VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action49 −差し入れ−
人が行き交う通路を、大きな手荷物を担いで歩くのは意外と困難だった。
クリスマス当日を迎えたこの日は夜を前に活気付いており、御昼休みを問わずあらゆる通路をクルーが走り回っている。
荷崩れしないように懸命に腕を掲げて、カイは目的の場所へと向かう。
(――うー、腹減ったな畜生・・・)
今日は本当に余裕が無い。
御昼御飯だけでもゆっくり食べるつもりだったが、大切な用事が入ってしまった>
それも、自らの意思で。
カイは白い風呂敷に包まれた重箱を見つめる。
"・・・本当に、よく頑張りましたね"
快く手伝いを申し出てくれたキッチンの女性が、出来上がりを前に微笑む。
調理後で食材や調味料の汚れがついているが、本人は全く気にしていない。
カイの前に並べられた重箱の内容を見て、目を細める。
"きっと、喜んで下さると思います。
短い期間で見事な成果です"
"へへ・・・これで俺も一人前かな?"
"ふふふ・・・あつーいフライパン、プレゼントしちゃいますよ?"
"御免なさい、まだまだ精進が足りませんでした"
優しげな雰囲気にはそぐわない、巨大フライパンを掲げる姿にカイは平伏する。
料理としての師匠だが、人間的にも敵わない面がある。
天使のような微笑みの似合う女性なのだが、料理に関しては下手な発言を許さない。
冒涜しようものなら、肉切り包丁で解体しそうな迫力があった。
白いエプロンは文字通り戦衣装なのだ――
恐縮するカイに少し意地悪でした、と茶目っ気に笑って、
"日々の御忙しい時間を割いてまで、カイさんは頑張っておられましたから。
知っておりましたか? うちの皆さん、近頃とても勉強熱心なんですよ"
きっと、カイさんが良い影響になったんだと思います"
"・・・は、はは・・・一致団結されるとかなり怖いんですが"
料理対決は実現しなかったが、料理に向けた情熱における判定差はあったのだろう。
カイは特に料理は生きる術に直結するので、手は抜けない。
毎日四苦八苦しながら、素材を活かす術を学んだのだ。
その必死な姿勢を、他のクルー達が見ていたのだろう。
彼女達にすればカイは男である以上に、料理の素人。
専門分野で負ける事は、プロとしての誇りを著しく侮辱される。
カイはクリスマスでそれどころではなかったのだが、追い越されまいと彼女達も必死だったに違いない。
そして今、目の前にカイの一ヶ月の成果がある――
"では、持って行ってきます。
――本当にありがとう、セレナさん"
"これで終わりのような言い方はやめて下さいな。
料理に男も女にありません。
また来て下さいね"
男女差を気にしない――それは国を超えて差別を無くす決意の発言。
タラーク・メジェール両国の絶対的な価値観に、明確な拒絶を示した。
この数ヶ月、悩み続けたのはカイ一人では決してない。
彼女もまた、自分なりの戦い方を決めたのだ。
カイは熱い思いを胸に宿し、もう一度頭を下げた。
――強烈な面会謝絶だった。
「入っちゃ駄目。バーネットがいるの」
「へーい・・・っていうか、お前がいるとは思わなかったよ」
クリスマスを迎えても、医療室は普段とまるで変わりは無い。
素っ気無い部屋の前で、幼い看護婦さんが腕組みで待ち構えている以外は。
「ふふん、絶対にカイが様子を身に来ると思ってたもん。
単純な奴ケロー」
「素敵に腹が立つが、今日はクリスマスなんて勘弁してやる。
――さっきから中でバタバタ聞こえるが、何やってんだ?」
厚い扉の向こうから聞こえる騒音。
カイが訝しげな顔をすると、パイウェイは得意満面に答える。
「ドクターがクリスマスパーティの準備してるの」
「? 準備って――医療室で?」
「そうよ。ふふん、あたし達はあたし達のパーティをやる事にしたの!
