VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action31 −交差−
その日の内に――カイは仲間に自分の意思を伝えた。
ジュラ・バーネットの心身的負担。
前年度から準備されていた資材の窃盗。
防げなかった事件、起こってしまった悲劇。
今まで引き越した事件を含めて、カイは全員に謝罪した。
大役を引き受けたというのに、何も果たせずに終わってしまう。
カイは初めて深く頭を垂れた。
――皆、何も言わなかった。
罵倒や追求を覚悟していたが、誰も何も言わない。
カイがそう決めたのなら――黙って、許してくれた。
唯一カイに主催者の任を頼んだミカだけは、カイに沈痛な顔でこう言った。
『カイは何も悪くないよ。
――ごめん、辛い役目を押し付けて』
普段明るく活発な女性の、辛そうな表情。
カイは胸が潰れる思いで、何度も謝った。
悔しくて、申し訳なくて――瞼が熱く痙攣するが、涙だけは流さない。
今此処で泣く事だけは、敗者には許されない。
震える声で・・・・・・カイはもう一度、皆に謝った。
真夜中の医務室。
通常業務が終了し、消灯時間を経過。
医療机に向かうドゥエロは、一人でカルテの整理を行っていた。
処理能力も優れている彼に残業は必要ないのだが、今日一日ばかりは医務室を離れる訳にはいかなかった。
「・・・ぐす・・・」
彼の、たった一人の助手。
大人にもませた態度で接するパイウェイが、傍らのベットで熟睡している。
瞼が腫れており、頬には濡れた跡が残っている。
泣き寝入りしたのか、寝息にも悲しみの残骸が残っていた。
カイが、クリスマス主催者の役目を降りた。
今までにない落ち込んだ顔と、勝利し続けた男の敗北宣言。
激昂したパイウェイが泣き叫び、その日は仕事にならなかった。
男を軽視し、汚らしい生き物としてしか見ていなかった女の子――
自分でも思い掛けない感情の吐露は、密かなカイへの想いの変化にあったのだろう。
何度も陰口は叩いていたが、カイの事を話す彼女は本当に楽しそうだった。
ドゥエロはそっと布団をかけてやり、隣の医療室の扉を開ける。
幾つかの空ベットが並ぶ中、彼は本日使用が決定したベットの傍へ向かう。
彼に背を向けて眠る女性。
両腕に包帯が巻かれたまま、静かに寝息を立てる彼女に、
「・・・聞いていたのだろう?」
「・・・。・・・」
彼はそっと、声をかけた。
誰とも、会いたくなかった。
自分の部屋には隣に繋がる扉があり、見ていると自ら引いたクリスマスを思い出してしまう。
バートは尋問後解放したが、顔を合わせれば何を言ってしまうか分からない。
積極的に加担はしていなかったのだろうが、反対派の一員だ。
誰が賛成派で、誰が反対派なのか――
疑う自分がみじめで、空しくて、誰も信じられない。
反対する者は自分に良い目は向けないだろうし、賛成する者には期待を向けられて重く感じる。
真っ暗な通路をフラフラと歩き――気が付けば、自然公園に居た。
人工的に植物が植えられて、せせらぎの音が心地良い河が流れている。
カイは無遠慮に河の透明な水に手を入れて、パシャっと顔を濡らす。
"大体、てめえは高望みし過ぎなんだよ"
パシャッ
"いくら宇宙に出たところで、そこにてめえの居場所はねえ"
パシャッ
"お前が言っている事はな、ただの幻想に過ぎねえ"
パシャッ
「・・・・・・くそっ」
夢を現実にしたかった。
