VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action47 −変幻−
材料不足に時間不足、そして人手不足。
あらゆる面で不足しているこの事態に、機関長パルフェはここに至ってようやく思い知った。
森林公園の広場。
自分の職場である機関室では狭すぎるので、急遽材料を抱えて開発中の機械をこの場所へ持ち出して来た。
スノーマシーン、クリスマスのみ使用される機関限定のメカ。
雪を降らせる――ただそれだけの用途しかないが、このクリスマスイベントに華を添える重要な役割を持ったマシーンである。
そのメカが黒煙を撒き散らして、粉塵を辺りにばら撒いていた。
狭い機関室で開発していれば惨事に繋がりかねない失敗である。
天辺の円柱の発射口から雪が柔らかに噴出する装置なのだが、出ているのは真っ黒い煙のみ。
誰がどう見ても失敗以外の何ものでもない。
開発者のパルフェは痛い程に己の失敗を自覚していた。
「はぁー、また失敗か…」
「やっぱり無理なんでしょうか…?」
「…そうは思いたくないけど、ちょっとピンチかもしんない」
現在パルフェに助手一人の二人製作で行われている。
人員は他にもいるが仕事や他の準備に出ていて、これ以上人手を割きようが無かった。
自分の仕事は自分で――パルフェなりのこだわりである。
まだ若いが知識面に優れた助手のみ引き連れて、何とか頑張っている状況だ。
とはいえ、二人の顔には深い心労が刻まれている。
昨晩から寝ないで開発に着手している事もあるが、それ以上に成果を出せない事が疲労の原因になっている。
努力は報われるべきだが、現実は甘くない。
そして報われない努力は、容易く人から元気を奪う。
見通しすら立たない現段階では完成には程遠く、この先が思いやられる状態だった。
ハード面は何とか整っているのだが、デリケートなソフト面の調整にてこずっている。
マグノ海賊団のアジトには優秀なスタッフや設計図・有効なプログラムがあるのだが、故郷は遥か彼方。
帰りにはまだ半年以上かかる上に、クリスマスはもう当日である。
今からでは間に合わず、手元の資料や記憶のみで何とかするしかない。
スノーマシーンはそもそもパルフェが開発者なので、ある程度こなせる。
自分の好きな方面での記憶力はずば抜けており、資料が無くても形には出来る。
実際、スノーマシーンは肝心の設計図や貴重な資料が無かったが八割方完成はした。
残り二割。
その二割に悪戦苦闘させられており、失敗の連続で終わっていた。
必要な材料が不足しているのもあるが、その材料から雪に作り変える部分に問題があった。
調節不足が最大の原因だが、この作業は事細かく行わなければいけない。
些細な調節ミスが全体のアンバランスを招き、今回のように黒煙を吐き出す結果になる。
その度に材料が使われ、不足に拍車をかける。
材料補充に時間をかければ、調節がより一層遅れる。
この悪循環はいかんともし難い。
クリスマスパーティは今晩。
徹夜の作業も朝を越えれば焦りが生じるのも無理は無い。
「どうします、主任。もう一度一から作り直しますか?」
根本からの改善、復元作業。
失敗作に拘るよりも、新しくやり直すべき。
状況の見直しを求める助手の声を、パルフェは否定する。
「時間が無いよ、今からじゃ。
調節に失敗し続けているけど、全部書き換えるよりはまだ余地はあると思う」
「でも、エラーの連続じゃないですか。
仕上げた設計そのものにミスがある可能性があります」
上司が作成した原案を正面から間違いだと指摘する部下。
規律の厳しい海賊団内は縦社会そのもので、この行為は勇気とも言える。
だがそれ以上に、パルフェは仕事面でも人間面でも優れた女性である。
可能性を指摘してくれる部下に、むしろ目尻を下げた。
「うん、そうなんだけどね…何とか今夜までには完成させたいんだ。
カイに頼まれちゃったし」
「――男からの、注文ですよね…だったら――」
