VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 9 -A beautiful female pirate-






LastAction −喪失−










 半日以上かかったアンパトスでの出来事は、一応の終焉を迎えた。

襲来したユリ型はジュラ・ディータの活躍、バートの奮戦で事無きをえた。


――のだが、


「反対、はんたーい! 容赦なく、断固として反対する!」

「カイ、お頭の決定だぞ」


 ……今だ、熾烈な戦いを繰り広げる男女が居た。


「ばーかばーか! 俺はマグノ海賊団じゃねえ!
くそばああのいう事なんざ知るか!」

「どうして、いつもそう我が侭ばかり言うんだ」

「我が侭はお前とばあさんだろうが!
今日中にこの星から出て行くなんて、絶対に賛成出来るか!」

「子供みたいなタダをこねるな!」

「タラーク・メジェールを出て一回でも休憩取ったか、ああん? 宇宙一の英雄たる俺はともかく、他の連中がそろそろまいってるんじゃねえのか」
「そ、それは……
で、でもゆっくりしている間にも、故郷に危機が迫っている!」

「今、言葉につまった! そうかもしれないってちょっとでも思っただろ!
故郷に危機だぁ?
いつの間にそんな正義感に目覚めたんだ、お前は」

「お頭が決めて、私達が決断した事だ。
何としても、やり遂げなければいけない」

「だーかーら、それをやり遂げる為に一旦休憩しようって言ってるんだよ。
ちっとは考えてみろ。


ニル・ヴァーナはバートが無茶こいたから、シールドと装甲の一部がイカレた。
俺の蛮型はボロボロ、赤髪と金髪のドレッドは半壊。
物資は減る一方、兵装はガタついてる。
毎日の激務と激戦で、心身共に俺らは気の休まる暇も無い。


こんな状況で故郷へ帰れと、お前は、そう言うわけだ。
ふーん、ふ−ん」

「な、何だその冷たい目は……あ、こら! 肩を抱くな!」

「俺だって別にずっと此処にいようって言ってるんじゃないんだ。
ほんのちょこっと。ちょっっっと、ちょっとお休みしようってお願いしているの」

「しかしだな……」

「見ろ、この青い空。広々とした水の世界。 綺麗な星と親切な人たちに囲まれて、のんびり休暇を取る。最高だと思わないか?
はっきり言って、この先こんな星無いと思うぞ。
砂の星みたいに敵の巣窟になってるかもしれないし。
刈り取り連中だって追い返したんだから、すぐには攻めてこないだろ。

一旦腰を落ち着けて、戦力回復に専念しようぜ。

その間に、ニル・ヴァーナや蛮型・ドレッドの修理をすればいいじゃねえか」

「そ、それはそうだが……」

「物資だって、ファニータが分けてくれるって約束してくれてるんだ。
完璧じゃねえか。
まだ半年以上旅が続くんだぞ?
ずっと船の中で閉じ込められてばかりじゃ、頭の中にカビが生えてしまうぜ」

