VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action53 −結び手−







人間とは不合理な生き物だ。

ニル・ヴァーナの妖精とも言うべき可憐な容姿を持つ少女・ソラは、着ぐるみの中で力なく認識する。

疲労には縁のない存在だが、精神という名の領域に確たる自己が存在するがゆえに、形無き疲弊は生ずる。

主と別れて、早数時間以上となる。


「ね、ね。名前だけでも聞かせてくれないかな?
顔を見せて、なんて言わないから」

「・・・」


 ――貴方は何度拒否すれば諦めるのですか?

いっそ声に出して拒絶したくなる。

主に連れられて、パルフェ・バルブレアの元へ訪れたのは今日の午後。

今日の夜のクリスマスに欠かせない、スノーマシーン製作の手伝いを頼まれた。

今夜までに間に合いそうに無いというのがその理由だ。

作業工程や設計を見れば、確かに幾つもの不備が見出せる。

パルフェ・バルブレアは一流の機関士だが、材料・時間・人出・データ不足と四拍子揃えば不可能だ。

彼女はマスターの友人。

主の命令が無くとも、補佐は引き受ける。

マグノ海賊団の一員のパルフェ・バルブレアに正体は見せたくは無かったが、主が解決してくれた。

それがこの着ぐるみ。

正確には内部からの遠隔操作で動かしている、自分の操り人形。

まず欠落を指摘し、改善を示唆し、不透明な個所を解明する。

一から十まで作り上げる知識はあるが、ソラは目立つのを嫌った。

あくまで補佐的な立場を崩さず、パルフェの助手に徹した。

知識の提供を控えめに、技術の提供を惜しむ。

ソラも目立たないように気を使ったつもりだが、何しろ今夜が本番である。

今夜のクリスマスは、主の努力が報われる一時なのだ。

主の喜びは、従者たる私の喜び。

どうしても完成させなければいけない。

――その早急な手順が間違えていたのか。

完成前を控えて、パルフェはソラに機関士への推薦を行った。

パルフェは口下手な方だが、熱意と積極性に溢れた勧誘は幻想の少女すら揺さぶった。

何度も断っているのに、あの手この手で頼まれる。

最初は待遇面、その後は機関士の仕事の大切さと喜びを話される。

それでも否定し続ければ、自分の所属する上司に会いたいとまで言われた。

マグノ海賊団の一員と勘違いしているのだろう。

その勘違いは当然でもある。

男でもない、マグノ海賊団でもない――では、誰なんだ?

