VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-






Action38 −勇敢−







 案内人のソラに導かれてやって来た二人、ピョロとディータ。

ディータはカイの為、ピョロはディータの為。

個人を想っての情熱溢れる行動は、一歩目から終結となった。

保管庫へ向かう一本道。

直線距離数十メートルの長さをただ真っ直ぐに走って行った矢先。

ソラが気付き、ピョロが呼び掛けたが、既に遅かった。

床に巧妙に仕掛けられた罠が発動し、高電圧が容赦なく発動。

踏み込んだディータが痺れて昏倒し、物音を聞き付けた警備員に発見された。

幸い人体に影響のある電圧ではなく、意識を失う手前で済んだが身動きも取れずに捕縛。

ディータが捕まった以上ピョロも逃げられず、同じく捕らえられた。

立体映像のソラは元より姿を消しているが、彼女達の救援は控える。

ネットワークを駆使してカイに救援を呼び掛ける手もあるが、主は今度重なる激務で休息に入っている。

これ以上苦労をかけるのは忍びなく、ソラは単独で様子を見守っていた。

艦内の全システムを統括する彼女なら警備員を制圧するのは不可能ではないが、まず間違いなく存在は認知される。

特別な相手を除き、マグノ海賊団に自らの存在を知られたくはなかった。

身も心も主の為に在りし存在。

マグノ海賊団の中には主と敵対する勢力もある。

特に今ディータ達を捕らえた者達は、その勢力下の人間。

敵愾心と呼べる強い感情はソラには無いが、認知を許容するつもりもなかった。

カイにとって味方か、敵か。

人間に無関心な少女にとって、マグノ海賊団には排除も依存もしない存在だった。

二人はそのまま連れて行かれ、やがて一つの施設に内密に通される。

艦内の全てを認識するソラは、其処が何処かも知っている。

エステルーム、人間の外面を磨く施設。

日付も変わった深夜に、エステは照明の眩しさに満たされていた。


「ようこそ、ディータさん。御茶はありませんが、歓迎致しますわ」

「ブ、ブランデールチーフ・・・」


 身体中が麻痺して動けないディータに、柔らかな微笑を向けるミレル。

ゆったりとしたシートに座る彼女とは裏腹に、ディータは警備員によって固いイスに拘束される。

ピョロに至っては電磁ロックで固定されて、宙に浮くどころか正常な活動も抑制されてしまう。


「御苦労様。貴方達は下がってもよろしいですわ」

「チーフ、ディータ達は・・・」

「この事はくれぐれも内密に御願い致しますわ。
他の皆に、いらぬ心配を掛けさせたくはありませんもの」

「ですが――」


 ディータとピョロが反対派に属しているのは、警備員も知っている。

この二人が取った行動に一抹の疑問はあるが――納得もしている。

ディータがカイに心を寄せているのは、マグノ海賊団では周知の事実だ。

むしろ反対派に今まで味方していた方が、疑問ですらあった。

とはいえディータはカイではなく、男でもない。

心情的に見て、ディータが叱責を受ける事には聊か戸惑いもあった。

友好関係は結んでおらず、むしろディータと話した事も殆ど無い警備員だが、冷たい人間ではなかった。

ミレルは煮え切らない態度を取る警備員に、視線を向ける。


ワタクシに、何か御不満がありますの?」

「い、いえ!? 失礼します!」


 艦内の保安の為日夜鍛錬を積み、強さを磨く警備員の表情が歪む。

ミレルは、その美しい容貌に柔和な笑顔を浮かべているだけ。

優しさに満ちた視線と、穏やかな口調――そのどれもに恐怖が突き刺さる。

警備員は規律正しい敬礼をして、そのままエステを後にする。

ディータを案ずる気持ちより、全身を鬱屈する冷や汗を拭うのが先立った。 

そのまま自動扉が閉まり、ディータとピョロだけが残される。

ミレルはゆっくりと立ち上がり、


「さて、ディ−タさん。ワタクシの言いたい事はお分かりですわね?」

「・・・っ」


 ディータの首筋に、スッと白い指先が触れる。

綺麗に整った爪が細く横になびき、ディータの感覚にか細い刺激が走る。


「知らせを聞いて驚きましたわ。
まさか、御仲間だと信じていたディータさんがワタクシ達を裏切るなんて」

「――そ、それは・・・」


 無論――ミレルは最初からディータを信じていない。

ディータはカイを信望している。

何時裏切るとも知れない人間に、信頼を抱くのは愚かである。

貴重な情報も役割も与えず、ディータからカイについてを聞き出せば用済みでしかなかった。

彼女はディータの性格を知っている。

カイに信頼を置き、尚且つマグノ海賊団の仲間も大切にする。

裏切りという言葉を突きつければ、ディータがどのような感情を抱くかも承知していた。

彼女の思惑通り――ディータは辛そうに俯く。


「それとも、ワタクシの誤解でしたかしら?
あそこにいたのはただの偶然で、ディータさんに他意は無かった。
もしそうでしたら、心から御詫び致しますわ」

「そ、その・・・それは・・・」


 軽装で夜中、誰にも知られずに保管庫へ向かう。

言い繕うのは不可能ではないが、決して簡単ではない。

ディータは明るい性格だが、言葉上手ではない。

元来は彼女は素直で、謀には到底向いていないのだ。

言い訳も出来ず、ディータは唇を噛み締めたままだった。

ミレルはフっと笑って、ディータの耳元に唇を寄せる。


「・・・分かっておりますわ、ディータさん。貴方のお辛い心境が」

