VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 9 -A beautiful female pirate-
Action30 −繊細−
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<to be continues> ---------------------------
海上都市中央に位置する高き塔。
異変が生じたのはつい先程であった。
塔の頂より、四本の鉄針が音を立ててせり上がって来る。
東西南北に固定された針が先端を鋭く尖らせて、高々とその存在を鼓舞する。
やがて針は閃光を発して、周囲に眩い光をもたらす。
閃光はアンパトス全土に広がっていき、国民達の頭上を明るく照らした。
「ムーニャだ!ムーニャが来たんだ!」
「ああ、我らの神がとうとう……」
「偉大なるムーニャよ。我等を導きたまえ―――」
喜悦に満ちた表情を誰もが浮かべ、恍惚の眼差しで塔を見ていた。
塔より現れた鉄針に、放たれる光。
神の光臨を祝福するかのようなその光景は、国民達にとって待ち望んでいた刻であった。
アンパトスの神・ムーニャ―――
この星に大いなる幸福をもたらし、新しい世界へと導いてくれる。
人々の誰もが信じ、誰一人として疑おうとはしない。
人々はムーニャの為に生き、ムーニャの為に死ぬ。
それが国民の生きる理由であった。
「我々も塔へと行こう!」
「予言に従うんだ!」
「ムーニャの元へ!」
人々の思いは一つだった。
駆け抜ける思いをそのままに、全ての人々が塔へと走る。
予言成就を求めて―――
活気に溢れていた街は一気に熱が引いていき、想いが一つに収束する。
廃墟のように静まり返る都市。
無人となったその場所で―――只一人、その女性はいた。
空のように蒼い髪が、風に流れて揺れる……
周囲の異変にも気付いた様子も無く、メイアは一人座り込んでいた。
「……」
カイと別れてもうどれくらいになるだろう―――?
空虚な心の片隅で、そんな風に思う自分が滑稽だった。
(……ふう……)
呆気に取られていたカイの顔を思い出す。
彼にしてみれば、どうして拒絶されたのかも理解できていないだろう。
逃げ出した自分でさえ、どうして今のような行動を取ったのか分からない。
カイはタラークの男であり、敵側の人間。
ひょんな形で呉越同舟となっているが、マグノ海賊団に所属していない以上味方ではない。
―――馬鹿馬鹿しい。
メイアは自嘲する。
カイが敵になる事なんてありはしない。
思えば、敵対していたあの頃から自分達を葬り去ろうとする意思はなかった。
酒を浴びせて人質を取ったあの時も、カイは火を放つ気配もなかった。
取引さえうまくいけば、あっさりと解放していたのは今思えば明確である。
カイは多分、倒すのではなく止めようとしていたのではないだろうか?
戦いを―――略奪を。
共に行動するようになって、数え切れないくらい助けられた。
その全てが命懸けで、その全てに見返りを求めなかった。
嫌われても、煙たがられても、手を差し伸べつづけた。
今もきっと……心配しているだろう……
置き去りにした事にほんの些細な罪悪感を覚える。
(………)
それでも―――その手を振り払ってしまった。
まるで夢から覚めたかのように、カイに対して強い拒絶を覚えた。
湧き上がった感情の波は一瞬だったが、荒れ狂った。
カイの口から流れた旋律―――
あの歌は……
(……母さん……父さん……)
"この素晴らしき世界"
優しかった父と母が与えてくれた思い出の歌だった。
オルゴールは今でも手放せないまま、自分の部屋で眠り続けている。
時折思い出す故郷の幻影を優しく彩ってくれる曲だった。
それを何故―――カイが歌える?
カイは悪くない、それは確かだ。
でも、それでも…………思い出に土足で踏み入れられた気がした。
まるで自分の心に―――
(……あ……)
不意に―――理解する。
何故カイの手を振り払ったのか?
どうして、何も悪くないカイをあそこまで拒絶してしまったのか?
