VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action29 −操舵手−
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<to be continues> ---------------------------
『洗剤が無くなったんですよぅー、何とかして下さい』
「洗剤って言われても……ちょっと待って」
クリスタル空間に、ニル・ヴァーナ艦内全ての施設が表示される。
在庫明細表を細かくチェックしていって、所在をはっきりとする。
「あった。第二倉庫にまだいっぱい保管されているよ」
『分かりましたぁー、お仕事頑張ってくださいねお頭代理ー』
「僕をそう呼ばないでくれぇぇぇ!!」
にこにこ笑顔で通信を切ったクリーニングチーフに、バートは頭を抱える。
副長もお頭もいないニル・ヴァーナ艦内―――
指揮系統の殆どが欠けている現状で、代理を務めているのはバートだった。
操舵手でしかも男であるバートに、代理役の任は異例の抜擢と言える。
通常こう言った場合古参のガスコーニュや、幹部のメイアが務めるのが常識だ。
捕虜として扱われているバートに、こんな大役は務まらないと恐らく誰もが思うだろう。
一番その自覚があるのが―――他ならぬ本人だった。
「……大変なんだな、人の上に立つのって」
マグノとブザムが惑星へ降りてから、クル−達からの問い合わせが殺到した。
半分以上は批判や抗議、もう半分は興味や仕事上の質問・苦情である。
初めはやる気の無かったバートだが、アイに励まされてその気になった。
一人一人丁寧に、慎重に対応して艦内の混乱を防ぐ。
幸いバートはニル・ヴァーナにリンクしており、艦内全てにアクセス権を持っている。
流石にマグノ海賊団のシークレットやプライベートには踏み入れられないが、全艦内の案内くらいは可能だった。
青緑色に光るクリスタル空間の中、バートは初めて運転以外の業務に励んだ。
お頭代理に抜擢された事への批判の類は腰を低くして謝罪する。
仕事関係のトラブル・質問等は出来る限り対応し、無理なら現場代表者の指示を仰ぐ。
彼本来の良さがここで発揮される事となった。
バートは上辺の関係や社交的な礼儀を心得ている。
例え嫌っている相手であれ、円満な対応で望まれれば事を荒立てづらくなる。
何事も本音だけで解決しようとするカイとの違いはここにあった。
にこやかな笑顔で頭を下げるバートに、一人また一人と文句を言う人間は減っていった……
そして一時間後―――バートは休憩に入った。
代理任務としてやるべき事を終えて、問い合わせが一時的に無くなったのだ。
「う−、もう疲れたよ……早く帰ってこないかな……」
表面上取り繕い続けるのも、精神的に大きな疲労となる。
タラークでは未成年の頃から社交界にデビューしていた彼でも、マグノ海賊団相手だと極度の緊張を強いられてしまう。
人の上に立つ仕事―――
実感として今日感じられたが、ここまで責任が重いとは思わなかった。
バートは自分の出生を振り返ってみる。
タラークでは1・2を争う屈指の大企業、ガルサス食品の御曹司。
いずれは尊敬する祖父の跡をついで、企業のトップになる道も用意されている。
士官学校入学も所詮はタラークへの貢献にすぎず、その先にあるのは安泰だった。
その事実を自分は―――どう考えていただろう?
定められている未来、約束された将来。
小さい頃から不便も感じず、裕福な人生を歩んできた。
士官学校卒業後も軍役はあったが、別に命に携わる軍務も無いだろうと高を括ってきた。
そんな保証は―――何処にも無いというのに……
この艦に同乗する二人の男。
カイ=ピュアウインドとドゥエロ=マクファイル。
パイロットと医者。
二人には―――自分に無いものを持っている。
ドゥエロはまだ分かる。
士官学校生のエリート、第三世代の稀代の天才とさえ呼ばれる人物。
軍医の資格を持つ、士官学校の超エリート。
因果な宿命だが、今のような激烈な事態に陥らなければ永遠に関わる事はなかっただろう。
それは三等民カイも同じだが―――カイは違う意味で自分とは違っていた。
知識も何も無く、階級も最低な男。
社会の底辺を生きてきて、栄光なんて手を伸ばしても届かない位置に居る。
初めての出会いはパーティー会場。
人としての認識すらしていなかった存在が、今では自分を脅かしている。
自分の意志で宇宙へ飛び出し、数ある脅威に真っ向から戦いを挑み続ける。
そんな勇気が―――自分にはあるだろうか。
約束された未来と、打破していく未来。
前者を自分が歩み、後者をカイが歩んでいる。
どちらが立派なのか―――最近分からなくなってきた。
何をすればドゥエロのようになれるのだろう?
