VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 9 -A beautiful female pirate-






Action38 −誇り−










 搭乗者と機体がリンクしていると、肌で外気が感じられる。

装甲の一切を取り外して起動させる事は、人間が全裸で活動するのと変わりは無い。

急上昇するだけで肌に突き刺すような冷たさを感じて、カイは必死で手を擦った。

覚悟はしているが、今から大気圏に突入するとなると心まで冷えつく。


「さすがに冷や冷やもんだな……おたくはどうだい?」

「こ、このような事に何の意味があるのですか!」


 神経接続に至るまで、機体と五感を共有しているのはカイである。

そう言う意味では同乗者のファニータには影響は薄いのだが、装甲が無ければどっちにしても同じである。

コックピットに浸透する冷たさに、薄着のファニータは震えていた。


「意味だぁ?
じゃあ、あんた等のやっている事は一体何の意味があったんだ?
自分の命を投げ出すだけの行為に、どんな理由を求めるってんだ!」


 制御機器は常に警告を発し、情報機器が悲鳴を上げている。

パイロットが取る針路を全面的に否定しているのだ。

急上昇を続ける機体が激しく揺れる中、ファニータはきつくカイを睨む。


「それが言い伝えです。わたくし達はその為に生きてきたのです!」

「その結果、死ぬって言うのか?
だったらお前らが生きて来たこれまでの人生は何だったんだ。
犠牲になる為に生まれてきたっていうのか!」


 全センサーにブレが生じ、機体の手足から胴体部分に軋みが生じる。

機体の外を一望出来るモニターも凄まじいノイズが走った。


「……大気圏突入までもう一分かからないな。
装甲もない丸裸の機体じゃ、あんたも俺もあっという間に黒焦げになるぜ」

「ど、どうしてですか! どうしてこのような――」

「別に止めてもいいぜ。あんたさえ望むならな」

「え……?」


 カイは操縦桿を握ったまま、初めて背後を振り向く。

強制的に乗せられ、事態も理解出来ないままでファニータの顔色は青ざめている。

カイは感情の無い瞳を向けて、宣告した。


「あんた次第だ。無駄に命を落とすのは嫌なら、俺は機体を停止させる。
ただその場合――さっきのあんたの言葉は偽りだと考えさせてもらう。
嘘をつく奴に、救いの手を差し伸べる気は無い」

