VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action43 −男達−







 ディータ・リーベライは家庭的な女の子だった。

一般家庭に代表されるスキル、料理・掃除・洗濯。

不器用な面が表に出過ぎているので勘違いされがちだが、家事の類は得意である。

友人が少なく、夢見がちな性格が他人を寄せ付けない為、悲しいかな皆の前で腕を振るう機会がなかった。

ディータのそんな一面を知っているのは、仲良しの友達パルフェやパイウェイくらいであろう。

その為――


「ディータは七面鳥を見てて」

「・・・はーい」


 料理作りに大忙しのキッチンで、ディータは簡単な雑用を申し渡されていた。

清楚なエプロン姿が目を惹くキッチンスタッフの職場。

クリスマス準備総指揮に着手するカイに代わって、ディータとジュラが応援に来ていた。

ジュラは正式な賛成派幹部に位置する身分だが、ディータはつい先日まで反対派に属していた。

そのディータが反対派を抜けて、カイの元へ無事に戻った。

最初からディータの心情はカイ寄りだったのだが、依存を好まずディータは敵勢力下で戦う事を決意した。

その後紆余曲折あったが、反対派の裏の頭脳ミレル・ブランデールの説得に成功し、奪われた資材を取り返す事に成功。

手土産には大き過ぎる手柄を持って、カイに多大な貢献をしたのである。

ジュラもその話を聞いてディータの復帰を許し、遺恨無くこうして手伝わせている。

賛成派と反対派の抗争は表立っておらず、構成員も公表されていないのが幸いだった。

クリスマス準備を手伝う事に何の問題も無く、ディータは今自分の職務に懸命になっている。

――少なくとも、気合は満点だった。

与えられた仕事がそのやる気に半比例した内容でなければ。


(ぶー、つまんない・・・)


 特撰素材、七面鳥。

植民船時代以前――タラーク・メジェール祖先の星地球で風習化したクリスマスの定番料理である。

1羽1羽丁寧な手焼きが必要な七面鳥は脂質が低く、体脂肪を気にする女性にも定評がある。

キッチンチーフのセレナ・ノンルコールが直々に手を加えるこの素材。

パンにソーセージ・レバーにタマネギのみじん切りなどを詰めて、丸ごとこんがりオーブンで仕上げ。

七面鳥を美味しく彩るクランベリーソースはセレナの手作りで、そのレシピは秘密とされており、財宝以上の価値がある。

特に、今回のパーティでは100名以上の参加者が見込まれている。

全員参加をカイが提唱する手前、料理も相応に必要となる。

七面鳥はその大きな質量から、一匹でも数人の胃袋を満足させられる。

料理に情熱を捧げる彼女にとって、七面鳥はバリエーション豊かな素材と言える。

そのオーブンの見張り役を、ジュラより命じられた。

ディータはまずその点が不満だった。

立場的にジュラが上であり、命じられるのは仕方ない。

パイロットとしても、クリスマス要員としても、先輩である。

だが、パイロットとは違って、料理のキャリアは明らかにディータが上だった。

むしろジュラは料理なんてした事が無いと疑わせるほど、傍目から見て役に立っていない。

手伝いを申し出て当人なりに頑張ってはいるが、砂糖と塩の扱いにすら困っているのでは話にならない。

オーブンの焼き加減を見るのは確かに重要な役回りだが、この役は料理が知らない者でも確実ではないがこなせる。

七面鳥の焼き加減を表面で確認するのは経験が必要だが、素人でも出来ない事は無かった。

最悪、焦がさなければいいのだ。

ディータとしては、料理を作る側として参加したかった。

じっと椅子に座ってオーブンを見つめるのは、じれったくて仕方が無い。


(でも・・・仕方ないかな・・・)


