VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action42 −変装−
仕事は終わった。
自分の成すべき義務は無くなり、義理は果たした。
達観した様子で賑やかな現場を見ながら、メイアは一人所在無く立っていた。
明るい顔で飾り付けを行っている者、笑顔で仲間と話している者――
数日前まで開催も危なかったとは思えない程、皆活発的に作業を行っている。
元来クリスマスイベントは皆に人気があり、故郷のアジトでは毎年ほぼ全員が参加していた。
危険な任務が多く、過酷な環境下を強いられる海賊業も、この日ばかりは忘れて聖なる夜の雰囲気に皆酔いしれる。
職場も何もかもを超えて、心を一つにして目標を達成する。
仲間意識が最大限高まり、絆が強く結ばれる。
イベントが開催される意義は其処にこそあった。
マグノ海賊団は心に傷を持つ人間も多く、故郷に追い出された身として立場を同じくする者で集っている。
同じ過去を持つ者達として団結力も強く、過酷な状況下で生き抜く強さを共同している。
共に笑い、喜び、悲しみ、怒り――共に生きていく。
イベントはそんな彼女達の束の間の安らぎでもあった。
この日ばかりは争い事は持ち込まず、それゆえに――男達の介入を許さなかった。
(・・・)
メイアは視線を右に向ける。
アマローネとコンソール画面を見つめて、何かを話し合っているカイ。
この一人の少年を中心に、先日まで激しい争いが行われていた。
賛成派と反対派。
メイアはその反対派のトップに身を置いていた。
カイの参入に反対する為ではなく、そのカイを立場を変えて支援する為に。
試行錯誤あったが、無事この日を迎えられた事はメイアにも喜ばしい事であった。
特に彼女は、派閥を分けて争いあっていた頃のカイの辛い心境を知っている。
"俺はもう――降りる"
カイが――あんなに小さく見えたのは初めてだった。
この成功の裏には、沢山の苦悩や苦労があったのだ。
いつも強気で、不遜で、前向きで。
何が起きても明るく物事を切り替えて、土壇場では死に物狂いで努力する。
大胆不敵な思考力と行動力。
身体や心を凌駕する、魂の強さがあった。
カイの前では断じて口にする事は無いが、ほんの少しだけ・・・その強さを妬んでもいた。
決して、自分には持てない強さだと痛感させられたから。
負傷したあの日に。
泣きながら無事を喜んでくれたカイとのあの一時に。
追い込まれて、自ら死を望んだ自分。
仲間も何もかもを省みず、過去と現在の苦しさに負けて未来を放棄した。
この辛さがなくなるなら死んでもいいとさえ、思った。
そんな自分を罵倒し、仲間を奮起させたカイ。
慣れない戦闘指揮を取って、仲間達を守るべく、自らを賭して戦い抜いた。
過酷な現実を見据え、絶望に染まった未来を突破するべく、奮戦した。
その末の勝利。
あの栄冠は、きっと自分では手に入れられないだろう。
気持ちが切り替わったのはあの頃から。
知りたいと思ったのは、本当に理解できなくなってしまったから。
あの時と同じ成果が、今目の前に訪れている。
栗しい現実に負けないで戦ったお陰で、このクリスマスを迎えられたのだ。
一時的に過ぎないのは承知している。
心からではないが、反対派のリーダーとしての立場に居たのだ。
カイを快く思わない者達が今もまだこの船に居るのは分かっている。
停戦条約が内々に結ばれたのは開催直前だった。
反対派を影で先導していたミレル・ブランデールが、突如話を持ちかけてきたのだ。
理由を問い質したが、曖昧に濁すだけ。
クリスマス当日に企てているのかと疑いを持ったが、邪推だった。
ミレルも渋々といった様子で、カイと和解するつもりは無いらしい。
