VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action36 −甦生−
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<to be continues>
耳に届くのは水音。
険しき波に揺れる荒れた水の響きが木霊し、意識の覚醒を駆り立てる。
重い瞼をこじ開けて今、ぼんやり上を見上げた。
「――目が覚めたか、カイ」
広々とした青空の下で、柔らかく向けられた蒼い瞳。
現状を認識する前に、知らずと声が漏れる。
「青……髪……?
お前、何――つぅッ!? 」
起き上がろうとして、全身に鈍い痛みが襲いかかる。
震える手先は自由が利かず、カイは顔をしかめた。
遮られた視界は半分しか見えず、装着された眼帯がこれが現実であると教えてくれる。
腐敗された死の世界と赤いドレスの少女。
我ながら愚かしいが、両目が見えていた時点でアレが幻だと気付けなかった。
夢とはそういうものかもしれないが――
「無理をするな。全身の打撲が酷い。
治りかけていた火傷も悪化している」
「……く……」
上陸する前は気にならなかった身体の負傷は、少し身体を動かすだけで悲鳴を上げる。
着ていたジャケットをかけられて横たわる自分を見て、これまでを思い出す。
惑星の上陸に、ファニータとの対面。
塔内で聞かされた話、逃げ出そうとして罠にはまって気を失った。
朦朧とする頭を必死で働かせながら、カイは首を横向ける。
寝かされていた場所は塔から少し離れた発着場であった。
隣で鎮座する船、遠めに見える塔、浸水が始まった街並み―――
ほんの短時間で劇的な変化を見せているアンパトスに、カイは焦りを感じた。
「くそ……何がどうなってやがる。
ばあさんやブザムは無事か? 」
「――分からない。が、副長がいればお頭は大丈夫だ」
「ブザムが……? あいつ、そんなに強いのか? 」
ガスコーニュに比べれば小柄なブザム。
引き締まった身体をしているのは見て分かるが、実力はメイアが信頼する程なのだろうか?
カイの疑問に、メイアはしっかりと頷いた。
「私はお前の救出に専念した。
――大筋は奴らの話を聞いて理解出来たからな」
「そ、そういや、お前……その……」
そう――カイとメイアはあの時喧嘩別れをした。
一方的ではあるが、拒絶された手の平は今でも心に痛みとして残っている。
次から次へと起こる展開に翻弄され過ぎて忘れかけていたが、二人の仲は再び気まずくなっていた筈だ。
カイもその原因が分からないので、謝るべきかどうか分からない。
戸惑いを見せるカイにメイアは――
「……何も言わなくていい。悪かったのは私だ。
その―――すまなかった」
「へ……? 」
殊勝な顔で頭を下げられて、カイは混乱する。
目の前の誇り高きチームリーダーは他人に、しかも男に頭なんて下げたりはしない。
他人を拒絶し、孤高の精神で戦い続けるパイロットだった。
それが何故急に……?
「こんな事態を招いてしまったのも、私の心の弱さが原因だ。
許して欲しいなんて虫のいい事は言わないが、せめて償いはしたい」
「あ――いや、別に気になんてしてないから、そんな畏まらんでも――」
あの時は思いっきり傷付いたし、悩みもした。
何か嫌われるような事をしたのかと真剣に考えた。
でも本人がその心配は杞憂だと言っているのなら、怒る理由は無い。
ようするに――
「……何事も無いのならそれで良かったよ。
下手に落ち込まれたりしたら、俺が困ってたからな。
もう平気なんだな? 」
「ああ、大丈夫。心配をかけた」
穏やかな表情で見つめられて、カイは内心で呆然とする。
こんなに素直だっただろうか?
まだ少し頑なではあるが、初対面に比べて険が取れた気がする。
少なくとも今のメイアに苛立ちや歯痒さを感じたりしない。
何か心境の変化があったのは間違いないが、何がどうなってこうなったのかさっぱり分からなかった。
不思議そうな顔をするカイを見下ろすメイア。
カイの戸惑いを隠せない様子を、彼女なりに少し楽しんでいるようにも見えた。
二人の間に流れる柔らかい空気を、塔の鳴動が吹き飛ばす。
視界の隅に瞬く塔からの光に目を奪われ、カイはメイアを見る。
「とりあえず一から順に説明してくれ。
何がどうなってるのか、さっぱり分からん」
「任務半ばで逃げてしまった私が言える事ではないが……詳しくは知らない。
状況判断と推測を元に話すと――」
前置きして、メイアは説明する。
「私が塔へ向かった時、既にこの事態は始まっていた。
お頭とあの女が話している内容からお前が捕らえられたのを知り、塔の内部へ侵入して救出した」
「内部って……よく分かったな、俺の捕まったところ」
「床の下へ降りて、地下にいた見張りの者を締め上げて居場所を聞いた」
「お、降りてって、お前まさかあの床を飛び降りたのか!?
