VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action29 −構成−
「……ん……ぅ……」
徐々に取り戻す意識に合わせる様に、瞼がうっすらと開く。
まどろんでいた思考は少しずつ本来の形を取り戻し、心地良い眠りの時間に終わりの鐘を鳴らす。
夢の無い睡眠は心地良さを招くが、開かれた瞳に光が見えず戸惑いが顔を見せる。
ぼんやりとしたまま周りを見つめるが、何処までも真っ暗で終わりが映らない。
永劫なる闇は本能を揺さぶり、苦味のある恐怖を促す。
完全に目が覚めて、状況を確認しようとした時――身体に自由が消えている事に気付いた。
「え……? あ、れ……僕……わっ!?」
視界が白く染まる。
闇が眩い光に照らされて消失し、隅々まで世界が広がる。
室内に照明が灯されたのだと気付くのに、起きたての思考では多少の時間が必要だった。
閃光に焼かれた瞳を痛そうに閉じて、揺り動かそうとする身体に窮屈さを感じた。
恐る恐る目を開けて下を見て――自分が椅子に固定されている事にようやく気付く。
顔や身体に痛みは無く、胴体だけが一本の白い帯に巻かれている。
清潔さが際立つ薄い布だが、どういう縛り方をしているのか全く動けない。
力で縛っているのではなく、技術で縛っている。
全身に力が入らないようにと、見事なまでに束縛されていた。
その他、異常は無い。
着用する軍服に靴、生まれの良さが伺える顔立ちに整った金の髪、華奢な体格。
巨大な戦艦ニル・ヴァーナを操縦する任を背負っている男――バート・ガルサス。
全身無傷で束縛された操舵手は、己の自由を奪う布の正体に気付いた。
「これ……包帯!?」
怪我を癒す為に必要とされる医療道具。
誰でも一目見れば分かる布に縛られている事を知ったバートは、現状を再認識した。
冷たい笑みを浮かべる英雄と、見事な関節技を仕掛ける医者。
同じ軍人とは思えない膂力で容赦なくキメられて、激痛に喘いで――その先は覚えていない。
恐らく意識を失って、この場所へ運び込まれたのだろう。
バートは改めて辺りを見渡した。
広い空間だった。
飾り気の無い広大な壁は光を反射させて白く光っている。
室内は長テーブルと幾つかの椅子、詰まれた書類。
他特に目立った物は何も無く、人の温もりを感じさせない部屋だった。
少なくとも、この部屋に来た事は一度も無い。
操舵を行うクリスタル空間で艦内を何度も見ているが、こんな部屋は存在しなかった。
自分の置かれた境遇に不安を感じていると――
「目が覚めたみたいだな」
「…え、あ! お前ら!?」
こちらへと歩いてくる三人の男女。
十手を腰に下げた男は眼前に立ち、白衣の男は傍らに控える。
その二人は別にいい、予想していた人物なのだから。
問題はもう一人――
「ふんふんふーんー、ちょっっっっとだけ我慢してね。
痛くはしないであげるから」
小さなナース帽の似合う、幼いナース。
沢山の怪しげな機械類を、次々と身体の各所に結び付けて固定していく。
少女の通告通り痛みは無いのだが、不安だけは増幅していった。
「ね、ねぇ……」
「黙ってて。ほんとは男なんて触りたくないけど、我慢してやってるんだから。
動いたら許さないケロー」
嫌だと言う割に、楽しげな表情を見せている女の子。
説明の無い状況が次から次へと起こり、バートは己の未来が見えなくなってきていた。
やがて装着は完了したのか、白衣の天使の卵はピースサインを出す。
同時に傍らで待機していた男も、何時の間にか準備を完了していた。
規則正しい二つの波を表示するモニター。
医療室へ遊びに行った事のあるバートは、これが脳波と血圧を映し出しているのだと理解する。
「さて、バート。今から、お前を尋問する。
無論、拒否権はない」
「ちょ――ちょっと待ってくれよ!? 何の真似だよ、これ!?
どうして僕がこんな……!!」
「お前が、反対派だからだ」
確認ではなく、断言。
決め付けているのではなく、確信を持って指摘している。
堂々とした物言いに気後れしながらも、バートは声を張り上げた。
「ご、誤解だって!? 僕の話を聞いてくれ!
本当に僕は知らないんだってば!」
「お前が、クリスマスについて聞きたがってた理由は何だよ。
誰かに頼まれたんだろ?」
「ち、違うって! あれはその……は、はずみで言ってしまって……
じょ、冗談のつもりなんだって!」
「ほー、はずみね……」
腕を組んで、バートの顔を見下ろす。
一応話を聞く素振りは見せているが、表情に何の躊躇いも見えない。
「じゃあ、反対派じゃないと?」
「も、勿論だよ! 僕は君だけの味方さ!」
心からの親友だよ、と輝きに満ちた目で尋問者を見やる。
演技臭さが漲る演技だが、ここまで言えると逆に大したものかもしれない。
気後れするこの状況下で、口は達者だった。
尋問者――カイは面白そうに言いやった。
「そうか、お前は俺の味方だったのかー」
「も、勿論勿論。君は僕のかけがいのない友さ!!」
「そっかそっか、悪かったな疑って…」
「信頼を取り戻せたなら、それが何より僕は嬉しいよ」
「ク――セルティック、怒ってなかった? 俺のこと」
「怒ってた、怒ってた。
あの人だけは許しませんって、僕にまで八つ当たり――って、ああっ!?」
「な? 分かったろ。こういう奴なんだよ」
「すっごーい……ほんっとうに、馬鹿ね」
顔を真っ青にするバートを、尋問者とナースは呆れた眼差しで見つめる。
特別な技巧を凝らした誘導尋問でもないのに、口を滑らせてしまったバート。
最早言い逃れが出来ず、がっくりと頭を垂れた。
カイは嘆息して、再び眼前に立つ。
「クマちゃんが敵側についたのは察しはついてたからな。
さ、質問に答えてもらおうか。聞きたい事は山ほどある」
「う……い、いいのか!
