonderful world――






 AM 12:00。

宇宙ソラが――虹色に輝いた。 

















































<to be continued>







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