「・・・・・・」

「今回の一件で、お前に迷惑かけてばっかりだけどさ――
ばあさんやブザムに口利きしてくれよ、な?」


 ――メイアは考える。

男女共同という慣れない生活を強いられ、見境なく襲撃をかける敵との連続の死闘でクルーは疲れている。

それでなくても何ヶ月も毎日船の中で生活させられれば、疲労して当たり前だ。

物資が心許ないのも確か。

兵装類や蛮型・ドレッド、ニル・ヴァーナにしても一度大規模なメンテナンスをするべきかもしれない。

まだまだ故郷への道のりは遠い。

無理に旅を続けて、途中で力尽きる羽目にでもなれば本末転倒だ。

本格的にガタが来て、その時に休める場所が在るとは限らない。

いや、むしろその可能性は無いに等しいだろう。

休める時に休んでおいたほうがいい――カイの言い分はもっともだった。

それに・・・・・・メイアはカイを見る。

皆の為だと進言しているが、当人にしても相当弱っている。

全身の火傷が治っていない上に、ファニータに用いた戦略で新しい傷が増えている。

片目は今だに眼帯をつけ、痛々しい包帯が露出する肌の殆どを覆っていた。

元気な素振りを見せているカイだが、とても戦闘可能な身体ではない。

空元気を出しているが、顔色も少し悪い。

一番休暇が必要なのは――間違いなくカイだ。

毎日毎日危険な状況下で戦いを行い、船内では仲間外れにされて一人孤立している。

クルー達やカイの心情面も考慮すると、休息案はむしろ現時点で必要であるのかもしれない。

少し心も体も休めれば、殺伐とした両者の関係も緩む可能性だってある。

尖った神経で望まなければならない毎日の中、仲良くしろと強制する方が無理だ。


「――分かった、お頭に相談してみよう」

「さすが青髪! お前って実は良い奴なんだな!」

「気安く抱きつくな!」


 この二人の関係も、少しは落ち着いて見直す必要があるのかもしれない。
















 カイの提案は、無事受け入れられた。

マグノとブザムの二人がアンパトス代表者ファニータに申し出て、快諾を得る事に成功する。

話を聞いたクルー達も大喜びで、美しき星アンパトスへの上陸を望む声が殺到。

長き休暇を得られるとあって、事故処理はいつもの何倍にも早く終えられた。

惑星空域上にニル・ヴァーナを停泊させて、ボロボロになった蛮型と小型船を収容。

マグノ達も一度現状確認と心身の休息を取るべく、身体を落ち着ける事にした。


長い一日も、ようやく終わる。





――最後に一つ、役目を果たせば。















「――穏やかじゃないツラだな」

「・・・・・・二人だけで話がしたいの」


 半壊した蛮型を主格納庫に保管する。

ガタガタになった身体をふらつかせて、コックピットから飛び降りたカイを待っている者がいた。

暗闇に満ちた空間に、影のある表情を浮かべている女性。

女豹の如くしなやかな肉体と、整った容貌を持つパイロット。

バーネット=オランジェロの名を掲げる一人の女が、カイの帰着をただ待っていた。

カイは小さく頷いて、格納庫の隅へバーネットを促す。

無言で隣りを歩くバーネットに、何の感情も見られない。

銃を突きつけられた時の激しさも無ければ、去り際の哀しみも浮かんでいない。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 疲労と痛みが酷いが、ほんの束の間目は覚めた。

バーネットに話があるのはカイも同じだった。

ジュラの回帰は報告で聞いている。

少し身体を落ち着けた後会うつもりだったが、聞いた話では随分心境が変わったそうだ。

バーネットもきっと、その話は聞いているだろう。

だからこそ――会いに来たのだ、自分に。

二人は埃の立つ暗い片隅で、向かい合った。


「――話ってのはあいつの事か」

「・・・・・・」


 バーネットは肯定する。

何も言葉を口にせず、ただ躊躇うように首を縦に振って。

カイは息を吐く。


「お礼を言いに来た・・・・・・って、感じじゃないな。
一応誤解の無いように言っておくが、赤髪やピョロの責任じゃない。
金髪の様子を見守って、様子を見るように言ったのは俺だ」


 もとより、責任をなすり付けるつもりは無い。

誰がどう言おうと、最後の最後に決断を促したのは間違いなく自分だ。

ジュラを変えたのも自分。

そして――傷つけたのも自分だ。

バ−ネットは固く拳を握り、


「――っ!? つぅ・・・・・・」


 薄暗い視界に火花が飛び散る。

刹那、弾けた拳はカイの頬を飛び散り、唇を容赦なく切った。

バーネットは鋭い視線を向ける。


「ジュラは大怪我したのよ」

「・・・・・・」

「あんな無茶をして、爆発に巻き込まれて・・・・・・身体中火傷して・・・・・・
命があったから良かった! 傷が残らないからマシだった!
死んでたら、わたしはアンタを殺してた!」


 怪我の状態はカイもよくは知らない。

だが、バーネットの言葉に嘘が無いことくらいは分かる。

途端、背中に衝撃が走る。

壁に思いっきり身体を押し付けられたのだ。


「――あんたが、ジュラを変えたのよ・・・・・・
ジュラがあんな風になったのは、あんたが――あんたに出会ったから!」


 カイは、血の滲みを乱暴に拭う。


「俺は金髪がどう変わったのか、知らない。
成長したのか、堕落したのか、変化したのか、変貌したのか、俺には分からない。

でも例えどんなに変わっても、金髪は金髪だ。

あいつの変化を、友達のお前が否定するのか」


 変わらない人間はいない。

子供も、やがては大人になる。

大人はやがて老人となり、死んでいく。

生きていくとは、変わっていくという事だ。


「そうじゃない!」


 鍛えられた拳が、カイの身体に破裂する。

何度も、何度も―― 


「・・・・・・あたしに、ジュラをどうこう言う権利なんて無いわ。
でも、それはあんたにだってない筈よ!」

「権利や義務で、俺はあいつに接したんじゃない。
俺は金髪だから――近づいた。このままじゃいけないと思った」

「――心に響くような事言わないで!」


 胸倉を掴んで、カイに全体重を押し付ける。

見開いた眼差しからは、小さな雫が飛んでいた。


「あんたの気持ちは分かる。
あんたが本当は・・・・・・優しい奴なんだって分かっている。
心から、心配してくれているんだって、知ってる・・・・・・
でも、でもね――」


