VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action48 −垣間−
クリスマス準備に総員が取り掛かっている最中、カイは相変わらず走り回っていた。
マグノ海賊団の仲間入りを拒み、あらゆる権限を与えられていない環境下で動き回るのは大変の一言だった。
総指揮者ゆえにあらゆる部署から要請や質問が殺到し、その度に駆けずり回る。
システム全般を管理出来る可愛い女の子は、現在別任務で葛藤中。
今更顔を出せば、見捨てた事をクールに指摘するに違いない。
仕方なく自分一人でやるしかないが、他人員全て準備に出向いている為、激務では済まされない仕事量だった。
普段自分の好きなペースで働くカイにとっては苦痛の一言だが、逃げ出す事は出来ない。
艦内時間で午前が終わり、御昼休みに入った時刻。
カイは疲労で鉛のような身体を引き摺り、ふらついた足でカフェテリアへ足を運んだ。
肉体的な疲労は食欲を激減させるが、カイはそこまでやわではない。
空腹を訴え続ける胃がその証拠だった。
「・・・何食うかな・・・食えるものってあんまり無いけど・・・」
カフェテリア・トラペザ。
ニル・ヴァーナの食を専門に取り扱うカフェで、バイキング形式となっている。
それぞれのメニュー注文にはポイントが必要で、このポイントは仕事量による成果で上下する。
マグノ海賊団の仕事は多岐に渡っている為、専門性によっても上げ下げは存在するが、主だった評価は海賊への貢献度である。
例えば副長のブザムやレジ店長ガスコーニュ、ドレッドチームリーダーのメイアは幹部待遇である。
代わりが利かない為、人材は特に重宝される。
とはいえ生活待遇は皆最低限与えられており、日々の生活に苦しむ事はまず無い。
海賊家業であるがゆえに全体的な収入に安定は無いが、勢力を増し続けてきた昨今彼女達の敵になる者はいない。
国家でも対処に頭を抱えている程なのだ。
――カイはその一員ではない。
その為海賊団の枠組みから外れたままの彼は、常に自分だけの力で生活を成り立たせる必要がある。
現状ミッションでの探索成果に加え、アンパトスで食料は補給している。
これからの旅に備えてとカイが相談したところ、アンパトスの長ファニータが快く支援してくれたのだ。
お陰でカイの自給自足の旅は今も尚、続いている。
カフェテリアのキッチンに自分だけの材料を保管してもらっており、カイはいつもそれを食べていた。
本来毎日自分で調理しなければいけないのだが、彼には強い味方がいた。
「――ちーす」
「カイさん、お疲れ様です」
キッチンチーフ、セレナ・ノンルコール。
以前は単調なメニュー内容だったカフェのメニューを、根本的な改革に努めた女性。
品揃えの少ない材料を工夫で補い、数少ない調味料を手馴れた調理の数で賄う。
豊富なバリエーションで仕上げられた献立の数々は人気を集め、トラペザのメニューは艦内でも大好評である。
「何でもいいから作ってくれないかな?
腹減って死にそうなんですよ」
マグノ海賊団お頭のマグノにさえ敬語を使わないカイが、セレナには敬う姿勢を見せている。
衣・食・住、人間が生きていく上で必要な要素の一つを握る女性。
美味しいご飯を作れる人。
ただそれだけで、カイには尊敬の対象となる。
タラークでは古びた酒場で栄養だけの不味いペレットを食べていたので、余計にそう思えるのだろう。
セレナは食をねだるカイに優しく笑いかける。
料理を愛する女性セレナは、特に人格者でも名を知られている。
例え営業外の真夜中でも、残業で苦しむ人達の為に料理を作る。
無茶なデリバリーでも彼女が嫌そうな顔一つせず、穏やかな微笑みで皆の心まで癒す。
相手がカイでも態度が変わることは――
「作りません」
「いやー、いつもありがとう――へっ?」
「作りませんよ」
――明らかな拒絶に、カイは茫然自失となる。
彼女と初めて対面したキッチンスタッフ見習いでの時、困惑こそされたが料理は教えてくれた。
その後も付き合いは続き、師弟関係すら結んだ仲。
これほど強く断られた事は一度も無い。
「え、えーと・・・俺、腹が減って死にそうなんだけど」
「大変ですねぇー、餓死するなんて」
「あっれぇ!? それだけぇ!?」
お腹は先程から、ラッパのように高らかに鳴っている。
疲労回復のために栄養を寄越せと、至極当然な要求を身体中が訴えている。
気合と根性は人並み外れている男だが、元気の源がないと戦えない。
「セレナさんの美味しい料理が食べたいなぁー、なんて思ってる俺がいるんだけどさー」
「まあまあ、でしたらずっと思っててください」
「想像で飯は食えないから!?」
遠回しな言い方でははぐらかされる一方だと痛感したカイは、態度を改める。
昼休みは短い。
特に今日は午後からも作業場に戻り、夜のパーティまでにセッティングしなければいけないのだ。
グズグズしていると、すぐに呼び出しがかかる。
カイは両手を合わせる。
「頼むよ、御師匠様!
