VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action44 −身内−







 静かな部屋だった。

世界と完全に切り離されたような、照明一つだけの静寂に満ちた密室。

周囲の雑音の一切が途絶え、無機質な風景が其処にある。

誰よりも孤独で、何処よりも安らげる世界。

白いシーツに包まれたベットの上で、バーネットは身を横たえていた。


(・・・)


 この一ヶ月余り、彼女は痩せ衰えていた。

気が強く、男女両方の前でも勝気な表情を崩さなかった女性。

表立った行動が苦手で補佐的な役割を担いながらも、卓越した腕で敵を殲滅するパイロット。

どのような苦境にも耐えぬいた強き戦士が、見る影も無いほど衰えていた。

引き締まった凛々しき表情は全く見えず、憔悴に頬が削げている。

連日連夜の睡眠不足が日頃の元気を奪い、目元に濃いクマが浮き出ていた。

長期療養で部屋の外には一切出ず、日陰の生活が体重を著しく減らしている。

美しく引き締まった身体は衰える一方で、露出の高いパイロットスーツは着古した寝巻き姿に変わっていた。

口数も減り、表情も消えて、身体は疲弊する一方。

形の良い胸は隠れ、猫背気味の姿はバーネットを小さく見せていた。

本来の彼女を知る人間が見れば驚愕するか、顔を青褪めさせていただろう。

食事も殆ど取らず、栄養点滴に頼る毎日は病人以上に萎れた生活を余儀なくさせる。


「――」


 天井を見上げているが、瞳には映っていない。

思考も無に限りなく近く、考える事を放棄している。

疲弊しているという言葉は生ぬるい。

身体能力はおろか、思考能力も衰弱している。

寝たきりの老人と何ら変わらない。

生きて行く事に意義を見出せない。

死ぬ事に意味は無い。

死にたがりではない。

生なる人生に喜びも感じていない。

生を強要されれば頷き、死を強要されれば受け入れる。

大規模艦隊襲来時果てしない苦しみから死を望んだメイアとは違い、今のバーネットは怠惰に生と死を彷徨っている。

重度の精神的失調であった。

何も考えず何もしないという有様は、死んではいないが生きてもいない。

死ぬより性質の悪い傾向に、今のバーネットはあった。

だが、そんな彼女が一つだけはっきりした感情を見せる時がある。


面会――


誰かが彼女を訪ねに来ると、明らかな拒否反応を見せる。

頑なに扉を閉めて、気が狂ったような声で追い払った。

一時期は特に酷く、呼吸困難や嘔吐にまで及んだ。

担当医のドゥエロが窓口となり、穏便な対処を訪問客に取って丁重にお断りするようになってからは平和に収まってはいる。

事情を知る人間の面会を断り、心配に見に来る人間を追い払う。

誰が訪ねに来ても扉を閉ざし、布団に包まって身体を震わせる。

誰にも会わない――

彼女の心は今、完全に閉ざされていた。

その理由を、ドゥエロは分析する。

バーネットが恐れているのは、恐らくたった一人。

ドゥエロの知らない理由で仲違いをした少年。

彼女は訪問客全員に、その男の影を感じている。

誰が来ても少年の存在を懸念し、明確な拒絶の意思を見せる。

身体の変調は、心の変調が促した現れであろうと。

ドゥエロが少年の訪問を彼女には打ち明けず、ドゥエロ本人の意思で面会を謝絶していた。

来た事を告げればどういった事態になるか、予測もつかないからだ。

少年の存在は、崖っぷちで留まっているバーネットの心を壊しかねない。

最悪の事態すら予測される。

今の両者の関係は、それほどまでに追い詰められていた。

バーネットが万が一にでも壊れれば、経過はどうあれ、最終的な責任の矛先はカイに向かうだろう。

今までの迷惑レベルの話ではない。

取り返しがつかない。

男女関係崩壊の引き金を、この二人が握っていると言っても過言ではなかった。

当人達には自覚などない。

退院の見込みも無いまま、バーネットは今日も何もせず過ごす。