頬に濡れた涙の跡を……そっと触れた。
「……そうか……」
分かってみれば簡単だった。
単純で、明快な理由―――
(……私は……怖かったんだ……
此処に……あの人が……入ってくるのが……)
怖かった―――
思い出が眠る心の奥に……誰も入れなかった自分の心に……入ってくるカイが。
繋いだ手の温もりは今でも残っている。
誰かに手を引かれて歩く感覚。
優しく手を触れて母に連れられたあの頃―――
父に強く握られて共に歩いたあの時間―――
あの優しさを……あの掛け替えの無い温もりを、両親以外の人が与えてくれた。
温かい手のひら、優しい歌声。
もう出会う事のない父の大きな背中を、思い出させてくれる。
(……カイ……)
胸にそっと手を当てる。
頬が薄紅色に染まり、瞳は熱く潤む。
明るい笑顔を思い出すだけで、甘い痛みが胸に宿る。
「……こうしてはいられないな」
メイアは立ち上がる。
どんな理由があったにせよ、カイを傷付けてしまった。
そのまま仲違いしていては昔に逆戻りだ。
それはもう……嫌だった……
(―――それに……)
眩しい輝きを放つ塔を見やる。
雪崩のように人々が押し寄せる光景を目の当たりにして、異変を感じ取る。
カイやお頭達もあそこにいる筈―――
何か不測の異常が発生したのはまず間違いない。
急いで駆けつける必要がある。
「カイがいれば大丈夫だとは思うが……
たまに事態をややこしくするからな、あの男は」
最低限の武装はしている。
リングガンの出力調整を行って、メイアも一路塔へと走っていった。
仕掛けは実に簡単だった。
目的の人物が入塔すると同時に、入り口付近の床全面の支えを解除する。
支えが無ければ、ほんの少しの重量でもあっさり床は抜ける。
罠としては落とし穴レベルだが、はまってしまえば誰でも同じだ。
「……これがあんた等のやり方かい」
消失した床を背後に、マグノは厳しい眼差しで臨む。
問われた側の者達に何の後ろめたさもない。
「ムーニャはアンパトスの礎となる存在。
あの方の居場所は此処以外ありえません」
自信に満ち溢れたファニータの言葉。
数秒前カイを奈落に落としたとは思えない優しさがそこにあった。
「カイ本人が望んでもいない行為を押し付けるのか」
「全ては決定された事項。あの方もやがて使命に目覚めるでしょう」
「我々の仲間にご大層な任を押し付けないでもらおう。
カイは無事なのか?」
答えによってはただではすまない、とブザムは険しい顔で問い詰める。
カイが落下した穴は真っ暗で、底が全く見えない。
高さによっては大怪我を負う危険性もある。
第一、カイはまだ火傷の負傷が全く癒えていない。
小さな衝撃でも怪我が悪化してしまう。
そして―――その怪我を負った理由はこの星を救う為。
目の前の者達を守る為に傷付いたのだ。
「当然です。あの方は聖地へ御招待致しました」
「こんな穴倉がかい?
