VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action35 −友−
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まず切り込みはうまくいった。
ユリ型の襲撃経路をブリッジクルーと自身の解析より把握し、先回りする。
アンパトスを目標にされれば、非常に面倒な事態になってしまう。
バートはニル・ヴァーナを発進させて、針路上を一気に先回りした。
距離3000。
敵目標をマグノ海賊団が肉眼で確認した。
「う、うえぇぇぇぇ……」
『ちょ、ちょっと変な声上げないでよ!? こっちまで怖くなるでしょ! 』
「そ、そんな事言われたって……」
これまでの刈り取り陣営は比較的小型であった。
尖兵のキューブにピロシキ、特異タイプのウニ型や速度に特化したトリ型。
どれもドレッドや蛮型同様の大きさで、能力差を除けば通常兵器でも対抗出来る敵だった。
しかし今回ばかりはバートが震えるのも無理は無い。
その圧倒的な大きさは今までと比べ物にならない。
前回カイが倒したタイプの十倍以上を誇っており、全体的に見ればニル・ヴァーナすら小さく見える。
その巨大な顎も健在で、もし口を開けば惑星ですら一飲みしてしまうかもしれない。
面妖な色彩も巨大化に沿ってペイントされており、その異様さは人知を遥かに超えている。
叱咤するアマローネもコンソールを操る手先が震えている。
観測データは未知数。
画面表示限界を超えており、全容を把握するのは不可能な大きさ。
もしもあの牽引ビームを発生させられれば、ニル・ヴァーナは逃げられないのではないだろうか?
まさに、蛇に睨まれた蛙であった。
戦力さも似たようなものだろう。
観測するエズラも恐怖に怯えており、気の強いベルヴェデールも弱音が出るのを必死で抑える事しか出来ない。
今回陣営を指揮する立場となったバートは顔色を真っ青にして、目を潤ませていた。
「……うう……ほ、本当にうまくいくのかな……
ぼ、僕じゃやっぱり無理なんじゃ……」
もしも一クルーとしての立場なら、部屋で震えて泣いていただろう。
もう逃げられないから此処にいる。
何とか奮い立ってはいるが、それでも怖い。
皮肉にもマグノ海賊団お頭代理の任務だけが、バートの逃走を防ぐ結果となっていた。
「いつまでもウジウジしないのっ!」
快速表示で、医務室より通信が入る。
画面に表示されているのは小さな看護婦さん。
そして、長髪のお医者さんであった。
『バート、話は彼女より聞いている』
「ド、ドゥエロ君……僕、僕……」
この船で数少ない男性陣の片割れ。
もう一人の戦友を前に、バートは堪えきれない涙があふれ出る。
ドゥエロはそんな彼を笑いも怒りもしない。
ただ、静かに話をするだけだ。
『怖いのか、バート』
「と、当然だよ! 君も見ただろ!?
あんなの、僕にどうしろって――」
『落ち着け、バート。自分の任務を思い出すんだ』
「任務……? 」
『そうだ。君の仕事は操舵――この船の操縦だ。敵を倒す事ではない』
同情や憐憫では不安を紛らわせても、消す事は出来ない。
同じ立場でもない者に、本当の意味での共感も出来ない。
可能なのはドゥエロの本分――医者としての心のケアのみであった。
『船の安全を最優先に考えて行動する事だ。
己が領分を弁え、最善を尽くし、実行する。それだけでいい。
君は君の任務を全うしろ。皆は皆の職務で君を手助けしてくれる」
私も同じ気だと、ドゥエロは首肯する。
ドゥエロの冷静な指摘によって、バートは不安の渦からすくい上げられた気分だった。
今回の敵は強大だ、戦う術を持たない自分では勝てないだろう。
でも、戦う必要は無いのだ。
決意した通り――逃げる。
恥も外聞もなく逃げて逃げて逃げまくって、船員全員を助ける。
命が残ればこっちの勝ちだ。
非常識な敵と戦うのはカイに任せる。
あいつになら、きっと倒せると信じているから――
ぎゅっと歯を食いしばる。
そう考えていても、やっぱり怖いものは怖い。
戦う必要はないのだと分かっていても、敵が現れただけでこんなにも怯えている。
理屈と感情は全く違う。
心の中でどんなに信頼があれど、恐怖は奥底からわいて出てくる。
消す事も目を逸らす事も出来ない。
ならば――それすらも逃げる。
恐怖からも、不安からも、自分を脅かす全てから逃げる。
それで沢山の人間が守れるのなら御の字だ。
自分はどれだけ臆病で弱い人間なのか、バートはこの数時間で骨の隋まで思い知らされた。
戦わずに逃げるという行為がどれだけ情けないかは昔から知っている。
この感情と――この弱音を発する自分と戦わない限り、これから先ずっとカッコ悪いままだろう。
でも――それでもいい。
その役目は自分ではないのだから。
「――頑張ってみるよ、ドゥエロ君。それにパイウェイも……ありがとう」
