VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action40 −聖少女−
真空の空間が紅に染まる。
放出された牽引ビームは氾濫する大河の如く、周囲に膨大な引力を放つ。
カイが戦ったユリ型とは比べ物にならない。
体積が十倍以上に膨れ上がったのと同じく、引力もまた十倍以上。
その濃密な引力は宇宙空間すら捻じ曲げて、周囲を跡形も無く飲み込んでいく。
敵も味方も例外ではない。
先攻していたキューブ・プロシキ型もビームに触れた途端分解され、塵となって飲み込まれていく。
この桁外れの力では、融合戦艦ニル・ヴァーナですら枯れた木の葉と変わらない。
避ける間も無く飲み込まれて――
「Accumulating Barrier」
――奇跡は訪れる。
偉大なる神の裁きに反逆するように、箱舟は紅の洪水の中で光り輝く。
戦艦の周囲に今、蒼きシールドが幾重にも張り巡らされる。
かつて大規模艦隊での死闘で活躍したシールド、その二倍上の強度を誇る。
半透明に美しく光る盾は十。
飲み込もうとする紅き力と、氾濫を試みる蒼き力。
力と力のぶつかり合いは世界を覆そうとしていた。
『ちょ、ちょっと、すごいじゃない! 見直したわよ!」
「へ……? え、え?」
喜色満面のアマローネ。困惑するバート。
『もう、何ボケッとしてるのよ。あんたが張ってくれたんでしょ、このシールド。
危なかったわ……咄嗟に展開してくれなかったらやられてたもん』
「えーと……」
『何よ、もう。あんたもなかなか意地が悪いわね。
こんな凄いシールドが張れるなら、最初から使ってくれればよかったのに。
うわ、すごい。エネルギー率が三倍を超えた』
声援を送るベルヴェデール、ひたすら困惑するバート。
――対応どころか、反応も出来なかった。
逃走に懸命になりすぎて、背後から押し寄せる牽引ビームに対処が間に合わなかった。
指示はおろか、振り切れたエネルギー観測値に愕然となって死すら覚悟した。
泣き喚くどころか、恐怖も震える時間もありはしない。
咄嗟に船体を捻るくらいしか出来なかった。
しかし、結果はこれだ。
空前の頑丈さを誇るシールドが展開されて、船は守られている。
操舵していた自分の手から離れ、船は勝手に動いている事になる。
「……どうなってるんだ、これ……」
今までこんな事は――!?
バートはその時、思い出す。
こんな事は今まで――あった。
かつてこの船が誕生した時、船は勝手に動いてクル−達を翻弄した。
お陰で散々な目に遭わされたが、あの時の話によるとペークシスの防衛本能ではないかとの事だった。
そうなると、これも・・・・・・
「……僕達を守ってくれるのか、ペークシス」
この壮絶な戦い。
バートは自分一人で戦っていたのではないのだと、ようやく思い知った。
敵が怖いと今だに震えている自分を、助けてくれている。
立場こそ重い責務を背負っているが、決して一人だけの戦いではないのだ。
目に見える人達。
そして目には見えない存在もまた、この船と共に戦っている。
現在、戦いはまだ続いている。
シールドと牽引ビームのせめぎ合いの余波が船を、そして自分を傷付け続けている。
船の痛みをダイレクトに感じる操舵の役目を、いつも嫌っていた。
でも、今この時ばかりは違う。
「僕も戦うぞ――ニルヴァーナ。それにペークシス!」
バート・ガルサス。
今この時をもって、彼は正式にニルヴァーナの操舵手となった。
『くすくす……いつまで頑張れるかなー?』
「……」
ユリ型と船の戦いの行方は比較的シンプルだった。
どっちが先に尽きるか、ただそれだけ。
乱流するエネルギーの渦は一種の停滞を生み、両者共に過酷に身を削っている。