随分と趣味の悪い聖地があったもんだね」
マグノは鼻で笑った。
礼節ある態度を取る必要は最早無い。
カイを強引に攫った以上、彼女達はまぎれもない敵だった。
「あなたがたがどう思われようと自由です。儀式は間も無く始まります。
全てはこの時の為に―――」
ファニータの声に合わせて、塔は鳴動する。
頭上より降り注ぐ光と共に、遠くからやって来る人々の気配が近付いていた。
ブザムは塔の天辺を見上げて呟いた。
「聖なる道に神殿―――なるほど。
この塔は国民を一箇所に集めるのが目的か。計算づくだったのだな」
巨大な塔は海上都市の中央に存在する。
目印としては十分で、高台は人々が集いやすい場所でもあった。
全てはこの時の為に―――
最初から最後まで決められていたのだ。
「本気で……差し出すつもりかい?」
脊髄―――神への捧げモノ。
しかも、一人や二人分ではない。
ファニータの言い分から察するに、国民全員が生贄として身を捧げるつもりなのだ。
ムーニャの為に―――どこまでもそう信じて。
「わたくし達はその為に生まれてきたのです」
「ふーん……大した口振りじゃないか。死ぬ事も恐れない」
「当然です。身も心も全てムーニャの為に在りました。
恐れる者など誰一人としておりません」
脊髄を引き摺り出されて生きられる人間はいない。
この国の人達は生まれた時からその生を捧げる宿命にあったのだ。
まがりなりにも、脊髄を差し出すのである。
想像も出来ない恐怖のはずだが、ファニータの表情には何の変化もない。
日々当たり前のように生きている者からすれば、理解し難い価値観だろう。
マグノは訪れ始めた人々を一人一人見つめ、言葉を漏らす。
「……嬉しい事も辛い事も全部ひっくるめて、皆これからって子ばかりじゃないか……
彼らの未来が根こそぎ奪われるんだよ」
「全ては我等が神の為。迷う者などおりません」
他人の話を聞き、返事はする―――
しかしマグノはまるで壁にでも話し掛けているような錯覚を覚えた。
何をどう話しても、同じ反応しか返ってこないのだ。
これでは堂々巡りである。
その時―――不意にブザムの腰元が微弱に震えた。
緊急コールサインだといち早く気付いたブザムはさっと通信機を取り出し、応答する。
「なんだ?」
『ふ、副長さん!敵が来ました!?』
―――悪い事は重なるものだな。
予想はしていたが、この状況で襲い掛かってくる敵にブザムは苦い気持ちを抱かずにはいられない。
「……数は?」
『一機です。その……この前カイが倒した奴がまた攻めて来ました』
「なんだと・・・・・・」
カイの渾身の体当たりは確実に敵を仕留めた。
この目で見ている事実だが、ブザムは頭を振って思い直す。
この敵に常識を当て嵌めるべきではない。
「分かった。まず指揮だが―――」
『いえ、大丈夫っす』
「バート……?」
返って来る力強い響きに恐怖は無い。
いつものバートなら、敵が襲撃した時点で恐怖に震えている筈なのに。
通信機を片手に怪訝な顔をするブザムに、バートははっきり言い放った。
『こっちは僕らで何とかします。副長さんとお頭はそっちに集中して下さい』
「……?何か策があるのか」
考えてもみないバートの堂々たる姿勢。
ブザムは慎重に問い返すと、
『えへへ、まあ見ていて下さいよ。カイばっかりいい格好させませんから!
―――そうでーす!宇宙人さん、見ててね!
―――見てはおらぬと思うのだが……調子がよいな、お主らは。
―――ちょ、ちょっと喋ってる場合じゃないでしょ!アマロ、準備は?
―――問題なし。すぐに取り掛かれるわ、ベル。
―――あはは、こっちもばっちりケロよ。
あー、こら!割り込んでくるな!じゃ、じゃあこれで!』
無音になった通信機を見つめ、ブザムは初めて事態の成り行きが読めずにいた。
マグノとファニータはただ視線を交わせるのみ―――
……。
ピチャンッ
「…………う……」
ちらつく瞼とふらつく感覚。
神経の痛みが身体を揺さぶり、濁った意識は急速に覚醒する。
「あつつ……ここは……?」
うっすらと目を開けて、カイは恐る恐る身体を起こす。
ぬちゃ……
「?……」
不可思議な感触が手に当たる。
強烈な違和感に目をやり、ぎょっとしてはね起きた。
右腕が―――全身が……大量の血で濡れている……
「な、何だこれ!?」
周囲に広がる世界。
頭、腕、胴体、足、心臓、肝臓、肺、耳、鼻……
無残に切り刻まれた大量の臓器。
積まれた死体が流す血の海に―――カイは浸されていた。