VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action35 −広告−
アンパトス離航よりもうすぐ一ヶ月、旅は表向き順調だった。
刈り取りを目論む者達の襲撃も無く、故郷への針路を阻むものは何も無い。
ニル・ヴァーナは平和に航海を続け、滑るように広大な宇宙を駆け巡る。
表向き、では。
カウントダウンが確実に刻まれている毎日。
男女初の記念すべきクリスマスイベント。
表面的には何の問題もないこの艦に、今激烈な変化が顔を出そうとしていた。
「真っ赤なお鼻の〜、トナカイさんは〜・・・っぷ」
「いっつも皆の〜、笑いもの〜・・・っあはは」
沢山の女性が集うトラペザ。
幾つものテーブルと椅子が並び、大勢のクルーに憩いの場を提供するカフェ。
現在は昼休み。
食事時間で沢山の女性が昼食を取っている中で――異様な集団がテーブル席を占拠していた。
「でもっその年の〜、クリスマスの日〜・・・くすくす」
「サンタのおっじさんは〜、言いました〜・・・うふふ」
三つのテーブルを一つに寄せ集めて、何十名もの女性が手作業をしている。
食休みに出て来た他のクルー達の視線を集める中で、目の前に全力で取り組んでいた。
テーブルの上には沢山の装飾品と工芸品が置かれている。
離れた場所では華やかに飾られたツリーに、黒の靴下が丁寧に並べられている。
照明の設備も床に敷き詰められて、調節が進んでいる。
「暗い夜道は〜、ピカピカの〜・・・くっくっく」
「おまえの鼻が〜、役に立つのさ〜・・・むふふ」
せっせと作業する者達。
その作業を見つめる物達の目は――彼女達が着ている服装に注がれている。
まん丸帽子に、ワンピースドレス。
赤と白のデザインが映えており、見つめる者達の目に優しい印象を与えている。
着こなす女性陣はタイプこそ違えど標準以上の容姿を誇り、可愛らしさに溢れていた。
小さなサンタクロース達が歌声を乗せて、クリスマスの準備。
これで目立たぬ筈が無い。
「いっつも泣いてた〜、トナカイさんは〜・・・はっはっは」
「今宵こそはと〜、喜びました〜・・・えへへ」
しかし、一番目を向けられているのは彼女達ではない。
可憐なサンタクロース達の視線すら奪う、一つの注目点。
観衆の目を独り占め。
仲間達にすら熱い眼差しを向けられているその者は、身体を震わせてボソっと呟いた。
「・・・笑いたきゃ笑え」
――大・爆・笑。
これまでの旅の中でこれほどの笑い声が生まれた日は、無い。
誰これかまわず轟く明るい笑いは、明らかに呟いた声の主が誘っていた。
その者は、人ではなかった。
テーブルの中央を陣取っている――巨大なトナカイ。
真っ赤な鼻と、大きな角。
ふかふかの茶色い着ぐるみに包まれ、プラスチックで黒の蹄が加工されている。
顔も身体も覆われており、誰が中に入っているか外側からは判明できない。
だが衆目や仲間達には、正体はバレバレだった。
「ちくしょー、遠慮なく笑いやがって! ・・・のわっ!?」
ぶきっちょに蹄を振り回して体勢を崩してしまい、椅子から転倒。
一段と高らかな笑い声が溢れ、カフェテリアは賑やかな喧騒に包まれた。
床に倒れたトナカイは屈辱に身を震わせながら、
「うぬぬ、我ながらちょっと気に入っているのに・・・」
愚痴めいた発言だが、諦めの色は濃い。
何しろ、自分で提案して自分で受け入れた格好なのだ。
笑い者にされる覚悟は無論あった。
"クリスマスをしよう"
――カイが立てた戦略は、この一言に集約される。
タラーク・メジェールでも変わらないであろう、一つの常識でありお約束。
楽しんでやる、ただそれだけ。
暗い顔で淡々と作業をするのではなく、積極的に活動をする方針をカイは立てた。
賛成派と反対派で乱れたこの戦い。
差し迫った危機にカイは追い込まれたが、結局最後の最後で原点へと戻った。
男と女で行われる最初のイベント。
イベントチーフに誘われたあの時――どうしようもなく興奮した。
皆で一つの事に楽しめる、これほど胸が高鳴る事が今まであっただろうか。
ドキドキした、ワクワクした。
その気持ちを、皆で共有したい。
結局、引き受けた理由の最たるはそれだったのだ。
男女差別とか、海賊がどうとかだけで決めたのではない。
正義感でも義務感でもない、子供心の延長で決めたのだ。
迷惑だと思われるのならば、それでもいい。
未熟な主催者に出来るのは――皆を楽しませる事だけ。
賛成している人も、反対している人も。
一人でも多く喜んでもらい、暖かな気持ちを少しでも分かち合いたかった。
その努力を、今しなければいけない。
その為にカイは雰囲気作りから入った。
主だった人達を集めて、衣装を提案。