何を考えればカイのようになれるのだろう?
カイはこの二ヶ月半で驚くほど変わった。
大人になったと言うべきか、近頃大きく見える。
ドゥエロも少しずつ変わりだし、気のせいか固い表情が減って来ている。
何より二人は―――女との接触を行っている。
自分一人だけが取り残されている。
日増しに強くなる孤独に、バートは焦燥すら感じていた。
何が足りないのか?
何をすればいいのか?
こんな事を考えてしまう自分が滑稽で、少し情けなかった。
「……弱音を吐いているようじゃ駄目だよな……」
自分でも分かっているのだが、口に出してしまう。
敵を目の前にすると怯えてしまう、逃げる事を選択してしまう。
傷付きたくない。
悩みたくない。
もっと楽に生きたい。
楽しい人生を送りたい―――
そんなに……情けないのだろうか?
みすぼらしく、ちっぽけな願い事だろうか?
ナビゲーション席でニル・ヴァーナを操縦する毎日。
敵が襲い掛かってくれば、艦の危険が自分の危険に繋がる。
戦場に出ているのは自分とて同じ。
なのにカイやドゥエロと、自分は違う。
「……」
悩み続けても頭の中に何も浮かばず、胸の内が重くなる一方。
バートは気分転換の意味を含めて、艦内を見回る事にした。
クリスタル空間から如何なる場所へもアクセスが出来る。
艦内の通信設備・セキュリティシステムを通じて、様子を見ていく。
一応はお頭の代理を仰せつかっている身だ。
艦内の安全を守るのも、また責務である。
ラインを通じて艦内の様子を見ていくと、これはこれでなかなか面白い。
女達が何処で何をしているのかが一目瞭然なのだ。
一つ一つ見ていく―――
監房(カイ達の部屋):無人(洗濯物が干しているのはご愛嬌)
ブリッジ:ベルヴェデール=ココ、雑誌を読んでいる(ズーム→お弁当の作り方?)
セルティック=ミドリ、戦闘記録を閲覧中(ズーム→光の翼を生やした蛮型?)
カフェテラス:多数のクルーが集まっている。皆、険しい顔で不穏な雰囲気。
密談する女達の中央にリーダー格の女性が一人(ズーム→バーネット?)
レジ:ガスコーニュが設計図を見ている(ズーム解析→例の蛮型新型兵器?)
機関室:パソコンの前でパルフェが複雑な表情(ズーム→ペークシスの写真?)
保管庫:ペークシスが輝いている(ズーム→陽色?)
クリーニング室:にこにこ洗濯
保安室:チーフがうたた寝中
エステルーム:不在(カフェテラスの面々の中に)
イベント企画会議室:会議中
(ズーム→ホワイトボードに『イメージアップ作戦!来るべきクリスマスに話題のあの男を……(それ以後読めず)』)
主格納庫:小さな女の子が整備員に指示(ズーム→蛮型とドレッドを解体?)
医療室→ドゥエロがエズラを診察中
キッチン:料理中
収納室(カイ専用):キッチンチーフが物資を仕分け中
自然公園:ベンチにアマローネ=スランジーバ(ズーム→編物?)
プライベート・エリア:ディータとピョロが誰かと会話中(ズーム→誰も居ない?)