 もう一度、ジュラを見る。

マグノ海賊団でも随一を誇るスタイルの良さは今でも健在で、エプロンを豊かに押し上げる胸元には同姓でも溜息すら出る美しさだ。

そしてそれ以上に――汗を流して働くジュラは輝いていた。

腰まで伸ばした長い髪を切り、雰囲気まで変わりつつある自分の先輩。

誰これかまわず自身の美しさを誇り、取り巻きを集めて不遜な態度を見せていたジュラに苦手意識を持っていた人達も多かった。

そんな昔とは比較も出来ない、今の姿。

何事にも面倒がり、他人任せだったジュラが、率先して自分から働いている。

その変化は多くのクルーが目にし、その度に驚かれていた。

何があったのか――その詳細を知るのはディータを含めて少数だろう。

そのせいか近頃人間関係にも変化が生じ、ジュラに話し掛ける人も増えてきた。

今も調理の失敗を苦笑いで指摘され、困った顔で謝っている姿が見受けられる。

この懸命な頑張りぶりは、アンパトスでの出来事が起因となっている――が。


決して、それだけではない。


――本来、調理手伝いはジュラの役割ではない。

彼女の親友であり、ディータ以上に料理が堪能なもう一人の女性が担当だったのだ。

その役割を、ジュラが代わってやっているのだ。

不安を押し殺して。

悲しみを胸に秘めて。

大切な友達の為に、明るい笑顔を振り撒いて文句も言わずに頑張っている。

本当なら仕事なんて放置して、傍にいたいと考えているのに。

そのひたむきな姿勢は、ディータならずとも胸をうった。

失敗を重ねても誰一人文句を言わず、ジュラの手伝いを黙認している。

ディータも不満は感じていても、口には決して出さない。

オーブンの中を見つめながら、ディータは表情を曇らせる。


(・・・バーネット、どうしているのかな・・・)















