VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action39 −足掻き−
旋回を幾度となく繰り返した。
周期的な軌道を取れば先回りされ、針路をランダムに切り替える。
攻撃と防御は時間の無駄なのでカット。
――二時間が経過した。
「……何やってるんだよ、カイの奴!?」
操舵席――ニル・ヴァーナ全システムを統括する空間内で、バートは堪らず吼えた。
より速やかなリンクを行う為、クリスタル空間内は裸となるバート。
人並みに鍛えられた身体には何箇所か傷が刻まれ、痛々しいみみず腫れが目立つ。
想像を絶する大きさの敵を相手に、逃走を重ねて二時間。
気力も体力も尽き――戦況も不利になっていく一方だった。
敵は只追ってくるだけではない。
その巨大な口からキューブ・ピロシキ型が吐き出され、群れをなして襲い掛かってきたのだ。
常識を覆す大きさのユリ型は、一種のコンテナでもあった。
十日前牽引ビームでカイ機を取り込もうとした事を考えれば、内部に無人機を内包するくらい朝飯前だろう。
さすがにこの行動はバートにも読めなかった。
ユリ型本体は牽引ビーム以外に主だった兵装は無いので、逃げ続ければそれでいい。
問題はユリ型より排出された無人兵器群だ。
ニル・ヴァーナはイカヅチと海賊母船が融合した特殊な船で、シールド・システム共に優秀である。
女150名と男3名を抱え、充実な設備を搭載している最新鋭の戦艦だ。
ただ唯一の弱点を挙げれば――この船は攻撃設備が無い。
武装概念が欠落しているかのように、誕生したニル・ヴァーナには兵装の一切が無かった。
ユリ型一体のみなら、逃走するだけで良い。
相対的速度に分がある以上、ニル・ヴァーナが追いつかれる事はない。
逃げて、逃げて、逃げ続けて、援軍を待つ。
バートが立てた作戦は半ば実り、半ば打ち破られた。
ユリ型を遠く引き離しても、後続するキューブ型が背後からビームを闇雲に撃ってくるのである。
排出されたキューブは数十を超え、数に頼ったビームの閃光が時折ニル・ヴァーナを掠める。
シールドを展開すれば弾き飛ばせるが、衝撃は緩和出来ない。
頑強な装甲を持つニル・ヴァーナにダメージは少なくとも、操舵手はそうはいかない。
ニル・ヴァーナと一体化しているバートからすれば堪ったものではない。
背後からビームを乱射される恐怖は操舵を鈍らせ、躊躇いが速度を落としてしまう。
主力となるドレッドと蛮型も、現状況では大幅に戦力を落としている。
ヴァンドレッドの要であるカイ、ドレッドのチームリーダー・メイアは惑星上陸中。
指揮を取るブザム、決断を行うマグノもいない。
兵装及び補給の管理をするガスコーニュも、カイの補佐として出てしまっている。
残ったチームメンバーも一流のパイロット達ばかりだが、敵陣営が驚異的だった。
キューブ・ピロシキのみならまだしも、ユリ型が圧倒的である。
通常兵器では到底追い込むのは無理だろう。
だからこそヴァンドレッドが必要であり、その為にカイが必要なのだが――
「何やってるんだ、あの馬鹿は!」
連絡は既に行っていて、時間稼ぎもしている。
異常事態に気付いて、交渉を早目に切り上げれば、いい加減救援に駆けつけられそうなものだ。
何度も周回を繰り返してアンパトスを行ったり来たりしているのに、影も形も見えない。
高速移動中のニル・ヴァーナに蛮型の鈍足で追いつくのは難しいが、その辺はちゃんと計算して針路を取っている。
もう二時間が過ぎているのだ、いい加減駆けつけても良さそうなものだが――
「……もしかして、又なんか余計な事に首を突っ込んでいるんじゃないだろうな……?」
ありえそうだと、バートはげんなりする。
あの男はどうも他人事に平気で首を突っ込む性質がある。
放っておけばいい事まで無理に関わって、悩んだり苦しんだりするのだ。
余計な事を――と、最近は思えなくなってきている。
無駄な労力のように見えるが、事実カイと関わって女達も随分変わってきた。
美点であるか欠点であるかはまだ分からないが……今は思いっきり止めて貰いたかった。
『針路がずれてるって言ってるでしょ!』
「うわーん、はーやーく!! カーイー!」
それでもアマローネの指示に従って、針路変更を行うバートだった。
静かだった。
周囲の喧騒と雑音から切り離された空間。
孤立した世界は静寂だけを満たし、緩やかな時の流れに身を任せている。
連続運航し続けるニル・ヴァーナ。
クルーが懸命に職務に励んでいる中、其れは只輝いていた。
ペークシス・プラグマ。
陽光を放つ光の結晶に変化は見受けられない。
周囲が如何に騒がしくなろうとも、存在は不変。
大勢の女性と三人の男性が居ても、ペークシスは一。
孤立し、孤独し、ただ其処にあるだけ。
結晶は何も語らない。
無音を生み出し続ける保管庫。
暖かい太陽の光を照らし出す結晶の上に――
少女が立っていた。
「……マスター」
可憐な唇から紡がれる名。
心からの忠誠と敬愛を寄せている主。
少女は感情のこもらぬ瞳を真上に向ける。
『今から話す。いいか? お前は―――赤髪と金髪の手助けをしてやってくれ』
惑星上陸前。
『――俺が居ない時、もしかしたら敵が襲ってくるかもしれない』
ジュラの部屋から離れた区域で、主は耳打ちする。
『嫌なタイミングでいっつも攻めて来やがるからな、あの馬鹿ども。
この前俺が撃退して、十日も過ぎてる。お前、手助けしてやってくれ』
「……攻めて来るとは限りません」
一応否定的な意見を出してみるが、愛するマスターは笑って首を振った。
『来るね、絶対来るね。お前は奴等を知らないから、そんな呑気な事言えるんだ。
人に嫌がらせする事に関しちゃ天下一品だぞ、あいつ等』
……本当に、マスターは苦労されている。
それは私が一番よく知っている。
主の一番の理解者であるのが、少女の密かな愉悦だった。
『システムの統括が出来るんだろ?