お腹をすかせた哀れな弟子の為に、栄養満点の美味しいご飯を作って下さい」
「約束を守らない人を、弟子に取った覚えはありません」
「・・・約束?」
元々、憎しみや怒りに縁の無い女性である。
まして、暴力や嫌がらせ関連には生涯無縁だろう。
荒っぽい海賊に身を置いているのも、故郷を追い出されて生きる場所を失ったからだと聞いている。
もっとも、今はそれ以上に共に歩む仲間の為に働いているであろう。
ようやく気づく。
そんなセレナがほんの少し、怒っていることに。
「約束って――もしかして!?」
「御料理をカイさんが作るまで、わたしも作りません」
カイが料理を始めたのは自炊する為。
材料だけでは食べられず、栄養不足で戦えなくなる。
自立して生きていくと決めた以上、何事も自分でこなさなければいけない。
だが、その調理法を他ならぬセレナに教授を願ったのは――美味しい料理を作るため。
男でも料理は出来るのだと、この船にいる女達に見せてやりたかった。
男に対して今だ苦手意識や、反感を抱いている女性は多い。
固定概念は簡単に崩せない。
特にここのキッチンスタッフには良い感情を持たれていない為、カイは料理という形で見返してやろうと思った。
女を理解する、その新しい一歩として。
その為に教えを請うたのに、今だ実現出来ていない。
正確に言えば、クリスマス本番になったのに御馳走の一つも振舞わないカイを約束破りと見たのだろう。
その認識は正しくもあり、間違えてもいる。
情勢は大きく変わった。
地球の原風景たるビデオに艦内放送、賛成派結成と反対派の反戦。
一喜一憂の事態にバーネットの負傷、途中下車とメイアの叱咤。
苦痛の復帰に準備の苦難、ディータの最後の逆襲。
――クリスマス当日。
カイは別の切り口で男と女との理解の溝を多少なりとも埋め、クリスマスを迎える事が出来た。
とてもではないが、料理に着手する余裕が無かったのだ。
セレナとて分からない訳ではないが、自分の好きな分野で戦う約束してくれたのは本当に嬉しかったのだ。
男の料理――その試みは素晴らしいと思う。
その約束を果たされなかったのは、自分とのこれまでを否定されたようで悲しい。
カイもカイで忘れていたのではない。
料理は毎日教わっていたし、セレナとの約束は本当に大切にしている。
自分の料理を女に食べさせたいと願う気持ちは、些かも消えていない。
ただ唯一の誤算に、時間不足があった。
女達の理解を得るのが難しいのは承知の上だが、反対派と賛成派の戦いは当日寸前まで流れ込むとは思っていなかった。
お陰で、当日なのに準備である。
皆大忙しの中、自分一人がのんびり料理は気が引けた。
「作りたいのは山々だけど、今日はハードなんすよ・・・・・・切羽詰ってるんで」
「・・・それはご理解していますけど・・・」
無理に約束を強要するほど、セレナは自分本位ではない。
カイがこの日の為にどれだけ頑張ってきたかは知っているし、差別に苦しむ彼の姿に涙すらした。
無事迎えたこの日を喜んでいる一人である。
だからこそ、この頑張り屋の少年を皆にもっと理解してもらいたい。
メジェールの教えはセレナにも骨身に染みている。
女尊男卑――男は卑しく醜い生き物。
国家共通のその教えは、カイには当て嵌まらないのだと。
綺麗な夢を描いて歩く純粋な人間なのだと、皆に伝えたい。
その為の料理。
美味しい料理を作る人間に、悪い人はいない。
セレナもまた、その教えをメジェール以上に信じている。
カイの一ヶ月の料理の成果を、他の皆にも見せたかった。
しかし、カイには時間が無い。
クリスマス料理を全部作るには、到底時間が足りない。
第一下拵えはもう済んでおり、レパートリーも粗方考え尽くしている。
現状況でカイに頼むべきクリスマス料理は無かった。
艦内全体が準備に急いだ副作用が、ここで出てしまっていた。
二人して難しい顔をして悩んでいたが、
「では、こういうのはどうでしょう」
「? 何かいい案でもあるんですか?」
「はい。
――差し入れです」
「・・・差し入れ・・・?」
眉を潜めるカイに、名案だとばかりにセレナは頷く。
「作業に取り掛かっていて、御飯を食べる余裕が無い人も沢山いるでしょう。
その人達の為に、カイさんが御昼御飯を作って持っていってあげるんですよ!
きっと、喜んでくれると思います」
艦内全体が今、忙しない状態である。
お昼休みでもゆっくり出来ない部署も沢山ある。
総責任者のカイはその現実を知っている。
そんな彼女達にご苦労様の意味をこめて、温かい料理を振舞う。
その料理が美味しく出来ようものなら、拒める人間は少ないだろう。
作業が忙しいので、皆お腹を空かせている。
空腹の人間が嫌いな男の料理であれど、そうそう拒否できない。
食欲は本能であり、誰かから教わった理念ではない。
原始的な本能は、国家の常識ですら凌駕する。
その料理が美味しそうなら最早言う事なしだ。
差し入れてくれたカイの印象は、案外ガラリと変わるかもしれない。
「なるほど――」
はっきり言えば、仕事を増やしたくない。
これ以上何かする余裕も無い。
午後からも沢山の仕事を抱えている。
料理をしている余裕は正直無い。
そうは思うのだが――確かに悪い案ではない。
「――分かった、やってみるよ。
悪いけどセレナさんも手伝ってくれないか?
俺も俺で精一杯やるつもりだけど、時間も無いから」
「カイさんがやる気でしたら、わたしだって協力を惜しみません。
頑張りましょう、カイさん」
受け入れられたのが嬉しかったのか、セレナは輝いた表情で手を握る。
カイは苦笑しながら握り返し、心中で語る。
――いい機会かもしれない。
差し入れは女性の信頼を得る手段として有効であるのは間違いないが、何より契機になる。
話をする、切っ掛けに――
今まで忙しさに流されたままだが、そろそろしっかりと見つめる必要はあるだろう。
「まずはどちらへ持っていかれますか、カイさん」
エプロンを付け直すセレナに、カイは腕まくりをして答えた。
「俺の――戦友達に」
<to be continued>
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