そういう話になるからだ。

ソラはマグノ海賊団に所属するつもりは無かった。

彼女の居場所はカイの傍。

加えて人間に無関心なソラに、マグノ海賊団に惹き寄せられるモノは何も無かった。

この手伝いも主の友人であり、主の頼みだから引き受けただけ。

機関士の仕事に何の興味も無い。

姿を消せば話は早いが、職務放棄になる。

スノーマシーンが、クリスマス開催後に実際に使用出来るかを見るまでは離れられない。

ソラはパルフェの話を聞き流し続ける。


「ちょっと泥臭い仕事だけど、本当にやり甲斐はあるよ」


 絶対の忠誠と心からの愛を向ける、この世でたった一人のマスター。

心重ねるごとに、想いは募るばかり。

些かも色褪せる事は無い。

 ――きっと、これもマスターなりの試練なのだ。

ソラはそう思って――思いたくて、耐える。

マグノ海賊団との触れ合いを頑なに拒む自分を憂いて、マスターは心を鬼にして自分を置いていった。

この試練を全うするのが、今日の私の役目だ。

ほかの人間が聞けばその健気さに涙するような心境で、ソラはその場から逃げずに我慢した。

別れ際のカイの笑みが露骨に楽しそうだったのは――気にしないでおく事にした。


「この御仕事の意義は――」

「・・・」 


 何を言われようと、承諾するつもりはない。


――幾星霜、月日を重ねて巡り会った人。


孤独な旅路の果てに、名前を与えてくれた。

ソラ、そしてユメ。

遠き世界の彼方に存在する、もう一人の自分。

かけがえのないモノ――

それ以上何を望むというのか。


「うーん・・・どうしても駄目かな・・・」

「――」


 こちら側の薄い反応を知ってか、さすがのパルフェも言い淀む。

気さくな微笑みを浮かべつつも、少し寂しげなその顔は――


・・・バイバイ・・・


 ――ほんの少し、面影が重なって・・・


『――何故、私をそこまで・・・?』


 つい、声を出してしまった。

ソラ本人も無意識だったのだろう。

遠隔操作された着ぐるみが動揺に震える。


「あはは、ようやく喋ってくれたね」


 無視され続けた為拙い返事でも嬉しかったのか、パルフェは明るい顔をする。

意識して話し掛けたのではない。

むしろこのように話し掛けてしまったら、パルフェも諦めなくなる。

少しも論理的ではない行動に、ソラは不甲斐なさを覚えた。

――同時に、折角なので答えを聞きたくなる。

自分の持っている知識を求めるにしては、熱烈すぎるこの勧誘。

パルフェ・バルブレアらしくない行動だった。

彼女は機械類には果てしない情熱を示すが、一方で人間にはそれほどの干渉を持たない。

自分の世界を大切にするタイプの人間。

そんな人間が、何故これほどまでに大よそ関わりの持たない人間を欲しがるのか。

確かにスノーマシーン製作に必要な知恵の幾つかは授けたが、貴重と呼べるレベルではない。

地道な勉強を積み重ねれば、パルフェなら必ず学べる知識である。

重宝される理由が分からない。

パルフェはんーっ、と少しの間考えて、


「何となく、かな?」

『? 明確にお願いします』


 曖昧な返答など求めていない。

断定的な口調でソラが問い返すと、パルフェは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「勿論、高度な技術や知識を持っているからっていうのはあるよ。
でも、それ以上になんて言うか・・・


・・・気があいそうかな、って」

『…』


 気が合う?

パルフェ・バルブレアと私が?

思いがけない返答に、息が詰まりそうな疑問の渦がわきあがる。


『私と貴方が過ごした時間は僅かです。関係の育成には程遠いと思われます。
こうしてお話するのも初めてではないですか』

「それはそうなんだけどね」


 あっさり肯定する。

事実を無理に否定するほど、パルフェは愚かではない。

機械を取り扱う頭脳は、常に明晰さを求められる。

そして、


「ひらめいちゃったって言うのかな? 仲良くなれそうって。
あはー、おかしな事言ってるね」


 ――感性が必要とされる。

理論や知識を根本から揺るがす、人間一人一人が持っている閃き。

其処に理屈は存在しない。

仲良くなりたい――その願望に、理由は存在しないように。

少なくともパルフェは、ただ純粋に願っているだけ。

打算も何もない、傍にいて欲しいという気持ち。


傍に居たいと――思う心。


それは…想い人が違えど、ソラもまた持っている。


(…)


 頼れる主は傍に居ない。

答えは、自分で出さなければいけない。


『――ソラです』

「…え…?」

『私は、ソラと申します。
――御手伝いが必要でしたら、その…あ』


 柔らかな着ぐるみごと、抱き締められる。

ソラは中には居ないのだが、パルフェには知る由もない。

ただ、純粋に嬉しくて――


「ありがとー! うんうん、歓迎するね!」

『いえ――その、あくまで御手伝いを…』

「分かってるって! 顔出してくれるだけでもいいから!」

『…』


 満面の笑顔で抱きついてくるパルフェに、ソラもそれ以上の言葉はない。

自分でも、らしくはないと思う。

パルフェ・バルブレア、主に近しい者。

他の海賊達ほどの、拒絶はない。

だけど、ここまで深入りするつもりはなかったのに。

視線を落とす。

――何やら一生懸命自己紹介するパルフェ。

パルフェがここまで感情を露にするのは初めてではないだろうか?

本当に、今日は自分も彼女もおかしい。

でも――それでもいいかと思う。


今日は――特別な日、なのだから…















「――いいの? 
パルフェに話があるって…」

「そのつもりだったが――やめておこう」

「でも、折角のプレゼント…」

「彼女が喜んでいる。それだけで、私は十分だ。

――付き合わせてすまなかった、バーネット」

「…いいわよ。
寂しい者同士、お酒でも飲みましょう」


 物陰からそっと立ち去る男女。

彼らの頭上より、虹色の光が優しく照らし出す。

















































<to be continued>







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