VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action28 −同士−
賛成と反対。
明確なその数字に絶望も希望も厭わず、少年と少女達は成功のみを信じて話し合いを行う。
準備期間は少ない。
通常クリスマスパーティを行う場合は、イベントクルー総動員で事前準備を行い、当日クルー全員で会場を設営する。
期間的に多く見積もっても一ヶ月は余裕と見ていいのだが、今年のパーティは趣向が違う。
前例の無い男達の参加と、ニル・ヴァーナという特殊な場所。
刈り取り襲撃という不確定要素も孕んだ上に、協力者もまだ少ない。
参加者と協力者は現状で70人程度。
マグノ海賊団一丸となり、アジトで行っていた前年とは訳が違うのだ。
苦しい現実を目の前に、何としても成功させなければいけない。
主催者の責任は重かった。
他の人間が同じ立場に立てば、泣いて逃げ出したくなる激務だ。
日頃冷遇されているカイでなければ、精神が先に参ってしまっていただろう。
周りに疎まれ、歓迎されない立場での仕事程辛いものは無い。
今までの戦いはどれほど強い敵でも倒せば終わりだが、今度の相手は力づくでは攻略出来ない。
今度こそ――目を逸らしてはいけない。
協力者の助言を得ながら話し合いを進め、通常勤務終了時間前に解散した。
カイはフリーパイロットで何処にも所属していないが、他の皆は責任ある立場である。
それぞれの職場へ戻り、本来の責務を果たさなければいけない。
一人になったカイは自室へ戻り、机の前に座って書類を広げた。
「…書類仕事って初めてだな」
酒場での手伝いにイカヅチでの給仕、SP蛮型のパイロット。
どれも肉体労働が主とする仕事だが、今回は神経を使う仕事である。
命懸けとはまた違う精神労働は、緩慢な疲労を促す。
本当なら面倒臭いで放り投げたいのだが、このクリスマスは是非とも成功させたかった。
気を抜く訳にもいかない。
カイは気を引き締めなおして、書類点検と企画書作成に取り掛かる。
会議で話し合った内容を自らの考えを沿えて文章にし、その上で不備が無いかを確認する。
準備に必要なのは時間だけではなく、物品や費用も必要だ。
マグノ海賊団内では費用とはポイントを示すが、何しろカイ本人は入団を拒否した身。
何でも屋業も他が忙しくて着手出来ず、依頼も無い。
他の協力者のポイントばかり当てにするのも気が引けるので、ポイント稼ぎの案を考える必要があるだろう。
人手もまだまだ少ない。
沈黙を守る他の職場の人間に声をかけるのはいいが、楽観的に見ても良い顔はされないだろう。
門前払いも覚悟しなければいけない。
アンケート結果はあくまで数字であり、詳細ではない。
誰が賛成派で、誰が反対派か。
話し合いに疑念を抱かなければいけないのは、憂鬱である。
元より憎み合いや睨み合いは苦手というより、嫌いなのだ。
仲良く出来るのなら仲良くする。
大体相手を嫌うということは、自らに不快感を抱くという事だ。
気持ち悪い感情をずっと持つより、楽しく生きていたい。
より多くの女性達と分かり合う、それが今回の目標でもある。
その為の仕事が牽制の連続とは皮肉な話だ。
昔はこうではなかった――
タラークに居た頃は毎日が退屈だが、悩みも無くて楽だった気がする。
階級社会のタラークで三等民は最低であり、労働階級でもある。
薄汚い工場などで肉体労働に励み、雑魚寝する毎日が続く。
そうして見れば鬱屈した毎日だが、最低限の暮らしは国が面倒を見て養ってくれる。
過労死の危険さえ除けば、仕事に殉じたある意味で平凡な日々は送れる。
特に酒場を経営するマーカスの庇護下にいれば、重労働すら避けられた。
楽だった時間を自分で捨てて、今は苦しみの連続を送っている。
義父が今の自分を見れば何と言って笑うだろうか、拙い思いを馳せてしまいそうだった。
「……」
大量の書類を綺麗に積み重ね、一枚一枚めくっていく。
メジェール・タラークの標準言語に違いはあるが、マグノ海賊団と共にしてもう数ヶ月。
流石に全編は無理にしても、ある程度の翻訳作業はこなせる。
タラークの酒場でも義父が保有していた本を読んでいた時期もある。
記憶が無いカイにとって、新しい知識を糧にする作業はなかなか楽しかった。
ルカやミカが作成してくれた書類は、見易くて判別もし易い。
丁寧に検分していき、準備の段取りを思考しながら進めていった。
『お役立て出来る事はありませんか、マスター』
「自分でやるからいい。ありがとう、ソラ」
『イエス、マスター。失礼致しました』
姿も見せず音声のままなのは、気を使わせない配慮だろう。
幻影の助手の涼やかな声に即答し、カイは作業に没頭する。
主の仕事に不必要な干渉はせず、ソラは命令を待つまま様子を見守る。
作業に専念して三時間。
カイは休憩も入れず、真剣に取り組んでいる。
正直、マグノ海賊団とカイの関係にまだ理解出来ない。
カイの命令に忠実には従ったが、冷凍庫での監禁は許し難い。
人間の醜さを再認識させられた。
気に入らない存在生だからと、大恩あるマスターにあのような愚行に出るとは信じられなかった。
人間とは他者にこれほどまでに残酷になれるのだ。
俺とあいつらを見ておけ――命令違反は出来ない。
肉体も精神も無いこの身に、初めての歪みを感じた。
命令と忠誠。
二つが相反する場合、どちらを優先するべきなのか?
