VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action36 −劣等−







 深夜、一人の少女が眠りから目覚める。

普段早寝早起きをスタイルとする女の子。

健康面に気を使っているのではなく、眠りたい時に眠るという子供のような生活をしている為だ。

だが、今日ばかりは様子が違う。

眠り眼を擦り、洗面所へ駆け込んで顔を洗う。

冷たさの宿る水を顔いっぱいに浴びて、少女は目覚めた。


「・・・うん!」


 鏡に映る自分の顔に元気の良い笑顔を浮かべて、少女は自室へ戻る。

可愛らしくも奇妙なUFOマークが描かれたパジャマを脱ぎ、着替える。

普段着ている上着には手をかけず、アンダーウェア一枚。

少女は仕事より私生活を優先し、毎日を元気に生きている。

そんな健やかな生き方が少女を育成し、元気で溌剌とした魅力を与えた。

身体も子供から大人へ――未成熟な心とはアンバランスに成長した身体。

シャツ一枚だと成熟した双丘が目立ち、少女は流石に気恥ずかしくなる。


「ぅー、み・・・見ちゃ駄目、宇宙人さんっ」


 顔を真っ赤にして、寝台に立てかけている写真立てを倒す。

パイウェイに御願いして譲って貰った一枚の写真。

映し出されているのは、目の前の仕事に没頭している少年の横顔――

気軽に会えていた頃とは違い、ここ最近は顔も見せられない状況にある。

募る寂しさを写真へと向けて、少女は少年の横顔に想いを収めていた。

普段の格好でもそれほどの影響は無いのだが、念のため。

恥ずかしさを堪えてでも、軽装で出かける必要があった。

深呼吸して羞恥を胸に秘めて、少女は写真立てを起こす。

持ち上げてじっと写真を見つめながら、少女は潤んだ瞳を向けていた。


「宇宙人さんの為に――頑張らないと!」


 ヴァンドレッドの要の一人であり、カイに初めて心を許した女の子。

ディータ・リーベライは今宵、行動を開始した。

来るクリスマスまで、残り二日へと差し迫った日の夜である。















 反対派に所属して一ヶ月。

クリスマスに向けるそれぞれの人達の行動を見ながら、ディータなりに出来る事を考えていた。

賛成派はカイを中心に目覚しく活動しており、反対派は影で暗躍して賛成派の行動を妨げている。

両勢力を支えるのは有能なチーフ陣。

賛成派にやや偏りつつあるが、反対派に所属する面々も負けていない。

事実カイは何度も手痛い目にあい、クリスマス開催すら覚束ない状況下にあった。

ディータは自分の立場や能力をよく知っている。

賛成派・反対派両陣の幹部達に比べれば、一歩も二歩も劣っているのを自覚している。

補佐、もしくは妨害行動に出ても看破されるか、あっさり撃退されて終わるだろう。

賛成派も反対派も互いに足を取られないように、内々なる攻防に出ている。

彼女達からすれば、自分の存在なぞ無いも同然だろう。

反対派の頭脳たるミレル・ブランデールも、ディータに重要な役割は与えていない。

カイとの繋がりを最大限に生かして、妨害もしくは監視を頼まれているぐらいだ。

むしろ、ミレルの事である。

ディータは心からカイに敵対するとは考えていないのかもしれない。

貴重な情報すら与えられないのも、敵側も伝わる危険性を考えてだろう。

お陰でディータは全く動きを取れず、日々やきもきする生活を送っていた。

カイに寝返るのは容易い。

そのままカイの元へ出向き、手伝わせて欲しいと頼み込めばいいのだ。

きっと拒んだりせず、文句を言いながらも受け入れてくれると確信している。

何度も、そうしようとも考えた。

でも――


脳裏に浮かぶのは、沢山の少年の勇姿。


絶望的な状況でも立ち向かい、敵だらけの艦内でも胸を張って生きている。

悩んで苦しんで迷って――それでも精一杯笑って、毎日を育んでいる。

そんな少年に、心を奪われた。

懸命だからこそ、足を引っ張る真似だけは出来なかった。

一生懸命生きている人に、甘えるのは本当の仲間ではない気がした。

頼れば助けてくれるとは分かっている。

そんな優しい人なのだと、この旅で知った。

その心に何もかもを委ねてしまえば、一生かかっても隣には立てないだろう。

今、少年は遥か彼方にいる。

足取りも危うい自分とは違って、しっかりと夢に向かって進んでいる。

このままでは一生追いつけない。

自分がどれだけ劣っているか、この旅の毎日が嫌というほど教えてくれた。

カイと出会う前までは気付かなかった、幼い自分の姿。

今くっきりと見えてきているその理由は、カイが同じ世界にいるからだ。

夢の中の存在ではない、空想の物語の中の主人公ではない。

今目の前で生きている、実在する一人の人間。

憧れている人を、ただ黙って見るだけではもう満足出来なかった。

他の誰かがカイの傍にいるだけで、狂わしい気持ちが芽生える。

こんなにも自分が小さいけれど――

――少しでも力となって、傍にいる。

必要とされる女の子になりたい。