サンタクロースの風習を聞き、女の子が喜びそうな衣装をデザインする。
担当は服装に関しては、洗物から縫い物まで完璧なルカ・エネルベーラ。
『丈は短めにするね』
『? 何でだ』
『足が好きなくせに』
『誰がそんな事言った!?』
微笑ましいエピソードはさておいて、衣装は完成した。
流石に反対は全員に着用の強制は出来ず、人数分の衣装を作るのも時間がかかる。
人手不足と資材不足で悩まされているのだ、どうしようもない。
主だった面々やブリッジクルーの協力を得て、着て貰った。
その際に――
『カイは着ないの、これ?』
胸元のふくよかな膨らみが浮き出て、少し恥ずかしそうに衣装を着こなしたアマローネ。
寛恕の問いに、
『俺のはクマちゃんデザイン』
『え・・・?』
衣装着用は、イメージ戦略。
クリスマスは公に許可を求め、運営にマグノとブザムの承認を得ている。
賛成派と反対派に分かれている状況だが、立場だけ見れば賛成派が上。
第一、クリスマスイベントは毎年行われているのである。
では今何故このような複雑化しているかというと――男の存在。
特に、主催者にカイが出張っているのが問題視されている。
華やかなクリスマスに、男が来られては迷惑。
神聖なイベントを汚されると、厳しい指摘がアンケートで大幅に寄せられている。
『だから、まず見た目を隠す』
『見た目って・・・もしかして。あ、あんた――』
戦慄するベルヴェデールに、カイは拳を握る。
『フフフ・・・こうなったら、俺もとことんやるぜ!』
その協力者に、セルティックが選ばれた。
真面目な職場でクマの縫ぐるみを着用し、実績を出す事で服装の自由を得ている女の子。
全身を覆い、なおかつ女の子受けする可愛い着ぐるみ。
彼女こそ適任者だった。
『クマちゃん、頼むよ!』
『・・・』
『私が着る服を貴方に貸すなんて、絶対に嫌です――その気持ちは本当に、分かる。
俺だって申し訳ないと思ってる。
でも――こういう服持ってる知り合いって、君しか!』
『・・・』
『貴方の細菌が取り付くと思うと吐き気がします――細菌!?』
――結局買い取る形となった。
着古した着ぐるみで、最適だったのがトナカイ。
サンタクロースの伝説に纏わるとの話で、ポイントを利息払いする形で買い取った。
その後、本格的に活動を開始。
情報活動と艦内施設監視に長けたブリッジクルーの本領発揮だった。
艦内全域のモニターで、クリスマスイベントのCM。
PR活動の一環で、オペレーターのエズラが毎日の艦内放送にてクリスマスソングを流す。
毎日の私生活と職務に影響の無い程度に、少しずつイメージ美化を広めていった。
その一方でジュラ達は職務外は始終衣装を着て、クリスマス準備。
なるべく人目につく場所で、画期的な活動を行った。
主催者のカイは率先して営業活動。
トナカイの着ぐるみは彼のイメージを一変させて、笑顔を誘う。
無論、いい事ばかりではない。
あざといやり方だと陰口を叩かれ、サンタの衣装や着ぐるみに陰湿な目を向ける者もいる。
ご機嫌取りと嘲笑する人間もいた。
だが、カイ達は気にしなかった。
毎日を必死に、楽しんでやる。
苦しくも充実した日々を送り、懸命に準備に取り掛かる。
その上でカイ本人もウキウキさせて作業をし、道化の役目を自ら担った。
昔――タラークを出た頃の自分なら、屈辱だと思っただろう。
女に媚びていると今の自分を笑ったかもしれない、馬鹿にしたかもしれない。
見た目のカッコ良さに惑わされ、突っ張って役割を放棄したかもしれない。
"女のやる事に興味は無い"
"軟弱なイベントに参加なんぞ出来るか"
鼻で笑って、部屋に閉じ篭っただろう。
そんな自分こそ、惨めだとも知らずに――
時間も無く、作業量は膨大。
懸命に努力しても、恐らくは間に合わないだろう。
クリスマスは、成功しないかもしれない。
けれど――今のこの時間は、無駄ではない。
間に合わなかったけれど、本当に楽しかった。
昔の自分に胸を張ってそう言い切れる今の自分がいる。
一分でも多く頑張れたのならば、後悔なんてする筈も無い――
――今、こうして皆が注目している。
広報活動を行って十日以上。
その結果は・・・今、こうしてカフェテリアに集まる人達の笑顔を見れば充分だった。
手伝いを申し出る者、衣装提供を願い出る者。
そして何より――頑張るカイを応援する沢山の人達。
笑い者になっても、その微笑みに暗さは全く見られない。
カイもまた照れた顔を隠して、笑う皆に微笑混じりの大声を張り上げる・・・
明るい兆しが見え始める中――期限は三日を切った。
<to be continued>
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