幻想を創作したかった。
想いを、実現したかった。
だけど、その自らの気持ちが――
"誰かと生きていくとはそう言うことだ。一人の行動で、他の誰かにまで迷惑をかけてしまう"
――他人を巻き込み、傷つけてしまう。
今までは、一人で戦えばそれでよかった。
自分が傷ついても、自分が嘆き悲しんでも自分の責任だ。
誰かを恨まず、誰にも押し付けず、一人で戦い続けてきた。
でも、今回は違う。
バーネットとジュラを傷付けてしまった。
――今回だけではない。
戦い続けたその結果が、他人を巻き添えにしてしまっている。
果たさなければいけない夢が、他者を呑みこんでしまっている。
自ら取った行動で、誰かが傷つく。
平和に過ごしていた人達を――悲しませてしまっている。
濡れた顔をそのままに、カイはキツく目をつむった。
「・・・・・・これで、良かったんだ・・・」
彼女達には、彼女達の生活がある。
思いがある。
過去がある。
踏み入れてはいけない、領域だったのだ。
皆に分かって貰おうと考えていた自分は、間違えていた。
傷つく必要のない人達まで、傷付けてしまった。
これからもまた、傷つけてしまうかも知れない。
ならば、もう――これ以上は・・・・・・
カイは決意した。
「俺は、もう・・・・・・一人でいい」
誰かを巻き込んでまで、男女のクリスマスを実行したいとは思わない。
誰かを傷つけてまで、自分の思いを実現したくはない。
この決断は、正しかった。
俺は――
「・・・滅入っているようだな」
「・・・? 青髪・・・・・・
お前、どうして・・・・・・」
疲れた顔で座り込む少年に、青い髪の女性は上から覗き込んだ。
「これから先は、根拠のない空論だ。聞き流してくれていい」
「・・・。・・・」
静まり返る部屋。
寝静まるバーネットを前に、ドゥエロはただ淡々と述べる。
暗闇の中で、何一つ表情を浮かべることなく。
「目的は徹底阻止。
危機感でも抱いたのか、暴挙に出た。
倉庫に収めた品々を強奪、もしくは破棄。
そして古き歴史の品を排除するべく、実行。
動機は口にするまでもない。
あの放送は、彼女達を大いに刺激したであろうからな」
医務室には他に誰も居ない。
診療台のある部屋にはパイウェイとジュラが今でも眠っている。
語らぬ世界に、ドゥエロの言葉が綴られた。
「あの時・・・事件現場へ君が駆け付けられたのは、偶然ではない。
――彼女達が、倉庫へ君を導いた。
君が敵か味方かは置いておく。
正否を判断する権利は、私にはない」
ドゥエロは背を向けたままの彼女に、そっと話し掛ける。
「・・・君と彼との間で、恐らく何かあったのだろう。
彼のあの動揺ぶりは普通ではなかった。
最後も――彼らしくもない発言だった。
そして、君のその火傷も」
「・・・。・・・」
「恐らく――ビデオを焼いたのは君だ。
そして消したのも、間違いなく君だろう。
彼女達と君は、一蓮托生ではないのだろうな。
君の行動には情緒不安定さが見え隠れしている」
ドゥエロは、一枚のカルテを取り出す。
「君が昏倒した理由は火傷ではない。
火傷は、あくまで引き金だ。
――今の君は、心身共に疲弊の極みにある。
食事はおろか、睡眠もろくに取っていないようだな。
遅かれ早かれ、君は倒れていた。
身体を壊すどころか、今のままでは衰弱死する」
「・・・。・・・」
ドゥエロは息を吐いた。
「・・・何故、ビデオを燃やした?
何故途中で火を消した?
躊躇ったのか?