「ふ、ふんっ! せいぜい足掻いてみるケロねっ! 」
べーっと舌まで出して、パイウェイは画面の外へ出て行った。
ドゥエロはそんな幼い助手を目で追いながら、
「人間とは本当に興味深い……私も負けてられないな。
バート、君のやり方を興味深く見させてもらう」
ドゥエロは最後に小さく笑みを形作って、そのまま消えていった。
通信を終えて、バートは消えた画面を見ながら苦笑いを浮かべた。
「ははは、ドゥエロ君も随分変わったよな……
タラークにいた頃なら、絶対そんな事言ってくれなかったよ」
そして、それはパイウェイも同じ。
同船した頃の彼女なら叱咤なんてしない。
嘲笑うか、無視するか、文句を言われるかだろう。
パイウェイにとってはささやかな気まぐれだったとしても、バートは嬉しかった。
変化し続ける日常の中で――自分一人だけ取り残されていないのだと分かるから。
今日一日で、本当に沢山の事を学んだ気がする。
自分にお頭代理を任せてくれたマグノに、バートは心から感謝した。
「――行こう。ニル・ヴァーナ、全速離脱! 」
拳を握り締め、バートはしっかりと前だけを見据えた。
コツコツ、と足音が響く。
通路に最低限の照明のみで暗く、静まり返っている。
人っ子一人居ない寂しい道をただ黙々と歩く。
目的地がはっきりしている以上迷う事は無い。
心も決まり、敵が襲撃を加えている状況にあるのもついさっき知った。
ただ真っ直ぐに歩く。
ハイヒールは履き替えた。
オシャレには人一倍気を使っているが、戦闘には必要は無い。
履き替えた靴はなかなかいい。
やがて見えてくる扉。
――扉の前に立っている一人の女性。
「どうしたの、バーネット。出撃命令が出てるんでしょ」
「……ジュ、ジュラ……」
予想はしていたので、特に驚かなかった。
何となく最初に自分と会うのはバーネットだろうと思っていた。
バーネットは呆然とした顔で、頭の上から下まで見つめる。
「ど、どうしたの、その髪……そ、それに服も……」
「切ったの。服は捨てたわ」
淡々と話している自分に驚きだった。
同時に、驚きを隠せない親友に少しだけ気持ちの良さを感じた。
バーネットは驚愕の眼差しで、変わってしまったジュラを見る。
「何で、そんな急に……」
「必要なくなったから。髪の毛は――ちょっと気分を変えてみたの。
思ったより気持ちがいいわ。
ふふ、どう? 似合ってる? 」
「――」
声も出ない。
似合っているどころの話ではない。
目の前に居る女性は本当にジュラなのだろうか?
化粧も取れて、長かった髪を切り、服装も控えめになっている。
人目のする派手好みなスタイルが完全に消えて、その辺の女の子と変わりない。
なのに――比較にならないほど、綺麗になっていた。
清楚なデザインが逆に均整の取れたプロポーションを引き立たせ、同姓ですら魅了される。
以前の見栄えのする服装も似合ってはいたが、今の服は自然に着こなされている。
だが、それらはあくまで二次要素。
本当に美しくなったのは――その表情だった。
バーネットに向けられた微笑みは柔らかく、華やかだった。
吹っ切れた表情は光り輝いており、ダイヤモンドのように内面が磨かれている。
十日前とは別人だった。
「ごめんね、バーネット。心配かけて」
「えっ……う、ううん。別にあたしは――」
「ジュラはもう大丈夫だから。すぐに出撃するわ。準備は出来てる? 」
「ちょ――ちょっと待ってよ! 」
バーネットは慌てて走り寄る。
何がどうなっているのかまるで分からない。
長い間連れ添ってきた関係そのものがまるで紛い物であったかのように、この変貌が理解出来なかった。
「どうしちゃったの……ちゃんと説明して。
どうして髪を切ったの? 何にあんなに悩んでいたのよ! 」
「……ちょっとね、自分を見つめ直していただけよ。
迷惑をかけたのは謝るわ」
「謝らないでよ! ジュラはそんな――」
「バーネット」
そっとバーネットの頬に手をかける。
ピクっと身体を強張らせる彼女に、ジュラはそっと唇を寄せる。
「もう大丈夫だから心配しないで――
あいつが待ってる。ジュラが行かなくちゃいけないの」
「あいつって……カイよね? アイツに何を言われたの!? 」
「何も言われていないわ。ただ、あいつの生き方に魅せられただけ。
――分かったの」
そのまま離れ、バーネットの横を通る。
「今のジュラに必要なのは――カイだってことに」
「――っ」
元タラーク母船イカヅチ・主格納庫。
ここにジュラの乗る愛機が今も待機している。
扉は開閉されて、そのままジュラは足早に格納庫内に入る。
バーネットを残して……
『……―――ッッ!」
壁に叩き付けた拳から痛々しく血が流れ、零れていった。
吐き出された涙と共に―――
<to be continues>
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