VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action30 −雑意−
――重々しく、扉が開かれる。
珍しく苦味のある表情を浮かべて、白衣を着た男は汚れた手を拭いた。
「治療は終わった。患者はまだ眠っている」
端的な言葉だが、待ち望んでいた知らせ。
医療室の椅子で座っていた少年は、血相を変えて立ち上がった。
「バーネットは!? あいつはどうなんだ!」
「…入院には及ばないが、治癒に最低一週間は必要だ」
「痕は残らないんだろうな!?」
「以前の君の負傷の方が余程酷かった。問題ない」
初めての友人にして、ずば抜けた技術と頭脳を持つ若き医者。
ドゥエロが決して楽観的な言い方をしない事を知っているだけに、嬉しい報告だった。
不幸中の幸い――その言葉が一番適切であろうが。
延々と歯痒い思いで治療を待つしかなかった少年。
カイは辛そうに唇を噛んで、医務室のベットに視線を向ける。
憔悴した顔で眠る美女。
取り乱し続けて疲弊し、鎮静剤を投与されて眠り続けている。
治癒を受けたバーネットの親友――ジュラ・ベーシル・エルデン。
カイは臍を噛んで、ぐっと震える拳を握った。
「――俺の責任だ……」
「カ、カイ……」
ドゥエロに付き添って、バーネットの治療を行った看護婦が前に出る。
日頃子悪魔的な表情の小さな女の子が、沈痛な眼差しで少年に何か語りかけようとするが声が出ない。
カイは独白を続ける。
「甘く――見過ぎた……まさか、こんな事に・・・・・・
俺が、俺が軽はずみな行動に出たから!」
「――後悔とは、君らしくないな」
「お前だって分かってるだろうが、ドゥエロ!」
分かっている――ドゥエロに怒鳴る無意味さが。
彼は、本当に力を尽くしてくれた。
あれほどの怪我を負った、バーネットを診てくれたのだ。
感謝すべきであれど、怒りをぶつけていい相手ではない。
それでも、カイは堪え切れなかった。
そのまま医療机の上に手を伸ばし――掴む。
黒焦げになった物体。
埃塗れではあったが、保管はされていた過去の資料。
今はもう決して訪れる事が無いであろう、幸せな男女の家庭が描かれた記録。
クリスマスのビデオ。
ニル・ヴァーナ全域に放映されたビデオが――真っ黒な炭になっていた。
否、完全に黒ではない。
表面には生白い痕がついている。
――手形。
火に燃えている最中必死で握ったであろう、白い手形が生々しく付着していた。
「バーネットは・・・・・・バーネットはこんな物守って、手を火傷した!
あいつは――必死で守ってくれたんだ!
反対派の連中が、火を放った倉庫から!!」
――駆け付けた時には、全てが手遅れだった。
ジュラの知らせを受けて、カイはドゥエロ達と現場へ急行した。
通信機で現状を確認したかったが、ジュラが混乱していて話が通じない。
しきりにバーネットの名前を挙げるだけで、嗚咽と悲鳴が漏れるだけだった。
事態の異変を感じたカイは、ジュラから場所だけを聞いた。
ルカが案内した隠し倉庫――向かった先に、悲劇が待ち受ける。
空っぽの倉庫。
倉庫は、荒らされていた。
手頃な保管場所と、クリスマス用に前々から用意していた装飾品が消えていた。
倉庫に収容していた品も無論の事、一切全てが。
誰かに持ち去られたのだと最初に着眼したのは、平静を保っていたドゥエロだった。
恐らく――今度のクリスマス開催を反対する面々が倉庫の存在を知り、侵入した。
マグノ海賊団には報告していない、ルカだけの秘密の場所。
この場所の明確な存在を知るのは、賛成派の面々のみ。
取り乱したカイはそう追求したが、ドゥエロは何らかの形で情報を得たのであろうと推測する。
尾行・盗聴・・・・・・広い艦内とは言え、同じ船の中。
探し続ければ、いずれにせよ発見はされていた。
セキュリティの不全を悔やむ間もなく、目の前の過酷な光景が更なる結末を用意する。
燻る火。
泣き叫ぶジュラ。
――両手を真っ黒にして、昏倒するバーネット。
消え失せた品々の中で、唯一残されていた品――ビデオ。
貴重な一品で、現存する資料はこれだけだった。
平和で幸せなクリスマスが映されていた映像は、倉庫の真ん中で燃えていた。
ドゥエロは語る。
人間にとって本当に大切な品は、失っても取り戻せる。
取り戻そうとする気概だけは残せる。
しかし――喪ってしまえば、もう取り戻せない。
取り戻せないと知った心に、希望は見出せず。
このまま盗むよりも効果的な心理的トラップだと、話してくれた。
本当に、淡々と。
冷静で冷徹な指摘に、腹が立つより先に平静を取り戻させてくれた。
現場に残っていたジュラを何とかなだめて、話を聞く。
バーネットより連絡が届いたらしく、急行してみればこの惨状だったと言う。
痛々しく爛れた両手を見る限り、手の平で押さえつけて火を消したのだろう。
悲痛な様子にパイウェイが泣いてしまい、カイとドゥエロは二人を医務室へ運んだ――
「幸い、ビデオ一本だけだったからまだいい。
だが、もし――もしも倉庫に保管されていた荷物に火がついてたら!
