VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action50 −特急−
PM 10:00。
瞬く間に時間が過ぎていき、宴の刻が近づいた。
男も女も関係も無く平等に、規則正しく時を刻んでいく。
日々緩やかに、それでいて強制を強いる時間の流れ。
今宵――少年は一大決心をした。
「――で、僕達に相談しに?」
「わざわざ極秘回線を使って、我々を呼ぶ理由に相応しいとは思えないが」
「しょうがないだろ!? もう時間が無いんだ!」
艦内唯三人の男達の居住区――監房。
生活空間と呼ぶには極悪な環境だが、人間の生命力は強い。
負けず劣らずのタラークの醜悪な世界で過ごして来た三人は、早くも慣れてしまっていた。
カイ・バート・ドゥエロ。
男三人が此処で落ち着いて顔を合わせるのは久しぶりである。
クリスマスの準備や女達との絡みで、カイはおろか他二人も奔走させられていた。
そのクリスマスもいよいよ当日となり、開催まで残り二時間を切っている。
医療室で静かな時間を過ごしていたドゥエロの元へ、火急の知らせが舞い降りたのは三十分前。
呼び出しを受けてパイウェイにバーネットを任せ、男二人は待ち合わせの場所である此処へ参上していた。
その召喚者は両手を合わせて、懇願する。
「頼む、俺に知恵を貸してくれ! 悩みに悩んだが、さっぱり思いつかないんだ」
「――悩めるその心境は理解出来なくは無いが・・・」
「女に贈るプレゼントについて聞かれてもね・・・」
カイの相談はいたってシンプルだった。
世話になった女達に贈り物をしたいが、何を贈ればいいのか分からないので教えて欲しい。
クリスマスの風習の無いタラークに、クリスマスプレゼントの概念がある訳が無い。
簡単に贈り物と言っても、女達が喜ぶ物が分からない。
戦闘時は常識外れの行動や戦略を取る少年にも、解答が導き出せなかったようだ。
悩んでいても答えは出ず、開催時間まで遂に後少しとなった。
準備中それとなく何がいいかを女達の様子を観察したようだが、明確な答えは出なかった。
こうなれば、頼れるのは友しかいない。
ここまで必死にカイが頼み込む姿を見るのは、ドゥエロやバートも初めてだった。
「プレゼントはいいけど、お前クリスマスの方はいいのか?
準備に手間取ってたんだろ」
「ああ、それはさっきようやく目処がついた。
通常勤務は休みだけど、最低限の人員は割いていたからな。
夜になって人手も増えたから、全員フル稼働で働いて何とかなった」
苦労の成果が報われた、カイは心からそう言える。
クリスマスパーティは最早、自分の手から完全に離れたと言っていい。
もう自分が居なくても準備は進み、開催されるだろう。
全員で一つになって何か事を成すのが、これほど辛く――楽しいとは思わなかった。
単独でやり遂げた今までの成果よりも輝かしく、充実した時間だった。
それは決して、自分一人の力ではない。
主催者の自分を支えてくれた人間、影から見届けてくれた人。
立場を超えて協力してくれた人や、静観してくれた人。
全員が全員、自分の味方になったとは思っていない。
今の動きを快く思わない人間はまだ沢山居るだろう。
だが妨害は無く、むしろ内々にだが協力してくれた節がある。
本当に、有難い。
そしてその成果を導き出したのは、ディータ達の力があってこそだ。
今まであまり考えていなかったが、心から贈り物を贈る気になった。
感謝の気持ちをこめて、心から喜んでくれる贈り物がしたい。
意地や見栄を今だけは捨てて、カイは二人に頭を下げて助言を求めた。
その態度は本気であるからこそ、バートもドゥエロも茶化さない。
ただそこで問題となってくるのは、やはり――
「タラークにはプレゼントって言う慣習は無いからね・・・」
「さて、どうしたものか・・・」
「困ったな・・・」
ドゥエロもカイも、女について詳しくは無い。
詳しくないからこそ、今も尚共存が出来ずにいる。
さしたる衝突も無く今までやってこれたドゥエロだが、理解に至るには程遠い。
明確な答えを求められても、返答に困る。
「女に贈り物って発想も、タラークではそもそもありえないもん。
どうする気だい、カイは」
「だからそれをお前に――ん?
