VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action46 −積雪−
パルフェ・バルブレア、18歳。
花も恥らう年頃の女の子だが、パルフェは少々特殊な部類に位置する趣味を持っている。
幼い頃から機械に触れて育ち、興味はそのまま生き方へと変わった。
マグノ海賊団機関長を務める知識と技術を有し、毎日を整備と勉強に費やしている。
一般の女性が持つ価値観とは無縁で、女の子らしさに拘りを持たない。
日々油と錆にまみれ、着古したツナギを着て機械をいじっている。
そんな彼女に、クリスマスへの特別な思い入れは無い。
クリスマスが何日なのか、その日がどんな日なのかを知識として知っているだけ。
関心も特に無く、誘われたら顔を出す程度だった。
毎年行われるクリスマスパーティには参加しているが、人付き合いの一環でしかない。
昨年もディータに積極的に誘われてついていっただけで、日常と変わらぬ会話をして終えている。
パルフェにとって、開発と研究に没頭する方が余程楽しいのだ。
そんな彼女が迎えた今年のクリスマス。
例年通り何の感情も無い――訳ではなかった。
彼女には友人と呼べる人間が少ない。
母星のメジェールに住んでいた子供時代も、生存する親元を離れて海賊となったここ数年も。
変わりようの無い生き方は変化の無い人間関係を形作り、彼女は毎日を職務に没頭していた。
その技術力の高さと機械への情熱から評価も高く、頼まれた仕事は常に引き受けているパルフェ。
徹底した仕事振りと完成度の高さからチーフクラスへと出世したが、彼女の態度は変わらない。
部下や同僚からの厚い信頼とは裏腹に、彼女は黙々と自分の生き方に沿っていた。
周りの価値観に縛られないある種の自由性は、同時に仲間からの共感意識から逸脱してしまう。
心から友達と呼べるのは、同じ変り種のディータ・リーベライ。
そして、彼女以上に破天荒な生き方を選択したカイ・ピュアウインドだった。
彼とは最初から馬が合った。
第一印象は初出撃――艦内全域に、自らの決意を語った時だった。
タラーク・メジェールの国家そのものにすら恐れられるマグノ海賊団に対し、略奪を公然と非難する行為。
多数の反感と困惑を買った鮮烈な舞台表明に、パルフェは笑ってしまった。
パルフェはマグノ海賊団に所属している身だが、依存はしていない。
自らのやり方や考え方、生き方は自分で決めるタイプである。
カイは敵だらけの陣中で自らの思いを正直に語った。
青臭い正義感であったとしても、それは紛れも無い勇気だ。
誰にも依らず、心の中に一本の旗を掲げて生き様を他者に示している。
マグノ海賊団はおろか、今までパルフェが出会って来た人達の中にそんな人は居なかった。
理解――敵を、女を、人間を知ろうとする。
人間を深く知ろうとしなかったパルフェが、初めて――他人を知りたいと思った。
相手が男だとか、捕虜であるかなど関係ない。
メジェール人としては大いに問題はあるが、パルフェは自身の好奇心を尊重した。
この時点で、二人が出会うのは必然であったのかもしれない。
目指すべき先は全く違えど、環境や時代に流されず、自分で物事を考え行動している二人。
自分から積極的に歩み寄ったディータを除いて、パルフェはカイにとっても初めての女友達だった。
その後様々な事件や出来事を重ねて、二人は仲良くなった。
新型遠距離兵器・ホフヌングの共同開発は、二人にとっての信頼の証とも言える。
その友人が主催している今年のクリスマス――
パルフェが知る限りでも、波乱に満ちた幕開けだった。
内情を正確に知り得てはいないが、カイがどれだけ苦労したかを知っている。
他人の人間関係に関わりは持たない彼女でも、気にはかけていた。
積極的な介入は好まない性格ゆえ、助力を請われない以上カイに助太刀も出来ない。
効率良く機械を修繕出来ても、人間関係を円満に解決するやり方は知らない。