助手が何を言いたいのか、分かる。
生まれた時から教わったメジェール国家の思想。
国から離れて自由を闊歩するマグノ海賊団でも、その教えは浸透している。
当たり前のように教えられ、誰一人疑問を抱かなかった男への認識。
低劣下劣な生き物の約束を重んじる必要は無い。
言い方こそ悪いが、助手もまたメジェール生まれの女の子だった。
否定する判断材料が欠けているので、パルフェもその辺は否定しない。
誤認識である事はカイを見ていれば疑いようが無いが、カイはあくまで特別かもしれない。
男女共生の思想を抱くカイ。
メジェール・タラークの規格に当て嵌まらない、逸脱した存在。
どんな生き物でも例外はある。
その例外がカイならば、男を賛同する証拠にはならないだろう。
タラークに居る男達は皆、最低極まりない生き物かもしれない。
現実としてカイに出会う前に見てきた男達は、自分達を人外の化け物を見るような目でみていた。
あの男達を見れば、共存など到底無理だと子供でも理解できる。
「男だから、じゃないよ。カイとの約束だからさ――」
「主任…」
「ちゃんと面倒見てやんないとあいつに文句言われちゃうからさ、あはは。
それにほんと、最近頑張ってるみたいだし。
ちょっとくらい手伝ってやってもバチは当たらないよ」
男だから――その理由はパルフェには通じない。
男でも女でも、彼女にとっては生物的側面の差異でしかない。
分かり易く言えば構造の違いでしかなく、その違いはパルフェにとって好き嫌いの理由にはならない。
同じ女でも一人一人全く違うのだ。
区別なんてしていればキリがない。
機械だって同じ構造・同じ設計でも、一台一台多かれ少なかれ違いは生じる。
その違いに生物的な一面が感じられ、パルフェは愛しく思える。
カイはパルフェにとって、最初の男友達。
友人の頑張りに応援出来ない人間なんて、それこそつまらない存在ではないか。
友人の悲願を、何が何でも叶えてやりたかった。
理由なんて、それだけで充分だ。
苦労を惜しまず微笑むパルフェに、助手は呆れながらも苦笑する。
「主任がそう仰るなら仕方ありませんね。こうなったら、最後までお付き合いしますよ」
「ごめんね、この作業終わったら休みにしてくれていいから」
人間味のあるこの助手も、パルフェは好きだった。
そしてこうして笑ってくれる主任を、助手は最高の上司だと認めている。
彼女もまたパルフェ寄りの人間。
主任が誰を友人に持とうと、尊敬する人物であることに変わりは無かった。
二人は汗を拭って、再び作業に取り掛かる。
「もう一度再調整してみますか、主任?」
「一からやるとロスが大きいから、チェックだけ。
何処が問題なのか分かれば…」
「そんなお困りの君達に――」
「――ボク達アニマル・キッズが力になるよ」
「…」
「…」
ピッタリ手を止めて、パルフェと助手は横を見る。
――二匹の動物が手を振っていた。
明らかに着ぐるみと分かる出で立ち。
フカフカの衣装を頭からかぶって、ヒョウキンな仕草で自分達に愛嬌を振りまいている。
冷たい空気に白い目――
一匹目のトナカイは何となく分かる。
今日はクリスマスだ、その扮装をするのはある意味で常識と言えよう。
今日を祝って、この格好をして来たのだと判断できる。
問題はもう一匹の動物。
クリスマスだからでは到底通じない格好をしている。
それは――着ている本人にも理解不能な姿だった。
"どうしてパンダなんですか、マスター"
"パンダ"は小声で話し掛ける。
声は透き通るような美声で、涼しげな女の子の声だった。
"可愛いじゃないか"
"理由になっていません"
"トナカイ"も小声で返答する。
声は存在感のある音声で、元気の良さを感じられる少年の声だった。
"何か意味があるのですか、この変装は"
"お前が姿を晒したくないって言うから、セルティックに無理言って選んでもらったんだぞ"
"パンダである必要が感じられません"
"クマの方が良かった?"