「え・・・?」


 思いもかけない優しい気遣いに、ディータは意外そうな顔を上げる。


「彼に、脅迫されたのでしょう?」

「え、え・・・?」

「貴方が資材を保管する場所を把握出来ていたとは思えませんもの。
彼が教えた・・・・・のでしょう?
貴方に、取り戻せと」

「そ、そんな――! 違います!?」

「あら? では、どなたから・・・・・から聞きましたの?
あの場所を知っているのは、ワタクシと他数名。
メイアさんにも教えておりませんのに」

「あ・・・」


 反対派でも極秘となっていた保管庫。

メイアには曖昧に言葉を濁して、入念な管理を徹底しているとだけ伝えた。

その機密性を高める為に、所在を知る者を限定すると伝えて。

ディータが調べるには不可能な場所である。

発見には高度なセキュリティを突破する必要があり、簡単な罠にかかった彼女には不可能なのだ。

ディータは顔を蒼白にする。

調べたのは、ソラ。

その事実を、まさか相手に知らせる訳にはいかない。

だがここできちんと話しておかなければ、カイが調べた事になってしまう。

カイには賛成派の首脳陣がいる。

調べる事は可能との先入観を、相手に与えてしまっていた。

かといって、他の人間の責任にも出来ない。

徹底した心理の罠に、ディータは引き擦り込まれていた。

ここへ連れて来られてきた時から出来上がっていたのだ――

この、麗しい舞台の主役によって。


「資材を失い、彼は焦っていた。自分が表立って行動する事も出来ない。
そこで、目をつけたのが貴方。
ディータさんを巧みに誘惑――もしくは脅迫して、取り戻すように仕向けた。
さしずめ、そのロボットは運搬役といったところかしら?」

「・・・! ・・・!」


 反論したいが、機能の大半を封じられている。

ピョロは小型画面に映し出されている目を尖らせて、ミレルを睨むしか出来ない。

ディータは必死で声を張り上げる。


「違います! 宇宙人さんは関係ありません!
全部、全部、ディータが――!?」

「安心なさって、ディ−タさん。ワタクシは貴方の味方ですわ。
今回の一件は、どなたにも話すつもりはありません。
無論、責任は追及いたします。

――責任者・・・に」


 このまま話が進めば、全ての責任がカイへ向かう。

この騒動が公にならなくても、カイがディ−タを使って窃盗をさせようとした事実は巧みに広まるだろう。

噂が明るみになれば、カイの評判は一気に下降する。

女を利用した男として、その悪名は旅が終わるまで消えないだろう。

クリスマスどころの話ではなくなる。

場合によれば、この船から追い出される可能性も出てくる。

違うと言えば済むが、そうなれば誰が保管庫の場所を教えたかの話に逆戻りする。

ソラの存在は教えられない。

カイは大切だが、ソラも大事な友達なのだ。

責任を押し付けられる人間はおらず、現状で味方もいない。

浅はかな行動に出た結果、カイを追い詰める事になってしまった。

ディータは真っ青な顔で震える。

エステという部署に自ら希望したミレルだが、ディータは彼女が苦手だった。

頭脳明晰で言葉巧みな女性。

何年かかっても勝てるような人ではなく、マグノやブザムとは違った意味で雲の上の存在だった。

勝てない――この人には。


「・・・貴方の御心次第ですのよ、ディータさん。
ワタクシにだけ、正直に御話下さいな。

貴方は、ワタクシの味方ですわね?」

「・・・」


 ガチガチっと、歯の根を鳴らす。

どう弁解しても、どう言い繕うとも、話の流れはディータに不利となる。

心理の裏を突かれて、太刀打ち出来ない状況に追い込まれてしまう。

敗北感だけが、滲み出る。

足を引っ張ってばかりだった自分。

何か――何か力になりたいと、奮起して立ち上がったのに、躓いてしまった。

情けなくて、仕方が無い。

もう――このまま死んでしまいたい。

こんな馬鹿でドジな、何の役にも立たない自分なんて。


「・・・どうしてよ・・・」

「? どうかなさいまし――」


「どうして、そんなに宇宙人さんを嫌うのよ!!」


 涙が自然と、頬を毀れる。


「何にも悪い事してないのに!!」


 悲しみと悔しさに、心がドロドロになる。


「いっつも、いっつも、皆に優しいのに!!」


 舌が縺れ、頭の中が麻痺する。


「仲良くしたいって、一生懸命なのに!!」


 腹の底から、うめきに近い声が漏れる。


「どうしてそんな酷い事が出来るの!?」


 立ち上がろうとして、倒れる。


「酷いよ・・・酷すぎるよ・・・」


 涙も鼻水も何もかもが溢れて、床に毀れる。

子供のように泣きじゃくり、嗚咽を漏らす。


「宇宙人さんが男だからって、皆で苛めていいの? 
皆、そんなに偉いの・・・!? 
分からないよ・・・ディータには、分からないよ!

ディータは宇宙人さんが好き! それはおかしいの!? 変なの!?

皆・・・どうして・・・」


 しゃくりながら、理不尽を呪う言葉を吐いた。


「宇宙人さんが・・・嫌いになっちゃうの・・・!」


 溜まっていた気持ちが溢れ、堤防が決壊したようにディータが大声で泣き喚いた。



















































<to be continued>







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