余計な気遣いや曖昧な同情は、彼を困らせるだけだろう。
忙しさの合間を抜けてカイが遊びに来ても、パルフェはいつもと変わらずに接した。
カイを助けず、邪魔もしない。
支え合うだけが友達ではない。
そんな甘えた関係をパルフェは好まず、カイもまた望んでいない。
それぞれの趣味や性格はまるで違うが、根本的な本質で似通った二人。
二人の関係は常に一定――ゆえに、揺らぐ事も無い。
健全な男と女の関係が、二人にとっての理想だった。
だからこそ手伝いを頼まれた時は、当たり前のように引き受けた。
周囲の目を今更気にする性格ではない。
早速仕事に取り掛かり、パルフェは――
―ー爆発した。
半径一メートル弱のキノコ雲。
ニル・ヴァーナの憩いの場である森林公園の片隅で、真っ黒な煙がふき上がっている。
爆発の規模は大した事は無いが、振動と音はかなり派手だった。
その様子を公園の上側に位置するブリッジの片隅より、カイとソラが見つめていた。
ブリッジ中央からの方が現場は見え易いが、準備の為に人が集まっている。
映像は消しているが、ソラの音声を他の人間に聞かれるのはまずいので、カイが端っこにわざわざ足を運んだのである。
「――あれで、通算125回目の失敗・・・」
「――お数えになられているのですか、マスター?」
「さっき様子を見に行ったら、真っ黒な顔でうわ言のように失敗数をカウントしてたからな」
「・・・人間とは不可解です・・・」
二人の視線の先には森林公園――木々の合間の広場に目を向けられている。
珍しくツナギを脱ぎ、サンタ衣装に着替えているパルフェ。
実用的ではないと本人が嫌がったが、着終わったら捨てていいとカイに妥協案を提示されてあっさり引き下がった。
周囲の視線は元より気にしない女の子である。
着替えを待つ間、どんな姿になるだろうと内心カイは期待し――裏切られた。
良い意味で。
サンタクロースの衣装とはいえ、女性用にアレンジされた服。
衣装に着替えたパルフェは――魅惑に満ちていた。
不恰好なツナギでは見えない洗練されたスタイルは、着用された衣装でより強調されている。
サイズがぴったりとはいえ、胸元を窮屈そうに押さえている。
仕事姿とは全く別種の魅惑の姿が眠っていた事に、カイは眩暈すら感じた。
(――女って、わからねえ・・・)
一番気になるのは、パルフェの素顔。
表情を構成する上で重要な部分を占める瞳が、分厚い眼鏡に覆われて見えない。
サンタの衣装に着替えても、外される事は無かった。
カイは露骨に舌打ちする。
『何で眼鏡を外さないんだ!?』
『・・・? どうして外す必要があるの』
――ごもっともな問い返しに泣く泣く諦めた記憶は、まだ新しい
。
そんなパルフェが森林公園で爆発事故を起こした理由が――盛大に煙を噴いている一台のマシンだった。
全体的に丸みを帯びた筒抜け式装置。
天辺に大きな発射口があり、煙が其処から真っ黒にふき出ていた。
爆発騒ぎにパルフェは力なくへたり込み、御手伝いをしている作業員は消火作業に入っている。
その様子を見守りながら、ソラは見えない口を開いた。
「スノーマシーンですね。急造の」
「正解。パーティ会場に雪を降らせようって計画なんだ」
ホワイト・クリスマス。
メジェールに語り継がれる伝統によると、クリスマスに降る雪は特別なものであるとの事。
クリスマスを成功する上で必須であると、ジュラが力説した。
まるで理解出来ない概念だが、クリスマスは元々メジェールで行われる行事である。
伝統には従うべきだとカイは受け入れて――肝心の質問をする。
『で――以前話に出た時も聞いたけど、そのユキってのは結局どういうのだ?』
タラークの気象は薄暗い曇り空が殆ど。
青空に縁は無く、積雪に染まる自然な大地ではない。
まして、カイは記憶喪失者。
知識も無ければ、脳裏の風景も消え失せてしまっている。
話し合いの際に良い機会だったので、カイはジュラ達に明確な説明を求めた。