クリスマスなど、彼女には関係が無い。

刈り取りが襲い掛かってきても、起き上がる事は無い。

毎日を無色で塗り潰すが如く、ベットの上で流れる時の中を過ごすだけである。

何も考えず、何も行わずに。

ただ、生きているだけ。

ゆっくりと死ぬまで、生きていくだけだった。


コンコンッ


 ピクッと、バーネットは過敏な反応を見せる。

外の世界への違和感が、他者との対面への恐怖が、磨耗する女性の神経を病む。

怯えた眼差しで扉へ目を向けると、


「私だ」


 事務的な口調に、バーネットは弛緩する。

この部屋への入室を許されている、唯一人の人間。

男でも女でもない、機械的に面倒だけ見てくれる者。

心を許してはいない。

ドゥエロは、不干渉を貫き続けている。

表面だけの説得や奇麗事も言わず、医者として面倒を見ているだけ。

ビジネスライクな立場が担当医なのは、バーネットにとって障害ではない。

例えそれが男であっても、往診の際に身体を触れられても、何も感じない。

バーネットが彼に何の意識も抱いていないように、ドゥエロもバーネットに特別な意識を向けてこなかった。

文字通り、患者と医者――それだけである。

様子を見守るだけのたった一人の医者を、バーネットは小さな声で入室を促した。

簡素な扉が、音も無く開く。


「――」


 枯渇した顔に、若干の驚愕が混じる。

久方ぶりの感情ある顔つきには、多少の色艶が戻った。

入院以来ドゥエロに自分から声をかける習慣は無かった、が。

それを差し引いても、バーネットは声を失う。


「やあ」


 棒読みという言葉がこれほど似合う挨拶は珍しい。

ドゥエロは扉を開けて立っていた。


――サンタの衣装で。


「めりーくりすます」


   普段の白衣は着替えられており、鮮やかな真っ赤なコート。

白いリボンを軽やかに結んだ帽子をかぶり、白髭を結っている。

大柄な背中には大きな袋を担いでおり、長足にはロングブーツを履いている徹底振りだ。


「いつも良い子の君に、サンタがプレゼントを持ってやって来た」


 無感情。

無表情。

無機質。

恐ろしいほど、真顔で、ドゥエロは立っている。

――サンタの衣装で。
 

「・・・プ」


 ――崩れる。


  「ウフ・・・ウフフ・・・アハハハハハッ」


 感情が消えた表情が。

心を無くした身体が。

胸の奥から噴出してくる熱い衝動に、全てを委ねた。


「何の真似よ、ドクター。あははははははっ!
何がメリークリスマスよ!」


 色の無い瞳に輝きが宿る。

溢れてくる笑いの衝動は、止まる事を知らない。


「似合わない格好して、もう・・・はははははははっ・・・あはははははっ!
お、本当、お腹痛い・・・くくくっく」


 あまりにも滑稽で、あまりにもおかしくて。

疲労の濃い目に、熱い水滴が溢れてくる。


「あははは、はーあ・・・もう、涙まで出てきたわ・・・


あは・・・は・・・ぐす・・・ひぅ・・・あはは・・・」


 久しぶりに心から笑えて。

枯れた心に充実した感情が生まれて。

胸に溜まっていた何かまで、押し出されて――


「もう・・・ドクターって意外に冗談がうま・・・い・・・ん・・・だか・・・ら・・・」


 そのまま――泣いた。

今度こそ、悲しみを癒す為に。


「・・・。・・・心外だ・・・」


 その言葉が、何よりおかしくて――嬉しくて。

バーネットは笑って、泣いた。
  





「――ドゥエロ君もなかなかやるなー」

「いつまでも見てないで、準備続けるケロ!」

「わ、分かってるよ!」


 それでも互いに微笑みあい、ふたりはそっと離れた。















 

















































<to be continued>







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