四人だけの、クリスマスパーティ!」
「お前らだけで!? 何だ、その俺への反逆!?
こっちには参加しないのかよ。突然そんな――
――バーネットか」
カイは薄っすらだが、このカラクリを理解した。
バーネットが怪我で入院しているのは知っている。
反対派の燃やしたビデオを咄嗟に庇って、大火傷したのだ。
怪我の具合は良好との事だったが、入院生活は続いているらしい。
精神的な疲労が重なって――担当医から聞かされているが、その内情は何となく理解している。
ジュラの一件で彼女を追いつめた当人なのだから。
何かしてやりたい、だが自分の存在が彼女を苦しめる。
疲れ果てたバーネットの為に、ドゥエロが企画したのだろう。
バーネットの名前が出た時、パイウェイの表情に陰りが出た。
カイは口を閉ざす。
これ以上何か聞く事への無神経さは、今一番犯してはならない過ちだ。
それ以上の追求は止めて、カイは持ってきた物を差し出した。
「これ、皆で食ってくれ。差し入れだ」
「料理を持って来てくれたんだ!? 誰に頼まれたの?
ジュラ? それともディータ?」
「――俺っていう発想が無いんだな、お前の中で」
パイウェイの中での自分へのランクが気になるが、怒っても仕方が無い。
持ってきた二つの折箱を差し出して、パイウェイに渡した。
受け取った箱の重々しさに、少女は驚いた顔を見せる。
「中身は何? ケーキ? ケーキ!!」
「強調するな!? プレッシャーになるだろ!?
――ケーキと、俺の作った料理」
「わーい、ケーキ! ケー・・・えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
「不気味な叫びを上げるな!?」
箱を掲げたまま、パイウェイは素っ頓狂な悲鳴を上げる。
内心予想はしていたが、あからさまに悲鳴を上げられると太い神経を持つカイも傷つく。
顔をしかめて、カイは唸り声を上げた。
「言ってくけどな、俺だってそれなりに頑張ったんだぞ!?
食えるものは作ってきたから、安心して食え」
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「怪しいケロ、怪しいケロー!
そんな事言って日頃の恨みを晴らすべく、不味い料理を作ってるかもしれないじゃない!」
「――迷惑かけてるって自覚はあるんだな、お前って・・・」
頭痛がするが、口で何を言っても無駄だろう。
投げやりに手渡しして、自分の師匠の言葉をそのまま話す。
「料理の出来を言葉で表現するほど、無駄なことは無い。
食ってみて判断してくれ」
「うーん・・・しょうがないわねぇ。
不味かったら、本当に怒るケロよ!」
「はいはい、それと俺からだってのはバーネットには伝えないでくれよ。
――理由は分かるな?」
「・・・うん・・・分かった・・・」
嫌でも分かる。
それゆえに――小さな少女の胸は痛んだ。
カイとの距離は、不思議なほど自分の中では縮まっている。
男だからとか言う理由は、今では口だけになってきた。
悪口の一種で、悪意なんて微塵も無い。
直接触れあうは抵抗はあるが、こうして話すだけなら楽しくなってきた。
カイがどんな人間かも分かって来ている。
だからこそ、バーネットとの今の距離差が悲しい。
扉の向こうに本人がいるのに、話す事も許されない。
以前よりずっと――哀しい関係。
踵を返して遠のくカイの背を見ながら、パイウェイはただ立ち尽くす。
分かり合える日は、もう来ないのだろうか?