「―――っ」


 カイの為なら命も捧げられる、そう言ったのはファニータだ。

この行為の是非はともかく、彼女がここで命の救助を求めるのは前言の撤回を意味する。

すなわち――言い伝えそのものを彼女本人が拒否したという事になる。

ムーニャとして絶対的な立場にいるカイは、ファニータにそう脅迫しているのだ。

ファニータは唇を噛む。

例えばマグノやブザムが同じ行動を取り同じ脅迫を行っても、ファニータは受け容れなかっただろう。

外来の者が何をしようと、ファニータの信望は揺さぶる事にはならない。

ただの力づくの脅しだと嘲笑うだけだ。

ただ、ムーニャの言葉・・・・・・・なら話は別。

ムーニャの言葉を否定する事は、アンパパスがアンパトスとして成り立って来た理由が消える。

存在そのものの価値を失ってしまう。

例えそれがカイに意図的に仕組まれた戦略であれ、忠誠心を試されている以上ファニータは逆らえない。

全ての背景を悟り、ファニータは沈痛な表情で俯く。

こうなってしまったからには、反対は出来ない。

先手を打たれた以上は止める事も出来ないだろう。

ならば――


「私は――最後まで御供致します」

「・・・・・・」


 カイは黙ってファニータを見つめる。

彼女は胸元に収めていた仮面を、今一度被った。


「それが貴方の望みであるのならば、わたくしは従うまでです。
命乞いをすると御思いか?
わたくしは今日という日を心から待ち望んでいました。
迷いはありません」


 それは――マグノにも語った信念。

揺るぎ様のないファニータの生き様。

他人には狂気に見えようと、彼女はそう考えて生きてきた。

今日という偉大なる日を迎えるために。

それだけが彼女の――アンパトスという国の誇りだった。


「――」


 カイは理解した。

彼女は決して怖がらない。

恐怖に怯える事も、迫り来る絶望と苦痛にも耐えるだけの覚悟を持っている。

どれだけ揺さぶりをかけても無駄だろう。

これ以上の脅迫も無意味だ。


「そうかよ・・・・・・」


カイに言える事は――ただ、それだけだった。















「……いいのかい、あのまま行かせてしまって」


 吹き荒れる強風に煽られるように、全土が揺れ動いている。

浸水によって沈みつつある島を眺めながら、ガスコーニュは呟いた。


「悪戯に命を散らす行為であるならば、儂とて寛容ではいられん。
じゃが話を聞く限り、無謀な行為ではあるが愚行ではない」


 アンパトス海上都市唯一の発着場に停泊する二船。

小型船とデリ機、その傍らに三人の女性が立っている。

彼女達が見つめるのは島ではない。

沈む島と対称的に、空の彼方へ飛翔する鳥――

彼女達が全面協力した一人の男の行く末を見守っていた。


「…もしカイがあの女を追い込むだけが目的なら、私も止めました。
ガスコさんのご心配はもっともだとは思いますが――」

「分かっちゃいるさ。でなきゃ、協力したりはしないよ。
ただ――ちょいとばかり、今回は呆れてるだけさ」


 苦しそうにカイのフォローをするメイアに、分かっているとばかりにガスコーニュは息を吐く。

何を言おうと、カイはもう決行してしまった後である。

傷だらけの身体を引き摺って、アンパトスの主を乗せて大空へ飛行している。

目指す先は大気圏。

苛烈な戦いを行った灼熱の戦場へ、再び飛び込もうとしている。

カイの機体は主同様戦える状態ではない。

大気圏に突入すれば、機体とパイロットの惨事は目に見えていた。

それが分かっていて……三人はカイに協力した。

得るものは何も無い。

感謝もされない。

誰からも祝福もされず、ただ傷付くだけの戦いを挑んだ――



『言葉だけじゃ分かんねえ奴もいるんだよ、世の中は』



   出立前――カイは言っていた。



『ばあさんの説得も通じねえ奴に、俺が何言っても無駄だ。
なら――身体張るしかないだろ』



   カイは理解していた。

マグノ・ビバンには遠く及ばない今の自分を――

苦しい事も辛い事も、楽しい事も嬉しい事も、カイはまだまだこれからだった。

積み重ねていない男の言葉に、心は揺さぶれない。

それでも、このままには出来ない。

理解し合えないから、理解出来ない人間も居るのだと――――そう割り切る事はカイには無理だったのだ。

彼に残されたのは戦いだけ。

命懸けで戦場に立ち続けたこの二ヵ月半だけが、彼の唯一の武器だった。

猛反対する三人に自分の戦略を話し、カイは一人戦う事を選んだ。


「初め話を聞いた時は無理心中でもするのかと思ったんだけどね……」

「無理に追い詰めて本音を引きずり出すのかと、儂も思った。
じゃが、この策では一歩間違えれば二人とも死ぬだけじゃ」

「はい、ですからカイは我々に協力を求めました。
ご協力、宜しくお願いします」


 メイアは静かに頭を下げる。

カイは命を賭けている。

カイ本人も無事ではすまない事を知りながら、引く事はしなかった。

プライドも何もかもを捨てて、協力して欲しいとカイは自分に頼んだ。

実らせてあげたい、素直にそう思う。

メイアの心からの頼みに、アイとガスコーニュは顔を見合わせた。


「……なかなか隅に置けぬのう、あの男」

「……案外アタシら全員を取り込むのも時間の問題かもしれないねえ」

「・・・・・・何の話をしているのですか」


 耳打ちする二人に、メイアは声低く呟いた。

自らの心の変化には気付いていても、他人にそれを指摘されるのは抵抗があった。