 艦内がクリスマスに賑わっている中、うって変わって静まり返っている場所が存在する。

クリスマスには無縁な場所。

艦内定休日が原則の今日、唯一年中無休を強いられている施設。

故郷を目指す旅に必要不可欠な存在――医務室である。


「・・・暇だね、ドゥエロ君」

「・・・暇だねー、ドクター」


 静まり返った医務室で、二人の男女が所在無く座り込んでいる。

ニル・ヴァーナ操舵手バートに看護婦パイウェイ。

賑わう場所が大好きな二人。

お祭り騒ぎには率先して向かう行動力。

共有する価値観を持つ二人は、めでたく本日を仕事で迎える事になった。

クリスマスとはいえ、急ぎの旅。

一刻も早くタラーク・メジェールへ辿り着かなければいけない状況下なので、ニル・ヴァーナの操縦は疎かには出来ない。

人間の治療が最重要の看護婦も同様である。

万が一誰かの身に命に関わる緊急事態が発生すれば、即座に向かわなければいけない。

二人は待機を命じられていた。


「私は忙しい」


 無論、医者のドゥエロも職務放棄は出来ない。

二人と違う点は、お祭り騒ぎに魅力を感じていない点だろうか。

通常と同じく、机に向かって診察メモとカルテの整理を行っていた。

バートはげんなりした顔で、その仕事ぶりを見つめている。


「・・・僕もクリスマス、参加したかったなー」

「クリスマスは夜だ、参加は出来るだろう。
その時間は与えられている筈だ」


 ブザムは仕事には厳格だが、鬼ではない。

職務を統括する任を担っているブザムが今日の仕事を命じたのだが、クリスマスの参加は認めていた。

ドゥエロの冷静な指摘を、むしろパイウェイが聞き捨てならなかった。


「分かってない、分かってないよドクター! パーティは準備だって楽しいの。
皆で仲良く盛り上がれるからいいのよ!」

「そうだ、そうだ!
僕も女達と友好を深めたいのにー!!」

「・・・そ、そうか」


 珍しく――本当に珍しく、ドゥエロが押され気味だった。

いきり立つ二人に戸惑いの顔を見せて、反論する口を封じられた。

まだ根強く男女の差別観念を抱いている二人だが、こういった場合の連携は見事だった。


「つまんないケロー、つまんないケロー!
こんな所にいたって、絶対患者なんか来ないのにー!」

「運転なんか、別に今日しなくたっていいじゃないか!
僕だってたまには自由を満喫しーたーいー!」

「・・・ストレスが溜まっているな」


 子供の我侭に、ドゥエロはむしろ不憫げな顔を向ける。

付き合う筋合いはないが、他に患者が居ない。

雑務こそあるが、ドゥエロもまた基本的には時間を持て余していた。

賛成派と反対派の抗争が鎮圧し、船内は一時的な協和をもたらした。

各所でクリスマスの準備が行われ、男女参加が認められたパーティが始まろうとしている。

カイとの一時的な連携を結んだが、もはやその必要も無いだろう。

今頃女達と共に、クリスマス準備に頑張っているに違いない。

ドゥエロは今のこの平和を、むしろ歓迎していた。

正直カイの苦しい心境を重んずる度に、彼を現在の立場から降ろす事を推薦したかった。

どういった事態が起きていたのか詳細は把握していないが、どれほど辛い心境だったかは察せられる。

他人の境遇を思いやる――その事実に、ドゥエロは驚きを隠せない。

才能に恵まれ、エリートの道を進んでいた人生。

競争相手はおろか同じレベルの友人もおらず、自分より劣る周囲に何の関心も向けなかった。

何の感慨もわかず、何の興味も無い。

今から思えば、何と乾き切った世界であろうか――

今ではカイを支えてやれなかった事に、歯痒さすら感じている。

他人への――否。

自分の友人への思い遣りに芽生えた今の自分を、滑稽だと笑う気にはなれなかった。

昔に戻りたいとも思わない。

先が見えないこれからに何を見出せるか、今はそれが大切のように思える。

懸命に頑張りぬいて、この日を迎えたカイのように。


「ひーまーだ−よ!」

「ひーまーだーケーロー!」


 このような者達でも、煩わしいと思う気持ちはもう無い。

騒ぎ立てる二人に小さな苦笑を浮かべ――奥の個室を見やる。


患者名、バーネット・オランジェロ。


入院して、半月以上が過ぎている。

怪我の回復も順調で、以前に比べて落ち着きも出てきた。

栄養の点滴も必要が無くなり、病院食を口にしている。

食事も満足に取らなかった頃を考えれば、良好と言えよう。

ただ食が細いのは事実であり――何より、患者は一度も医務室から出ようとはしない。

面会も断り続け、誰の干渉も受け付けない。

話し掛ければ返答は返ってくるが、必要最低限でしかない。

鍛えられた身体も痩せ気味で、表情にも色が無い。

落ち着いた部屋でベットに横たわり、ぼんやりと時間を過ごしている。

夜は酷い。

悪夢に魘されるのか、うめき声が鳴り止まない。

入院した当時は悲鳴すらあげる時もあり、鎮静剤投与が不可欠だった期間もある。

彼女が何を悩み、苦しんでいるのか分からない。

カイやジュラも気にしているのだが、彼らの干渉こそ彼女には猛毒となる。

苦しみに喘ぐ声に、カイの名が出るのは少なくない。

怨嗟か、救援か。

バーネットがカイに対して何を抱いているのか。

不干渉が原則の今の自分には、判断し切れない思いがあるのだろう。

部屋の向こうでは、彼女は今も眠っている。

昨晩も悪夢に苛まれて、ろくに寝ていないのだ。

起きては苦しみ、疲れては倒れるの毎日。

身体の回復は順調でも、精神の悪循環はまだまだ続きそうだった。


(・・・)


 何かしてやれる事は無いか――こう考えるのも、カイの影響だろうか?

医者としての使命か、人間としての思い遣りか。

いずれにせよ、女に対して抱く気持ちではない。

タラークの価値観からすれば狂っているのだろう。

だが、それも――


(・・・悪くは無い、か・・・)


「バート、パイウェイ。
それほど時間を持て余しているなら、手伝ってくれ」

「へ・・・?」

「なに、なに?」


 肩を寄せ合って身を乗り出す二人に、ドゥエロはささやかな計画を打ち明けた。















 

















































<to be continued>







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