その上で船内での降雪という不可能な状況を可能にすべく、科学技術に頼る事にした。
そう――機械に詳しいパルフェに、である。
話によるとパルフェやアジトの機械工がスノーマシーンを製作し、毎年アジトで雪を降らしているらしい。
ならば問題は無いだろうと気軽に考えていたのだが――大甘だった。
「マスターの御話は分かりました。
私に、 パルフェ・バルブレアの補佐を――スノーマシーン製作の御手伝いをしろと」
「設計図が無い上に、材料と時間が足りないんだと。
今必死で仕上げに取り組んでいるんだが・・・あのザマなんだ」
今まで取り扱った機械関連のデータは、基本的に全てパルフェが保管している。
何時何処で、何に対して有効か。
改善の余地がまだまだ在るモノばかりで、常に丁重に取り扱われている。
ただ、今年は少し特殊すぎた。
ペークシス暴走による故郷への離別に、ニル・ヴァーナの誕生。
アジトに残したデータは使えず、二つの船は融合したショックで一部データが破損してしまった。
更に今手持ちの材料では完全な調節が行えず、製作に苦労しているのだ。
設計はパルフェの頭に全て叩き込まれているが、記憶のみでは微調節が完全ではない。
機材も少なく、人手不足の今は確かな腕を持っているパルフェでも難しかった。
当日で頭を抱えているパルフェを見かねたカイが、この機にとソラに願い出たのである。
命令すればあっという間なのだが、カイはソラの意思を聞きたかった。
「――御期待に添えるよう、最善を尽くします」
カイは眉を潜める。
パルフェに助力するのを内心嫌がっている――その気持ちも少しはあるだろう。
マグノ海賊団を、人間を疑問視しているソラなら。
少しは、である。
どういう心境の変化が起きたのは判別出来ないが、マグノ海賊団を見直そうとする気持ちの流れがある。
まだ蕾でしかないが、確実な変化だ。
それを差し引いても、今の返答は変だった。
何処がどうおかしいのか分からないが、短いながらも主従関係を結んだ者同士だから感じ取れる。
ソラは明晰な感性を持っており、イエス・ノーは極めて明確に返答する。
気持ちとは裏腹な命令でも、主を絶対とする心構えが迷いを理性で切り飛ばす。
この船に居る誰よりも、怜悧冷徹な判断を行う。
その彼女が――曖昧な発言をした?
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
「――ノー、任務は必ず行います」
「・・・。
何を隠してるんだ、お前」
「・・・」
何も隠しておりません――その発言が出せないところに、彼女の美点がある。
大好きな自分のマスターに、隠し事や虚言が出来ない。
まして、自分に不都合だからという理由では。
無言で返事を待つカイに、ソラは重い口を開いた。
「――私の存在を、彼女に知られたくありません」
「・・・あ」
失念していた。
マグノ海賊団内でソラの存在を知っているのは、ディータとピョロのみ。
それ以外の人間の前には、決して存在を見せようとはしない。
ソラはカイに味方しているのであり、マグノ海賊団には何の感情も抱いていない。
多少変化があっても、その前提を覆すのは至難のようだ。
カイは悩む。
ソラが嫌がる真似はしたくないが、ここで参加させるのは意義はある。
カイが伝言役となり、ソラの助言を伝えるやり方もあるが、手間がかかる上に効果的ではない。
もっと直接的に準備を手伝い、マグノ海賊団に触れるチャンスにして欲しい。
カイはその場で考え込んだ。
ソラを知られずに、パルフェに接近する――
ソラの正体を知られずに。
「そうか! 良いアイデアがあるぞ!」
「――御聞かせ下さい」
もしソラが人間であるならば、この時感じていただろう。
嫌な、予感を――
無垢な少女を汚す欲望に満ちた笑みを浮かべて、カイは準備に取り掛かった。
<to be continued>
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