VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 10 -Christmas that becomes it faintly-
Action8 −基準−
クリスマスパーティーの幹事を引き受けたカイ。
実はこの話を聞いた時から、この艦内で手強そうな相手に目をつけていた。
難敵とされていたメイアは無事参加にこぎ着けた。
彼女に関しては、カイはそれほど心配していなかった。
ジュラ達は無理だと言っていたが、彼女の場合誠心誠意話せばきちんと聞いてくれる。
変に遠慮しているから、ますます遠ざかってしまうのだ。
カイにとってメイアはむしろ話はしやすかった。
難敵は別にいる。
好意的に誘っても、策略を張り巡らしても、攻略は困難な相手。
全員参加を約束している以上、この娘も絶対に外せないのだが。
カイは誰もいない会議室へ出向き、通信機を取り出す。
「――ソラ」
『イエス、マスター。御用件をどうぞ』
通信機よりプリズムが生まれ、室内に七色の光が咲き乱れる。
ホログラムされた光は銀色の髪の女の子を投影し、カイの前に姿を現す。
カイを主人と慕う幻影の少女。
身元不明、出身不明、思惑不明の謎に満ちた女の子で、カイはソラと名付けている。
呼び出せば一秒の狂いも無く出現し、カイの命令を静かに待つ。
本来怪しむべきなのだが、不思議すぎて最早聞きようも無かった。
「お前の事だから話は聞いていると思うんだが――」
『マスターがマグノ海賊団のお力添えをすると解釈しています』
「ス、ストレートのようで遠回しな言い方だけど、ま、まあいいか」
ソラは黙って言葉を待っている。
常に脇に身を潜め、主観的な意見は述べない。
彼女にとってカイの発言は絶対だった。
「それでだな――お前もクリスマスパ−ティに一緒に出ないか?」
『はい』
表情に変化は無い。
誘われた事に喜びを見せる事も無ければ、不満な顔もしない。
感情の起伏が無い少女に、カイは反応に困った。
一瞬で肯定されたのは喜ぶべき事なのだが――
「やっぱりほら、皆一緒に盛り上がった方が楽しいだろ?
クリスマスは一年に一回らしいし、女にとって特別な日でもあるわけで――」
『はい、理解はしております。
マスターの御命令でしたら、私は常に従います』
言うと思った――カイは内心盛大に嘆息する。
クリスマス参加を断られるとは微塵も思っていなかった。
自分が言えば、ソラは絶対に断ったりしないと確信すらしていた。
無感情な女の子だが、どういう訳か自分に最上の忠誠を誓っている。
死ねと言えば死にそうなくらい、自分を第一としてくれている少女だ。
その気持ちは嬉しいし、心からこの娘が可愛く思う。
でも――
「あー、俺が誘ったからとかじゃなく――お前の意思を聞きたいんだけど」
『マスターが私などにお気を使ってくださって、御誘い下さったんです。
断る理由など御座いません』
お世辞ではない。
ソラは主に虚言を述べたりなどしない。
本当に、心からカイが誘ってくれた事を光栄に思っている。
瞳に感謝の色だけを称えて、ソラはカイを見上げていた。
――カイは悩む。
主催者である以上、クリスマスパーティは絶対に成功させる気でいる。
男女全員参加はその上で成し遂げたい目標であり、かなえるべき約束だ。
ソラが参加すると言っているんだ、何の問題も無い。
はっきり言ってしまえば、ソラに関してカイがしなければいけない事はこれで終わりだ。
主催者としては。
頭を抱える――
いつもこれだ。
これ以上は他人事なのに、無視できない。
他人の心に土足で踏み込むなんて趣味が悪いと分かっているのに、放置は出来ない。
可もなく不可もなく、落ち着いた形で纏まろうとしている。
普通に納得すればいい事なのに、心も身体もそれ以上を求める――
疎ましく思っていたディータを突き放せなかった。
誰もが静観するしかなかったメイアの頑なな心を蹴飛ばした。
引き篭もったジュラにわざわざ声をかけてしまった。
バーネットとの別れは今でも心に痛く響く。
マグノが生業を立てた海賊に今でも疑問を抱いている。
見守るだけでいいのかと、ガスコーニュのやり方に不平を感じている。
差別する女達を何度も助けてしまった。
ラバットの問い掛けに必死で答えを出そうとしている。
閉塞的なアンパトスに変革を求めた。
タラーク・メジェール両国家を相手に、決定的な間違いを示したい。
そして――この少女に……
カイは頭を掻く。
自分の夢だけ見ていたタラーク時代が本当に懐かしい。
宇宙に憧れ、英雄となった自分像しか心に無かった。
あの頃はタラークはおろか、育ての父の事さえちゃんと考えてなかったのに。
カイはソラを見下ろす。
「俺に誘われたからとか、そういうのはとりあえず置いておこう。
お前の気持ちに正直になって欲しい」
『マスター、私は何も不満などありません』
「お前――あいつらと一緒のパーティで楽しめるか?」
『……』
「そうだな……仮に俺がパーティの間、お前と一緒にいられないとしたらどうだ?