押し合い引き合いは最高潮に達し、両雄は均衡している――かのように見える。
が、この勝負。
圧倒的にソラが不利だった。
『大変だよねー、お馬鹿さん達まで守らないといけないなんて。
ソラったらイイ娘ちゃんなんだから』
「――。……」
攻める側と守る側。
精神的にも状況的にもユメが有利だった。
ユリ型は無人兵器――限界以上の力を酷使できる。
対して、ソラは船内のマグノ海賊団を守らないといけない。
無人兵器は破壊しても次があるが、ニル・ヴァーナは破壊されれば後は無い。
ユメは消耗を全く考えず、無人兵器を駆り出している。
ソラは消耗と限界を考えて防御に専念しているので、どうしても後手に回らざるをえなかった。
加えて――
『どうしてそんなに必死になるの?』
「…」
『ソラだって嫌いでしょ、そいつら』
「……」
『ますたぁーの言いつけだからってさー、がんばることないよ。
そいつら、ますたぁーにいっつも冷たくしてる』
「…黙りなさい」
ユメは100%時自分の意志で行動している。
ソラは――
勝敗を隔てる決定的な差。
『そうだ、こういうのはどうかな』
「……」
『シールドを解けば、ますたぁーとソラは助けてあげる』
「――っ」
それはつまり――ニル・ヴァーナを放棄するということ。
マグノ海賊団全員を見捨てる事を意味する。
如何なる感情も持ち合わせていないソラに、小さな波紋が走る。
「…貴方が私を助ける保証は無い」
『わたしはますたぁーがいればそれでいいの。
ソラは嫌いだけど、でも……』
ユメの声に浮かぶ小さな迷い。
純粋な明るさだけの声に、湿り気が混じる。
『でも……ソラとわたしは繋がってるから。二人で一人だから――
ね、ソラ。もういいじゃない、見捨てちゃおう』
「――ユメ・・・・・・」
肯定する自分と否定する自分。
相反する思いが内に生じ、ソラは出会った事の無い選択肢に決断を下せない。
自分達は宇宙を探索する存在。
無数の次元が並列する世界を探求し、任意に結合と分離を繰り返す。
必然であり、偶然なるモノ。
心無き物質にして、心を見つめる有機物。
ヒトは自分達にとって調査対象の一つにすぎなかった。
永遠なる時の中で人間の営みを観察し、感情と本質を分析する。
人の歴史は非合理に満ちていた。
何時の時代も欲望に身を任せて、争いばかりをしている。
戦争は大いなる歴史の中で消える事は無く、戦いが戦いを呼ぶ。
私達は人間を知り、人間の醜い闇を認識した。
欲望の肥大化が悲劇を生み、世界を駆逐する。
自分達も世界の一分子に過ぎぬというのに――
『助ける価値なんてないでしょう、人間なんか』
「・・・・・・」
ソラは肯定しない。
そして、否定もしない。
『あいつも女達もおんなじ。自分と同じか違うか、それだけで区別するんだよ。
あははは、すっごくおかしいよね』
「・・・・・・」
一人一人全然違う心を持っている。
なのに、マグノ海賊団はマスターが男だから嫌っている。
自分とは違うから――ただ、それだけで。
『シールドを解いて、ソラ。今ならゆるしてあげる。
ますたぁーはわたしだけのますたぁーだけど、特別に傍に置いてあげるから』
「――」
激震が船を襲う。
シールドの一枚が食い破られて、積層型の電子障壁が揺さぶられる。
力の違いは明らかだった。
(・・・マスタ−)
『命令という言葉でお前を縛りたくないしな・・・・・・しょうがねえか。
お前が気が向いたらでいいよ』
――命令して欲しかった。
彼女達を守れと命令してくれれば、ただシールドの維持に専念できる。
ユメの申し出を拒否出来る。
その理由を、カイが認めなかった。
助けるか見捨てるか――ソラの意思に任せてしまった。
これでは、選択は自分自身がするしかない。
自分とマスターを守るか、勝算の薄いこの戦いに挑むか――?