 バーネットの腕が、カイの背中に回される。


「――ジュラは、あたしを遠ざけた。
そして、傷ついた・・・・・・傷ついてしまったのよ・・・・・・


あんたが望んだ変化がそうさせた!」


「――っ」


 カイが心から心配し、励ましをかけたお陰でジュラは心の成長を成し遂げた。

だが、その結果――ジュラはユリ型内部で負傷した。

命がけの突貫。

万が一の可能性は十二分に存在しただろう。

そして、そんな彼女の背中を押したのもカイだ。

カイが励まさなければ、カイが救いの手を差し伸べなければ――少なくとも、ジュラは傷つかなかった。

このような命を危険に晒す行為はしなかった。

全ては、もしもの過程に過ぎない。

終わってしまった過去を論議するなど無駄でしかない。

結果論だと、そう断言してしまうのは簡単だ。


その簡単を言葉にするには――カイもバーネットも、まだ大人ではなかった。


 血と汗に濡れたTシャツを、暖かな涙が湿らせる。

劇場に任せた抱擁は、二人の身体の体温を力強く伝えてくれた。


「――あたし達は別に・・・・・・今までちゃんとやってこれた。
ジュラも、ディータも、メイアも――皆だって・・・・・・
変化なんて望んではなかった!」

「・・・・・・」

「――あんたの責任じゃ、ないのは分かってるけど・・・・・・
あんたがいたから、皆が変わったの。

変わってしまったその現実を――皆が祝福するとは限らない」


 望まない人間は、確実にこの船にいる。

カイは苦く、苦く・・・・・・彼女の言葉を認める。

そして、理解する。

なぜ、こうまでして自分が嫌われるのか。

彼女達は、自分が男だからという理由だけで疎んでいるのではない。


変化させる存在だから。


今までの現実を、常識を――マグノ海賊団という世界を変えてしまう存在だから。

自分にそんな力があるかどうかは問題ではない。

その変化を、確実に望んでいる自分がいるのが問題なのだ。

自分が正しいと思うことが、相手にとって正しいとは限らない。

変化を望む者はいる。

そして、


変化を望まない者もまた、居る。


何故なら、今までが本当に幸せだったから。

平和では無くても、穏やかな日々だったから。

満ち足りていたから。


『誰かと生きていくとはそう言うことだ』


 ブザムの言葉が蘇る。


『己の行為が何をもたらすのか、誰を巻き込んでしまうのか』


 決して――不満ではなかったのだから。

不満に思っているのはカイだけだ。

その不満を解消させて満足するのは、カイだけだ。

独り善がりだと言われれば、否定なんてできない。

自分の起こした変化が、マグノ海賊団の利になるとは限らない。



この船に自分が居る限り、マグノ海賊団に害になる可能性だってあるのだから。



「・・・・・・うう・・・・・・う・・・ぐ・・・・・・」


 嗚咽するバーネット。

普段は強気で弱さなど見せない女性が、身を震わせて泣いている。

彼女を泣かせたのは、間違いなくカイだ。

カイを否定する人達。

彼女たちが正しいのか間違えているのか、それはきっと誰にも判断出来ない。


自分の世界を守りたい――その気持ちを、誰が否定できるものか。


「・・・・・・あたしは・・・・・・あたし達は、やっぱりあんたを認められない。
受け入れられない・・・・・・」

「――黒髪」

「・・・・・・今はまだいい。でもいつか――きっと耐えられなくなる。
あたしとあんたは」


 決定的な、一言。


「同じ世界には、住めないわ」


 視界が、遮られる。

小さな手の平で覆われた片目、赤く濁った眼帯。


目の見えない世界で――唇だけが、ただ切ない。

血と涙、唾液と舌が絡み合う接吻。


その口付けは謝礼か、贖罪か。


血の通わない、拒絶と拒否のまぐあい。

望みもしない、決別の儀式を行った。
























































<end>







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