まだ、本当の意味で受け入れた訳ではない。

カイと自分とはまだまだこれからだと思っている。

互いが通じ合うには――カイとマグノ海賊団が本当に分かり合うには、まだまだ時間も努力も必要だった。


「さて、そろそろ我らも動くとしよう。手遅れになってからでは遅い」

「そうだね。メイアはお頭の所へ戻りな。
カイはアタシらで面倒を見る」

「はい、宜しくお願いします」


 メイアは今一度低頭し、そのまま踵を返した。

マグノとブザムにも説明をしなければいけない。

彼女を死に強要する事。

大気圏の突入を盾に脅迫させる事。

彼女が死を選ぶであろう事。



そして――



最初からそれが目的・・・・・・・・だった事を――
















 機体に重圧が圧し掛かる。

まるで津波のように巨大な電子の波が降りかかり、機体表面に熱い火花を散らした。

周囲の空間が一気にオレンジ色に染まり、蛮型は一気に燃え上がる。

機体を守ってくれる装甲は何一つ存在しない。

コックピットは激しい負荷に見舞われて、空気が煮沸しかけていた。


「あが・・・・・・ぐっ・・・・・・」

「げほ、ハァ・・・・・・・」


 モニターや情報機器系統が弾け飛ぶ。

熱に皮膚が張り付きそうな操縦桿を傾け、カイは黒ジャケットを脱いだ。

熱さと酸素不足に喘ぎながら我慢を続けていると、シートの下より苦しげにファニータが仮面越しに顔を出す。


「何故・・・ッゥ・・・ですか・・・・・・何故、貴方までこのような・・・・・・?」


 焼け爛れて死ぬか、酸素不足で死ぬか。

どちらにしろ、苦痛に満ちた死に様が待っているこの果て無き地獄。

ファニータを追い詰めるにしても、カイまで苦痛を味わう必要はない。

むしろ、このやり方もしてもファニータには理解不能だった。

カイはファニータを死に目に合わせようと思えば、どのようなやり方でも出来た。

銃を突きつける、水の中に落とす、暴力に訴える・・・・・・

仲間もいて、力もある以上もっと安全な行動に出れた筈だ。

それを何故――

汗すら蒸発しそうな熱気の中、カイは熱い息を吐いた。


「・・・・・・俺を・・・・・・心配してくれてるんだ・・・・・・」

「当たり前ではありませんか!
貴方はこのアンパトスにとって礎となる、大切な――」

「――だったらさ、何であんた・・・・・・」


 熱に浮かされたような声とは別に、カイは鋭い視線をファニータに向ける。


「その気持ちを・・・・・・他の連中にも向けてやれないんだ・・・・・・?」

「か、彼らの事を仰っているのでしたら、彼らはわたくしと同じく――」

「・・・・・・まだそんな事言ってるのか、あんた」


 カイは歯を食い縛る。


「あんたが俺を大事に思うように、俺にとってもこの星の連中は大事なんだよ。
俺の命とあいつらの命。俺にとっては何の違いもねえんだ!」
 

 心に滾る熱さは、ジワジワ押し寄せる熱気にも負けない。


「命より大事なもんがこの世にあるのか!?
命の代わりになるものがこの世に存在するのか!?
俺は――皆が死ぬところなんざ見たくねえんだよ・・・・・・
この星の誰にも! ・・・・・・死んでもらいたくはないんだ・・・・・・」


   無視出来ない思いがある。

見捨てられない気持ちがある。

放置出来ない――命がある。


「こんな俺を・・・・・・あんたらは温かく迎えてくれたじゃないか・・・・・・
自分のやった事は無駄じゃなかったんだって・・・・・・俺は・・・・・・俺は・・・・・・嬉しかったんだ・・・・・・」


 声が上擦る。

目の前が霞むのは、熱気で歪んでいるだけではない。


「俺は――この星が好きだ。あんた達が――あんたが好きなんだ。
なのにどうして・・・・・・死ぬなんて言うんだよ・・・・・・」


 今までの全てはただ――これを言いたい為に在った。



「あんたが俺の為に死ぬというのなら、俺はあんたの為に死ぬ。
ただ、それだけだ」



 飾りのない、偽りも無き言葉。

この瞬間・・・・この状況・・・・だから言えた。

黙っていても死のうとする彼女は、言葉だけでは決して止められない。

そしてカイも――言葉だけで済ませたくはなかった。

命を捧げようというのなら、同じく命で応える。


「・・・・・・貴方は・・・・・・あなたは・・・・・・」


 ファニータの頬に――熱い涙が流れる。

ようやく分かった。

カイは初めから脅迫も、道連れにもするつもりはなかった。

最初から、彼女に命を捧げるつもりだった。

たとえどのような狂気であれ、カイは彼女の望みを本当に受け入れた。

心の底からムーニャになるつもりだった・・・・・・・・・・・・

誠意に、誠意で応えようとした。

狂気には狂気で報いるつもりだった。

きっと応えてくれると、理解してくれると――


「・・・・・・止めて・・・・・・ください・・・・・・」


 そう言ってくれると信じていたから――

カイは小さく微笑んで頷き、


ホフヌング、解除・・・・・・・
ガスコーニュ、シールドを解いてくれ」


 涙に濡れた仮面が、床に転がった。



























































<to be continues>







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