仲直りはしない、その言葉が皮肉にも信憑性を生んだ。
メイアとしても反対する理由は無かったので、この機会を逃さずと反対派全員に話を持ちかけた。
説得には苦労するかと覚悟していたが、存外に話は上手く通じた。
セルティックの脱退を始めに、反対派の内部に現状のやり方に疑問を持つ声もあったようだ。
加えて、ここ最近の賛成派の動き。
クリスマス準備を心から楽しみ、道化役を演じてまで女性への理解を求めるカイの姿勢。
マグノ海賊団からの様々な仕打ちにもめげず、汗水垂らして励む姿。
血が通う人間なら、心を動かされて何の不思議も無い。
あの頑張りには、毎回驚かされる。
カイを知れば知るほど、その厚みに驚かされてばかりだった。
メインブリッジで静かに準備の様子を眺めて、メイアは息を吐いた。
――彼女は気づいていないが、今回のクリスマス開催はメイアの後押しがあってこそだった。
内部工作や事後処理に随分手間はかかったが、メイアは水面下で奔走していた。
反対派が問題なく沈静したのも、メイアの人望の賜物でもあった。
彼女本人その自覚は無いが、当日が無事訪れた事への安堵はある。
無邪気な顔で、カイは今当人の苦労を微塵も出さずにアマローネと語り合っている。
自分でも驚くほど、メイアは安堵していた。
責務を果たせた事を、心から喜べるのは何時頃ぶりだろうか。
(・・・さて)
役目が終わった以上、もう此処に居る意味も無い。
カイは自分の助けが無くても、もう立派にやっていくだろう。
反対派が過激な工作に出る可能性は殆ど無い。
今この雰囲気に水を指すことが、どのような結果を生み出すか分からない程愚かではない。
ドレッドリーダーの任に戻り、通常業務に戻ろう。
メイアは踵を返す。
今まで、一度としてイベントに参加した事は無い。
クリスマスに限らず、マグノ海賊団に所属して以来彼女は非参加だった。
マグノ海賊団に仲間意識を抱いていない訳ではない。
特別な想いこそ無いが、自分の部下や同僚を案じる気持ちは持っている。
だが、それ以上は無い。
プライベートや私的感情を共有した経験は、一度たりとも無かった。
喜怒哀楽を分かち合った事も無い。
常日頃他者との共存を拒み、孤立した強さを磨きぬく毎日。
自分の生き方に、他者は本当の意味で必要なかった。
カイと出会い、自らの在り方に疑問は抱いているが、心から接するつもりは無い。
今回にしても、カイに借りがあったから手助けしたようなものだ。
クリスマスに特別な意識は持っていなかった。
カイは全員参加を提唱していたが、自分に妥協は出来ない。
せめて食事時に顔だけ出せば、義理は果たせるだろう。
皆の賑やかな様子に束の間穏やかな顔を向け、メイアはそのままブリッジを出て行く。
「――こらこら、何処へ行くんだ。そこの女」
「・・・」
――足を止める。
盛大な溜息を残して、メイアは振り返った。
無視しても追いかけて来るのは分かり切っている。
衆目の中で目立つ真似はしたくなかった。
「・・・何か用か?」
一応、聞いてみる。
「手伝え」
――実に、ストレートな要求だった。
相変わらず、変化球という言葉を知らない。
「何故、私が」
努めて、冷淡に問う。
マグノ海賊団に所属して数年間、こう聞き返して返事をした者は居ない。
どんなイベントに誘われても、この言葉で皆黙った。
自分に愛想が無いのは承知済み。
他人から見れば、さぞ冷たい人間に見えるのだろう。
それでいいと思った。
「お前の目は節穴か」
――この男に出会う前は。
自分を見つめる目に、明らかな侮蔑の色が浮かんでいる。
不愉快だった。
「周りを見ろ。皆、一生懸命準備してるんだ。
一人でも多くの手が必要なんだ」
「――もう一度、聞くぞ。何故、私が?