―――未使用室多数……探索中……
「……皆、色々やってるんだな……」
通信映像を切って、疲れた目を擦った。
広い艦内を沢山の人間が、自分の成すべき事に励んでいる。
客観的に見れば理解不能な行動も、その人個人から見れば大切な事なのだ。
比較すべき事でもなければ、優劣なんて決められない。
一人一人に違う人生がある。
生き方が其処に存在している。
「……僕に出来る事って何だろう……?」
出来る事と出来ない事。
その境が見えず、他人の変化を見せ付けられてバートは悩む。
昔は考えもしなかった自分の器。
孤独な空間の中で、バートは重い溜息を吐くしか出来ない。
そこへ―――
「ッあいた!」
脳髄を刹那走る痛み。
一瞬で現実へと引き戻されたバートは、慌てて探察モードに入る。
クリスタルに手を触れて直接アクセスを行い、艦全体にリンクを通す。
ニル・ヴァーナはバートとなり、バートはニル・ヴァーナとなる。
バートは駆け抜けた頭痛の正体をよく知っていた。
痛みが教えるたった一つの解答は―――
「……冗談は……止めてくれよ……」
距離20000―――機体反応。
データバンクより参照………検索完了。
間違いない、バートは事実を認識する。
敵が襲来―――確かにその現実にもバートは震えた。
ニル・ヴァーナとリンクし、情報探索を行ったからこそ分かる事実。
ユリ型。
新しい機体ではない。
同じタイプの敵が攻めてきたのではない。
カイが倒したユリ型が攻めて来ている。
おかしい―――
バートははっきりと確認した。
大気圏より飛翔した蛮型は膨大なエネルギーを加速力とし、敵を燃やし尽くした。
あれだけの火力を食らえば、無事ですむ機体はいない。
なのに……平気な顔で攻めて来る。
しかも―――バートは心の底から恐怖した。
算出したデータが無慈悲に教えてくれる。
固有機体反応が十数倍。
あれほどの面積を誇っていたユリ型が、更に十倍以上膨張している。
比べてみたくもないが、恐らく―――
今度はニル・ヴァーナすら簡単に飲み込めるだろう。
「……あ……あ……」
身体の芯が冷え切って、歯がガチガチ鳴る。
体温なんて関係のないクリスタル空間に居るのに、全身が凍えるように寒かった。
殺される……殺される……殺される……
誰も居ない―――
いつも頼りにしていたブザム。
責任の全てを背負ってくれていたマグノ。
最前線で勝利をもたらしてくれたカイ。
冷静な判断でチームを率いてくれたメイア。
戦闘において何より心強い味方となってくれた者達が誰一人いない。
お頭代理―――強大なプレッシャーがバートを押し潰す。
自分一人で……決断しなくてはいけない……
「……出来ないよ……僕には出来ないよ……」
嗚咽が零れ、目から涙が溢れる。
情けないとなじってくれてもかまわない。
この苦しみから逃れさせてくれるのなら、どんな醜態だって晒す。
死んでしまったら終わりではないか。
だったら、何もかもを放り出して逃げた方が―――
『何ぼけっとしてるのよ!』
「え……」
焦点の合わない瞳が横を向く。
どこか怒ったような顔で、ナース帽をかぶった女の子が画面の向こうで睨みつけている。
『警報鳴りっぱなしで、皆びびってるんだからどうにかしなさいよ!』
『で、でも、僕は戦うなんて……』
―――何の力もない、勇気もない。
今だって怖くて仕方ない。
怯えた顔で俯くバートに、ナース帽の女の子は―――
『……ちょっとは……見直してたのに……』
「え……」
幼い看護婦に合わない静謐な声が、バートの胸を突き刺す。
『……あいつは……全身に大やけどまでして助けたのよ?
会った事もない人達のために……』
少女は見ていた。
全身大火傷を負って、手術を決した無残な身体。
集中治療室で昏睡する男。
傍で・・・・・・必死で看病したのだから。
『そんなの、馬鹿だよね?命まで賭けるなんてあほくさいよね?
でも―――あいつはそうしたよ。戦って、守ったよ』
「……」
『……ちょっとだけ……ちょっとだけ……男ってかっこいいかなって、思ったんだよ。
今更、がっかりなんてさせないでよ……』
灼熱の大気に飛び込んでまで、他人を助けたカイ。
それに憧れたのは―――誰だったか……?
『しっかりしなさいよ、お頭代理なんでしょ!
こんな時に……サボるんじゃないの!』
変な物言いなのに―――どこか勇気付けられる。
拙い言葉が、心の隅々にまで染み渡る。
自分に出来ない事は多い。
強くもない、意思もない。
自分に出来る事は……少ない。
でも―――出来る事は確かにある。
バートは涙を拭いた。
散々わかっていた事だ。
自分はかっこよくなどない。
なら―――かっこ悪くやればいい。
「ありがとう……やってみるよ」
『ふ、ふん。分かればいいのよ、分かれば。
で、どうするの?』
気のせいか、少女の瞳が輝いているように見える。
既に答えはわかっているのかもしれない。
バートは快活に笑って、堂々と宣言した。
「勿論―――逃げる!」
『あはは、意気地なしだケロー』
それでも、少女は少し嬉しそうだった。