VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action45 −啓示−
朝一番から徹底して行われたクリスマスの準備。
揉めに揉めた上での当日とあって、皆の張り切り様は例年を遥かに凌駕していた。
カイ達が入念に計画された内容を元に、それぞれの部署のリーダーが指揮する。
マグノ海賊団の団結力の強さは並ではない。
カイが苦しめられ続けた女性達の仲間意識も、この時ばかりは有難かった。
話し合いや相談・頼み事が通じ易く、実行に移し易い。
各持ち場を越えた領域での準備も可能となり、人員分担も非常にスムーズだった。
現場での判断力も優れており、一つの持ち場が完了すれば直に人手不足の現場へ向かう。
ディータが取り返した資材とカイ達が新たに準備した装飾品も、適材適所に使用される。
取り残しがない様にふんだんに用いられ、生活空間が一転して煌びやかな人工風景に変化した。
電飾やネオンはパーティ開始一時間前より点灯されるが、飾り付けた女性陣の自信作である。
今宵のクリスマスはこれまでに無い華やかなパーティになる。
皆にそう期待させる装いだった。
マグノ海賊団とカイが総力を上げて取り掛かっているクリスマス。
目前に控えて、その成功率は――今だ、統計的に50%を切っている。
準備期間の少なさ、当日を迎えての遅すぎる急ピッチ作業。
男女関係の至らなさ、反対派・賛成派の不和戦線。
理由は数々ある。
準備に参加する誰もが間に合うかどうかに、懸念を抱いている。
出来ると信じながらも、根強い不安を胸の奥に残している。
"彼女"には、正確に読み取れていた。
(・・・)
ニル・ヴァーナの幻想、ソラ。
マグノ海賊団――メジェール――にもタラ−クにも所属しない少女。
経歴はおろか存在も不明で、その全てがベールに包まれている。
空気のように希薄でありながら、自然に惹きつけられる魅力を持っている。
知性の光を有した瞳。
感情を映し出さない表情は、清楚さと儚さなどの陳腐な表現を消し飛ばす美が矛盾無く存在している。
ニル・ヴァーナ全システムを統括する力を持った美少女。
時の権力者すら追い求めるであろうその少女だが、彼女には既に主とする人物が存在する。
その主の命令に従って、少女はこの一ヶ月間艦内を観察し続けた。
(・・・人間・・・)
冷静かつ冷徹に見守り続けた期間。
主の危機に使命すら忘れそうになったが、彼女は命令を優先した。
主は決して助力を求めない。
自らの使命に取り組む主。
幾多の迫害を受けながらも、理念と信念を重ねて辛抱強く進めていくその姿勢。
立場を弁えぬ行動は、主の誇りを汚すだけ。
自分は主の道具。
命令を無視する道具に、存在する意味は無い。
"――もう、これ以上皆を巻き込めない"
――心など、不要。
命令を阻害する不純物。
"俺は、下りる"
――揺さぶられた。
毎日を明るく、強く生きていた主が縮こまって弱音を吐いている。
涙を流して、不甲斐なさに震えている。
今まで見た事の無い姿。
何度も見続けてきた心の弱さ。
心を共有する少女に、主の悲鳴は哀しく突き刺さった。
命令なんて――要らない。
"俺は、もう・・・・・・一人でいい"
道具が道具で成り得なくなる瞬間。
生まれ持った意義を捨ててまで、その弱々しい心を抱きしめようとした。
"私がいます、マスター"
"この世界が貴方を否定しても"
"私が貴方を肯定します"
"貴方に、捧げます"
幾千幾万の思いは――届かず。
その場に駆けつけた"白き翼"が、大空への道を示した。
主の窮地を救ってくれたのは幻想ではなく、現実の存在。
感謝の気持ち。
人間という名の生き物に、初めて強い好感を抱いた。
温もりを求める主に、翼は羽を広げて迎え入れる。
嫉妬のような瑣末な感情など抱かない。
――ありがとう、ございました――
主以外の人間に、ソラは初めて頭を下げた。
クリスマスは当日を迎えた。
一喜一憂する人間達。
その瞳に、否定は無い。
主を肯定する者と、否定する者がいる。
どちらでもない者もいる。
人の心の有り様は目に見えて単純で、見果てぬ奥深さがある。
人は互いに支え合い、強さと弱さをさらけ出す。
否定し、肯定し、憎み、愛する。
大いなる矛盾を孕んだ存在、人間。
この一ヶ月、見つめ続けた――
主を常日頃馬鹿にしながら、主の落胆に泣き腫らした幼い看護婦。
苦味を噛み殺す医者。
主の意思を尊重した仲間達。
主の失脚を喜ぶ人間達。
見守るしか出来ない人達。
関心すら持たない者達。
否定しながらも、肯定している面妖な格好をした者。
変わらぬ理想を抱き、変わる現実を逃避した女性。
そして――主を支える女性。
誰一人、同じ心をもっていない。
眩暈がするほど複雑で、絡み合っているこの関係。