主の身を守る事を優先――助けた場合カイの命令を破る事になり、忠誠を損なう。
主の命を守る事を優先――カイの身を守れなくなり、忠誠を損なう。
論理の矛盾と生じる同一の結末に、切り刻まれるような自己矛盾を感じた。
――謝罪したかった。
何か手伝えないと尋ねたのも、冷凍庫の失点を拭いたかった事もある。
犯した過ちを如何様にも償いたい。
どうしようもなかったとは考えない。
主の命に常に絶対的で無ければ意味が無い。
役立たずな存在を傍に置く理由は無いのだ。
でも、結果として命令を優先して主を助けなかった。
排斥を覚悟していた。
排斥を恐怖していた。
お前は要らない。
――その言葉を、何より恐れていた。
矛盾を内包する存在――人間。
仲間を助ける為に、多くの人間を略奪したマグノ海賊団。
それが人間であるというなら、自分は何なのだろう?
主に応える為に、主を守らなかった自分。
矛盾を抱き、片方しか選べなかった自分は……誰なのだろう?
"俺とあいつらを見ておけ"
この命令はマグノ海賊団と主を見るだけではなく、私も――
「励んでいるようだな」
「何だ何だぁ? 勉強なんて熱でもあるのか?」
「ん……? おお、お帰りドゥエロ。 バートも運転はいいのか」
「運転ってお前ね……休憩貰った帰りに、ドゥエロ君と会ったんだ。 こき使われて、疲れたよ」
男二名――マスターの御友人。
ソラは絡んだ思考を一旦停止させて、観察モードに入った。
ニル・ヴァーナで大勢の女性に囲まれた中での、男三人。
タラークにおける身分違いはあるが、同郷の出の三人は日々親交を深くしている。
ドゥエロはともかく、最初こそカイを軽視していたバートは近頃の活躍振りに脅威と敬意すら抱いていた。
生まれた環境も立場も違う三人だが、劣境を共にして気安さも芽生えていた。
「――放送は見せて貰った。思い切った真似をしたな」
机に向かったままのカイに目を向けながら、カイの部屋へ入ってきた。
ドゥエロはブリッジに特別要請される場合を除いて、医療室へ常勤する。
勤務を行っている間、放送を見たのだろう。
カイは手にした種類を見ながら、素っ気無く答える。
「隠し事は苦手だからな」
「いいのか、あんな真似して。女どもの反感買うぞ」
バートも同じく部屋へ入ってくる。
普段は口数の多い明るい性格の男だが、一人を苦手とする寂しがり屋な一面があった。
新鮮な話題が恋しいのか、ドゥエロの隣でカイを茶化す。
「承知の上でやったんだ。まず、意思を見せたかったからな」
「…君らしいな」
無表情が常の敏腕ドクターに、小さな緩みが生まれる。
残念ながら背を向けるカイには見えないが、その心遣いは伝わったようだ。
軽く手を挙げて、応える。
バートはその書類を横目で見つめ、コホンと咳払いする。
「ちなみに――それってクリスマスに関する書類?」
「? ああ、そうだよ。やる事多くて大変なんだ」
「ふーん……どれどれ……」
妙にそわそわしながら、バートは詰まれた書類の一枚を手にしようとする。
そこへ、電光石火にカイの手刀が飛ぶ。
絶妙なタイミングで切り飛ばされた手に、バートは仰け反って叫んだ。
「い、いきなり何するんだ!」
「それはこっちの台詞だ。さわんな」
「何でだよ、ケチ。別に僕が見てもいいだろう」
「点検の邪魔になるだろうが。あっちいけ」
シッシっと、手を振るカイ。
別にバート一人を苛めているのではなく、今書類を勝手に取られたらどれがどれだか判別に困る為だ。
作業が終わるまで触ってほしくなかった。
カイにしては仕事熱心だが、バートは別の意味に取ったらしい。
「いいじゃん、見せてくれたって」
「駄目だ」
「一枚でいいから」
「一枚でも駄目だ」
「けち臭い事言うなよ。僕達は友達じゃないか」
「気持ち悪い事いうな!?」
「お前だって、たまに聞いているこっちが恥ずかしくなるような事叫ぶじゃないか!」
「俺が何言ったってんだ!」
「お前を幸せにしてやるとか何とか言ったじゃないか! 艦内全域に!」
「…っ。忘れろ、んなこと!? とにかく、触るな!」
「やだやだ、見たい見たい見たい!!」
「子供か、てめえは! しつこいぞ! 何でそんなに見たがるんだよ!」
「だって、様子を見てこいって言われたから!」
――静まり返る。
絶対零度以下の冷ややかな空気が、室内を凍りつかせる。
冷や汗を流すバート。
カイはにんまりと笑って書類を置き、立ち上がった。
「言われた? 誰に」
「え、えーと…あ、あはは、じゃあ僕はこれで――」
「興味深い話だ。是非、私も聞かせてくれ」
白衣に包まれて目立たないが、ドゥエロは武にも優れた体格者だ。
穏やかな声に遮られ、バートの身体をがっしりと掴む。
取り押さえられたバートが表情を硬化させ、汗を流す。
カイは指をポキポキ鳴らして、近づく。
「なるほど……お前も反対派の一員だったのか、へー」
「ちょ、ちょっと待った!? そ、それは誤解だ! ぼ、僕が君を裏切る筈が無いじゃないか、あはははは!」
「だよなー、あはははははは」
互いに笑い合って――
――カイは笑顔のまま、
「やれ、ドゥエロ」
「任せておけ」
監房内より、絶叫が響き渡った。
<to be continued>
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