ならば・・・何故躊躇った?」
「・・・・・・」
「・・・君には、自分を見つめる時間が必要だ。
休息を取りたまえ。それが一番の薬だ」
ドゥエロに出来るのは、あくまでも医者としての意見。
自分の立場から、患者の身体と心を癒すために最善を尽くす。
ドゥエロ・マクファイル、彼は医者である。
言葉を尽くしたドゥエロは、そのまま何も聞かずに部屋を出て行く。
無音の世界は、
「・・・・・・ぅぅ・・・・・・う・・・・・・」
噛み殺した嗚咽が、破った。
メイアが何故此処へ来たのか、理由は尋ねなかった。
偶然公園に散歩に来たのか、カイを探していたのか、彼女は何も語らない。
カイも何も聞かなかった。
現金なものだと思う。
一人になりたかったのに――隣にメイアが居て、何故かほっとする自分が居る。
珍しい彼女の小さな思い遣りが、心から嬉しい。
彼女の存在の暖かさに、カイは――自ら、口にした。
その、何もかもを。
恥ずかしいとは思わなかった。
メイアには、いつも情けないところを見られている。
彼女の、弱った姿を何度も見ている。
不思議な関係だと思う。
一方が落ち込んでいれば、自然ともう一方が傍に居る。
自然と・・・・・・
「俺はもう――降りる」
ドゥエロに向けたあの時の言葉を、今度はメイアに話す。
惹き寄せられそうな、彼女の凛々しい横顔を今だけは見れなかった。
クリスマスを共にするー―最初に誘ったのは自分だ。
その約束を、今自ら破棄してしまったのだ。
苦々しい思いが全身に巡る。
そこへ、
「カイ――お前は思い違いをしている」
「思い違い?」
カイは戸惑った顔で、メイアを見つめる。
隣に座るメイアの表情は真剣だった。
「お前の話が本当ならば――お前に罪はない。
強奪した者達に、非はある」
「――それはそうだけど、連中がそんな行動に出たのも・・・・・・」
「お前が発端だろうな。
だが分かり合う努力もせず、通告も無いまま彼女達は強奪行為に出た」
「でも、でも・・・俺が、しゃしゃり出なければ!」
賛成派と反対派。
こんな二つの派閥も、カイさえいなければ何も無かっただろう。
今までどおり平和にクリスマスを迎え、彼女達だけで楽しくやれていた。
そう、今まで通りに――
「――忘れたのか、カイ。お前が否定したのだぞ。
マグノ海賊団を。
今まで――我々が行った所業を、お前が否定したんだ。
他人を虐げる略奪を――無用な暴力を嫌った」
カイの初陣。
彼が初めて、彼女達の前で明かした決意。
カイの原点でもある。
「例えどんな理由であれ、無慈悲な海賊行為は決して認めない。
だから、マグノ海賊団に入らなかった。
お前は自分の夢を果たす為に――立ち上がったのではないのか?」
メイアは、カイを厳しく見やる。
「お前は自分の信念を曲げるのか。
彼女達の行為を、容認するのか。
海賊を、許さないといったのは誰だ。
今更、理不尽を許してしまうのか。
男も女も――誰にも、不当な暴力を受ける権利は無いのだろう?
ジュラもバーネットも、言ってみればその犠牲者なんだぞ。
お前が戦わないでどうする」
「・・・・・・・・・っ」
たまらないほど――情けない。
あれほど、真摯に向き合うと誓ったのに。
否定されても立ち向かうと、理解されなくても分かり合う努力はすると。
決めた矢先に、今の不甲斐ない自分がいる。
自分のせいで傷付いた人がいる、それは本当だ。
バーネットとジュラ、二人を引き裂いたのは間違いなく己の理想だろう。
だから反対する者達が正しい――そう決め付けてどうする。
互いに主張し、信念を掲げてぶつかり合うのはいい。
望むところだ。
しかし、今回のやり方は明らかにおかしい。
自分は責任の所在だけを考えていた。
彼女達の思いや悲しみを、表面的にしか捉えていなかった。
悲劇のヒーローを気取っていたのだ。
何て無様。
今ここで逃げれば、反対派を認めるということだ。
メジェールの価値観を――許してしまうということだ。
平和な生活を壊す権利は誰にも無い。
カイにだって、ない。
けれど――彼女達にも無い。
男を虐げる権利なんてありはしない。
戦わなければ、永遠にその思想は蔓延ってしまう。
泣き寝入りなど、断じてしてはいけない。
「・・・・・・もっとも、お前に指図する権利は私にも無いな。
お前も、もう知っているだろう・・・・・・
私は反対派に――」
「――いいさ、もう」
「――あ・・・・・・」
カイの逞しい腕が――メイアを強く引き寄せる。
「――反対とか賛成とか、俺が全部覆す。
だから、今だけ、
・・・・・・このままでいさせてくれ・・・・・・
明日に希望が持てるように」
――男と女が分かり合えるのだと、信じられるように。
「・・・・・・今日だけ、だぞ」
幾つもの傷を背負って、それでも大空の彼方を目指す少年。
明日へ向かう自分に、負けないように。
少女は真摯な眼差しで、少年の弱さを抱き締めた。
<to be continued>
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