義務ではない筈だ」
今度は意識して、睨みをきかせてみる。
「義務だ」
全く、通じない。
自分が正しいのだと、不遜な顔付きで言い切った。
なぜこの男は、いつも自信満々に言えるのだろう。
「皆が頑張っているのに、一人だけサボるのか。
どうせやる事無いくせに」
「私には仕事が――」
「通常業務は御休みだって、通達があっただろ。
刈り取りの襲撃も無いのに何する気なんだよ、お前」
「・・・」
哀しいかな、メイアは生真面目な性格だった。
嘘でも仕事があると言えば、カイも反論出来なかったかもしれない。
聞かれて正直に答えようと考えてしまうのが、彼女の美点であり欠点だった。
「ちなみに、ドレッドの格納庫には誰も居ないから発進出来ないぞ」
「――なっ」
周辺のパトロールに出る。
思いついた任務に先手がうたれている事実に、メイアは言葉を失う。
動揺を表面に出さないように押さえ込むのが、彼女なりの矜持だった。
「意外そうな顔をしているな? お前の行動パターンくらい読めるさ。
イベントのミカに、お前がクリスマスにいつも参加しないって聞いてたからな。
お前が出る行動って、ドレッドしかないだろ」
「・・・」
「この前あんなに誘ったのに、すぐ逃げようとするからな。
お前の御綺麗な姿を晒したくない俺の心情を理解してほしいぜ」
「――くっ」
水着姿の写真。
アンパトスでこっそりプライベートを過ごした様子を、カイに掴まれている。
最初から逃げ道は無かった。
抵抗するだけ無意味だと知ってはいたのだが、どうもカイがいると反抗したくなる。
本人の意向に知らず知らずの内に組み込まれているのが、我慢出来ない。
自分のこういう面が、今でも理解できない。
カイが誰かに嫌われれば、歯痒い思いをする。
カイが誰かに好かれれば、複雑な思いをする。
他人がカイを反対すれば反発を覚えるのに、本人を目の前にすれば何故か自分が抵抗してしまう。
客観的に見ても、主観的に見ても、訳が分からない。
自分は一体どうしたいのだろう。
カイを賛成したいのか、反対したいのか。
抱かれた時のあの感触――
クリスマス開催を断念して落ち込んでいたカイを見た時、胸が締め付けられた。
時折、分からなくなってくる。
「ま、そう暗い顔することは無いだろ」
メイアの今の表情に何を勘違いしたのか、カイはそう言う。
ぽんぽんと肩を軽く叩いて、明るい笑みを浮かべる。
「初めての男と女のクリスマスに、初参加なんて縁起がいいじゃんか。
人間、たまには変わった事しないと成長出来ないぞ。
今日一日くらい、息抜きするのも悪くないだろ」
「・・・気軽でいいな、お前は」
思えば、こう気軽に声をかけてくれる人間はいなかった。
自ら壁を作っているのに、諦めずに壁の向こうから声をかけてくる。
大声で、壁を叩き続けて。
やがて根負けするまで止めないのだ、決して。
本当に――よく分からない男だと思う。
「お前が堅苦しいだけ。第一、何だその格好。
毎日、毎日パイロットスーツばっかり着やがって。周りを見ろ」
「・・・お前は私に、また新たな恥をかけというのか」
準備に参加している人間は、全員サンタの衣装を着ている。
華やかでクリスマスの装いにはぴったりだが、メイアには激しい抵抗があった。
自分には似合わない、心からそう思う。
何よりカイにラバットの一件で、恥ずかしい格好をさせられている。
あの時の皆の視線は、思い出しただけで死にたくなる。
二度と味わいたくは無かった。
「恥とは何だ、恥とは。皆着ているじゃねえか。
言っておくけどな、この格好には男女の垣根はおろか、年齢制限すら無いんだぞ。
丁度いい、お前にも見せてやろう。
おーい、ばーさんー」
「お頭? ――お頭!?」
呼び声に振り向いて、ブリッジの中央からやってきた老婆は――
「ふふふ、どうだいメイア。
やっぱり、アタシがサンタにならないと始まらないだろ?
クリスマスは、さ」
――心から楽しそうに、サンタの衣装を着こなしていた。
普段着ている法衣とは似ても似つかない、明るいデザイン。
メイアは絶句する。
同時に今まで抱いていた憧れや尊敬が、ガラガラと崩壊していくのを感じた。
「って事で――」
メイアの肩に手を置き、カイは爽やかに言った。
「お前も着るように」
――こんな男、絶対に認められない。
一日でも早く追い出すべきだと、悲嘆に暮れる心の片隅でそう思えた。
<to be continued>
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