ニル・ヴァーナはまだまだ未開の領域があるって、前にパルフェが言ってた。
お前だったら、ニル・ヴァーナの真価を発揮できそうな気がする』
事実だ。
私なら全領域を解放できる。
自分の事を説明せずとも理解してくれた事に、少女は無上の喜びを覚える。
だが――それとこれとは話が別だった。
「・・・マスターの御命令とあれば」
『・・・何か不満そうに見えるのは気のせいか?』
「不満です」
『少しでも遠慮した言い方は出来ないのか、お前!?』
嘘偽りなく述べるのが私の忠誠。
貴方の優しい御心に少しでも近付きたく願う、私の望みの証。
主は嘆息する。
『命令という言葉でお前を縛りたくないしな・・・・・・しょうがねえか。
お前が気が向いたらでいいよ。
お前なりのやり方で助力してやってくれ』
「イエス、マスター。お気遣い、感謝致します」
お気を遣わせてしまった事に、少なからず痛みを覚える。
何だろう、この痛みは――?
心無き私に与える胸の鈍痛が、困った顔のマスターを見つめると疼く。
申し訳ありません、マスター。
『俺だってあいつらとはまだ仲良くやれていないからな。
お前に強制は出来ないさ。
――留守番、よろしく頼むな。ソラ』
――あ・・・・・・
マスターの手が、私の頭にそっと触れる。
立体映像なのに気づいてらっしゃらないのですか、マスター。
でも・・・・・・どうしてだろう?
とても、とても――
アタタカイ・・・・・・
マスターは私に沢山の心を与えて下さる。
やはりこの御方は私のマスターだ。
貴方に心からの忠誠を。
貴方に真実の――真心を。
「どうぞ御武運を、マスター」
『ああ』
マスターは微笑みを浮かべて、惑星へと降りていった。
『御機嫌ね』
「――っ」
誰かなど考えるまでもない。
マスターの微笑みを頭から追い出し、ソラは眉一つ動かさずに対処する。
「――貴方から私にコンタクトするとは思いませんでした」
『ユメ、よ』
「・・・・・・?」
『あなたはソラと呼ばれているのね、"ますたぁー"に。
わたしはユメ。ますたぁーが名前をくれたの』
「――マスターに接触したのですか」
『キスされちゃった』
「――!?」
『ますたぁーったらすっごく積極的だったわ。
濃厚に舌まで絡めて・・・・・・ウフフ、わたし濡れちゃった・・・・・・』
「マスターを負の意識に引きずり込んだのですか」
『あなたなんかより、わたしのほうがずっと気に入られたみたい』
「戯言を。
マスターの劣情を煽ったつもりかもしれませんが、あの方は理性的で意志が強い。
あなたに溺れたりはしません」
『嘘つき』
「・・・どういう意味ですか」
『嫉妬してる』
「・・・」
『ますたぁーに好かれたいと思ってる』
「黙りなさい」
『ますたぁーに抱かれたいと思ってる』
「黙りなさいと言いました」
『ますたぁーに犯されたいでしょう? めちゃめちゃにされたいでしょう?
うふふ、ソラのエッチ』
「貴方と私を同じにしないでください」
『わたしとあなたは同じ。そして、違うわ』
「・・・・・・」
『可愛くないわ、ソラなんて。ますたぁ−もその内に気づくわ。
誰が一番、ますたぁーにふさわしいか。フフフ・・・・・・』
「――手を引きなさい、今すぐに」
『ソラなんかに命令されたくないもん』
「あの者は貴方の力を利用しているだけ。
私達のマスターは一人です。貴方だってマスターを――」
『あんなやつに何の興味もないわ。
わたしが必要だからそうしているだけ』
「マスターを敵に回すのですか? 私が許しません」
『違うわ。ますたぁー以外の全てよ』
「ユメ、マスターはそのような事を望んでおられない」
『手始めに、ますたぁーをいじめるあの女達を刈り取ってやるわ。
貴方の作った船ごとね』
「――まさか」
ソラは中空に手をかざす。
途端目まぐるしくソラの周りで立体型モニターが展開し、船の外を映し出す。
ニル・ヴァーナの後方に存在するユイ型。
巨大な花弁が開かれて――
――シールド一枚だけでは足りない。
交錯する二つの意思。
『アハハハハハハ、ソラも女達もぜーんぶ食べちゃえ!』
「Accumulating Barrier」
本能と理性。
紅き牽引ビームの渦に、積層する蒼きシールド。
二つの巨大な力が今、ぶつかり合った。
<to be continues>
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