怪我でもしたらどうするんだよ! 」
「"神様"に怪我をさせる信者がどこにいる。
罠も無ければ、大した高さでもなかった。
お前は地下室で手当てを受けて、ベットに丁重に寝かされていた」
「……」
ならば、あっさり気絶した自分は一体……?
ファニータ異常な思考への恐怖に我を忘れていたが、メイアの言い分はもっともだった。
全身を見れば分かる。
包帯は新しいのに取り替えられており、痛みは激しいが怪我は放置されていない。
あの落下にしてもそれほどの高さでもなかったのだろう。
混乱ばかりしていた自分に比べて、メイアの取った大胆にして冷静な行動には感嘆せざるをえない。
「後は想像はつくだろう?
お前を放置しておけず、かと言ってあの場にいつまでも居るのは危険だった。
この星で安全な場所と言えば、唯一此処だけだ」
停泊している小型船を見つめて、メイアは言う。
街は水没間近、塔はファニータや町の住民達が集まっている。
この星の人間は今や敵と思った方がいい。
カイが脱獄した事を知られれば、すぐさま捕まえようとするだろう。
国民は一致団結して、カイを捕らえて神の座に据えるに違いない。
その理想と信望ゆえに――
「……ふざけやがって……」
自分達の理想ばかりを見つめ、他人の意志を全く尊重しない。
都合も何も知ったことではないとばかりに、他人を強制的に己が意のままにしようとする。
気に入らない――
何もかもが気に入らない。
この星の人間を救いたいと思って、大気圏まで飛び込んで敵を倒した訳ではない。
ただ、放っておきたくなかった。
後で後悔するような真似だけは断じてしたくない。
そう言う意味ではファニータ達だけではなく、自分もまた勝手だ。
他人の都合なんて考えずに助けたのだから。
彼女達を非難する権利なんて無いのかもしれない。
だが――それでも気に入らない。
ムーニャとして選び、無理矢理据えようとするそのやり方。
何より――
命を簡単に捧げようとする思想。
マグノは甘ったれていると言った。
生きたくても生きられず、死んでいった人達は星の数ほどいる。
乾いた大地で血を抜かれて死んだ人達を、死に絶えた惑星をカイは見てきた。
彼らの無念はどれほどのものだったのだろう――
今助けてくれたメイアにしてもそうだ。
彼女が以前死にかけた時、胸が張り裂けそうな痛みを覚えた。
助かったと知った時、腰が抜けそうなくらい安堵した。
旅を始めてまだ二ヶ月半だが、心の底から思い知らされている。
命は一度失えば二度と取り返せない。
どれほど足掻いても、どれほど祈っても、どれほど頑張り抜いても、消えた命は蘇らない。
二度と、戻らないのだ――
だからこそ、生命を持つ者には誰にでも自由に生きる権利がある。
懸命に生きていかなければいけない義務がある。
どんな理由があっても、どんな思想を持っていても、決してお粗末にしてはいけないのだ。
死ぬのは怖くないと言ったファニータの微笑みが、カイの脳裏に浮かんだ。
「……ふざけやがって……」
もう一度呟き、カイは地面に爪を立てた。
苛立ちは怒りに変わり、怒りは興奮に変換されていく。
メイアは静かにじっとカイを見つめていたが、不意に立ち上がる。
「……私はお頭の元へ戻る。お前はどうする? 」
「……」
仕事に戻れとは言わない。
船へ帰れとも言わない。
任務の途中で捕まって、大怪我を負っているカイにメイアは選択肢を与えている。
以前の彼女なら怒鳴ってでも仕事に戻すか、足手纏いだからと船へ強制送還しただろう。
彼女なりに、思い遣りと信頼に寄せてくれている。
「……ありがとな、青髪」
誠心誠意の感謝を込めて、カイは心から礼を言った。
――踏ん切りがついた。
ここまま引き返せない。
何も終わらずに去るのは御免だ。
涙を流して消えたユメの表情がリフレインする。
もう一度会うと誓った。
その時は胸を張って再会したい。
その為に、今出来る事はしなければいけない。
「青髪――協力して欲しい事がある」
「協力・・・・・・? 何をする気だ」
メイアは知っている。
真面目な顔で他人に力を借りる時、カイはとんでもない事をしでかす。
その予想は――当たった。
「簡単さ。奴らの望み通り――俺がムーニャになる」
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