他の連中ときちんと話せるか」
『それは――』
「それは?」
嫌な追求だと思う。
答えなんて目に見えている。
でも、はぐらかしたところで何も解決はしない。
『――マスターがそうしろと、仰るのでしたら……』
「言わない」
『――でしたら――私はマグノ海賊団と接触するつもりはありません』
ここで悲しそうにでもすれば脈はあるのだが、ソラは少し困った顔をしているだけ。
歯切れが悪いのは、主であるカイがマグノ海賊団を好きだからだ。
主が愛する人間達を否定しなければいけないのが辛い。
カイが間に入らなければ、両者の関係など生涯生まれたりはしないだろう。
やっぱり、この娘が一番難敵だ。
気持ちは本当に理解できる。
嫌いな人間と一緒にいろと言われて、嫌な顔をしない人間はまずいない。
ソラが間違えているなら、怒鳴ってでも正せばいい。
だが、この場合――きわめて複雑だった。
何しろ好き嫌いの問題だ。
嫌いな人間を突然好きになれと言ったところで、好きになれるはずも無い。
ソラなら命令とあらば好きになるように努力はするだろうが、好意に努力を求めるのもおかしい。
何より、マグノ海賊団が嫌いだというソラが別に間違えている訳でもない。
略奪行為を繰り返してきた彼女達。
己の主に徹底的な差別を強いている者達に、好意の感情を抱けというほうが無理だ。
逆に、マグノ海賊団はソラを知らない。
これでは互いの交流を結ぶなんて不可能に近い。
カイはジレンマに陥った。
(うぬぬ、分かっていた事だけど、これは手強い問題だぞ)
明確な答えが無い。
難しい問題であるにも関わらず、解答は何処にも用意されていない。
ソラだけの問題ではない、自分だって悩んでいるのだ。
マグノ海賊団からの冷たい視線、彼女達の生業に対する己の疑問。
考えて、考えて、考え尽くしても、答えなんて何処にも無いかもしれない。
この世の中、思い通りに生きていけてはいけない。
この宇宙に出て嫌になるほど思い知った。
覆せない現実、訪れる悲劇、見えない幸せ、過酷な戦況。
絶望と悲嘆を味わい、綺麗な夢を描いていた自分は叩きのめされた。
ソラはそんな人間の心を数え切れない程見て来た。
マグノ海賊団は沢山の悲劇と苦痛の中から誕生した。
苦しさも悲しみも何もかもを記憶ごと消えて、健やかに育てられて来た自分。
大よそ不幸とは言いがたい真っ当な人生を歩んで来ている。
そんな自分に、この両者に言える事なんてあるのだろうか――?
傷つけてしまうかもしれない。
悲しませてしまうかもしれない。
ただ、悪化させるだけで終わってしまうかもしれない。
不幸を知らない者に、不幸な者の気持ちなんて分かりはしない。
――などと、カイは弱音など吐いたりしない。
他人の心に土足で踏み入れる行為でも、生じた結果が誤っているとは限らない。
誰に陳腐だといわれようが、諦めなければどんな思いでも叶えられると信じている。
悩んでいる暇があれば、行動に移す。
出来るか出来ないかの判断が、誰にも下せはしない。
カイは必死で頭を回転させて――ふと思った。
何故ソラはマグノ海賊団をここまで嫌うのだろう?
何故自分はマグノ海賊団をここまで庇うのだろう?
――共に、見極めていない問い。
表面的には幾らでも言える。
嫌いな理由――海賊だから。
カイを嫌っているから。
庇う理由――良い奴らだから。
海賊にならなければ、彼女達は生きてはいけなかったのだから。
しかし、それが本当に答えだろうか?
ただそんな風に思っていただけで、結局考える事を放棄していただけにすぎないのではないか?
ソラにしてもそうだ。
彼女達はこんな存在だと、決め付けている可能性は充分にある。
例え心の内を知ったとしても、それだけがその人の本質だと何故言える?
――ようやく分かった。
まず、何をするべきか。
「――分かった。連中と一緒にいろとは言わない。
姿を消したままでいてもいい。その代わり――」
『? はい』
「――――」
カイはそっとソラに耳打ちした。
この思い付きが、少しでも冷たい心を温めてくれるのを信じて。
<to be continues>
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