ぼ、僕に何かあれば反対派が黙っていな――」
「この部屋は最新鋭のセキュリティが搭載されている。
ここで起きた出来事は、一切外部に漏れない」
尋問者――カイにルカが用意したシークレット・ルーム。
反対派の干渉の一切を防ぎ、監視カメラや盗聴器を仕掛けるのは不可能。
カイの自室に隣接している為、気絶したバートを運ぶのは簡単だった。
救援は来ない――その事実に、バートはうちのめされる。
カイはフフンっと笑って、敗北者に尋問を開始した。
「――反対派は何人居る」
「そ、それは、その……五人、くらいかな?」
「パイウェイ」
「大嘘。動揺しまくってるケロー、きゃははは」
バートは目を剥いて、自分の置かれた状態に気付いた。
先程引き出された発言――あんなのが無くても、カイは自分が反対派なのだと知っていたのだ。
脳波や血圧、脈拍で嘘か本当かを見破る。
その為の医療器具であり、ドゥエロやパイウェイなのだ。
いや、ドゥエロなら表情を見るだけで看破出来るかもしれない。
士官候補生最優秀成績者なら、尋問術はお手の物だろう。
優秀な助手に囲まれているカイに、虚偽は通用しなかった。
「何人居るんだ?」
「……」
「ドゥエロ」
「うむ」
――悲鳴が上がる。
ただの肩揉みでも、ドゥエロの握力ならその痛みは計り知れない。
カイが相手なら耐えられたかもしれない。
他人を救う為に砂嵐の惑星に一人残ったり、星を救う為に灼熱の大気圏に飛び込むような男だ。
仲間を売る真似はしないだろう。
しかし、今はバート――あのバート・ガルサスである。
二秒で吐いた。
「言います、言いますから!? しゅ、主要メンバーは十人以下。
後、部下の人達が何十人か居るみたいなんだけど……」
「曖昧だな、おい。正確な人数は分からないのか?」
「勘弁してくれよ!? 僕なんかに教えてくれるはず無いだろ、そこまで」
「――情けないけど、説得力あるな……」
同情と悲哀に満ちた目で、カイは呟いた。
カイもそこまで期待はしていない。
反対派の一員とはいえ、バートが男である事実は変わらない。
女と男は相容れないのだと、反対派が主張しているのだ。
何時裏切るか分からない男に、そこまで情報を漏らしたりはしないだろう。
「俺の挨拶は、あいつらだって見ただろ。反応はどうだった?」
聞いておきたかった事柄である。
あの挨拶はむしろ賛成派より、反対派に届けたかったメッセージ。
クリスマス開催に向けて、一番難航しそうな面々であり、参加を促すのは間違いなく困難だからだ。
バートは気まずい顔で話す。
「……もう、最悪だったよ。軽はずみに、あんな事いうからさー……君も君で、何か考えはあったんだろうけど。
お陰で、荒れに荒れて――
お前を追放すべきだ、とか、調子に乗りすぎ、とか……」
「……やっぱ、そうだよな」
簡単に、受け入れられる訳も無く。
賛成してくれる人は予想以上に居たが、反対の数がそれで減ったのではない。
反対派は反対派のまま、カイを今でも疎んでいる。
むしろ、より一層憎悪を掻き立てたかもしれない。
クリスマス全員参加には彼女達の信頼を得る必要もあり、難しさは今も尚顕在している。
「話し合いももつれて、過激な発言も出たんだ。
冷凍庫じゃ手ぬるいとか、いっそ船から追い出すべきって言う意見もあった」
「……感情の先走りが目立っている。危険な兆候だ」
ドゥエロは現状を見る。
マグノ海賊団としてではなく、一人一人が感情を破裂させている。
なまじ組織力が高い分、集団化すると手に負えなくなる。
「カイに協力している奴らも敵だとか、叫んでたんだよ?
あの場に居た僕が、めちゃくちゃ居心地悪かったよ」
今までは、カイ一人が集中的に差別されていた。
周りから疎まれて、孤独な戦いを虐げられてきたこれまで。
責任は全て自分一人、何があっても自分一人で対処すればいい。
ある意味で、楽な立場ではあった。
でも、今は違う。
こんな自分に力を貸してくれる人達がいる。
協力を惜しまず、支えてくれる心強い仲間達がいる。
彼女達にもし、何かあれば――
「…バート。反対派が今、何を企んでいるか教えろ。
…キナ臭くなってきてる…」
「う、うん――それなんだけど、」
ピーピーピー
懐から鳴り響く機械音。
嫌な予感に駆られて、カイはすぐに通信機を取り出した。
「もしもし…?」
「カイ、大変よ!」
「ジュラ……?」
最近は毎日顔を合わせている、麗しきパイロット。
仲間の一人となった女性の悲壮な声に、息を呑んだ。
「ば、バーネット……バーネットが――!」
"カイに協力している奴らも敵だとか、叫んでたんだよ?"
先程のバートの声が、脳裏によぎった。
<to be continued>
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