"動物である必要が全くありません。相手側が困惑しています"
"良かったな、受け入れられているぞ"
"とてもそうは見えません"
――言うまでも無いが、カイとソラである。
頭脳明晰で理知的な女の子のソラが好んで変装する訳もなく、これはカイの発案だった。
姿を隠すなら変装が一番。
セルティックという見本を元に、発案したカイはソラにそう提案した。
立体映像のソラに着ぐるみは着れないが、外部から操作するのは比較的容易い。
この"パンダ"も正確に言えば着ぐるみではなく、ソラが外側から動かしている操り人形である。
簡単な機械仕掛けを内部に設定して、ニル・ヴァーナのシステムよりリンクする。
空っぽの内部より命令系統を伝えて動かし、外から見れば中に誰か居る様に見せかけるのだ。
こうすればソラの正体はばれず、その存在のみを相手側に伝えることが可能だ。
提案としては悪くは無いのだが、ソラが気にしているのは外面だった。
パンダ――
タラークには存在していない動物だが、外見が可愛いのは見れば分かる。
この可愛らしさが気に入ってソラに勧めたが、彼女は当然最初はいい顔はしなかった。
機能的な見方をするソラでも、性別的存在は女の子である。
こういう姿をする自分に抵抗はあった。
"何がアニマル・キッズですか"
"いい名前だろ? 俺達二人のチーム名だ"
"速やかな改善を提案します"
"それより、ほら演技演技。俺達は助っ人に来たんだぜ?"
"…どうしてマスターまで変装する必要がおありなのですか"
"楽しいから"
"…"
黙ったのは呆れたのか、この会話に意味は無いのだと気付いたのか。
ソラはパンダを動かして、一刻も早い任務完了をすべく行動を開始した。
カイもそれに倣う。
"ふふふ、俺達が誰なのか分かるまい…"
「――何、やってるの? カイ」
"瞬間的に看破されましたね、マスター"
"うぐ…"
着ぐるみの中からでも分かるほど、パルフェの痛々しい視線が突き刺さる。
完全に、これ以上ないほど白い目で見られている。
この寒い空気に耐えられなくなったのか、カイは大声を張り上げた。
「どうやら何かお困りの様子。ボク達が力になりにやってきたよ!」
「…あんた、他にやる事ないの?」
「さあ、お嬢さん方! ボク達にそれを見せてくれないかい!」
冷ややかなつっこみに耐え切れず、強引にカイは話を進める。
のしのしとこちらへ向かってくる動物コンビに、パルフェは慌てて止める。
「ちょっと、勝手に触んないでって!
スノーマシーンなんて、カイには分からないでしょう。
下手に弄られると余計に壊れちゃうから!」
パルフェが止めるのは当たり前だ。
ホフヌングという非常識な兵器を開発したとはいえ、カイの専門分野はパイロット。
機械知識や技術はパルフェに比べれば、雲泥の差がある。
今抱えている難問はパルフェでも手を焼いているのに、カイがこなせる筈もない。
そう――カイならば。
静止するパルフェの横を通って、パンダは装置の前に座る。
「え、私ですか? …は、はい…ええ…え?
あ…
で、でも、その数値では――数式を!? な、なるほど――!」
手招きして助手を呼び寄せ、パンダは何やら指摘している。
内部構造を確認しては身振り手振りで装置の各箇所を指摘し、助手に伝える。
最初こそ困惑していたが、話を聞くに従って目の色を変えている。
その様子に興味をそそられたのか、パルフェも歩み寄って――その内容に驚愕を露にした。
パルフェはがしっとパンダの手を掴む。
「君――うちに来ない!? 歓迎するよ」
「――」
パンダは首を振る。
「そんな事いわないで、ね! 何処の部署の子!?
あたしが話をつけに行ってあげる! 良かったら顔を見せてよ」
「――!」
必死でパンダは首を振る。
手まで左右に振って否定の意を示すが、パルフェは取り合わない。
助手まで加わって、勧誘が始まってしまった。
パンダはその度に首を振り、視線をこちらへ向ける。
"マスター、この方達に言ってあげてください"
冷静な声に、困惑が多少混じっている。
主の協力を求める自分の力不足に怯える以上に、パルフェ達の熱意に負けそうだからだろう。
カイは可愛い僕の懇願を、
"良かったじゃないか、自分の職場が見つかって"
"マスター!? 私の仕事は貴方のお力になることです"
"なら、クリスマスを手伝ってくれるんだよな?"
"で、でもこの方達の要望はそれを明らかに超えておりまして――"
"仕事、頑張れよー"
"マスター!"
悲痛な少女の叫びに、カイはニヤニヤと聞き流す。
そして非情にも背中を向けて、そのまま立ち去る始末。
(ソラ――これも全てお前のためだ、許せ…)
そんな嘘くさい言葉を心の内に発して――
<to be continued>
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