何か考えがありそうな顔だな、おい」
「――私も気になっていた。随分と自信たっぷりだな」
何の解答も出ない二人に対して、バートの表情には焦燥が無い。
確かにちゃんとした助言は出来ないようだが、悩んでいる二人を観察する余裕があるようだ。
その態度に気付いた二人が、不審な眼差しで見る。
バートは二人の顔を交互に見つめて、ふっと鼻で笑った。
「ふふ・・・はっははは!
僕は、お爺ちゃま仕込みの作法をばっちり身に付けているからね」
「お爺・・・?」
「彼はガルサス家の長男だ。
幼少時よりこの手の対応は身についている――と、言いたいのだろう」
「・・・階級差があったんだっけな、俺らって」
初めからカイは気にしてはいないが、事実は事実だった。
カイは労働階級、タラークでは最下層の住民である。
比べてドゥエロやバートは士官候補生、将来を約束されたエリートだ。
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その上バートはタラークの食品を一手に担う最大手企業の御曹司である。
本来、カイには口も利けない身分の生まれだった。
ガルサス家長男のバートは祖父に可愛がられ、バートもまた尊敬している。
礼節作法は御曹司として生きる上で当たり前の教養、とバートは豪語しているのだが。
「大いに疑わしいな」
「うむ」
「――君達、本人の前で断言しないでくれないか」
顔を寄せ合う二人に、バートはジト目を向ける。
ムキになって反論しない辺り、バートもこの旅で少しは自覚が出来てきたと言うべきだろうか。
何にせよ、バートを鵜呑みするのは危険な賭けかもしれない。
とはいえ、カイには時間も無ければ選択肢も無い。
「じゃあ聞くけど、どういうのを贈ればいいんだ?」
「ふふふ、僕に任せてくれたまえ」
そう言って、その場を離れて一旦自室へと戻る。
何の躊躇もせず行動に移したその様子に、残された二人は顔を見合わせて息を吐く。
「――オチは見えたな」
「うむ、単純だ」
バートとの付き合いは数ヶ月だが、どんな男かはそろそろ分かって来ている。
脱力した二人とは裏腹に、自信漲る男が帰還する。
掌に包まれた長方形の箱を差し出して。
バートなりの好意を無碍に出来ず、渋々受け取ったカイは開けてみる。
その中身を横から覗き込むドゥエロと確認し合って、カイは力無くした瞳で問い返した。
「・・・一応聞いておいてやるが、何これ?」
「ふふふ、これぞ我が社最高級品"七色ペレット"だよ。
従来のペレットより栄養価が高く、見栄えを重視した一品。
この美しさに、女達もメロメロさ」
――箱の中で輝きを見せる一品。
見た目重視とだけあって、薄暗い監房内で七色に輝くペレットは彩りに満ちている。
素直に綺麗と表現出来る品である 。
「本当なら、君のような三等民には生涯お目にかかれない品さ。
だけど、君には世話になっているからね。
特別に分けてやってもいいよ」
カイはにこやかに笑い――
――そのまま思いっきりぶん投げた。
「あああっ!? 最高級品が!?」
「こんなもん、贈れるかぁぁぁっ!!」
天高く飛んでいった七色ペレットに絶叫を上げつつ、カイに迫る。
「折角の僕の好意を足蹴にするなんて! 何が不満なんだ!?」
「お前はペレットから離れられんのか!!」
確かに綺麗だが、ペレットは食べ物である。
料理の要素に見栄えが大事なのはセレナの教えで分かっているが、それとこれは別である。
美しいとはいっても、七色に輝く食べ物なんて男でも嫌がるだろう。
女の好みには疎いカイでも、喜ばれる品ではない事くらいは分かる。
予想通りの結果に、ドゥエロも嘆息する。
「第一、食べ物だと味気ないだろ。差し入れと変わらん」
「美味しい食事だったら、女達だって喜ぶじゃないか!]