クリスマスイベントの主催者、その地位は今はありがたい。
誰が何処にいるのかは、報告で分かっている。
格納庫へ向かうと、御馴染みの三人が共同作業をしていた。
「これこれ、本当に宇宙人さんが作ったの!? すごーい!」
「ぐ・・・しかもなかなか美味しいじゃない」
「――意外だな、お前に料理の趣味があるとは」
ジューシーなもも肉を使ったローストチキンの切り身に、スペアリブのつけ焼き。
青菜ときのこのサラダに、ささ身のカリカリ揚げサラダ仕立て。
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定番メニュとオリジナルメニュー幾つか加えたクリスマス料理。
ディータ・メイア・ジュラ。
戦場を共に駆け巡る女神達と共に、カイは昼食を取ってきた。
好評な様子に、カイも満足げな顔をする。
「セレナさんも手伝ってくれたからな。成功の影に、失敗も沢山あったよ」
――結局、完璧な成功には結びつかなかった。
チーフには及第点も貰えず、見栄えも少々出来が悪い。
才能を努力で補える分野は多々あるが、料理にはセンスも必要となってくる。
忙しい合間をぬって出来上げた料理は、不満足のままで終わっている。
とはいえ、三人の顔に不満の色は無い。
一ヶ月の成果に、素直に感嘆している様子であった。
自嘲や悲嘆は、カイのスタイルではない。
出来が悪いのなら次に出来のいい物を作るべく、努力する。
――穏やかな時間。
折箱を広げて四人、箸を伸ばしながら話に華を咲かせる。
ディータは久しぶりのカイとの語らいに、とても嬉しそうに。
メイアは静かだが、今までにない穏やかな顔を。
ジュラは自分の今日の作業成果を自慢げに語らいながら、楽しそうに話している。
こうして四人揃うのは久しぶりである。
話は、様々な話題へと移る。
「宇宙人さんの機体、どうして収納されてるの?」
主格納庫――そこにたった一つだけ、シャッターが降りている機体が存在する。
明らかに隔離されている機体、カイ機。
カイは野菜を口に運び、それとなく言った。
「アンパトスでの戦いで、ガタが来たんでな。アイに頼んで整備してもらってる。
八割方改造は終わったらしいんで、今日は開発は休みなんだ。
あいつがいたら、そもそもここの飾りつけも許さなかっただろうよ」
「――ドレッドの兵装も持ち込んでいるようだが・・・」
「開発に関しては秘密らしい、俺にも教えてくれない。
いざっていう時の為に、ホフヌングは外してるんだが・・・」
改良中、当たり前だが敵は待ってくれない。
敵は日数や状況に関係なく、突如襲撃を仕掛けてくる。
その時に武器の一つもないようでは話にならない。
ホフヌングはカイ機の切り札であり、使用者はカイに限定されているたった一つの兵器だ。
他の機体に乗るにしても、緊急時に換装される仕組みになっている。
メイアの質問に答えて、カイは説明をしておいた。
話題は移り変わっていく――
「今日の夜には、彗星付近を通過するらしい。
パトロールに一度出たいのだが――」
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「クリスマス終わったら、行っていいよ」
「――何を笑顔で無茶な事を言っているんだ、お前は。
片付けも手伝わせるつもりだろう」
「許可したら、お前絶対逃げるもん。任務がどうとか言って」
「メイアの事分かってるわね、あんたって」
「あはは、宇宙人さん賢ーい」
「――お前達も何を笑っている・・・」
やがて、話は今日のクリスマスへと変わっていった――
「カイは今日、ジュラに何をくれるの?」
「はぁ?」
「クリスマスプレゼントよ、プレゼント。>
会議の時にクリスマスについて説明したでしょう。
大切な人に贈る真心なのよ」
ふざけんな――!
一ヶ月ならそう言っていただろう。
このクリスマス準備期間、ジュラを含めてこの三人には本当にお世話になっている。
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ジュラは最初から、ディータやメイアにも影から支援してくれた。
他の人間もそうだが、この三人の助力には心から感謝している。
――特にメイアは、落ち込んでいた時力強く励ましてくれた。
差し入れはそのささやかなお返しだったが、改めて御礼をするべきかもしれない。
ただ、今まで正式な贈り物をした事がない身の上。
しかも相手が女性であり、何を贈れば喜ぶのか全く分からない。
「プレゼント、ね・・・」
――クリスマス、今まさに目の前だった。
<to be continued>
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