VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action44 −神様−
滅びた古き歴史。
都市の設備そのものに欠落は無かったが、浸水した家々はそうもいかない。
招き入れてしまった災害は都市を破壊し、文化を根こそぎ奪い取っていった。
大いなる儀式。
誰もが望んでいた伝統は、思い掛けない形で終焉を迎えた。
「儀式は終わりだ。未練たらしく死に縋るな」
神は生贄を求めなかった。
無碍に差し出される命を甘受せず、神は逆に自らの命を差し出した。
命を捧げ、命の価値を教授する。
塔に集った人々全員に言葉を投げかけ、自ら国民達を率いた。
「死ぬ前にやることは沢山あるだろ。全部やってから死ね。
目の前から逃げんな」
容赦のない啖呵。
大切に思うからこそ、厳しく言わなければいけない。
戸惑う人々の背中を蹴って、神は高台の上から宣言した。
「お前らが見捨てた故郷を全部元通りに直せ。
言い伝えを大事にする前に、故郷をまず大事にしろ。
お前らを育ててくれたんだぞ」
馬鹿面並べている暇があるならとっととしろ、と神は一喝する。
死ぬ覚悟はあっても、これからを生きる気持ちは無い人々。
神はそんな彼らに役割を与えた。
生きていく為の指針を、ただ真っ直ぐに示した。
「一生懸命生きてりゃ、てめえのやりたい事なんざすぐ見えてくる。
その努力をしないから、安易に何かに頼ろうとするんだ。
俺に何とかしてもらいたかったら、先ずお前らが努力の跡を見せるべきだろ」
大声を張り上げて、神は一人一人に心をぶつける。
半壊した都市の復旧を自ら手伝って、汗水たらして働いた。
懸命な神を前に、国民達もまた故郷を顧みる。
それぞれの想いはまた別で――それでも、大切に想う気持ちは確かにあって……
目覚めたファニータの指導と神の示した覚悟によって――
アンパトスは今、新しい歴史を刻もうとしていた。
「そっか――敵はちゃんと倒せたんだな」
『イエス、マスター』
涼やかな風と明るい陽射しが眩しい高台。
全身を汗で濡らしたカイと、傍らに置かれた通信機に映る一人の美少女。
復旧作業の目処が立ったので、休憩と称してカイは抜け出してきた。
そのまま通信機より少女を呼び出して、こうして二人で話をしている。
もっともその少女ソラは、あくまで幻影にすぎないのだが。
「バートも今回頑張ったんだな……
まさかニル・ヴァーナで突撃かますとは」
『ジュラ=ベーシル=エルデンとディータ=リーベライもです。
内部に侵入し、破壊工作を行いました』
高密度のシールドを張ったニルヴァーナの特攻。
簡単に言えば体当たりだが、その威力は想像を絶する。
主動力をドレッド二機によって破壊され、内部を散々に荒らされたユリ型。
その上、ペークシスコーティングされたニル・ヴァーナと言う名の矢で貫かれたのだ。
完全なる勝利だった。
「でも、そんな無茶して大丈夫だったのか?
船もそうだけど、操縦者も」
ニル・ヴァーナとバートは一心同体。
衝突を起こした際の衝撃は、リンクするバートにも伝わる。
内部工作の為侵入した二機にしても、裏を返せば閉じ込められた事になる。
破壊活動を起こせば、外部へ逃げられない二人も無事ではすまない。
銀髪の少女はその無表情に似つかわしくない、可愛らしい溜息を吐く。
「――三人とも、医務室行きです」
「あはははははは」
でもソラが淡々と事実を言っているのなら、三人とも命に別状は無いのだろう。
戦いは終わった。
ニル・ヴァーナも無事だと分かって、カイはようやく終結を実感した。
『マスターこそ、御身体を大事になさって下さい。
ずっとご無理をなさっているんですから』
「ごめんごめん、心配かけたな。
さっきも話したけど、この星はもう大丈夫だ。俺の役目もこれで終わり。
船へ帰ったら、さすがに寝るよ」
今日一日、本当に大変だった。
十日間の昏睡より目覚め、退院を許されたその日から上陸。
アンパトスでの一連の事件。
びっくり箱を引っ繰り返したような騒ぎが、自らも加わって大騒動になった。
全身を巻いている包帯は血と泥で汚れ、身体は休息を求めている。
気合と根性は人一倍のカイだが、痩せ我慢もそろそろ限界だった。
カイは、うーんと身体を伸ばす。
ソラは静かな瞳でその姿を見つめ、
『マスター』
「ん? 何だ」
『人間とは……何ですか?』
感情の映らない表情がカイに向けられている。
カイはじっと見返し、眼差しはやがて前へ向く。
「自分を見つめる存在、じゃないか?」
『自分を――』
「ソラ、俺は俺が大好きだ。
社会からはみ出して、安定した生活を求めず、やりたいようにやってる。
他人から見れば、さぞ馬鹿な生き方していると思うだろうな。
でも――俺はこういう自分が気に入ってる」
そのまま、カイは空を見る。
広々とした青い空を――
「だから、自分の大事なモンの為なら頑張れる。
本当に命まで賭けられるかは分からんが、身体くらいはれる。
でもそれはな、決して特別な行為じゃないんだ。
誰にだってやれる。生きている限り――
自分自身がしっかりしてりゃ、何でもやれるのさ」
『……』
カイはそっとソラの頭に手をやる。
立体映像でも、その温かな存在はしっかりと手の平から伝わってきた。
夢の中で初めて出逢った、御伽噺のような女の子。
考えてみれば今日初めて船の中で出会い、一緒に行動したのだ。
まるで、いつも隣に居たようなこの感覚。
夢の中に登場し、身体も持たない存在ゆえに――どこか希薄な感じがする。
正体不明の、未知なる異性。
何者なのか分からないが、特に聞いたりはしない。
お前は一体誰だ?