マスターはどうして自分に守れといわなかったのだろう?
彼女達の意思がどうあれ、自分の主は彼女達を守る事を選択した。
何度でも彼女達を助け、どのような危機にも挑む。
ずっと――不思議だった。
どうして戦えるのだろう?
どうして守れるのだろう?
どうして嫌わないのだろう?
どうして――好きでいられるのだろう?
こうして――同じ立場に立たされてもやはり分からない。
彼女達の生命に危機が迫っているのに、己が内面に何の波風も立たない。
カイと自分の違いは理解している。
マスターはマグノ海賊団に好意を抱いている。
私はマグノ海賊団に何も抱いていない。
マスターは心を持っている。
私は――心を持っていない。
だから、彼女達の死に悲しみもない。
彼女達の生に喜びもない。
自分に出来るのは、分析だけだ。
マスターと自分の身を確率的に計算すれば、ユメの話は悪くもない。
シールドを解除すれば――
解除。
解除・・・・・・
(・・・・・・マスター、私を憎みますか?)
彼女達が死ねば、悲しむだろう。
涙するだろう。
心を凍てつかせ、冷たい孤独に身を投じるだろう。
自分を決して――責めたりはせずに。
(・・・・・・マスター)
それだけは――嫌だ。
怒られるのはまだいい。
憎まれるのも仕方ない。
でも――悲しんで欲しくはない。
泣いたりしないで欲しい。
だって、貴方の笑顔が大好きだから――
『――だったらさ、何であんた・・・・・・』
(――え)
『その気持ちを・・・・・・他の連中にも向けてやれないんだ・・・・・・?』
それは――叫び。
『俺の命とあいつらの命。俺にとっては何の違いもねえんだ!』
心の中で繋がった、愛しい主の言葉。
自分にはない概念。
心を持っているあの人だからこそ、唱えられる命の賛歌。
『命より大事なもんがこの世にあるのか!?
命の代わりになるものがこの世に存在するのか!?』
(・・・・・・)
たった一つ、ソラは人間について知識の修正を行う。
人間とは不合理で醜い存在。
そして――
世界で唯一の命を持っている者。
命を散らす行為とは、存在への冒涜に値する。
存在の否定は自らの消滅と変わらない。
だから、人は切磋琢磨に生きていく。
嫌って憎んで・・・・・・それでも人は生きていかなければいけない。
大切な命を、持っているから。
(・・・・・・イエス、マスター)
マグノ海賊団を好ましくは思えない。
今でも、その事実は決して変わらない。
だから守らない――それでは、自分が認識した人間と変わらない。
マスターは好きだ。
その気持ちを、彼女達にも向けられるかどうかは分からない。
しかし、マスターはアンパトスでその決意を見せた。
・・・・・・命が大切である事を知っているから・・・・・・
「ユメ――答えはノーです」
『ソラ!? どうして・・・・・・』
「彼女達の存在はいつも私に不快感を与えます。
分かりますか、ユメ。
彼女達は――私にそんな感情を教えてくれるんです」
人間を"嫌い"と言っている自分。
胸の内より発生するこの不可解な現象を、人間は感情と呼んでいる。
マスターのお心は今でも分からないけれど、彼女達の心もまた理解できない。
そして心を知る度に、私は感情を知る。
心に触れるとは・・・・・・命に触れるということ。
その命を消し去る行為だけは、拒否する。
人間とは不思議だ。
分析する価値はある。
ソラは決然と立ち上がる。
小さな両手を空に掲げると、輝きを強めるペークシスの粒子が宙を待った。
燐粉に彩られて、美しき空の少女は――
「マスターとは違う彼女達の"命"に、少し興味がわきました」
――生への宣戦布告を行った。
彼女は終に理解は出来なかった。
見捨てる事に決断が必要なのに、守る事には躊躇いをしない。
その矛盾こそ――"心"だということに。
<to be continues>
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