VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action37 −狡猾−
クリスマスは明後日。
日付が変わる時刻、仕事終了後の後片付けが終わったエステルーム。
沈黙に満ちたルーム内で、チーフ席に女性が一人座っていた。
ゆったりとしたシートに腰掛けて、思慮深い眼差しで考え事に没頭している。
丁寧に切り揃えられたショートヘア。
深い知性が宿る瞳、その目元のホクロにゾクっとした艶やかさがある。
洗練された美肌と丁寧な物腰が、気品のある美しさを際立たせる。
エステチーフ、ミレル・ブランデール。
頭脳明晰・容姿端麗と、若くしてチーフクラスに抜擢された彼女にも今悩みはある。
(――カイ・ピュアウインド)
タラーク出身。
国内では労働階級、つまり最下級の階級だった男。
年齢は不明、大勢の女性の肌を鑑定してきた目で見れば15から17歳。
記憶喪失者、本人談によれば酒場で働いた経歴を持つ。
"ヴァンドレッド"と名付けられた兵器を取り扱える事から、パイロットとして抜擢。
マグノ海賊団内での権限は皆無に等しく、特別重用も一切無し。
監視・拘束のない捕虜と同じ扱いで、艦内での自立行動も制限されている。
調査をさせた結果を、ミレルは反芻する。
表面上身元経歴を見れば、どうという事のない存在だ。
故郷でも大した身分ではなく、残り二人に比べても圧倒的に劣る生活だったらしい。
軍事国家タラークでの労働階級は国の奴隷とも言えて、国家の歯車でしか無い。
そんな男がタラーク最新の軍艦に乗船していた。
バート・ガルサスの話によると、当時乗船していた労働階級は数える程。
カイは給仕の役割を担っていたらしい。
乗船する軍人達の小間使い。
労働階級に相応な職務を与えられて、一切の軍権を認められていなかった。
長期航海に備えての雑務全般。
(・・・私達が襲撃した当時、あの男はパイロットとして戦っていた――)
蛮型九十九式、タラークが誇る人型兵器。
奇襲をかけたマグノ海賊団が、チームワークとドレッドの特性を生かして優位に立っていた戦況。
鎮圧間際に出撃したのがあの男だった。
軍人でもない人間が突如戦場へ――?
そもそも、雑用係にカイが雇用された経緯も不明となっている。
(戦況が不利だったとはいえ、彼が出撃許可を与えられる筈がありませんわ。
無許可での発進?
スタンドプレイを許すほど、男達の管理体制が悪いという事なのでしょうか。
混乱していたという理由でも成り立ちますけれど――)
カイとの戦い。
一方的な展開で、ドレッドチームは苦も無く軍船への侵入に成功した。
カイは成す術も無く、倒されたとの話。
たった一機で対抗しようとしていたらしい。
経歴を振り返れば、むしろ当たり前と言えるかもしれない。
戦いの素人、パイロット初心者。
メイア機は翻弄されたそうだが、後に無事合流したらしい。
カイの行動は何にも結びつかなかったのだ。
無策かつ愚劣極まりない行動――この事実だけを見れば誰でもそう思うだろう。
(しかし、彼は更なる防衛策に出た)
沈艦及び生き残りを捕縛し、物資の略奪に取り掛かっていた時。
優勢な戦況の連続と、軍艦の鎮圧にほぼ成功していた勝鬨の一瞬。
戦闘終了間際の一瞬の気の緩みを――あの男が突いた。
奇襲を仕掛け、大量の酒を浴びせてアルコール漬けにされる仲間達。
話を聞いて、心から呆れ返った。
(・・・蛮型の無断使用から考えても、用意周到に動いていたとは思えません。
恐らく、土壇場で考えついた窮余の策――後先を考えての行動ではないのでしょう。
余程油断していたのでしょうね・・・)
マグノ海賊団設立から数年。
組織運営に失敗を重ねたが、勢力を拡大させてその数を減らしてきた。
その成功の数が目を曇らせて、心を鈍らせた。
結果として折角捕らえた男達を逃がす羽目となり、敵の思うように操られた。
妥協したのか、それほどの考えではなかったのか、カイはマグノ海賊団を捕縛しなかった。
あまつにさえ取引して、船と人質の安全の代わりに物資の提供を言い出す始末。
自分なら、そんな甘いやり方はしない。
折角の逆転劇、思う存分利用するまで。
手を抜いたやり方に非難めいた感情が出るが、詮無き事なのでやめておく。
問題なのは、ここからなのだから。
(――そして、四ヶ月)
流浪の旅、ゴールが程遠いスタート。
共同生活を強いられ、刈り取りとの戦いに疲弊する毎日。
希望の見えない航海の中で、クルー達は今も何とかやれている。
広大な艦内とはいえ、船の中の生活は年若い人間には辛い。