今頃・・・・・・火の海になってたかもしれないんだ・・・・・・」
緊急サイレンが鳴らなかったのは隠し倉庫だった事もあるが、ビデオ一本が燃えていただけだった事もある。
荷物が延焼していれば、大騒ぎになったであろう。
現場にいたバーネットも・・・・・・どうなっていたか、分からない。
「で、でも、それはカイのせいじゃない!」
堪らず、パイウェイが声を張り上げる。
カイをここまで弁護する理由は無い。
今まではむしろ、嫌っていた相手だ。
無神経で、無教養。
不躾な態度が気に入らず、遊び道具程度にしか思っていなかった男。
――なのに、必死で庇っているのは・・・・・・
「あんたは必死で頑張ってたでしょ! クリスマスを楽しくするって!
わたし達と一緒にって!」
「俺が――俺がそう言ったから、こんな騒ぎになったんだよ!」
静かな医務室に、悲壮な声がぶつかり合う。
「お前だって、分かってるじゃねえか!
そうだよ、俺が女といっしょにやりたいって言った!
・・・そう言った途端、このザマだ・・・
これが偶然だとでも言うのか、お前は!!」
「そ、そうは言ってないじゃない!
でも、でも、バーネットだって、カイの為に必死で守ってくれて・・・・・・」
「その結果、あいつは火傷したんだ!
倉庫で燃えていたビデオを何とか消火しようとして!!
見ろよ、これ・・・・・・
あいつが必死でやってくれたのに・・・・・・もう見れはしねえ・・・・・・」
完全に炭化するのは防げたとしても、中のテープは無事では済まなかった。
前後関係を把握はしていないが、バーネットが駆け付けた時には手遅れだったのだろう。
表面の火は消せても、中身に火が回れば再生は不可能だ。
カイの手の中で、ビデオは最早炭屑となってしまっている。
「今まで皆が準備してくれてた物も、全部消えた。
毎年使っていた機材も、あの中にはあったんだ!
ミカやルカ、ジュラ達の苦労を・・・・・・全部おじゃんにされた」
「盗った奴が悪いじゃない、そんなの!」
「・・・・・・今まで通りだったら、連中は盗んでいたか?」
「――っ!?」
パイウェイは、あっと押し黙る。
「俺がこの船に居なくて・・・
俺が女と争っていなくて・・・
俺がクリスマスを知らなくて・・・
俺が、クリスマスに、参加するって、言わなかったら――!!
・・・同じ事が・・・起きたのかよ・・・・・・」
――ツンっと、こみあげる。
震える瞼が、熱い。
「皆で仲良く、クリスマスをやれたんじゃないのか?
俺さえ、居なかったら――
違うか、パイウェイ・・・・・・」
「・・・ゥ・・・・・・ひ、ひど・・・・・・ど、どうして、そんな・・・ぅ・・・事・・・・・・
ゥ、ゥ・・・・・・うあぁぁ・・・・・・ふぇぇぇぇっ」
もう、言葉にもならない。
何か口にすればするほど、悲しみだけが沸いて出てくる。
パイウェイは子供のように泣き出した。
悲しくて、悔しくて、悲しくて、悔しくて――
カイが自虐的だからでは、無い。
本当の事を、言っているから。
事実を述べていて――自分もそれを認めてしまうのが、悲しい。
自分がクリスマスを参加すると言わなければ、確かにこんな事は起きなかった。
誰が犯人かは確証は無いが、この時期でこのタイミングだ。
悪戯や愉快犯とは考え難い。
倉庫内に収容されていた品は多く、一人で誰にも知られずに運び去るのは不可能だ。
短時間で全部持ち去って、あまつにさえビデオを燃やす凶行に出る。
反対派の仕業なのは、まず間違いない。
そしてその反対派を結成させたのは、自分だ。
自分が居なければ――男が参加すると言わなければ、誰が反対していた。
誰がこんな凶行に出てまで、妨害に乗り出したと言うのだ。
その事実を理解している。
理解しているからこその言葉であり、悲しみだった。
心から悲しみを覚え、涙を流すパイウェイ。
カイは何も声をかけられず、俯くしかなかった。
両手に重度の火傷を負って、奥のベットに寝かされているバーネット。
親友を気遣って、瞼を真っ赤に腫らして眠っているジュラ。
二人の絆を引き裂いたのも、自分。
何とかするのだと、もう一度やり直すのだと決めた矢先に――この悲劇。
"変わってしまったその現実を――皆が祝福するとは限らない"
変えたいと思っても、変えられない。
変えたいと思う意思が、変わり行く者達を巻き込んでしまう。
痛切に訴えていたバーネットを、今まだ巻き添えにしてしまった。
彼女の真意は分からない。
どうしてあの場に居たのか、どうしてビデオを守ってくれたのか。
分からないが――まだ、悲しみを生んでしまった。
自分ではない。
自分の、周りの人間を――
「――どうするつもりだ」
俯いたままのカイに、ドゥエロは静かに問う。
表情も声にも変化の無い友人。
最初から最後まで、静観し続けている。
その心境は分からないが、助言も答えも出すつもりは無いのだろう。
カイは――まだ泣き止まないパイウェイを見つめて、言った。
「――もう、これ以上皆を巻き込めない。
俺は、下りる」
<to be continued>
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