「ペレットは不味いだろうが、明らかに」
女の料理の美味しさを知っているからこそ、断言出来る。
故郷へ帰ったとしても、ペレットを好んで食べようとはまず思わないだろう。
そう考えると、調理を覚えるのは良い選択だった。
素材と調味料さえあれば、自分で美味しい料理を作る事が出来る。
ペレットが主食の昔にはまず戻れない。
自社製品に自信を持つバートとは、その辺が意見の相違だった。
なかなかアイデアが浮かばず、悩んでいて――ふと思う。
「お前らは、プレゼントする相手とかいないの?」
「――僕が?」
「私が、か・・・?」
思ってもいない事だったのだろうか。
バートもドゥエロも自分を指差して、困った顔を浮かべる。
「そんなに特別に意識しなくてもいいんだ。
世話になった人とかに贈る、自分なりの気持ちだよ。
プレゼントって連想して、すぐに思い浮かぶ相手さ」
「・・・」
「・・・」
カイの相談は言い方を悪くすれば他人事だった。
親身に相談はしているが、結論を出すのはカイである
。
どんな結末を迎えてもカイの責任で終わり、カイが左右されるのみ。
自分に跳ね返ってくる事は夢にも思わず、二人は考え込む。
カイは神妙な顔で、言葉を重ねる。
「一年に一度、だぜ?
俺達来年はどうなっているのか、分からないんだ。
今日という日を大切にしたいじゃないか・・・」
――胸に突き刺さる言葉だった。
男女共同生活という不安定な日々に、刈り取りという脅威を上乗せしたこの旅。
危うい航路を取っているからこそ実感出来る言葉。
故郷への道のりはどんなに長くとも、来年には到着している。
戦いに敗北すれば、死。
勝利を手に入れられても――この不安定な生活は終わりを迎える。
その時男と女は――カイ達とマグノ海賊団はどうなっているか。
タラーク・メジェールの価値観、男女差別。
そしてそれ以上に、彼女達は海賊なのだ。
一緒に居られる可能性は、恐ろしく低い。
ならばこそ、せめて今だけは――
「・・・」
「・・・」
「・・・」
黙りこんでしまう三人。
それぞれが何を、そして誰を思い浮かべているかは分からない。
ただ見つめあっては、気恥ずかしく笑うだけ。
無感情なドゥエロも、この時ばかりは苦笑いを浮かべた。
照れくさいこの感情を共有出来るのは、今は世界でこの三人だけだった。
カイは純粋な眼差しで、空を見上げる。
「――今だけの、思い出か・・・うん、悪くないな・・・」
「? 何か思いついたのか」
「――ああ」
カイはゆっくり立ち上がる。
疑問符を浮かべるバートに、カイは珍しく優しい笑みを向けた。
「さっきのお前のペレットが参考になった。ありがとよ」
「へ・・・? もしかして、あの七色ペレットを――」
「バーカ」
軽口を叩いて、カイは腕を振り回す。
やる気を見せた少年にはもう、指針が見えているようだ。
ドゥエロは口を開こうとして――思い止まる。
それはカイが出した答え。
参考にする為に聞き出すのは、野暮でしかない。
「――バート、今晩ばかりは我々も彼を見習うか」
「僕もそう言おうと思ってたところさ、ドゥエロ君」
「今晩ばかりってのは、どういう事だよ!?」
そのまま馬鹿笑いする。
同じ感情を共有しあった者だけが、ただ清々しいままに楽しげに笑った。
PM 10:30。
クリスマス・イブは、聖夜の鐘を鳴らそうとしていた。
<to be continued>
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