メジェールが船団国家とはいえ、見知らぬ世界での旅となれば尚更だ。
おまけに命の危機に晒されており、生まれた時から敵と定められた男も居る。
マグノ海賊団がいかに一致団結できているとはいえ、不平や不満があがらない筈は無い。
人間はただ生きるだけでも不満は出る。
この縛られた環境では、騒ぎや暴動が起きても不思議ではない。
旅の当初、幹部達が危惧した事だ。
だが――四ヶ月が過ぎた今も、主だった事件は起きていない。
不平・不満が無い訳でもないだろうが、表立って騒ぎにはなっていない。
――正確に言えば、騒ぎや事件は起きている。
共同生活を強いられる不満。
刈り取りとの戦いへの恐怖。
長き航海への疲労。
そのあらゆる負の感情が、一人の男にぶつけられて昇華されている。
それが誰かは、今更語るべくも無い。
良くも悪くも、彼が居るお陰で成り立っている。
良い格好の材料なのだ。
男であり、パイロットであり、問題児。
不平や不満をぶつけても文句が出ず、戦いへの恐怖も男参戦への文句に摩り替えられる。
仲間や上司を嫌うより、敵を嫌う方が心の平衡を保てる。
かといって、刈り取りという正体不明の敵に憎しみをぶつけても意味が無い。
その存在はあまりにも遠く、強大だから。
人柱とされる者は、身近であるほど良い。
(・・・・・・もし――いえ、もしもの話に意味はありませんわ。
彼の今までの行動、これこそを見据えるべき)
周りに忌み嫌われながらも、堂々とした態度で取り組む毎日。
大勢の仲間を助け、軽蔑されても信頼を向けてきた。
薄っぺらい責任のなすりつけや、信憑の無い陰口を縮めるほどに。
クリスマスの主催者となり、今まさに本領を発揮している。
非凡な才こそ無いが、努力は怠らない。
その姿勢は真っ当な人間であれば好感を抱ける。
社会からはみ出した海賊でも、その例外ではない。
カイ個人を嫌う人間を除けば、賛成派になびきつつあるのが現状だ。
(・・・)
旅が始まる当初は問題ばかり目立っていた。
自分本位な行動を起こし、始終誰かから反感を買っていた。
なのに――たった四ヶ月でこの変わり様。
今では問題行動を起こしているのは、むしろ――
(・・・いえ、付け入る隙はまだありますわ)
時に自分に邁進する行為を取る。
賛成派と反対派に隔てているのは、まさにそれだ。
マグノ海賊団の枠組みよりはみ出した行動を取っている。
自分達に好意を向けながらも、海賊は敏感なほどに毛嫌いしている。
頑なまでに認めようとしない。
まだ未成熟。
根本的な意味で――彼と自分達は理解し合えていない。
まだまだ、表面的な付き合いでしかないのだ。
天秤が保たれているのは、憎しみに傾いた針をカイが懸命に引っ張っているから。
(・・・クリスマスが失敗すれば、針はまた傾く)
クリスマスに必要な資材は手中にある。
開催までもう一度準備し直すのは不可能だ。
努力では決して補えない。
人材を確保するための時間すらない。
状況を改善するには――資材を奪還するしかない。
カイ・・・賛成派もその点は重々承知だろう。
取り戻させない為に、手はうってある。
いっそ廃却も考えたが、事が表に発覚した場合まずい。
賛成派のような粗末な倉庫ではなく、警備員に最新のセキュリティを加えて保管している。
取り戻すのは不可能だ。
クリスマスに関しては、これでいい。
考えなければいけないのは、今後だ。
(信頼を失っても、あの男は諦めないでしょう。彼に味方する人間も同様。
徹底的にやらねばなりません)
マグノ海賊団とカイ、この二つに決定的な亀裂を入れる。
深い絆が生まれる前に、信頼関係が結ばれる前に。
男の存在を、女の中に入れてはいけない。
(男女共存の思想を抱いているのは、恐らく彼一人。
他の皆さんが彼に京良くしているのは、彼への特別な好意だけ。
ならば、その思いを消せば――)
そこへ――着信音。
ミレルは一度思考を消して、通信回線をオンにする。
「いかが致しました? ええ、ええ・・・・・・
分かりましたわ。すぐに此方へ連れてきて下さい。
くれぐれも丁重に」
簡潔にそう言って通信を切り、嫣然と微笑む。
「面白くなって来ましたわ――」
「あうー、迂闊だったピョロ」
「えうー、もう少しだったのにねー」
(ですから、最初から罠を仕掛けられていると――)
呆気なく連行される二人を見ながら、姿を消したままのソラは嘆息した。
<to be continued>
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