――その質問は、むしろ自分に問わなければいけないのだから。
「今日は手助けしてくれてありがとな、ソラ」
『マスターのお役に立てたのでしたら、満足です』
そう言うだろうとは、思っていた。
バートやジュラ達を助けた少女。
主の大事な仲間だから助けたのか、マグノ海賊団に少しは何かの感情を覚えたのか。
それとも別の理由があって、なのか――
その真意は見出せない。
でも、
「一応聞くけど、お前も一緒に来るんだよな?
これからも」
『イエス、マスター。貴方のお力になる為に、私は生まれました。
――御迷惑でしょうか?」
ほんの少し、少女に灯される感情。
揺れる瞳に一欠けらの恐怖と、戸惑い。
その奥には放さないで欲しいと願う、必死の懇願が――
「……ク」
あ、やばい。
そう思ったときには手遅れだった。
『――マスター、私は真剣です。
なのに、どうして笑顔を浮かべられるのですか?
ご回答、願います』
「ご回答願いますって、お前……あはははははははっ」
『マスター、質問に答えてください!
どうして笑うんですか!』
大丈夫。
この少女は機械ではない。
今は分かり合えなくても、この先は決して不変ではない。
この少女も、自分も、マグノ海賊団も、まだまだこれからだ。
必死な少女の声を耳に、少年は明るい笑い声を上げた。
一度壊してしまえば、取り戻すのに時間がかかる。
幸福は簡単に形を崩し、不幸は簡単に訪れてしまう。
美しさを誇る惑星の海上都市が醜く壊れてしまった。
元の姿を取り戻すには、途方も無い労力と長い年月を必要とするだろう。
唯一無傷の塔の下で、ファニータは街並みを見下ろしていた。
「――気が抜けた顔をしているね」
「貴方は……」
コツコツと手持ちの杖を携えて、マグノは言葉を投げかける。
そのままゆっくりと、ファニータの横に並ぶ。
「うちの坊やが迷惑かけたね。怪我は大丈夫かい?」
「お気遣いは無用です」
視線を前へ向けたまま。ファニータは一言だけ呟く。
拒絶とも、戸惑いとも取れる言葉。
儀式は終えたが、互いに意思疎通が出来た訳ではない。
相容れない理念を持ち、独自の信念を胸に掲げる。
生じた仲違いは心の芯からの違いであり、簡単に踏み入れられる領域ではなかった。
無言の二人。
沈黙を破ったのはファニータだった。
「神とは……何ですか?」
「――」
「今日初めて、疑問を持ちました」
幸福を願い、救いを祈る。
多かれ少なかれ、人は己が人生に祝福を求める。
人間にとって神は絶対的存在。
敬虔なるファニータもまた、祝福を求める一人だった。
カイにとって根底を覆された彼女は今、迷える子羊なのかもしれない。
「……神様は、アタシらを見守っているだけさ」
「――」
ファニータは黙って耳を傾ける。
「富める時も、貧しき時も、病めるときも、健やかなる時も、ただ黙って見ているだけ。
何も与えてはくれない,何も求めてはいけない。
人を生かすのも殺すのも、人間次第さね」
生も死も、自分で責任を取る。
マグノの――マグノ海賊団としての誇り高き生き方。
彼女もまた、生き方を模索する一人。
年齢を積み重ね、成功と失敗を繰り返して、幸福の意味を知る。
それが神に背を向けた、破戒僧としてのマグノの生。
黒い法衣に身を包んだ彼女は、ファニータに温かい笑顔を向けた。
<to be continues……LastAction −喪失−>
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