その為に、ディータは今出来る事をするつもりだった。

誰にも気にかけられず、今現在誰にも必要とされていない自分。

ゆえに、今晩の行動は誰にも見咎められない――


「手伝って欲しいの、ソラちゃん」

「手伝って欲しいぴょろ、ソラちゃん・・・ウガガガッ!?」

「・・・貴方に名指しされる謂れはありません」


 かつて、三人でジュラの部屋を監視すべく話し合った場所。

監視の目が届き難く、人通りの少ないプライベートエリアの一区画で待ち合わせをしていた。

反対派に属するディータのただ一人の味方、ピョロ。

ニル・ヴァーナの案内役でもあるピョロに、ネットワークを通じてソラに連絡を取った。

立体映像の女の子と、意志を持つロボット。

存在が幻の彼女に連絡を取るのは困難だが、ピョロだけは唯一繋がりを持っていた。

マスターに仕える彼女としては独自行動は究極避けるべきだった。

己の主が激務に熟睡しており、尚且つディータの願いでなければ応ずる事も無かっただろう。

電気シナプスを浴びて目を回しているピョロに冷たい目を向けながら、ソラは口を開いた。


「――用件を詳しく聞かせて下さい、ディータ・リーベライ」

「う、うん・・・あのね」


 感情の見えない幻影の少女を前に、ディータは緊張した眼差しを向ける。

とはいえ、かつては共に苦労を重ねた者同士。

気安さが勝り、口を閉ざすには至らなかった。


「ディータ、その・・・今、宇宙人さんの・・・

・・・。

・・・じ、邪魔する人の、仲間に、あの・・・」

「知っています」

「え・・・?」

「貴方が、クリスマスに反対する立場にいるのは存じています。マスターも。
話を続けて下さい」


 反対派に属している事を知りながら、何も責めない。

知りながらも話を聞く姿勢を見せてくれたソラに、ディータは胸を熱くした。

信頼してくれている、それが何より嬉しかった。


「それでね、話を聞いたの。宇宙人の持ち物を取ったって――
クリスマスの為に準備していた物を全部、持ち出したって言ってたの。
それがないと宇宙人さん、クリスマスが出来ないんだよね!?

ディータ、取り返したいの」

「・・・」


 ディータの示す物が何かはソラも知っていた。

倉庫に保管されていた資材。

カイが日夜寝ずに、仲間達と資材を補充すべく努力している。

その作業工程を見る限り――間に合いそうに無いことも。


「協力内容を聞かせて下さい」

「手伝ってくれるの、ソラちゃん!」

「――力になれるのでしたら」


 表情を輝かせるディータに、ソラは肯定する。

資材を取り返したいのはソラも同じ。

マスターの命令で自立行動は禁じられているが、協力を申し出られたなら話は別だ。

主も責めたりはしないだろう。


「宇宙人さんから取った物は、何処かにしまっているらしいの。
聞いてみたけど、教えてくれなくて・・・
ソラちゃんなら分からないかなって。
ロボットさんとディータで、取られた物は全部運ぶから!」

「なるほど、理解しました」


 艦内に通じていると、以前ディータに説明したのを覚えていたのだろう。

皆が寝静まった夜中の内に行動し、奪われた物資を取り返す。

廃却されていないのは、誰よりも自分が知っている。

単純だが、適材適所の案だった。


「――確かに、保管場所は把握しています。案内は可能です」

「荷物運びは任せるピョロ!」

「力しか脳の無い貴方にはぴったりですね」

「・・・こいつ、むかつくピョロ!?」

「ですが、問題があります」

「無視されたピョロ、無視されたピョロー!」

「問題って何、何!?」


 落ち込むロボットと、勢い込む少女。

奇妙な光景だが、誰も指摘する者はいない。

冷静沈着に、ソラは答えた。


「保管場所には警備員が巡回、罠も多数仕掛けられています」

「えええっ!? ほ、本当・・・?」

「事実です。マグノ・ビバンには無許可で設置しています。
罠の解除は不可能ではありませんが、構造上の関係で私の存在を悟られる危険性があります」


 つまり――ソラは協力出来ず、二人で無力化しなければいけない。

反対派からすれば、奪った物資は賛成派への切り札である。

そう易々と奪い返される訳にはいかないのだ。

加えて、反対派には警備クルーが味方している。

警護する人員も、罠の種類も並大抵ではないだろう。


「どうされますか?」


 絶句する二人だったが、結局――


「ディ、ディータ頑張る!」

「負けないピョロ!」

「・・・精神論なんですね」


 いきなりの無策な二人に、ソラは協力を承諾した自分を後悔した。


(ふふ・・・いい事聞いちゃったっ)


 喜悦に満ちた、無邪気な少女の存在に気付く事無く。





















































<to be continued>







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