共存する過去も無く、共通する現実も無く、共有する未来も持たない。
この旅が――この関係が何時まで続くか、人ならぬ身である自分にも分からない。
分かるのは、
"ちゃんと見ていろ"
この任務は――自分の役割である事。
ソラはようやく、命令を果たせそうだった。
「――熱心だな」
「マスター、御疲れ様です」
マグノ海賊団に認識されていないソラに、居場所は無い。
寝食を必要としない存在。
そんな彼女が今現在居る場所が、カイの部屋の隣だった。
役目を終えた施設、シークレット・ルーム。
今では存在を秘密にする少女の住処となっている。
外部からのリンクも処断し、監視カメラも置けない部屋。
立体映像を表示する機械類は無い筈なのだが、ソラはきちんと表示されている。
カイは不思議で仕方が無いのだが、理工学系に無知なので質問は差し控えておいた。
ソラや設計者の洗濯少女に尋ねても、理解不能な単語が飛んでくるだけだろう。
「・・・艦内の様子を見てたのか」
ソラの目の前には画面が表示されており、艦内の何処かの様子が見えている。
設置されている施設のカメラか、仕掛けた監視カメラか。
艦内全てのネットワークを操作する少女に、所在を聞くのは時間の無駄だ。
ソラは事も無げに答える。
「観察しておりました」
「面白いか?」
「イエス、マスター。興味深いです」
「そうか、そうか。そりゃ良かっ――は?」
目をぱちくりする。
疲れ切った身体に引き摺られるような愛想の無い質問に、ソラは答える。
至極、あっさりと。
答えた事が驚きなのではない。
その答えの内容が――
「えーとぉ・・・見てるのって、マグノ海賊団の映像だよな?」
「第三十三ブロックを中継しています」
「いや、場所はいいとして・・・
面白いって、言わなかったか?」
「イエス、マスター。嘘偽りありません」
「・・・興味、深い?」
「興味深いです」
「・・・」
首を傾げる。
とりあえず、耳を引っ張ってみる。
耳穴をほじくってみる。
周りを見渡す。
頬をつねる。
――夢でも幻でも空耳でもない事に、気づく。
「ええええええぇぇぇぇっ!?」
「・・・? どうかなされましたか、マスター」
「どうかしたのはお前だ!」
汗をだらだら流して、カイは幻想の少女に指を突きつける。
さされた指をじっと見ながら、
「私は正常です、マスター」
「気が狂った奴は皆そう言うんだ!」
「・・・分かりました。
マスターに御安心頂けるように、只今よりチェックを行います。
メンテナンス作業中はシステムが停止致しますので、御了承下さい」
「だああ、やめろ!? このクソ忙しい時に、システム停止させられたらたまらん!?
俺が悪かったから、やめてくれ!」
「御安心頂けて何よりです、マスター」
本気だったのか、脅しなのか。
いともあっさり発言を翻して、ソラは主に頭を下げた。
「・・・お前でも、怒る時あるんだな」
礼節を失わない態度に、むしろ恐怖を感じるカイ。
そのやり取りで余計疲れたのか、カイはその場に腰を下ろした。
「でも本当に、どういう心境の変化だ?
前はあれだけ嫌がってたのに」
「観察は以前もしておりました」
「興味なんて持ってなかっただろ?」
「・・・」
マグノ海賊団が好きか嫌いかと尋ねて、嫌いだと断言した彼女。
彼女達の存在そのものに何の興味も無い。
主が肩入れする理由が分からないと、始終カイに苦言していた。
そんな彼女からの、この言葉。
質問にも、ソラは押し黙ってしまう。
カイはそれを見て、ニタリと笑って、
「ふーん・・・興味があるんだ・・・」
「――マスター。
誤解無き様申し上げますが、私はあくまで観察対象として――」
「はいはい、分かった分かった。観察対象、観察対象」
「・・・何故繰り返すのですか?」
「べっつにー。
・・・へー、ふーん、はーん」
「言葉はきちんと使って下さい、マスター」
感情の起伏に乏しい女の子から、少しキツめの言葉が放たれる。
絶対なる忠誠を誓う主だからこそ、心からの本音が口に出てしまう。
カイは面白おかしく笑った。
――心から、嬉しく思えるから。
あの命令は正しかったのだと、胸を張って言えるから。
自分と同じく――いや、それ以上にマグノ海賊団と仲良くするのが難しい女の子。
今はまだ命令でいい。
でも、いずれは――そんな希望を持てる言葉を、今本人から聞かされた。
ソラがカイに心からの想いを寄せているように、カイもソラが可愛くて仕方が無いのだ。
「――そうだ。
お前に頼みたい事があるんだよ、ソラ」
「私で御力になれるのでしたら」
カイは自らの発案を、ソラに聞かせた。
少しでも歩み寄れれば――自らの願いを乗せて。
<to be continued>
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